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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第五章 混迷と混乱と
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百六十四、姉小路家にとっての草太

 姉小路家は南近江を制圧したが、その序盤においての一幕により観音寺城が陥落し南近江の制圧まで草太が戦線を離れ、肥田城から観音寺城に移る頃に漸く一応の回復を見せたことは既に述べた。半月ほどの間、草太は表には出ず、肥田城の一室でうずくまっていた。その姿はこの世界に来た当初、やることもなかったので何もしなかった姿とは大きく違い、やることは山ほどあったのだが何もできないというものであった。やらなければ、という気持ちと、それを押しとどめる恐怖により何もできなくなっていた。

 こうした草太を救ったのは、つうでありひ文字姫であった。この二人により恐怖が緩和され、草太はまた表に出ることができるようになった。

 この次第については既に述べた。



 姉小路家日誌天文二十四年水無月四日(1555年6月25日)の項にこうある。

「姉小路房綱公、観音寺城にあり内政を仕り候。また松永丹波守を越前に派し足利将軍家の出陣を促し候。一向宗の僧夥しく捕らえ候も、顕誓にその多くを加賀派へ取り込ませ候」

 この当時、姉小路家主体としての活動はさして多くはなく、やっていることはほとんどが内政である。南部の甲賀地方に引きこもった六角家の撃退も行われたがそのほとんどは小競り合いに終始し、数百ずつに編成され村々に配置された姉小路軍によって撃退されていた程度でしかない。姉小路家も甲賀への進出を積極的に行わなかったこともあり、暫くは甲賀地方を含む六角家の支配は大きくは動かなかったとされる。ただし調略は行われていたようであり、甲賀五十三家のうち六角家から離反し姉小路家側に着いた家は、水無月から文月にかけての二月だけであっても八家を数える。多羅尾家の随身もこのころの話といわれ、服部保長と共に諜報体制を充実させていった、というのが通説である。



 つう、ひ文字姫を引き連れ観音寺城に入った草太が最初にやったことは、内政事情の詳しい報告をさせることであった。早速に弥次郎兵衛、沖島牛太郎、そして近在の大庄屋衆が呼ばれた。庄屋衆は沖島牛太郎が引き連れたが、思うところを忌憚なく言うように、と沖島牛太郎には姉小路家に対する姿勢を問わずその近在のまとめ役を十名を集めさせた。

 広間に集められた庄屋衆であるが、当然であるが心証は良くなかった。いくら沖島牛太郎の息がかかっているとはいえ、自らの村々を蹂躙した相手に対して良い印象をもつことを期待する方が、余程におかしいためだ。また六角側に付いたためであり戦という場であるという事を勘案しても、自分たちの村々からの農民兵が死傷していることは明らかであった。そのことも心証を悪くした原因の一つであった。


 庄屋衆が入り弥次郎兵衛、師岡一羽、服部保長、沖島牛太郎が着座した後、庄屋衆が平伏する中、草太は上座に入った。特に直言を許す、面を上げよ、と弥次郎兵衛が型通りに言い、庄屋衆が顔を上げた後草太が言った。

「六角家を琵琶湖岸から追いやることを目的としたこの戦は、既に概ね終了した。民には大きく迷惑をかけた。この姉小路房綱、心よりの詫びを言う」

 開口一番、こう言った直後に草太は頭を下げた。庄屋衆から驚きの声が上がった。今までの主である六角家であれその重臣たちであれ、自分たちに頭を下げたものは一人もいなかったためだ。

 暫く頭を下げ、そして顔を上げた草太は言った。

「我らも民に被害が行かぬよう、街道整備のために近江から人を抜き、また戦のうわさを流したがそれでも少なくないものが戦に駆り出され、戦場のことなれば我らも手加減もせぬ。大勢の者が被害をこうむったであろう。また戦場となった田畑も荒れたであろう。人手が足りず田畑の手入れが出来ず、田植えもままならなかったもののあるであろう。全ては我らが罪だ。……許せ、とは言わぬ。だが、少なくとも我らの謝罪は受け入れてほしい」

 そうしてまた草太は頭を下げた。今度は先ほどよりは短く顔を上げた。

「この度皆を集めたのは、私が頭を下げるためではない。今を把握しこれからを話し合うためだ。……弥次郎兵衛」

 は、と指名された弥次郎兵衛が話をはじめた。

「細かいところはさておき、全体に作付けの行われない田が多くございます。三割から四割ほどが手つかず、といっても何もなくとも休ませる田畑もあるはずにございますから、人手のために作付けされなかったのは二割から三割というところかと」

 大庄屋たちは、大体のところは間違いないと合意したうえで言った。

「この場限りと代表して発言を許された石松にございます。お目通りをいただきありがとうございました。戦については我らの望むところでもなく、また我らに対するものでもないため、我ら庄屋衆は含むところはございません。また戦で重傷を負ったものも手当てをされて戻ってきた者も多く、安堵したものも多くあります。が、命を落とした者の縁者には当家を恨むものも少なくありません。その点についてはお含みおきを」

 うむ、と草太は言った。

「勝ち戦ならば六角家から何らかの手当てが出るであろうが、負けならば出ぬ、そういう事であろう」

「いえ、勝ちならばともかく、負けならば死に損でございます」

 この言葉に弥次郎兵衛が言った。

「陣没者には、敵味方なく供養は行ってまいりましたが、これからは戦没者の遺族にも、手厚い保護とはいきませんが何か手を打った方が敵方もやりにくいかと。……奪還の軍を起こされた際にも民が味方ならば心強いでしょうし、何よりも慰撫になるでしょう」

 ならばそうせよ、と草太が弥次郎兵衛に命じ、草太は話を変えた。

「話を少し戻すが、平年よりも収穫額は大幅に少なくなるはずだ。これから先、乗り越えられるか」

 この質問に石松は少し悩んだが、ありのままをいう事にした。

「生活するだけであれば問題はないかと。生き延びることが難しくなれば京へ入り生き延びることもできます故。ただ、今まで通りの生活をということであれば難しいかと。特に街道整備に行っていたものが戻ればそれを支える食料はかなり厳しいものがあります」

「街道が再開されてもか」

「街道が再開されれば事情は悪化するでしょう。常であれば我らは食料を売る側でございます。精々海の魚や塩位であり、買うにしてもほとんどが加工して売るための材料としてでございます。しかし街道が整備されれば通行するものに売る程の食糧はなく、その分は買い入れる他はありませぬ。大幅に売値を上げるならば別でございますが、そうなれば人足には手が出ぬものになるでしょう」

 ふと草太は琵琶湖西岸はどうなっているかを尋ねたが、弥次郎兵衛はこともなげに言った。

「とと屋に調達を依頼してございます。姉小路家からも兵糧を回しておりますが相当の利があったようで、先日田中与四郎殿から銭五千貫文が上納されてまいりました。この件の他、京の事と春慶塗の事の分であると」

 五千貫文、という金額に石松をはじめとした庄屋衆は驚きの声を上げた。基本的に自給自足が多い農村のことであり、街道に面していない村であれば年間の収入は十貫文に満たない村の方が普通であり、寒村であれば一貫文でも怪しい村もあるためであった。流石にいくつもの村を束ねる大庄屋であれば十貫文程度は動かすことが出来るが、年に百貫文を動かそうと思えばかなり無理があり、千貫文単位となれば六角家などを動かす以外には手はなかった。その金額について、草太はこともなげに言った。

「石松、この五千貫文、そなたらに任せるとしたら何に使う」

 石松は、答えられなかった。それだけの銭を何に使うか、否、何ができるのかが想像できなかったのだ。その様子を見て弥次郎兵衛が助け舟を出した。

「当面の生活費と戦傷者や戦没した遺族への見舞金、街道整備、灌漑、そして開墾。この辺りが妥当なところでございましょう」

 後ろから手が上がった。

「乙女浜界隈の大庄屋、木久蔵でございます。五千貫文、悉く使って足らぬやもしれませんが、一つお願いがございます。……大中湖の半分程度は埋め立て、水田にさせていただきたい。葦などが生い茂り漁場としても悪くはありませぬが、湖岸では既に開墾できる場所が干拓をする以外にはございませぬ」

 草太の脳裏には環境破壊という言葉がふとよぎったが、それでも食料の増産は必要であるのは事実であった。そのため草太はこれを許可した。

「最初から全て埋め立てる、というのは流石に難しかろう。少しずつ埋めていくが良い。そうだな、弥次郎兵衛、穴田衆に話を通しておけ。……これは先の五千貫文とは別に姉小路家が行うものとする」

 はは、と一同が頭を下げた。


 草太が下がると酒食が供され会談はお開きとされたが、その席上服部保長は何人かの旧知の庄屋衆と再会の挨拶をしていた。元々南近江湖畔から僅かに五里程度しか離れていない服部の庄の出であるため、この大庄屋たちとも、代替わりしたのか知らない顔もない訳ではなかったが大部分は面識があった。旧交を温めつつ六角家や一向宗の動向を聞き、それらも情報として調略によっての情報と照らし合わせていた。

 だが代替わりしたのかあった事のない庄屋に酒を注ぐ段になって、ふとその顔を見た。

「……悪い冗談かな。それとも場所を変えるべきかな」

 その男は言った。

「ここにいるのは単なる庄屋、その一人だと皆思っておりますよ」

 害意はないことを確認し、服部保長は後程別室で会うことを約してその場を離れた。



 その夜、草太は一人悩んでいた。

 今日の会合では、大庄屋たちは最終的にはそれほど草太に対して悪く考えていないようであった。だが最初の敵意の籠った目は、やはり草太に向けられたものだとして考える外はなかった。草太は、結果的には好意的な目を引き出すのに成功したが、それは銭をばら撒いたからに他ならないと考えていた。銭を撒いている間は好意的にみる、ということかと思うと、なんとなくやりきれないものがあった。

「所詮、世の中は銭金、損得勘定、それだけなのか」

 ふと呟いた草太であったが、その部屋を叩くものがあった。顕誓であった。

「よろしいですかな。……と、白湯でございます。そこでひ文字姫に渡されましてな」

 草太は、顕誓に白湯を運ばせてしまったことを恐縮しつつ受け取り、座をすすめた。床の間を背に座る草太に向かいあって座った顕誓は、白湯を一口すすった後暫く黙って草太の顔を眺めていた。そして言った。

「随分と迷っておられる。迷いが迷いを呼んでおられる。聞けば奥方様に少しは救われたようでございますが、まだまだ迷いが大きい。違いますかな」

 草太は、正にその通りだと言った。

「そのために随分と迷惑をかけました。民を幸せにするために、戦をなくすために戦をしている、そのはずが民に恨まれ戦の火種となる。自分のしたことが何であったのか、私にはだんだん分からなくなっていました」

 一口白湯を飲んでから、顕誓は言った。

「合戦では鬼、それ以外では仏、そう呼ばれていても、姉小路房綱という人間はどこまで行っても人間でしかございませんよ。いかに自分が善意であろうと、大部分の民には喜ばれるものであろうとも、中には喜ばぬものも出てまいります。当然でございますよ。それがしとて今は一向宗加賀派の長などになっており多くの民を導いておりますが、それでもそれを良しと思わないものがいないわけではありません。……今までの石山本願寺の講組織の中心人物の中には、講の者たちを自分の部下か召使とでも考えておる心得違いの者も少なからずおりましてな」

 そういうものか、と草太は思った。続けて顕誓は言った。

「拙僧の跡目、これも難しい問題でございます。子が居れば問題はありませんが、大小一揆の最中で討たれました。某の血筋から、というのも中々に難しきことにございますが、誰かを養子にというのも難しいことにございます。必ず不満を持つものが出ます故」

 草太は、なんとなく顕誓が言いたいことが分かるような気がしてきた。何をしても、どんなに正しいことであっても、それを悪く見るもの、恨みとして見るものは出てくる、という事であった。

「姉小路房綱殿はうまくやっていると思いますよ。少なくとも私の知る限り、民がこれほど喜んで暮らしている国は有りませぬ。先日まで滞在していた北近江もまだ姉小路家の支配になって半年と経っておりませんが、それでも皆姉小路家を慕っております。悪く言うものは、声は大きいとしても数は少ないものです。あまりお気になさらぬように」

 そういうと顕誓は自分の分の湯のみを持ち、失礼を致しました、と部屋を出ていった。



 その夜、ここ数日と同様にひ文字姫と眠りについた。子に触るから、という理由でつうは眠る直前には部屋に下がるが、その直前まではつうも一緒に穏やかな時間を過ごした。そんな中で草太は顕誓の言葉を反芻していた。

「何をしても、誰かはそれに対して否定する、か」

 草太が呟くように言ったが、つうはそんなものでございましょうとさらりと言った。

「僻みもありますよ。同じことをしているだけなのに、商人の娘だった時代、お城に上がって奥仕えを始めた後、御屋形様付きになった後、側室となった後、そして今、全て態度が違う人だっているのですから。やっているのは単に台所に立って料理しているだけなんですけれどもね。でもそういう人も家に帰れば幸せな瞬間があるのだと思います。……多くの民が幸せを感じていれば、御屋形様にどういう態度をとる人がいてもそれはそれでいいではありませんか」

 それもそうか、と草太は多少気が軽くなったような気がした。

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