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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第四章 戦国動乱編
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百二十九、朝倉家の最後

 一乗谷城前合戦次第については既に述べた。

 個々の武士の運命はさておき、大局から見れば一乗谷城前合戦は、一乗谷城に籠っていた朝倉家本隊の一部をつり出し、城下町に釘付けにすることに成功したといえる。国人衆に内応の合図をすることにより、一乗谷城の千畳敷、二の丸までは既に足利将軍家の手に落ち、残るは本丸である三の丸付近のみであった。国人衆に加え、真柄直隆が七百の兵を引き連れて一乗谷城を朝倉館から奥へと進んでいた。

 一乗谷城前合戦、その最中に合図により国人衆が内応したのとほぼ同時に、一乗谷城を封鎖していた関から後藤帯刀率いる一鍬衆五千と中筒隊五百、それに若干の医療隊を率いて出撃していた。だが一乗谷城前に着いた頃には既に一乗谷城前合戦は終わっていた。一乗谷城前についた後藤帯刀は、一鍬衆百に医療隊をその場に残し、けが人は手当てし、見込みのない者は楽にし、また朝倉景隆隊の槍脇差をはじめとする武装は回収させた。


 朝倉景隆が死にざまを見、後藤帯刀は左右の者に言った。

「まこと、武士の鑑、武士もののふとはかくありたいものよ。……首をとった者から取り返し、縫い合わせ丁重に葬れ。槍、小太刀、鎧兜、いずれもまとわせておけ」

 朝倉景隆の遺体を町家の一軒に移し、見張りの兵を置き、掻き切られた首を探させるために兵を出した。銀十匁を持たせたのは、雑兵がごねた場合にはそれで買い取れという命令であった。



 朝倉景隆隊が苦境に陥っていたのは物見櫓からの報告で朝倉義景以下にも報告があったが、既に国人衆の内応により本丸以外はほぼ朝倉家の支配下にはなく、既に援軍を送って救援するどころか、本丸と二の丸の間で戦闘が始まっていた。


「かかれぇ」

 内応した国人の一人、池田隼人が何度目か分からない声を上げ、弓隊が射た後に足軽隊が前進した。が、朝倉家の小筒が火を噴き、朝倉景紀隊が押し出し、また国人衆には知らされていなかった間道があったものか側面より朝倉景光隊が攻撃をし、そのまま池田隼人隊を突破して朝倉景紀隊の後ろへ戻っていった。三百ほどの池田隼人隊は半数以上が手傷を負い、或いは死亡し、既に隊としての力を失って後退せざるを得なかった。それでも最後の一撃とばかりに火矢を撃たせ、本丸付近に積んであったまぐさに火をつけることには成功した。

 次に槍をつけたのは正蓮華景継隊五百であった。だが正蓮華景継隊は更に酷く、というよりも池田隼人隊は不意打ち気味に攻撃が始まったのが原因で一時は本丸付近まで押すことが出来たが、正蓮華景継隊に対しては既に迎撃態勢を整えた朝倉景紀隊が待ち受ける、正にその正面からの攻撃であった。そのためこれといった戦果もなく、あっけなく敗退した。


「戦況はどうだ」

 朝倉義景は左右の者に言った。朝倉義景とて一廉の戦国大名であり武将であった。ここまで兵が逃亡し、士気は地に落ち、城に入れた国人衆は悉く内応したからには、既に落城は覚悟していた。ならば、いかに死に花を咲かせるか、それが朝倉義景の考えていた全てであった。

「国人衆、池田隼人隊は撃退に成功、現在正蓮華景継隊と戦闘中も我が方優勢」


 朝倉景隆が出撃した後、兵は千二百ほどが残るだけであり、兵力だけから言えば国人衆との差はほとんどなかった。むしろ、単純な兵士数だけならば国人衆が総勢千五百程であったため、国人衆の方が多かった。しかし本丸だけとはいえ城攻めであること、鉄砲を朝倉家側だけが持っていること、国人衆の指揮系統が統一されていないことなどを勘案すると、朝倉家側が防衛に成功する、その可能性は小さなものではなかった。むしろ、朝倉景隆が一乗谷城前合戦で勝利し、国人衆を挟撃する形をとることが出来れば、国人衆の兵の一部を吸収する形で朝倉家本隊の戦力が強化される可能性さえ考えられた。

 しかし、周到に兵を伏せていた足利将軍家によって、朝倉景隆隊が苦境に陥ったことを知り、遠間には姉小路軍も動き出したとの報が入った時、朝倉義景ははっきりと悟った。足利軍の誘いに乗った時点で、この敗北は避けられないものであっただろう、と。今更降伏も出来まい、ならば、勝手知ったる一乗谷城、そこで武士もののふの本分を存分に発揮すべきであると考えたのであった。



「国人衆抜きで、兵の逃亡も防ぐことが出来ていたら、力押しの落城もせなんだかな。いや、力押しもされずに兵を抜かれたかな。これこそがあの姉小路房綱のやり口か」

 朝倉義景は今更ながらに朝倉宗滴が言った言葉を思い出していた。

「戦場以外で勝ちを決め、その後で戦場に立つ、か。確かにその通りだな。合戦が始まった時には既に負けておる」

 殿、と近習が諫めた。一戦ひといくさして一度戻った朝倉景光が朝倉義景に言った。

「まだ戦は終わってはおりませぬ。今から心が負ければ、勝ちの目が有っても掴めませぬ。そのようなことは仰らぬようにお願いいたします」

 勝ちか、と朝倉義景は言った。

「何をもって勝ちとするのだ。我らは既に巻き返して越前を奪回するほどの力はない。それほどの余地は、既にないのだ」

 何をおっしゃいます、と朝倉景光は言った。

「我らが武名を天下に刻み付ける、これこそを勝ちといわずして何を勝ちとなさいますか。我らの庭で、我らが不甲斐ない戦を仕るはずはありませぬ。あの敵軍を撃退する、これこそが我らの勝ちにございます」

「苦しい戦いじゃの」

 朝倉義景は言った。撃退する以前に、おそらくは全滅するだろう、そのことが朝倉義景には分かっていた。だが足利将軍家の部隊だけでは国人衆を悉く寝返らせても落とせず、姉小路家を引きずり出した、というだけでも十分に武名は立つはずであった。いや撃退できる、そう朝倉義景自身が思わなければ、何よりも共に全滅に近くなるまで道連れにする兵が浮かばれなかった。


 無論、現実は非情である、そのことは朝倉義景は痛いほどわかっていた。


 正蓮華景継隊を撃退したという報と同時に、堀江景実隊が他の国人衆を糾合したのか約七百、その背後から真柄直隆隊がこちらも七百を率いて接近中との報告が飛び込んできた。

「真柄直隆といったか」

 朝倉景光は俄かに殺気を放った。物見の兵は言った。

「馬印から、間違いなく真柄直隆ど……、いやあの裏切り者の真柄直隆に間違いありません」

 殿、と朝倉景光は言った。

「少なくともあの裏切り者は生かして返さぬ、そう考えまする」

 朝倉義景は宥めるように言った。

「真柄直隆、あの裏切り者めの首などどうでも良い。それにこだわる気はない。どうせ敵は全て撃退するのだ。ならばあれも撃退するのだからな。一つずつ敵をつぶせ。命を惜しむな、名を惜しめ、とはいうが、無駄死にはするな」

 朝倉景光は本丸たる三の丸から二の丸に通じる間道を知っていた。それを使って真柄隊だけを攻撃せぬように釘を差した。



「撃てぃ」

 本丸前では小筒が、今日何度目かの火を噴いた。そろそろ尾栓を開けての整備が必要な小筒が出てきているが、無理にでも撃たせ、撃てなくなった小筒は惜しげもなく打ち捨てて槍を持たせて足軽隊に組み込んでいった。

 堀江景実隊の目には、後は本丸を落とすだけ、その本丸も先に八百の兵が攻めて疲弊しており、本丸脇では未だに火が出たまま、落城間近と見て嵩に係って攻めると同時に、勝利間近であることから死力を尽くして攻めようという兵は少なかった。そこへ銃撃、そして朝倉景紀が正に陣頭に立って槍を振るい、足軽隊も奮い立ち、攻撃を仕掛けてきた。

 二の丸から本丸までの道は細く、比較的少数の兵で朝倉景紀が押し、ある程度の距離を稼ぐと戻り、弓、鉄砲を射かける、これだけであった。

 或いは本丸前広場に誘いこんでの側道からの別動隊の攻撃も組み込み、堀江景実隊七百も既に三百を越える被害を出しながらもさして戦況は変わっていないように見えた。


 だが、朝倉景紀は兵を細かく入れ替え、休息をとらせ槍の整備もさせてはいるものの、弓隊は休息を取らせることも出来ず、小筒隊に至っては既に撃てる小筒が三十も残っていなかった。また、休息をとらせているといっても手傷を負うものあり、休息しても完全に疲労が回復する訳でもなく、まして死者が生き返るわけもなかった。つまり全体としてはじりじりと消耗していた。堀江景実隊を撃退するまではまだ兵力に余裕があるが、その次の真柄直隆隊についてはかなり際どいだろう、その次の隊はおそらくは難しいだろうというのが朝倉景紀の読みであった。そのことを報告することはおろか、口に出すこともなかったが。


 本丸の中で休息をとっていた朝倉景紀の下に、朝倉景光を伴った朝倉義景が軍装で降りてきた。

「殿、奥で控えておらねば困ります」

 朝倉義景を見た朝倉景紀は、軍装であるのを見てその意図を即座に理解したが、それでも言わずにはおれなかった。最後の最後、突撃して果てるつもりであろう、そう理解したが、まだその時ではなかった。

「なに、つわものどもの顔を見ておきたくてな。……時に景紀、景鏡を見なんだか」

 朝倉景紀は朝から見ていない、と告げると、朝倉義景は寂しげに、そうか、と言った。

「あの者は昔から、生き残ることだけは上手だったからな。この度もそうであろうよ。……ならば、景光」

 は、と朝倉景光は枯れ井戸の脇の仕掛けを操作した。すると枯れ井戸に水が流れ込んでいった。

「これで、この道から城内に攻め込まれることはなくなった」

 朝倉義景が言うと朝倉景紀は驚いて言った。

「それではいざという時に逃げ道が……」

「無くて良い」

 朝倉義景は朝倉景紀の言葉を遮って言った。

「無くて良いのだ。皆も聞け。儂の居城は一乗谷城ただ一城。落とされるときは儂が城を枕に討ち死にする時だ。だが命に果てはあれども名に果てはなし。命を惜しむな、名を惜しめ。足利将軍家、更に姉小路家に我らが戦の仕様、後々まで語り草にさせるのだ。よいな」

 応、と兵の士気が上がったところに堀江景実隊が再度攻撃をかけてきたと報告が入った。朝倉景紀は努めて平静に言った。

「それでは蹴散らかして来ます故、殿は奥へ」


 弓隊が射、小筒隊が射かけ、隊列が崩れたところに朝倉景紀は突撃をかけ、堀江景実を見つけた朝倉景紀は自ら槍をつけ、堀江景実は重傷を負って後送された。当然にしてその兵も潮が引くように引いていくはずであった。だがその後ろから真柄直隆隊がすぐに迫っていた。引いていくはず堀江景実の兵を太郎太刀で威嚇して再び前進させ、朝倉景紀隊との距離を離されぬように、弓鉄砲を使わせぬように兵を動かすさまは見事ではあった。朝倉景紀はそれに構わず後退し、既に四百を切った手勢を本丸近くまで引いたところで、真柄直隆隊が突出してきた兵を横から朝倉景光率いる兵二百が横殴りに攻撃した。朝倉景光隊が朝倉景紀隊と合流する、その際にできる僅かな隙間に弓鉄砲を合わせ、堀江景実隊の残兵を壊滅させ真柄直隆隊の先頭百数十を倒した。

「裏切り者の真柄直隆よ、何のかんばせがあってそこに来たるや」

 朝倉義景自ら兵百を率いて出撃し、朝倉景光隊のうち合流に成功した百と合わせて二百とし、朝倉景光を副将として真柄直隆隊を本丸前の武者溜りの入り口で真柄直隆隊を防いだ。この間に朝倉景紀隊を再編成させるためであった。


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