百五十、公家のやり方
草太たちが京へ上った夜の一条家での一幕については既に述べた。
草太たちは一条房道の、近衛稙家の娘を室にいれるようにという要請については家中での相談の上、と保留としたが、それ以外の京の治安回復と朝廷警護については了承した。とはいえ、既に京の治安については当面は比叡山延暦寺に既に手配済みであった。
一条家での会見の翌日である弥生八日(3月31日)、草太は朝議に参内し、従三位へと陞爵した。特に朝議でも何もなく、単に草太の陞爵を認めて終わった。
だが草太は紫宸殿を退出する際に荒廃著しい御所を見て、何とかしなければならぬと考えていた。
朝議が終わった後、草太は公家の家を回って手土産を配っていた。また一条家以外の五摂家については先触れを出して都合を尋ねさせ、可能な限りに早期に訪問をするように心を砕いていた。手土産を、といっても相手の家格に応じた金品であり、多くの公家は手元不如意であったこともあり、草太の手土産は喜ばれ、京近郊についての公家の視点での様々な事情を知ることが出来た。いくつか知ることが出来たが、最も草太の気になったのは三好家の動向であった。三好家は山城、和泉を含む多くの国を領しており、朝廷にも献金を行っていたがさしたる額ではなかった。また京の治安についてもあまり熱心ではなく、下京を戦場にし或いは兵を駐屯させるなど、むしろ治安悪化の要因となっていた。
また、足利将軍家の評価も全体に高いものではなかった。公家の立場からすれば自分たちの庇護者としての役割を果たさぬ足利将軍家の評価は辛くならざるを得ない上、将軍足利義輝が公家のために何かをしたということもなく、実績もなかったためであった。もし草太が足利将軍家を最後まで奉じるつもりであれば、朝廷との仲をどうにかする必要がある様に思われた。
朝議が終わった日の夜、草太は城井弥太郎と会った。型通りの挨拶の後、城井弥太郎が言った。
「この度は正四位への陞爵と参議への昇進、おめでとうございます」
草太が従三位だけだ、と訂正すると城井弥太郎が驚いた。
「昨夜一条家で話をし、従三位だけにしてもらった。飛騨国司を退くつもりはない。もし昇進するという事であれば兼任という事にさせてもらう」
草太がそういうと、城井弥太郎が納得したように言った。
「確かに飛騨支配のためには国司であるというのは重要でございましょう。が、公家というのは位で役職を決め、その前例を覆すのを嫌う人種にございますので、あまり我意は張らぬがよいでしょう」
そうだな、と草太が返した後、城井弥太郎が本題に入る様に促してきた。
「それで、この度はどのような無理難題をもって参ったのでございますか」
「なに、難しいことではない。下京の土地をいくらか確保し、寺を建立してもらいたい。こちらで費用は持つ」
草太の申し入れに、紀伊弥太郎は不思議そうな顔をした。
「そのようなことであれば我らを通さずにおやりになれば宜しいでしょう。なぜでございますか」
理由はいくつかある、と草太が言った。
「まず第一に、先日までの様々な骨折り、一枚噛んでおけばその補填もきこう。第二に寺は比叡山延暦寺の拠点とする寺であると同時にお救い寺でもあるようにするつもりだ。お救い寺という意味では、城井弥太郎殿が今までもやってきた事業でもある故、どこにあるのが効果的なのかを知っておるはずだ。最後に、作るための人員を京近郊で雇えば食える人間が増える。そういった人足の雇い入れは城井弥太郎殿を頼みにするのが上策であろう」
ふむ、と聞いていた城井弥太郎であったが、なぜ比叡山延暦寺の末寺であるかが分からなかった。一向宗加賀派の寺であればまだ話は分かったが、比叡山延暦寺、つまり天台宗というのは慮外であった。このことを聞くと弥次郎兵衛が代わって言った。
「弥太郎様、比叡山延暦寺は京の治安回復に協力すると約定を結びました。それ故にその拠点となる寺を作る必要があり、そのための寺の建立でございますよ。ほとんどが既存の寺院の別院という形と致しますし、お救い寺という形をとる以上は贅を凝らす必要もございませぬ」
「で、弥次郎兵衛、実際のところどうじゃな」
このように城井弥太郎に言われては、弥次郎兵衛も昔の弥次郎兵衛に戻って対応することにした。
「親分、実際のところも説明した通りでございますよ。比叡山と事を構えるのは、それはそれで厄介でございますから、同盟に近い協力体制を組むことで合意しておりますよ。実効的になるのは六角家を南近江から、三好家を京から落とした後の話になりますがね」
城井弥太郎は攻め口を変えた。
「そのようなことを話して良いのかの」
「問題ありませんや。親分、こういうことを漏らすことはないでしょうし、三好家にも比叡山延暦寺を正面から敵に回そうという酔狂はないでしょうからね。京近郊の関所での通行料や地子権が失われる程度でしょうから、あまり熱心に確保もしないと見ております。そもそも公家や寺社の上納品は通行料をとれませんし、上京には地子銭もかけられません。下京は貧民が多くてほとんど銭になりませんし、いう程は銭にならぬはずですな」
ふむ、と城井弥太郎は考えた。確かに人夫を出せば民が潤う上、そのお救い寺の場所を決めることが出来るならば相当程度のことが出来るはずであった。だが比叡山延暦寺に深入りするのは避けたかった。何より比叡山の座の一つとされてしまえば、今までのような後ろ盾を持たぬものの受け皿としての京香具師という集団の維持が難しくなるためであった。そのような葛藤を見抜いたかのように草太は言った。
「京の支配後は楽座の制を敷く。近江で六角家がやっているように、寺社の運営する座を離れ、香具師として小商いをできるようにする。そうでもせねば京の民は生計が立つまいよ」
土地の選定を城井弥太郎に任せることとし、五日のうちに土地の選定をすることとした。といって荒れ地に掛屋がある程度であったため、どこに建てるかを決めればその先はそれほど時間のかかる話ではないと城井弥太郎自身も述べていた。五日後の弥生十三日(4月5日)には京に着いた日に堺に使いを出して面会を算段した田中与兵衛との約定があった。その席で選定した土地を示し、細かい段取りをするという事でこの夜は終わった。
この五日間、草太は既にあるお救い寺に寄進を行い、或いは兵を手伝いに出して民の安寧に努めるのみならず、公家や鞍馬寺などの寺社へも訪問を怠らなかった。その中で特筆すべきは近衛家への訪問であった。この訪問には平助は吉岡憲法の兵法所へ、弥次郎兵衛も他の公家への使いで忙しく、草太は小者を連れたきりで出かけた。
草太はこれまでも何度か上洛をしているが、近衛家を含む五摂家は一条家を除いて会えるのは家宰までであり、朝議では声をかけられることもなく、朝議以外では取次がつくため直接言葉を交わしたことはなかった。だがこの時は違った。広間ではなく奥の間に通された草太は最初控室かと思っていたが、部屋に入って囲炉裏があり湯が沸かされ茶匠が待機しているのを見て、ここが面会場所であると気が付いた。草太が下座に着くと程なくして近衛稙家が入って来、上座に座った。それと同時に茶匠が茶をたて、たて終わると退室した。この間、近衛稙家は一言も発せず、また草太も黙っていた。だが茶匠が出た後漸く近衛稙家は口を開いた。
「流石は田中与四郎の友人、というところか。茶の湯を楽しむのも堂に入っておるの。それとも小笠原殿が指導かの」
滅相もない、と草太は否定したが、それは良いわ、と近衛稙家は本題に入った。
「一条房道殿から話がいっていると思うがの、娘のことじゃ。本来ならば朝倉家に入るはずが討ち死にしたでな、尼にするのも可哀想でどこかに嫁がせたいと考えておるの。ということで、貰ってくれぬかの。いや言ってみれば傷ものだからの、側室でも構わぬ。どうかの」
草太は家中の大事なれば、と保留を決め込もうとしたが、近衛稙家は言った。
「つう、といったかの。あの側室はそなたが鶴の一声で召し上げたと聞く。それが我が娘であれば家中の大事というのは、近衛家との繋がりについての問題かの。それとも一条家に養子に出してからという問題かの」
そうではありませぬ、と草太が言った。
「本人の心も知らず、ただの駒として、家と家を通じるだけの結婚は別でございます。つうは側仕えであり手が付きました故側室といたしました」
草太は、事実関係を少し捻じ曲げ、手を付けたのが側室に上げた後であることを隠して言った。しかし近衛稙家は一枚上であった。
「ならば本人の心がそなたにあれば良い、というのかの」
これには草太は返答に窮した。窮した草太に追い打ちをかけるように、近衛稙家は手を叩いた。戸がすと開き、女房装束の一人の少女が入ってきた。そして近衛稙家の隣に座った。
「これなるは我が娘、ひ文字じゃ。戦の激しくなってきた京には置きたくないがの、さりとて他の土地が安全ともいえぬ。だが姉小路家であれば安全であり、房綱殿の室に入るという事であればめでたかろうというものじゃの。……どうじゃ、預かるだけでも預かってもらえぬか」
そこにあるのは政略結婚というよりも娘を思う親心であった。草太もこれには反対すべくもなく、当面は預かるのみ、室に入れるかどうかは別の話である、と念を押して連れて帰ることとした。
その夜、草太が弥次郎兵衛に叱られたのは言うまでもなかった。草太は叱られるとは考えていなかったため、なぜ叱られているのかが分からなかった。室に入れるかどうかは別だというのは念を押した話であったためでもあったが、弥次郎兵衛は既に世上のうわさをつかんでいた。
「世間の噂では連れ帰ったのは既に広まっております。つまりは室に入れたも同然にございます。お判りでしょうが」
これは草太にも理解できた。噂が広まるのが早すぎるのだ。であれば、広めたものがいるはずであり、それは近衛家に他ならなかった。つまり既成事実を作られてしまい、草太はひ文字姫を室に入れる以外には方策がなかった。
「一条公には断りを入れねばならぬな」
草太が言うと、弥次郎兵衛は言った。
「家格からいえば正室にせねばなりませぬな。正室が既にいればそれを盾にすることもできたでしょうが、なかなか」
そして自分が付いていながらこのような手を、と呟いたが、そこに入ってきたのはひ文字姫であった。寺社ではあったが女人禁制というわけでもなかったため双林寺に連れてきているが、特に奥との境が曖昧であったからこのようなことが出来たのであろう。ひ文字姫は言った。
「所詮政略結婚だから誼さえ結べれば側室でもかまわない。私を好いてくれぬとも。ただ置いてくれればよい」
こう言ったのは、ひ文字姫の精一杯の強がりだったのであろう、肩が震えていた。草太は言った。
「帰る家、ないんだろう。下手を打ったのはこちらだ。仕方がない」
「御屋形さ、いや旦那、それで良いので。つうには何と」
弥次郎兵衛は姉小路房綱ではなく草太に対して言ったが、草太は決めたことだ、と言った。
「つうには後でよく謝る。一条公にも。だがこのまま返してもひ文字姫は傷物、おそらく尼寺にいれられて終わりだろうし近衛家との仲も拗れる。なによりひ文字姫を捨てるような形になるのが、自分に対しても許せぬのだ」
弥次郎兵衛は、つれなかった。
「前にも言ったような気がするんだがね、旦那、全員を救えるなんて夢を見ちゃ、駄目ですや。手の届く範囲、受け入れられる範囲だけ。……ま、過ぎたことは過ぎたこと、決断したことは決断したことで尊重しますがね。他の公家からは貰わんように願いますや」
弥次郎兵衛の言葉遣いの変わり方に驚いたのはひ文字姫であった。主人と対等の口の利き方をする部下、というのが理解できなかったのだ。だが草太にそういうものだといわれると、それ以上何も言えなかった。
弥次郎兵衛は、奥方の前で非公式の場ですからね、とひ文字姫を室に迎えることを認めたようなことを言った。
翌朝、草太は渡辺前綱に兵五十とをつけてひ文字姫を送り出し、当面は宮部城に起居させることとした。女人禁制ではないとはいえ、やはり双林寺に女性を泊めるのには問題があるためであった。




