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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第四章 戦国動乱編
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百二十三、続、北近江合戦次第

 北近江は湖北に侵入した姉小路軍が、渡辺前綱、滝川一益を中核とした先陣、左翼、即ち東側から回り込んで小谷城へ帰還する兵を討ち取る役割を与えられた田中弥左衛門率いる左翼、そして草太本人が他の隊よりも圧倒的に少ない兵を率いて山本山城、これが内応するとして右翼、即ち西側を進む本陣に陣割がされた次第については既に述べた。また、先陣は中筒隊、中折れ銃隊の活躍により被害らしい被害もなく相手に被害を強い、六角家、浅井家共に東に大回りに回り込み側面から攻撃をするために兵を出し、田中弥左衛門隊と激突必至となった次第についても述べた。



 草太率いる本陣は、山本山城に向かって進んでいた。山本山城を治めていたのは阿閉貞征が本当に寝返るかどうかは、実は賭けであった。草太が賭けに出るのは非常に珍しいことであったが、それらしい返事はもらえているものの決定的な言質を与えないという意味で、まだ本当に阿閉貞征が寝返るかどうかは確定していなかった。

 だが草太は賭けに出た。

 勝率は、九分通り勝ちと読んでいたが、読み違えば相当に危険な賭けであった。山本山城から主戦場まで一里と少し。城の物見櫓からも戦況は見えるはずであり、戦況が見えればいずれが優勢かははっきりわかるはずであった。その戦況が芳しければ本陣が近づけば降伏するという約定は実行されるはずであり、逆に戦況が芳しくなければ本陣も危険にさらされるという意味で相当危険であった。山本山城のような高台に上れば別だが、精々馬に乗った程度の草太には戦況がどうかは分からなかった。しかし、正面は勝っている、そう信念をもって進む以外に草太には道がなかった。分が悪いとは思わなかったが、さりとて分が良いとも思わなかった。

 先陣が圧倒的な力を見せる形で勝てばよし、もし先陣が崩されれば草太率いる本陣も山本山城の寝返りは全く望めず、辛勝でも危ない。つまり、先陣の動向如何に連動する形で大きく状況が変わってくるという事となった。先陣が圧倒的に勝ちさえすれば山本山城も寝返り、逆に苦戦したり敗北したりした場合には本陣も苦戦をするという情況となり、この両者は連動していた。

 それでも草太は、迷いなく進んだ。先陣が負けることなど考えもしなかった。否、考えないようにしていた。

 それほど草太は戦には迷いはなく、山本山城が敵に回ったとしてもそれすらも想定していた。その場合には、後方で再編するはずの先陣を纏める際に本陣に組み込めば良い。そう考えたのであった。

 そして物見を出して山本山城からほど近い山裾に本陣を移動させた。



 先陣は、相変わらず土嚢を放り投げながら進み、距離がある程度詰まったら銃撃、という漸進戦術をとっていた。

 対する六角家の後藤賢豊がじりじりと後方に下がりながら、右翼、即ち東の山際から回り込むはずの蒲生定秀率いる足軽隊二千が突入を開始するのを待っていた。その蒲生定秀隊が突撃体型を整えていたのを山際の林の中から、即ち更に後方である東側から見ていた隊がいた。

 言うまでもなく、田中弥左衛門以下の一鍬衆二千、騎馬隊五百であった。田中弥左衛門は隊を二つに分けていた。一鍬衆千を山下小五郎という軍学校一期生であり、与力というよりも副将としての地位を与えていた。この隊は林に追い込んだ敵軍を小太刀で切り倒すのが主任務であった。一方の田中弥左衛門率いる一鍬衆千と吉田右衛門の騎兵五百は敵陣を叩き、森に追い込むための任務を与えられていた。

「二千程か。さして厳しい戦いにはならぬな」

 田中弥左衛門が誰にともなく言うと、一鍬衆千に投げ槍を二度投げさせ、陣形が崩れたところを騎馬隊五百が突入した。


 蒲生定秀隊は突撃をかける直前に後方に敵を発見し、投げ槍による攻撃により千近い被害を出し、当然指揮系統は寸断されて組織的な活動は困難になっていた。蒲生定秀は塩枯れ声で周辺に何度も叫んだ。

「静まれ、隊を回し後方の騎馬隊に槍を立てよ」

 しかし、やはり騎馬隊については平野右衛門尉が正しかったのだろう、騎馬隊の本領はその圧倒的な突破力にあった。指揮系統が寸断され乱れた蒲生定秀隊は見る間に割られていき、更に後方から三間槍を持った一鍬衆が突入していた。混乱は拡大し、組織だった反撃らしい反撃も出来ぬままにたちまちのうちに蒲生定秀隊はその部隊としての力を失い、敗退した。だが、田中弥左衛門隊にも一鍬衆百余名、騎馬隊三十騎ほどの被害が出た。ただし騎馬隊のうち二十人ほどは馬が傷つけられただけで騎乗していた人間は大きな怪我もなく僚友の馬の背に乗って戦いを続行していた。


 しかし、騎馬隊が抜けた場所が悪かった、としか言いようがない状況となっていた。即ち、騎馬隊の抜けた場所は浅井家の鉄砲隊百が増派され、銃撃準備をしていた正にその正面であった。そこに騎馬隊が突如味方の蒲生定秀隊を割って現れれば、突然のことながらも浅井家の指揮官、宮部継潤はとっさに銃撃を指示した。このため、更に騎兵は四十程が脱落したが、その銃弾は魚鱗の陣を敷く騎馬隊には当たらずにその後方、蒲生定秀隊がいくらかの被害を受けたようであったが、小筒とはいえ火縄銃であり、再装填には時間がかかった。その隙を見逃す吉田右衛門ではなかった。そのまま突撃を続行すると使い番を出し捨てにして、防衛するための足軽隊すらない浅井家の増派された鉄砲隊を蹂躙にかかった。当然鉄砲隊は逃げ惑う以外には術がなく、たちまちのうちに隊としての行動は壊滅した。戦果は充分と見るや兵を纏め、北東へ向けて再度突撃を開始した。

 この間にも一鍬衆は蒲生定秀隊を攻撃し続けており、再結集すらできぬほど壊滅させるべく攻撃を続けていた。それでも南西部に徐々に集合させていたのは、やはり蒲生定秀隊は名将であった。しかし、この場合は逆効果であった。吉田右衛門の騎馬隊に標的を与えたようなものであったためだ。そのため吉田右衛門の騎馬隊が通り過ぎた後は、蒲生定秀は辛くも退却に成功したものの連れていた兵はほとんど全員が死亡し、或いは重傷を負い、或いは戦意を失って倒れ伏していた。蒲生定秀隊は既に側面から攻撃するというような目標を達成することではなく、物言わぬ死体か、或いはただただ逃げ散ることしか考えない集団となり果てていた。


 この攻撃により大いに戦意を高揚させた田中弥左衛門隊であったが、そこへ赤尾清綱を将として足軽隊三千が山裾から現れた。流石に小谷城のある山中は彼らの庭であった。平野部に降りることもなく下り坂を下りつつの進軍であった。山下小五郎率いる一鍬衆は森林部での戦闘に備えての小太刀を構えて迎え撃ったが、三間槍ではないとはいえ槍と小太刀では、取り回しの問題を除けばやはり槍の方が有利であり、数も三倍と多く、また小太刀では集団戦術は未だ確立されていないこともあってたちまちのうちに数百の被害を出し、森林部から撤退を余儀なくされた。僅かではあったが一間の槍を持つものは善戦していたが、それでも数の差、そして槍と小太刀の間合いの差は覆すことのできないほどの差となって現れ、森林部を出た時には既に千の一鍬衆は三百まで数を減らしていた。殿しんがりを山下小五郎自身が勤めながら、森林部からでて田中弥左衛門隊に加わる様に指示を出し、そして山下小五郎は小太刀をふるい続けた。

 この窮地を救ったのは、田中弥左衛門率いる一鍬衆であった。元々騎馬隊は森林部を攻撃するために使うことを前提としていない。一鍬衆も、三間槍を持った兵は森林部に入ることを想定していない。無論、腰には小太刀を下げてはいるものの、田中弥左衛門は森林に入ることよりも撤退してくる一鍬衆の収容に努めていた。そこに三千の赤尾清綱率いる足軽が、二百も数を減らさずに現れた。

 田中弥左衛門は山下小五郎隊を収容しつつ後退し、半町ほどの空間を作った。無論これは誘いの隙であった。赤尾清綱はそれが誘いであると分かっていたが、姉小路軍を側面より攻撃するためにはその誘いに乗り田中弥左衛門隊を突破する以外に道はなかった。そして赤尾清綱隊が半町ほど前進したところで、山下小五郎隊を合わせて千百を少し超えた程度の隊を再編成を終え投槍器による投げ槍を投げさせ、三間槍により防衛を重視した戦いを展開した。通常の槍を持った足軽隊が三間槍を構えた一鍬衆に襲い掛かったとしても、その結果は明らかであった。一鍬衆はそれでも弓隊の攻撃もあり百数十の被害を出しつつも、赤尾清綱隊の攻勢を止めた。そこに南より蒲生定秀隊を攻撃し再度突撃態勢を整えた吉田右衛門の騎馬隊が側面から攻撃をかけた。こうなると赤尾清綱であろうと既になんの手立てもなく、森林部に残っていた数百の兵を纏めて弓による攻撃をするのみであった。しかし弓兵自体がそれほど数が居ない上、半町以上の距離もあるため、それほどの被害を与えることも出来なかった。

 一方の田中弥左衛門率いる部隊も、一鍬衆二千、騎兵五百のうち半数以上が継戦能力を失い、これ以上は無用とばかり先陣の側面防御に徹する旨の使い番を出して先陣の東北部に陣を構えて森林部ではぐれた一鍬衆の集結を行っていた。失われた兵の中には、山下小五郎も含まれていた。



 後の事になるが、田中弥左衛門はこの時の戦いを敗戦の一つとして数えている。田中弥左衛門自身、名将という程ではないが手堅い戦い方で敗戦の少ない武将として知られている。この時の戦も、自軍に倍する兵に名将といえる将を相手に戦い、蒲生定秀隊は壊滅、赤尾清綱隊も半壊し、両者の戦略目標であった先陣への側面攻撃を封殺したという意味では勝利したと言ってもよいかもしれない。だが田中弥左衛門自身は、当初の戦略目標を達成できず、自軍の兵の半数を失うという結果は敗戦であったのであろう。

 後々まで、田中弥左衛門は戦の話をするときにはこの話をし、そしてこう付け加えたと伝えられている。

「あの時は勝とうとしていた。その気が逸りすぎたから負けた。敗戦は敗戦だ。受け入れるしかない。だが受け入れるだけではならぬ。そこには必ず次に勝つための何かが潜んでいる。それを考え、伝えるためには生き延びなければならぬ。良いな。戦で華々しく散るのは簡単だが、それでは武士としての本分は立つまい。武士の本分は勝つこと、勝つためには負けても敗死せぬことだ。敗勢が決しても、軽々しく腹を切ってはならぬ」

 だが実際、この田中弥左衛門隊の力戦がなければ、先陣が横腹を突かれ全体がどうなったのか、相当な苦境に陥ったのは間違いあるまい。論者によってはこの時の田中弥左衛門隊の奮戦がなければ歴史は大きく変わっていただろうという者もいる。それでも、最終的な勝敗という意味では、姉小路家側の圧勝であったとしても、田中弥左衛門自身は、この戦いは自身の敗戦であったと評しているのである。それは、多くのものを、特に山下小五郎を戦死させたという反省からなのかもしれない。



 一方の先陣は順調に戦線を前進させて丁野山城、中島城を落城させ、壊滅した兵を追って小谷城に向けて兵を展開している状況であった。この状況を物見櫓からも確認していたのであろう、阿閉貞征は降伏の使者を草太に送ってきた。草太は阿閉貞征が集めていた足軽三千を率いて出陣させ、本陣に加わる様に命じた。命令の通りに出陣してきたのを見て、そのまま横山城を落とすべく本陣を進めようとしたところ、阿閉貞征は言った。

「兵を進めるのは良いですが、降伏勧告をしてはいかがでしょうか。……横山城の三田村定頼は我が知己なれば、出来れば戦いたくないのでございます。降伏勧告に応じなければ是非もありませんが」

 草太は、全軍の退去までの条件であれば降伏を認める、と言った。城主の切腹ばかりは、と阿閉貞征が言うと草太が言った。

「死ぬ必要がない。生きるべきだ。たとえ敵であっても、戦場でなければ無用に命は取らぬ。ただし、返事は我らが横山城下に着くまでにさせよ」

 とはいったものの、草太は横山城を攻める予定はなかった。それゆえ、並み足で宮部城へ向かった。さして堅城でもなく、主に阿閉貞征の兵を投入しても問題なく落城させることができるはずであった。



 ところで、浅井久政は赤尾清綱の敗退、雨森弥兵衛の潰走を目の当たりにし、小谷城では支えきれずに落ちることを考えた。海北綱親を守将に配し、自身は数百の兵を率いて宮部城又は横山城へと落ち、仕切り直しを図ることにした。しかし、間が悪かったのは今度は浅井久政であった。城門を開けての出陣中にまずは雨森弥兵衛隊、中島城の守備隊、宮部継潤隊が崩れたまま城門に殺到し、混乱のさなかに先陣とされた渡辺前綱隊、滝川一益隊が殺到し、城壁を確認するや七太郎の棒火矢を撃ち、擲弾筒を使っての煙幕を張り巡らせての突撃を行った。特に最前線を受け持った市川大三郎は自身も手傷を負いつつも浅井久政を捕らえるという大功を上げた。

 だが、小谷城が落城必至となった時点で、海北綱親は配下に命じて浅井久政の妻子を落とし、雨森弥兵衛を落とし、赤尾清綱には撤退命令の使い番を出し、自身は殿として城を最後まで支えきったのであった。落とすべき人間をなんとか落とすことが出来たにはできたが、その時には小谷城は既に本丸以外は全て姉小路軍の手に落ち、海北綱親自身は遂に落ちることは出来ぬと悟り、要所に火を放って切腹して果てた。


 こうして海北綱親が多大な犠牲を払って落とした浅井家の嫡男猿夜叉丸、後の浅井長政と赤尾清綱、雨森弥兵衛ら数名の武将の今後についてはまた語る機会があるだろう。だが、接収に近い形で攻略した宮部城を含め、小谷城を含む湖北の大部分は姉小路家の手に落ちたのであった。



 一方で六角家の後藤賢豊、蒲生定秀らの諸将及び敗兵は思わぬ敵に攻撃され、主だった諸将とその馬回り以外はほぼ全滅した。その思わぬ敵とは、誰あろう佐和山城の磯野員昌であった。度々の六角家の態度を相当腹に据えかねていたのであろう、口ほどにもなく簡単に敗退した六角家との決別の意味で、佐和山城下に差し掛かった六角家の兵を攻撃した。

 これは、単独で六角家と戦うことはできないから、とりもなおさず姉小路家に下ることを意味していた。

「今は是非もなし」

 一人そういった意味を、誰が聞き、そして理解したのであろうか。ただ冬の空風だけがその言葉を聞いていた。

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