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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第四章 戦国動乱編
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百三十二、内政の発展の光と影

 姉小路家の若狭侵攻に始まった第一次姉小路包囲網、一般にその生起とされる朝倉家の離反を含む一連の合戦から終焉とされる朝倉家の滅亡に至るまでについては既に述べた。結果だけを見ると、さしたる大きな被害もなく姉小路家がその力を見せつけた形で、全ての戦局で勝利し、浅井、朝倉両家の滅亡および足利将軍家の戦国大名化という結果で終了した。

 そして姉小路家が敦賀郡を役料として得たことにより、加賀よりの海路ではあるものの本国から北近江までの補給路も確保していたことにより、腰を落ち着けて北近江の開墾をすることが出来るようになった。

 予め城井弥太郎に頼んでいた京の浮浪者たちは、元々が焼け出された農民が多く、その大部分は北近江、加賀、越中各地に散って新たな地の開墾に精を出し、また沖島牛太郎により敦賀から琵琶湖を通じた水運も盛んにおこなわれていた。その様子を見て、一度金沢城に草太は戻っていった。

 そのような中、一通の建白書が提出された。提出者は弥次郎兵衛、太江熊八郎の二人という事になっていたが、おそらくもっと大勢の人間が関わっているに違いないと草太は考えた。それほどまでにこの建白書は草太にとって重大な問題であった。


 姉小路家日誌天文二十四年睦月晦日(1555年2月21日)の項にこうある。

「姉小路房綱公、金沢城にて建白書の引見に及び、悩ましき問題かな、と宣い候。また手すきの諸将を集めて曰く、前線にあらざる国とても守りなくば立たず、城も野党の類の巣窟とならん、と。しかるに城井弥次郎兵衛曰く、そは一鍬衆の仕事に非ず、と。(略)そして一鍬衆の他、民の守りをすべき者達を集め候となりし。ただし、毒を以て毒を治める類の者なれば、公、悩み候」

 多忙な時期であるこの時期の草太がなぜ金沢城に一度戻ったのかは全くの謎である。既に金ケ崎城でも評定を行うことが出来、内政に係わる政務も金ケ崎城で行った事例が多数、この前後でも見かけることがあった事から、内政上の問題ではなかったか、草太が金沢城に戻らなければならないほど重大な問題があったかと考えられている。或いは金ケ崎城の誤りではないかというものもいるが、他の資料から山田光教寺や吉崎御坊に立ち寄っていることが読み取れるため、金沢城に一度戻っていたと考えられる。

 しかし、この時期におこった出来事としては建白書の件があるのみだが、建白書が提出された日付から金沢城に草太が入った後に提出されたことは間違いない事実である。また軍自体は馬回り衆以外は既に金ケ崎城に移動させている時期であり、府中館の縄張りは既に細川藤孝が始めていたため、草太だけが、正確に言えば草太の他平助ら数名の武将と馬回り衆のうち百名ほどが金沢城に戻った理由は、謎である。



 睦月二十七日(2月18日)夕方、将軍足利義輝の前から二の丸に下がった草太を待っていた人物がいた。たかという五十近い奥向きの女官の一人で、つうに付けていた一人であった。何か、と問うと、たかは言った。

「御屋形様、御屋形様におめでたいことを伝えに参りました」

 草太は浅井、朝倉両家を滅ぼしたことだと察し、そして奥向きにはそのようなことは無用ぞ、と言った。

「違いまする。つう様がおめでたいことを伝えに参りました」

 草太は何のことだか分からなかった。なぜここでつうが出てくるのか、全く分からなかった。左右を見回すと平助は素知らぬ顔で居り、弥次郎兵衛も我関せずという顔をしていた。今の声が聞こえなかったはずはなく、つまりは二人には意味が通じたのであろうと理解した。だが、その意味内容が草太にだけは通じなかった。

「済まぬが、誰か分かる様に教えてくれ。……いや、分かる様に教えてください」

 草太は姉小路房綱ではなく一人の草太に戻って助けを求めた。流石に弥次郎兵衛は見かねたのか、我関せずという顔を止めて言った。

「御屋形様、いや旦那、おわかりになりませんか。つう殿がおめでただと」

 つまり、と草太は聞き返したが、その瞬間、思い当たることがあった。そして女官たかに言った。

「今の話は本当か。つうが懐妊、と。それでよいのか」

 たかは、月のものが来ませぬ故、十中八九、ご懐妊でございます、と言い、次のように言葉をつなげた。

「おめでとうございます、と共につう様に一度、お顔をお見せください。女子おなごは、その顔一つで安心することが出来まする故」

「旦那、子供が生まれるなら尚の事、確りとしなければなりませんぜ。姉小路家の主としてだけではなくつう殿の夫としてもね。……それにしても早いですな」

 そうして草太は、逃れようもなくつうに会うために金沢城に一時帰国することを了承させられたのであった。


 その夜、慌ただしく将軍足利義輝に一時帰国し、その後は北近江へ向かうことを届け出て了承を貰い、草太、平助、弥次郎兵衛、後藤帯刀、渡辺前綱は兵を滝川一益に任せて金ケ崎城に移動させ、自身らは馬回り衆のうち早駆けの上手い者百を率いて金沢城に向かったのであった。退出した草太がすぐその夜に戻り一時金沢城に帰国するという言葉を受けて将軍足利義輝は、すわ、また戦かといきり立ったが、草太が事情を説明したところ破顔一笑、祝福して言った。

「生まれるまで待つわけにはいかぬが、つうだったか、その側室に顔を見せてくるが良い。家の内向きの取り締まりも男の大事な役割ぞ」

 そう言って将軍足利義輝は、快く草太を送り出したのであった。


 一方の草太であるが、確かに身に覚えはあるとはいえ、子供、というものがよく分からなかった。後藤帯刀は、産まれなければ中々実感は湧かぬものです、と言ったが、その通りかもしれなかった。ただ、つうの身を案じながら金沢城へと向かった。ただ、十四歳にして父親か、と思わないでもなかった。つうは今年十六でありそろそろ適齢期に入っているが、ふと現代を思い出し、現代なら自分は中学生でつうは高校生だから大問題になるな、と思わないではなかった。

 金沢城に着くと真っ先につうの下に行き、子供のことをきいた。妊娠検査薬、などというものがこの時代にあるわけもないが、つうにきくと、月のものが止まっているためおそらくは、と言った。

「御屋形様、ややが産まれましたら、名が必要でございます。今から考えておいてくださいましね」

 つうはひたすらに上機嫌であった。

 明けて睦月二十九日(2月20日)はつうと過ごし、政務も無しで内向きの事、というよりもつうを労わってつうの言う通りにした。つうもひたすらに上機嫌であった。草太はつうに膝枕をさせながら、つうの「私だけの御屋形様」という言葉に一抹の不安を持たないではなかったが、それでも子ができるのは喜ばしいことであった。



 いつまでも甘い時間に浸っている時間はなく、睦月晦日(2月21日)には政務を開始した。その際、弥次郎兵衛と太江熊八郎の連名で一通の建白書が提出された。一読して草太は、考え込んでしまった。内容は至って簡単であり、だからこそ重要であった。それは、域内でのはみ出し者を纏め上げる裏の組織を作ることが提案されたためであった。太江熊八郎は飛騨にいるが連名しているところを見ると、この問題については内政方の相当広い範囲でこの解決策が検討された結果であろうと草太は認識した。早速、草太は弥次郎兵衛を呼び出して事の詳細を聞くことにした。


「御屋形様、建白書の通りでございます。結局のところ、どのような社会を作っても必ずはみ出すものが出ます。何らかの組織でそういった者たちの受け皿を作らなければなりませぬ」

 草太は、城井弥太郎殿の組織のようにか、と聞いたが、弥次郎兵衛は言った。

「確かに親分、城井弥太郎殿の組織は自発的にはみ出し者の世話もしておりましたが、あの組織は人足水夫から京香具師まで、美濃の川並衆は地侍ながら河川を行き交う水夫と傭兵として世話をしておりました。その建白書ではどちらかといえば人足水夫は人足水夫で一つの組織として既に纏めが付きつつあり、また傭兵団も必要ありませんから、単にそういったはみ出し者を組織して互助組織を作らせる、そして域内の治安を任せるという事になります。そういった言ってみれば自警団を作ることで、現在他家と国境を接していない国の一鍬衆を前線へも投入できる体制を作り、一鍬衆の数を確保するのが目的でございます」

 ふむ、と草太は考えた。確かに理には適っているが、何かが引っ掛かった。

「そういった者たちはどうやって暮らしを立てるのだ」

 草太は思いついたことから聞いてみた。

「はみ出し者の生計たつきといえば、牛頭馬頭か博打かみかじめと相場は決まっていますがね。今までは街の中のことは街の人間に任せていましたが、どうにも良くない。なので、こちらで管理してしまおうというのが建白書の内容です」

「他は分かるのだが、牛頭馬頭とは一体、何だ」

 草太の疑問に弥次郎兵衛は答えた。

「なに、花街の用心棒のことです。馬を付けることもありますがね。そういう、あんまり表に出せない仕事を請け負う人間たち、まともな生業なりわいからどうしてもはみ出てしまう人間を管理するのに、今までは一鍬衆を中心とした力をもってなんとかしようとしていましたが、どうにも良くない。はみ出てしまうものをまともな正業に就けようとさせましたが、やっぱりはみ出す人間ははみ出すものです」

「それが、この制度か」

 花街や馬を付けるなど草太の理解できない言葉もあったが、要するに、はみ出し者の組織化であり、現代社会で言うところのやくざ、マフィアの類に他ならなかった。それを公認で作らせ、管理させようというのがこの建白書であった。

「掏摸盗賊も、この制度には……」

「当然入りますな。もっとも、どちらかといえば取り締まる側ですが」

 草太には、確かにそういったものを取り締まるのには一鍬衆のような人間ではなく別の存在が適しているという事は理解できた。だが、残念ながらどうしても正業からはみ出す人間が出てきてしまうことを理解するにはいろいろな経験が足りなかった。またはみ出したところを生業なりわいとする人間も必要とするのが人間社会というものだという事については想像すら遠く及ばなかった。そのため、草太は考え込んでしまった。そういう草太を見かねて平助が言った。

「御屋形様、世間には、汚れ仕事ではあるけれどもしなければならぬ仕事は存在します。我らとて戦とあれば敵を斬り、突き、或いは撃ちますが、それは必要だからそうするのです。戦場以外では必要ではないため、その技を使うのは慎みます。それと同じことです。生活の場であっても必要ならば汚れ仕事もしなければならず、といって多くのものは汚れ仕事をすること自体をためらいます。仕方のないことではありますが、それでも、そういう汚れ仕事を引き受ける、裏社会とでも呼ぶものは必然的に存在します。それも含めて全部が人間社会というものです。少なくともそれがしはそう考えます」


 草太はそれでもなお納得のいかない顔であり、他の手の空いている武将衆や国人衆らを集め、評定にかけた。

「……というわけなのだが、皆の意見を聞きたい。正直にいう。この問題については私には全く分かりかねる」

 後藤帯刀が真っ先に言った。

「裏社会はどうやっても出来るもの。抑えつける必要はあれども、抑えすぎると爆発いたします。力を分散させ、過度に集中させぬように気を配るならば、その策が間違いのない策でござましょう」

 他のものも異口同音に同じような意味のことを述べたため、草太自身はまだ納得していないもののこの策を採用することに同意したのであった。


 こうして、姉小路家公認の裏社会組織が組織され、古着やくずの取り扱い、盛り場の用心棒などを軸にし、香具師、放下僧の類の締まりを、今までのような単なる顔役ではなく姉小路家の配下として行わせることとなった。だが草太はこの策に同意はしたが、どうしてもはみ出すものが出る、それを吸収するための組織といわれても、なかなか納得はできなかった。草太は確かに優秀であったが、そこはやはり年齢並みに社会に通暁していないと言わざるを得なかった。

 もう一つ納得がいかないのは、確かにこの策ではみ出したものから拾われるものが多数出るにせよ、結局のところこの策であってもはみ出るものが出てくるのではないか、という点であった。


 因みにこの策を最も喜んだ一人は服部保長であった。他国からの間諜の類は、香具師や放下僧の体をとることが多かったためであった。

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