表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草太の立志伝  作者: 昨日の風
第五章 混迷と混乱と
170/291

百六十五、南近江での人材登用

 南近江が姉小路家の手に落ちた次第、および草太が観音寺城に入り内政を中心に活動を本格化させた次第については既に述べた。一向宗についても徐々に加賀派への転向が進められており、また大津を含む西部では一向宗の力よりも比叡山延暦寺の近くという事もあり天台宗の力も強く、一向一揆の発生する土壌は時間と共に限られたものとなっていった。

 だが鈎の陣を敷いた六角義賢も手をこまねいているわけではなかった。草太たち姉小路家主力が南近江にいて政務をこなす中、六角家も策を巡らせていた。



 姉小路家日誌天文二十四年水無月六日(1555年6月24日)の項にこうある。

「姉小路房綱公、降将を受け入れ、或いは召し出し候。真野元貞、山岡景隆、青地茂綱、永原重虎らを配下に組み入れ候。吉田重政、多羅尾光俊を召し出し随身させしもこの時なり」

 観音寺城に入り喫緊の課題として内政について庄屋衆と話をした後は、調略によって下したものの処遇を決めることが必要である。近江風土記によればこの時下った六角方の武将はこの他にも馬淵建綱や堀口貞祐らがいたはずであり、姉小路家日誌にはそれらのことは書かれていない。或いは馬淵建綱や堀口貞祐は落城時に行方不明になったか、討ち死にしたのかもしれない。また和田惟政もこの時南近江を脱して越前の足利将軍家に合流していることが、足利将軍家側の資料で確認できる。

 勿論、六角家もこの時期、何もしていなかったわけではなく、むしろ活発な行動を行っていた。



「御屋形様、召し抱えていただきたき者がございます」

 午前の政務を行っている草太の前に、四名の武士を伴い渡辺前綱と服部保長が姿を現した。師岡一羽が型通りに直答を許す旨を言い、草太はそれぞれ名乗るように命じた。

 とはいえ報告は既に受け取っていた。真野城主真野元貞、永原城主永原重虎は調略により味方となることが決まっていたものであり、残りの二人の山岡景隆、青地茂綱は落城時に降伏したものであった。草太はそれぞれの顔を見、そして渡辺前綱と服部保長にそれぞれについて聞いた後、おもむろに尋ねた。

「青地茂綱、そなたは父が先日の戦で討ち死にしたばかりのはず。兄は六角家にまだいる。それでも当家に仕えたいというのか」

 これに対する青地茂綱の答えは、正に戦国時代を生きる小領主の答えであった。

「兄は蒲生家の者、某は青地家の者にございます。某の目的は青地家が生き延びることが第一、第二は某と兄賢秀のいずれが残っても蒲生の家は続けられる、そのことでございます」

「当家にあれば蒲生家を残すことが出来る、と」

 草太はあまり実感を持てずに行ったが、青地茂綱は言った。

「無論、兄の血が絶えぬのであれば、それに越したことはございませぬ」

 そうか、と草太は言い、少し考えた。それは青地城と瀬田城の位置にあった。大規模な一向一揆が起る場合には、この二城は直轄領としていなければかなり危険なこととなることが予想された。

「青地茂綱、山岡景隆、両名は武将衆として召し上げる。当面は渡辺前綱、そなたの下に付けるゆえ上手く使うが良い。真野元貞、国人衆として所領は安堵する。まずは瀬田の唐橋をかけ替え、山科までの街道整備を命ずる。永原重虎、そなたは瀬田から佐和山までの街道整備だ。いずれも手に余ればこちらからも合力をする故、遠慮なく申し出るように」

 はは、と頭を下げた一同に、ふと服部保長がいる理由が気になった。

「ところで服部保長、そなたが来たのは何か理由があるのか」


「もう一人紹介すべきものがおりましたが、参りませんでした。どうやら気に入らぬようでございます。なにしろ気まぐれでございますから」

 何のことだ、と草太が不思議に思い、ふと入り口に侍る武士に目が留まった。いつもの宿直の武士であるように思っていたが、よく見れば見たことがない武士であった。

「ところでそこな武士、名を何という」

 服部保長は驚いた。隠形の術で居並ぶ者として、服部保長が入ってくる前に正にそこにいたためであった。

 隠形の術、と大仰に言えばそう呼ばれる術であるが、簡単に言えば「誰にも注目されない、どこにでもいるありふれた人になり切る術」であった。現代においても雑踏の中の人物は誰にも注目されない、横断歩道で大騒ぎをしても大騒ぎをしたという事は覚えているものはいるだろうが、誰が大騒ぎをしたか思い出せない、そういう事が屡々あるが、この隠形の術も、簡単に言えばそういった「誰にも注目されない術」である。

 服部保長が一目では見抜けぬほど、元々そこにいるのが当然という顔をして戸口に正座していた、その人物は草太の指名に答えた。

「甲賀五十三家の一、などと言いますがそれほどのものではありません。多羅尾の庄、その長をしている多羅尾光俊と申しますよ。そこな服部保長が旧知のものでこの度推挙に預かることになりましたが、雇われなら別ですが正式に家臣になるというのであれば、あの程度は見抜いてもらわねば。そこの服部保長が見抜くかと思っていたのですがね、まさか姉小路房綱公直々に見抜かれるとは、修業のし直しでしょうかな」

 修業は好きにせよ、と草太が言い、どういうことかと服部保長に説明を求めた。

「かの者は多羅尾光俊、甲賀でも有力な小領主の一人でございます。甲賀には大小五十三の庄があり、甲賀五十三家などと呼ばれますな。土地が狭く山がちなことから、昔から忍びの技を伝えております。忍びの技、と申しますが、今のように居るべき人間として潜り込み情報を聞きこむ、或いは籠城している城に入り込み内部より騒ぎを起こす、こういったことが得意でございますな」

 ふと草太は、以前に聞いたいわゆる忍術が使えるかを聞いてみたくなったが、多羅尾光俊は先手を打つように言った。

「予め言っておくが我らとて常人、空を飛んだり一日に百里を駆けたりガマを出したり、そういったことは出来ぬ。剣をもって尋常に立ち会えば多分そこにいる渡辺前綱殿にも勝てまい。我らができるのは、あくまでも常人の範囲でしかない。それから先に言っておくが軍を指揮するなどは不得手だ。種子島の扱いもさして長けておらぬ」

 草太は多羅尾光俊に言った。

「できぬことは良い。出来ることを述べよ。何もできぬ、という訳でもなかろう」

「忍び込み、情報を集めるのは我らが本領、籠城した城であっても必要とあれば入ろう。なに、いかに固く籠城していてもふもとの女子衆は出入りする、酒も売れる、場合によっては籠城中に兵として入ることさえできる。それも許さぬほどの包囲であれば兵が逃げるから、そっと入れ替わるのも難しくない。といって入ったからといって、出来るのは中で情報を集めるか、兵の不安をあおるか、火でもつけるか、その程度だが」

 草太は即座に多羅尾光俊を雇うことに決め、取りあえずは服部保長にその処遇を一任した。多羅尾の庄は国人衆の領と同じく多羅尾光俊の所領とされた。武将衆であっても村一つを与えることが多いが、多羅尾の庄はそういった村とほとんど規模が違わなかったという事情もあった。

 退出する間際、多羅尾光俊が言った。

「俺の隠形を見破れるほどの方が殿だ、内だけではなく他の五十三家にも声はかけますがね、あまり期待しないで下さいよ。うちと違って六角家との付き合いの長い連中が多いですからね」


 処遇を決めて退出するのと入れ替わりに、お伽衆の小笠原長時が入ってきた。

「旧知の者を召し抱えていただきたく、お願いに上がりました」

 草太は心のどこかでまたかと思ったが、小笠原長時が推挙するのは珍しいと思った。小笠原長時は草太の礼法指南役でもあるため、陣中でなければ草太と同じ城にいる事が多かったから観音寺城にいるのは不思議ではなかったが、それにしてもいつの間に人材登用を行っていたのかと不思議に思った。

「吉田重政にございます。日置流弓術を伝授しているものにて、弓の上手にございます」

 草太は、ふと犬上川合戦の際に弓隊を用いた集団戦術があったのを思い出し、尋ねてみた。すると吉田重政は少し不快気に言った。

「あのやり方で、いかに歩射といえども危険が多すぎます。後ろから弓を射られる雑兵は、使い捨てにでもするつもりでございましょうか。少なくとも某はあの方法に賛成はできませぬ」

 そうか、と草太は言ったが、ふと弓がどの程度の力があるのかを尋ねてみた。

「鉄砲隊と弓隊、いずれが強いと思うか」

 吉田重政はためらわずに言った。

「一発だけなら鉄砲、朝から晩までという事であれば弓にございます」

 む、という草太に対して吉田重政は言った。

「鉄砲は確かに素晴らしい武器にございます。また弓よりも遠くまで飛ぶでしょう。しかし五十も撃てませぬ。精々二十。しかも一発撃った後次を撃つまでにかなりの時間がかかります。更に雨が降っていれば屋外では運用は限りなく難しく、また弾薬が湿気れば撃てぬものも出てまいります。こうなれば不発弾を処理することも危険であり、少なくとも戦闘中に軽々しく出来るものではございません。その点、弓であれば精々弦が切れても張りなおすのは容易にございますし、訓練次第では百数えるうちに六七十は射ることが出来ます。矢も玉薬よりも手に入れやすきものにございます。……確かに威力については鉄砲に譲りますが、一発当てればいずれであっても雑兵の戦闘力を奪うことが出来ます故、威力の違いなどあってなきものでございます。それに……」

 その辺で、と小笠原長時が止めなければまだまだ話しそうであった。草太は、弓の優位があるというのは確かにそうであろうと考えながらも、そのために軍制そのものを大きく変えるのはかなり難しいように考えていた。だがこの吉田重政は得難い人材のようにも思え、特に彼が敵に回った場合には敵側の弓隊が大幅に強化されるような気がした。ふと草太は吉田重政は六角家に仕えていたのではと思い、尋ねた。

「六角家に仕えていたのであれば、六角家には弓隊がいるのか」

「おりますな。某が直々に指導した弓隊、五百が。某自身はここしばらく蟄居していたため犬上川に行きませんでした。弓隊は三雲城に入ったと聞いております」

「その弓隊の実力はどうだ」

 草太の問いに、吉田重政はこともなげに言った。

「防衛戦であり矢が足りれば、千や二千の兵が来ても容易に撃退しましょう。まず一町のうちに入る兵はおらぬかと」

 それが六角家にあるならば厄介なことになるな、と草太は思ったが、それに続けて吉田重政は言った。

「六角家が三雲城にいる、鈎の陣に入るという事であれば、弓隊は脅威でございます。夜陰に乗じての攻撃は、鉄砲隊であれば火縄が見え撃った際には銃口からの火が漏れますが弓は見えませぬ。暗闇からの弓の一撃、盾を用意しても全てを囲う事は出来ませぬ。かといって夜は家屋から出ぬというのも無理でございましょう。それに、弓自体は狩人でも持って居るもの、弓を持っているからといって六角側の者と断定する訳にも参りませぬ」

 この言葉に草太をはじめとする居合わせた姉小路家の面々は愕然とした。

「……厄介だな。対処法は」

 辛うじて草太がそういった。

「短期的にはございませぬ。おそらくは……」

 少し言い淀んで吉田重政は言った。

「おそらくは三雲城を陥落させたとしてもさして意味はありませぬし、兵を倒しても意味はありませぬ。首魁である六角義賢をはじめとした主だった者を除かなければ」

 難しいな、と草太は考えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ