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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第五章 混迷と混乱と
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百五十五、近江へ

 草太が近衛家からはいったひ文字姫を側室としつうを正室とすることを決めた次第については既に述べた。実際に変化があるのはつうの出産後とされたためひ文字姫には嫁入り道具を用意する時間ができたが、いずれにせよ姉小路家が用意すべきものとされた。姉小路家側が用意するのは筋が違うような気もしないではなかったが、近衛家は用意する意図がないようであったためそうする必要があった。とはいえ調度品については飛騨の木工や木材を使うことが出来、着物についても飛騨産の絹を使う事の出来る姉小路家のほうが容易であった。

 こうした奥向きの環境を整えつつ、待っていたのは治罰綸旨の発給であった。発給があり次第六角家を攻撃し南近江を攻略する、という方針を立て草太は金沢城にあって六角攻めの準備に余念がなかった。



 姉小路家日誌天文二十四年皐月十日(1555年5月31日)の項にはこうある。

「近衛家よりの勅使の先触れ有之候。公、即座に宮部城へ引き移る触れを出し候」

 六角家に対する治罰綸旨が下されたのは、朝廷では皐月十一日(1555年6月1日)のことである。近衛前久は内覧であったため、予め治罰綸旨が通ることを知って先触れを出していたものと考えられる。側室となるとはいえこの時期はまだひ文字姫は正式には草太に嫁していない。近衛前久が親密な関係を築こうとしている様が見て取れるが、姉小路家はこの後もしばらくは一条家との関係が深く、その関係が薄くなるのは草太の烏帽子親、一条房道が死去した後の事である。

 もちろん、この綸旨については足利将軍家にも連絡が通っていたらしく、宮部城に将軍足利義輝の名代として細川藤孝が派遣されていたことが、勅使であった冷泉為益の日記に書かれている。ただし、勅を受けたのは姉小路家であり、足利将軍家はほぼ蚊帳の外である。なぜこの場に足利将軍家が顔を出したのかについて冷泉為益は勅使が来たためと簡単に考えていたようであるが、考えてみれば難しい問題である。どのような立場から勅使を迎えたのかについても推測の域を出ず、その思惑を裏付けるような資料も見当たらない。論者によっては姉小路家を足利将軍家と朝廷が互いに自陣に取り込もうと画策した結果であるというものもいる。この意見に対する反論は難しいが、正しいとするのであれば足利将軍家も朝廷も成功しなかったようである。



 草太は評定の後、諸将の大部分は或いは飛騨や越中、能登に、或いは前線のある近江に戻したが、自身は金沢城に留まっていた。近江で必要なのは兵の訓練と物資の集積、六角家の調略と侵攻への警戒であり、草太がいる必要がなかったためであり、それ以上につうとひ文字姫を入れた草太の奥向きの問題があった。少なくともつうとひ文字姫の仲が拗れないようにしなければ、家内の安全が確保できないように草太には思われた。そのため、毎日草太はひ文字姫と話し、つうと話をし、或いはつうとひ文字姫を交えて話をした。

 ひ文字姫付の女官は、ひ文字姫の部屋に調度品が増えていきそれが水準以上のものであったため、どうやら自分の心に折り合いをつけたようであり、最初のうちの怒りの籠った目で草太を見るようなことは十日もしないうちに無くなった。それでもつうに対しては敵愾心を持っているようであり、それが草太には危ういものに思われた。草太がこのことを弥次郎兵衛に話すと、弥次郎兵衛は言った。

「旦那、それは当然ですや。ひ文字姫の心の中は知りませんがね、その女官は当然近衛家の意向を受けて動いている訳ですから、正室につけたい、そのための障害としてつうを見ている訳ですや。敵愾心があって当然です。つうに被害が出ぬように、うまくやる他はありませんな」

 それは分かっている、と草太は言ったが、弥次郎兵衛は更に言った。

「分かっていませんや、旦那。女子たちの嫉妬や独占欲から行動した場合の恐ろしさを、旦那は分かっていません。……正直、回避する策はありませんや」

「ない、のか」

 草太は少し気落ちしていった。ないのであれば、二人が接触しないように、別の建物に住まわせるなど遠ざける以外に方策はなかった。だがそれでいいのか、草太には判断がつかなかった。だがそこへ平助が口を出した。

「少なくともひ文字姫はそれほど問題でもなかろう。公家の出であり、妾がいるのが当たり前の世界に住んでいた上、政治的な思惑は持っていないようだからな。むしろ女官が問題だな。おそらく政治的な意図をもって当家に来ている。当然、正室になるための障害としてつうを見ているのはこの女官であり、この女官を除けば何とかなるだろうよ」

 女官を除く、というのは草太も考えた処であった。だが問題は女官の主はひ文字姫、ひいては近衛家であり姉小路家の支配下にはなく、そのためにどういう形にするとしてもひ文字姫ないしは近衛家の了承を取る必要があるということであった。そういえば、と草太は思い出していた。

「女官はどうにかなる、と言っていなかったか」

 弥次郎兵衛は言った。

「何とかしろというならしますがね。追い払うだけであれば簡単です。近衛家に女官を引かせればいい。。……方法は姉小路家が彼女に間諜の疑いを持っていると囁けばいい。それを草太が抑えている、と。本来であれば側室にも入れずに追い出されるところであったのをなんとか家中を抑えて側室にした、とね。近衛前久殿は事を荒立てぬように彼女を引くでしょう。手紙を認めれば問題ありますまい」

 それでいこうかと草太は言い、この場は終わった。


 十日の後、女官に近衛家からの帰還命令が届いたのは言うまでもないことであった。

 こうなるとひ文字姫の身の回りの世話をするものが必要となるが、公家、それも摂家の姫に仕えるほどの人物は金沢ではなかなか見つけにくかった。そのため草太はつうと共につう付きの女官たかに当面の取り仕切りを任せた。結論から言えば、この措置は非常によい結果をもたらしたようでありひ文字姫とつうが姉妹のような関係を結ぶことになったのだが、それにはしばらくの時間がかかった。



 ひ文字姫の女官が除かれ二人の仲が徐々にではあるが改善されていっているのを見て、当然ながら草太は喜んだ。そうした矢先、近衛家から使者として近衛家の家宰である青柳が来た。草太ははじめ、ひ文字姫を側室にしたことについて何らかの問題にしようという使者かと考えたが、一通りの挨拶の後、使者は言った。

「姉小路房綱殿、主近衛前久より口上を言付かっております」

 何か、という草太に対して使者は続けた。

「先頃、先代近衛稙家公がひ文字姫を騙し討ちのように押し付け、その見返りとして求められた勅の支度が整いましてございます。下るのは今日か明日、勅使として冷泉為益様が下向するのはその直後の見込みでございます。……先頃のひ文字姫のことといい、ひ文字姫に付けた女官の事といい、京を離れることが難しい主に代わり幾重にもお詫び申し上げます」

 草太は、相分かったと言い、続けて言った。

「青柳殿、口上ご苦労であるが、もう一度口上を願いたい。……いや、今この場ではなく、帰りに越前におわす将軍足利義輝殿の前で、だ。この件、この姉小路房綱の独断で動いてはいるとはいえ、勅が下るのを足利将軍家にも知らせないというのは流石に拙かろう。将軍足利義輝殿に洗いざらいの事情を説明してもらいたい。それからもう一つ。勅使の冷泉為益殿へ宛て文を一通書いてもらいたい。内容は、勅使を迎える城は近江宮部城、期日は皐月十五日とすると書いてもらいたい。急げば二日程度で文は届こう」

 はは、と青柳が頭を下げた。

 青柳が退出したのを受けて、草太は左右の者に向かって言った。

「手筈通り、近江宮部城へ移る。急げ」

 奥向きに対しては事前に話は通してあったため、ほとんど時間もかけず、翌朝には金沢から敦賀へ向けた船中の人となった草太であった。



 青柳が越前に入り、府中城の将軍足利義輝に謁したのは、草太との謁見の翌々日である皐月十二日(6月2日)の事であった。碌に根回しもなく謁見できるかどうかと青柳は考えていたのだが、その下準備は姉小路家によって整えられていた。形式を踏んだ挨拶の後、将軍足利義輝は青柳に言った。

「して、何用か。近衛家が家宰を当家に使者として出すなど、珍しきことだが」

「この度、姉小路家に勅命が下ることとなりましたが、その勅使の下向に対する準備として姉小路房綱殿の下へ赴きましたところ、こちらへも口上をせよと頼まれました故」

 将軍足利義輝は少し不快になった。朝廷が姉小路家を配下として見ている、ということであるが、そのことについて足利将軍家に一言もないところを草太の心遣いにより口上をしに来たためであった。草太が何も言わなければ、姉小路家への勅使は足利将軍家に一言もなかったに違いない、と考えることは、少なからず不満であった。

「して、どのような勅命か」

 不機嫌になった将軍足利義輝を見て、横から細川藤孝が口を出した。これはどちらかと言えば青柳に対する助け舟であった。青柳は勅が下る経緯も含め、洗いざらいを口上した。将軍足利義輝はそれを聞いて言った。

「ひ文字姫を送り込んだ、その見返りとして治罰綸旨、とな。姉小路家に近衛公の妹が嫁いだのは聞いていたが、近衛公が押し付けたという話であったか」

 青柳は、正直に話そうと考えていた。

「いえ、先代稙家様の先走りでございまして、前久様の関知しない話でございました。それ故、前久様は誠意として治罰綸旨を出すために奔走いたしました」

 将軍足利義輝は心の中で考えていた。草太が南近江を攻めるのは、足利将軍家の京都奪還、それに対する最低限の補給路の確保のためであった。六角家への攻撃の名分を立てるため治罰綸旨まで持ち出したのは、いささか腑に落ちなかった。少なくとも足利将軍家は六角攻めを認めていたため、それ以上の名分は不要ではないかと考えたためであった。そのような将軍足利義輝を見て、細川藤孝が言った。

「御屋形様、もしお許しが出れば金沢城へ参りたいのでございますが」

 む、と将軍足利義輝は考えたが、草太が青柳をここへ送り込み口上をさせたのは予め知らせるためか、より穿って言えば勅が下る際に立ち会わせることを前提としていると考えられた。そのため将軍足利義輝はこれを許した。青柳は草太が近江宮部城に向けて移動し、皐月十五日に宮部城で勅使を迎えると知らせて、この謁見は終わった。



 そして皐月十五日、近江宮部城に草太は勅使を迎えた。


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