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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第四章 戦国動乱編
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百二十六、幕臣と浅井久政という人物

 姉小路家が湖北地方をその手に収めた次第と、その直後に暁をついて宮部城を抜け出た草太と平助が国友村を訪れた次第については既に述べた。だが、国友村を出た草太と平助がそのまま城に帰るわけはなかった。



 国友村を出た草太と平助は、そのまま姉川沿いに下り琵琶湖の湖岸に立ち、そこから船に乗り竹生島に向かった。竹生島には二人の男が待っていた。沖島牛太郎と城井弥太郎であった。

 都久夫須麻神社つくぶすまじんじゃに参拝した草太と平助は奥の間で沖島牛太郎と城井弥太郎と面会した。宮司には話が通っていたと見え、周辺には人の気配がなかった。遠く神社本堂の方にわずかに数名の宮司と参拝客の気配があるだけであった。

 草太が当然のように床の間を背に、平助が床の間を右に座り、直答を許すと型通りに言って会見が始まった。

「ここは昔から信仰の地でございます故、かように琵琶湖を渡らなければならぬ地にあっても数は少なくても参拝客は毎日のようにおります。さして怪しまれますまい。……して、折り入っての話とは」

 沖島牛太郎がこう切り出した。

「まずは沖島牛太郎、先日の将軍家への兵の供出、大儀であった。あれなくば将軍家が千の兵も集められぬとあっては格好がつかぬ。出陣も出来まい。さりとて六角家に兵を借りると後が厄介だったからな。改めて礼を申す」

 草太の発言に、そのようなことを、と沖島牛太郎が言ったが、その次の言葉には沖島牛太郎、城井弥太郎二人とも驚かされた。

「越前は敦賀一郡を除いて将軍家の御料地とする。その締まりに誰ぞを送り込んでもらいたい。また京大阪にいる者で幕臣になりたいものを集めてもらいたい」

 城井弥太郎は、少し怒ったような口調で言った。

「簡単に言って貰いますがね、房綱公。我らは打ち出の小槌ではありませぬ。誰でもよいなら百や二百、集めるのは訳ありません。が、越前一国の締まりをできるほどの人材、弥次郎兵衛ほどの人材をおいそれと手放せるとお思いですか」

 分かっている、という口調で草太は言った。

「そなたらの手下でなくともかまわぬ。というよりも手下ではない方がよい。湖西から山城辺りの地侍で目端の利くもの、次男三男であれば尚良いが、この際そこまでの贅沢は言わぬ。また、暫くは我が姉小路家が実質的には治める故、育てるのも我らがやろう。ただ目端の利くものを紹介してもらえればよい」

 沖島牛太郎が呆れたように言った。

「なぜです、なぜそこまであの将軍家に肩入れするのです。越前だって姉小路家の手に収めれば話は早いではありませんか」

 草太は言った。

「筋、だな。筋を通さず力だけで通っては、無用の反発と戦が起る。禁裏の力、将軍家の力、或いは御仏や八百万の神々への信仰という力、そういった目に見えぬ力を侮ってはならぬ。それらは目に見えぬが故に強い。戦をなくすためには筋を通すことも大事なことだ」

 草太にこういわれては、分かりました、と言うほかはなかった。年齢は構わぬので、と城井弥太郎が確認したが、特に構わぬ、と草太は言った。


 こうして、元々幕臣であった朽木元綱が翌日に、紹介状を持った河田長親が翌々日に、それぞれ宮部城に伺候したのであった。朽木元綱は七歳、河田長親は十五歳と二人とも若く、これからが期待される人材として将軍足利義輝の小姓兼武将として内外に活躍させるつもりであった。



 こうしたやり取りの後、竹生島では遅い昼食として焼いた蕎麦餅が出された。その蕎麦餅を食べながら、城井弥太郎が、蕎麦餅は最近は京でも手に入りにくいのですが、と言った。蕎麦餅は蕎麦粉ともち米から作られると聞き、近いうちに食卓に上る様にしようと考えていた。もち米はやはり高価であったが、その程度の出費は誤差の範囲内ともいえる金額であった。また、そろそろ糒だけではない軍用の糧食も考えるべきであった。そう考えるとこの蕎麦餅は焼き締めれば日持ちもする上に腹持ちも良いため、候補の一つと考えても良かった。


 その昼食の席で四方山話をしながら、城井弥太郎にそれとなく京の様子を聞いた。混乱は深いようであり、未だに下京区は掛屋程度が残るのみであった。ただ淀川沿いの伏見近辺はまだ倉庫が立ち並び、それなりに活気があるとのことであった。

「今の支配者は三好家でございますが、余り京に何かしようという事はなく、禁裏を抑え公家を抑え、そうしているだけのように見えます。畠山、細川などの旧支配者はもう少し色々手配りをしたのですが」

 草太の知っている京は、まだましだったようであり、現在の京は、特に下京はお救い寺でさえ略奪される有様であった。

「とはいえ、暮らそうと思えば暮らせるのが京の不思議なところでございましてな。なに、半数以上は行く当てがないから京に留まっているだけでございますよ。飛騨までは遠く、その旅費さえ捻出できぬ者たちでございます」

 草太には、暗に近江へ人を移す策を提案しているように聞こえてきた。その策は非常に良いように思えたので、草太は言った。

「城井弥太郎、下京の人間が近江に来たいというのであれば、旅費を出してやれ。飛騨は無理でも近江なら近い。僅かな旅費で何とかなるだろう。後でこちらで払う故、移住の意思のあるものは全てこちらに来させるが良い。……そうだな、一人銭五疋もあれば充分だろう」

 近江だけではなく加賀でも越中でも、開墾に人手が余ってるという事はなかった。また一鍬衆をはじめとした軍備の拡張にも人間が必要であった。とにかく人口を増やすことが出来るのであれば、多少の出費は許容できた。勿論、これは多数の鉱山収入があるだけではなく百万石を越える領国を経営している身として動かせる金額からすれば、千人単位で訪れても僅かな金額であると言えた。



 そうして遅い昼食をとり、船で琵琶湖を渡り姉川の湖岸で下り、姉川を遡って宮部城に帰還したのはその日の夕刻であった。

 草太と平助が、弥次郎兵衛をはじめとした諸将からこってりと絞られたのは言うまでもないことであった。



「まったく、最近は平助まで一緒になって御屋形様とおふざけをなさる」

 と渡辺前綱が言ったが、弥次郎兵衛は平助の肩を持った。

「平助は昔から御屋形様の懐刀、なくてはならぬ盾だ。御屋形様に意見をすることも滅多にない。この度のことも、御屋形様がなさるのを心配そうに見ているだけだっただろうさ。……と、それよりも、だ。城の防御態勢はどうなっておるのだ。御屋形様が抜け出すのを誰も見とがめられぬとは。もっとも、見とがめたとして御屋形様に言われればお止めも出来まいが」

 その発言に反応したのは、服部保長であった。実は、と又兵衛のことを言い、

「御屋形様の肩を持つわけではないが、平助はともかく御屋形様の体術も、我らが思っている以上の水準でな。剣を志せば一流にはなれるだろうと富田勢源殿に言われた平助と、おそらくは互角以上の技量を持っている。あのお年で、だ。城に入るよりも出る方が容易というのは正しいが、おそらくは我ら全員でも御屋形様を閉じ込めることは難しいだろうよ」

 それはともかく、と弥次郎兵衛は草太と平助に向かって言った。二人とも板の間に正座をして項垂れていた。当然叱られることは覚悟の上での行動であったためではあったが、戦場では感じられない種類のある種の威嚇の気が諸将から立ち上っており、戦場でも剣気を受けても平然と受け流す二人もこれには参ってしまった。おそらくそれは心配が生み出したものであったのだろう。

「我らが至らぬからなのかは分かりませぬが、必要があるならばそう言えば我らもお二人のみの行動を許します。それを誰にも告げずに抜け出すとは何事ですか。御屋形様がいなくなったらどうなるというのです。滅多なことは起きないとは信じられますが、それでも心配するではありませんか」

 二人は、平謝りに謝るしかなかった。


 それで今度はどんないたずらをしてきたのですか、と弥次郎兵衛は問いただして来た。草太は書状を取り出して言った。

「まずは国友村に行って、七太郎にな」

 七太郎の名が出たところで皆驚いた顔になった。七太郎は加賀にいるはずであった。それが国友村にいて技術指導をし、飛騨以外にも工廠が作られるということであった。部品の互換性のとれる中筒が多く作られるというだけではなく、そのほぼ全量を姉小路家が買い上げることが出来るということであった。注文を出し小筒さえ他国には国友村からは手に入らないようにすることすら可能である内容であった。流石に国友村を丸抱えに登用することは憚られたのみならず、適当に他国にも小筒は流さなければ硝石が銭にならないという問題もあったため、小筒は自由に取引が可能とした内容であった。


「ほかにもあるでしょう」

 弥次郎兵衛は流石に弥次郎兵衛であった。沖島牛太郎と城井弥太郎に手紙を出していることは察していたため、二人に何事かを頼んでいることを予測していた。その推察は当たっていた。どうせ無理なことを言って困らせているのでしょう、というと草太は反論した。

「そんなに難しいことではない。一つは越前支配の要の幕臣となる人物を紹介してもらう事、もう一つは京で困窮しているが飛騨に行くほどの余裕もない者に北近江への旅費を与えて移住させるというだけの話だ。一人銭五疋渡すように定めてある」

「移住しないでただ取りするものも多数いるでしょうね。二重三重に取るものも。分かってやっていらっしゃいますか」

 弥次郎兵衛の指摘に、草太は全く考えていなかったと白状した。

「城井弥太郎殿には世話になっている身ですしどうせ市中にばらまかれる銭ですから、向こうの言い値で払いますがね。……分かっているでしょうね」

 弥次郎兵衛の言葉に、二度としないと約束せざるを得なかった。



 それはそれとして、と弥次郎兵衛は話題を変えた。

「捕らえてある浅井久政殿、あの方をどうするか、丁度諸将もいることですし決めましょう」

 そうだな、と言って草太はふと思いついたことを言った。

「外交は弱腰、戦は苦手だが内政は上手と見た。だからな、本人次第だがちと思いついたことがある。……出家させ名をかえさせ、幕臣に、越前支配の要の一人にするのはどうだろうな」

 実はこれは弥次郎兵衛の腹案とも合っていた。ただ追放するには、内政の技量は惜しいように思っていたのだ。しかし浅井家の人間という枷があった。それを出家させ名をかえさせて裏方として幕政を支えるというのは、確かに理に適っていた。

 諸将は少し心配するものもあった。何しろつい先日までの敵であったためであった。しかし姉小路家ではなく足利将軍家ならば、と納得していった。


 浅井久政をこれへ、と言い、引き据えられた浅井久政は首を討たれると覚悟していた。しかし草太の提案を聞き、足利将軍家に仕えることに納得した。助命されるならば安いものだ、と浅井久政は思った。生きてさえいれば、また花の咲く時期もあるだろうからだ。

「ならば、これからは東海坊天光と名を替えよ。浅井久政という人物は先の戦で捕らえたがその際の傷が元で死んだ。そういうことに致す」

 東海坊天光とは、浅井の「あさ」を残した名であるのに気が付き、浅井久政は草太の懐の深さに深く心服したのであった。


 翌日には朽木元綱が、翌々日には河田長親が合流し、草太は三人に幕臣として確固たる地位を与えるべく、更に一鍬衆三千、中筒隊千五百、中折れ銃隊五百、馬回り五百を率いて東郷槇山城に向かった。この度は完全に朝倉家の息の根を止める、そのつもりでの越前入りであった。諸将のうち、平野右衛門尉に長山九郎兵衛を与力として残し、弥次郎兵衛と共に内政をさせつつ兵の再編成をさせ、また新兵の訓練も同時並行で行わせていた。


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