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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第五章 混迷と混乱と
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百四十三、続、円興寺の会談

 斎藤道三の策、その手がかりを求めて円興寺にて草太たちが蜂須賀小六と会談した次第については既に述べた。

 外は雨が降り始めたが、草太と蜂須賀小六の会談はまだ続いていた。



 草太は話を変え、気になっていることを尋ねた。

「織田信長殿は、どういう人物かな」

 蜂須賀小六は言下に答えた。

「うつけ、だな。ただし、うつけでも人が付いて来ている。それだけの器だ。まだ器だけだがな」

 というと、と草太が尋ねると蜂須賀小六は続けた。

「あの器だ。中身さえあれば斎藤道三殿でも怪しいだろう。問題は、織田弾正忠家の家臣の大部分が織田信長殿の弟信勝殿に従っている、という点だ。おそらく織田信勝殿の方が色々とやり易いのだろう。そう、色々とな。我らとて、織田信長殿よりは織田信勝殿の方が、色々と楽が出来そうだからな」

 どういう意味だ、と草太が尋ねると、弥次郎兵衛が口を出した。

「御屋形様、神輿は軽い方が担ぎやすい、というだけの話です。織田信長殿に比べて数段落ちる織田信勝殿の方が家臣団は楽なのでしょうし、他の岩倉織田家、清州織田家にとってもそうなのでしょう。織田信勝殿であれば、平凡に治めることは出来てもそれ以上には決してならないでしょう」

「結果として戦の世は続く、か」

 ため息交じりに草太が言った。蜂須賀小六が引き取る様に言った。

「我らのような稼業であれば戦がなくなると困るのだがな。大体の力が均衡してくれるのが、我らとしては最も良い。どちらも自陣営に呼ぶために銭を積むからな。だが、勝っても負けてもさして状況が変わらないという現状では、どうにも無力感を感じることもある。あの戦いは何だったのか、とな」

 傭兵団の頭目という顔も持つ蜂須賀小六の言葉に、草太は何とも言えない顔をした。続けて蜂須賀小六は言った。

「我らのような稼業の常だが、戦は銭で請け負う。その前後のいかなるものも知った事ではない。ないのだがな。合戦で勝っても負けでも、結局同じか、田畑が荒れ孤児やら何やらが出るのを見て、なんとも言えない気分になる。何をしても結局は無駄なのか、とな。……こういうことは、儂のような立場の人間が言うべきではないな」


 沈黙が場を支配したが、弥次郎兵衛が口を開いた。

「話を戻しましょうや。御屋形様、斎藤道三殿の策、それが何かは分かりませんが、分からないものは分からないで良いじゃありませんか。さしあたっては目の前の問題から解決しましょうや。一番良いのは強い斎藤家が美濃を治め、余計な戦が起らないこと。次にうちが併合して美濃を収める事。弱って内乱が繰り返されるような形になるなら、斎藤家なんて潰れたって良いじゃないですか」

 おい、と蜂須賀小六が言った。蜂須賀小六は独立勢力であるとはいえ、斎藤家との繋がりが強かったためだ。だがその声を無視して弥次郎兵衛は言葉をつづけた。

「強い斎藤家が残る様に、こちらで策を練りませんか。斎藤道三殿が何を目的とした策を打ってくるのかは知りませんがね」


 雨脚が強くなってきた。

 だが弥次郎兵衛の発言に反対するものはいなかった。強い斎藤家を残す、それだけの策をここで練るという発想は、確かに今までの草太たちには欠けている視点であった。

「そういうからには何か腹案でもあるのだろうな」

 しばしの沈黙の後、ぽつりと蜂須賀小六が言った。自分の練った策では届かない、それを分かっているからこそのこの発言であった。これに対して弥次郎兵衛は言った。

「策という程のものではありませんがね」

 簡単に説明したものの、実際に内容は簡単であった。

「秘密裏に姉小路家が出張って一撃、壊滅させて終了、とこういう訳です。通行許可を取ったり逃げられないように周囲を囲ってもらう必要はありますが、それだけです」

 な、と蜂須賀小六は驚いたが、弥次郎兵衛は言った。

「百の策よりも一の暴力、という訳です。斎藤道三殿が単独で集められる兵は精々五百かその位でしょうから千も兵を入れれば良いでしょうし、千位なら井ノ口の街に秘密裏に入っても問題はないでしょう。策を巡らせるのなら斎藤道三殿に一日の長がありますが、策ではなく戦という事であれば、一鍬衆と中筒隊の混成で千、それだけの数がいればことが足りるでしょうさ」

「それで強い斎藤家が残る、と考えるのか」

 と草太は尋ねた。蜂須賀小六は言った。

「重臣たちの発言力は確かに増えぬな。何しろ、戦場で戦うのは斎藤義龍殿の手勢と姉小路家の連合、それに斎藤道三殿の手勢だけなのだから。……にしても、良いのか。おそらくまともな恩賞もなにも出ぬぞ」

 さらりと戦う軍勢に斎藤義龍の兵を混ぜる辺り、蜂須賀小六も食えぬ男ではあったが、これには草太は言った。

「強い斎藤家が美濃に残り、以後も当家と同盟関係を維持する、それだけでも充分に我らの利益になるな。……兵千ならば明日にでも動かすことは出来るだろうよ。問題は」

「義龍殿がこの案を飲むか、或いは国人衆がどう捉えるか、だな。斎藤道三殿は、斎藤義龍殿との間でどちらにつくかと言われれば義龍殿に着くのが多いだろうが、それでも兵が侵入して殺害したとあればそれを恨みに持つ美濃国人衆は少なくないだろう。或いは姉小路家との間で戦端が開かれるほどにはな。その辺りをどう考えるのだ」

 蜂須賀小六が指摘した。が、弥次郎兵衛は簡単に言った。

「蜂須賀党が合力すればいいでしょうさ。うちが銭を出す。人も出す。ついでに手柄も譲る。一鍬衆や中筒隊を蜂須賀党だとして使えばそれで良いでしょう」

 ふむ、と蜂須賀小六が思案顔になった。

「自分だけでは決めかねる。持ち帰って斎藤義龍殿に相談させてもらおうか」

「ならば、証文だけでも書こう。弥次郎兵衛」

 は、と弥次郎兵衛は紙筆をさし出した。さらさらと淀みなく合力する書状を書き、署名花押を書き込んで蜂須賀小六に渡した。書状には、斎藤義龍に合力する旨が書かれていた。

「三日のちに人と荷を蜂須賀党の屋敷に入れる。支度をしておいてくれ」

 こうして円興寺での会談は終わった。




 同じころ、隠居城である鷺山城の奥深くでは斎藤道三が明智光秀と話をしていた。

「今頃、円興寺で姉小路房綱殿と蜂須賀小六、あれが会談しているはず。襲って倒せば飛騨、北近江は随分と荒れるでしょうな」

「光秀、止めておけ。取り逃がしてもつまらん。それに討ち取れたところで何という事もあるまい。あの姉小路房綱一人の軍略だけならここまでの国にはならなかっただろうよ。それに姉小路房綱がいなくなっても兵は健在、将も健在、となれば姉小路房綱を倒してもその配下の主だった者が姉小路軍を率いて美濃へ攻め寄せるだろうよ。それも主の敵討ちという名目で他の戦線を放り投げてでも全兵力を注ぎ、無秩序にな。美濃全土が我が手にあったところで、あの姉小路軍と正面からやりあって、精々一度か二度の小さな勝利程度なら別だが、最終的に勝てるかと言えば、無理だ。余程の敵失があってさえ撃退は難しいだろうよ」

 明智光秀は驚いていた。斎藤道三がこのような戦う前から敗北を認めるような発言をしたことは、初めてであったからだ。驚いたついで、という訳ではないが、明智光秀は一つ聞いてみた。

「やるとすれば内紛の種をまいてから、にございますか」

「無理だな。探りは入れているが、内紛の種など見当たらぬ。少なくとも上層部にはな。躍らせようとして踊るのは、ごく少数を率いて若狭を攻略している木下某という武将と、何人かの国人衆位だ。その国人衆も踊るかどうかはかなり怪しい。おそらくは踊らないであろうな。木下某も策にはめて背かざるを得なくして、それで五分五分だろうよ。そこまでしても精々一月で鎮圧されるのが目に見えている」

 斎藤道三は否定した。通常は美濃における竹中重元と岩手忠誠や不破光治のように不仲、というよりも家臣団内部での領土問題を抱えるのが普通であり、これは戦国大名であれば多かれ少なかれさして事情は変わらなかった。それを梃子に内紛の種をまくものであるが、武将衆が全く領土を持たないという姉小路家の特性上、それが通じないのであった。

「少しでも不和の種があれば良いのだがな。上層部には見当たらぬ。多少馬が合わぬ、程度はあるだろうが、その程度しかない。成り上がりものなら更なる上昇を、という種もまきようがあるが、それが通用するのは精々木下某だけだろうよ」

 ならば、と明智光秀は言った。

「打つ手はございませんか」

「光秀、よく覚えておけ。百の策はな、兵を増やすわけではない。武将を増やすわけでもない。策を巡らせようが何をしようが、勝てぬものは勝てぬ。……そうあった場合にはどうすればよいと思うか」

 分かりませぬ、と明智光秀が言うと、斎藤道三は言った。

「簡単な話だ。戦わなければ良い。それならば負けない。そうやって勝てる機を待ちつつ勝てる状況を作る。それが策だ。だが」

 斎藤道三はここで一息ついた。

「この度の策は、儂が勝つための策ではない。勝つため、生き残るための策であれば、真っ先に膝を屈するだろうよ。隠居城も返上してどこかの寺に入り、お主たちとも会わぬだろうさ」

 明智光秀は、この策が斎藤道三の自害である、と聞かされてはいた。だがそれを理解は出来ていなかった。

「尾張に逃げる、という策はとれませんか」

 斎藤道三はこの策を一蹴した。

「尾張に落ちて、それでどうしようというのだ。大体、あの婿殿だ。儂が落ちてくるのも策の一つとして見、精々後腐れなく首にされるのが落ちだろうさ。だがお前はまだ若い。まだまだすべきことがある……さしあたっては井ノ口に潜み、敗報が届き次第婿殿のところに行け。書状を届けてもらわねばならぬ」

 そういうと脇の手文庫から二通の書状を渡した。この書状は、という明智光秀に、斎藤道三は言った。

「書状を渡せばわかる。お主は内容を知る必要はない。結局婿殿には一度しか会えなんだが、仕方があるまい。帰蝶によろしく言っておけ。……それから婿殿にはな、自重せよ、と言っておけ」

「自重、にございますか」

 そうだ、と斎藤道三は続けた。

「口上は、そうだな、勝てるようになるまで美濃攻めは延ばせ、先に足元を固めよ、と」


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