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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第四章 戦国動乱編
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百十九、天文二十四年の始まり

 姉小路家日誌天文二十四年元旦(1555年1月23日)の項にこうある。

「姉小路房綱公、年賀挨拶を受けられ候。また大評定を仕り、本年の戦略に付明らかにされ候後、宴仕り候」

 毎年恒例の元旦の大評定と宴であるが、今年は渡辺前綱、滝川一益、木下藤吉郎らは名代を立て、前線を動けないでいたらしい。といっても、大評定は評定とはいえども大戦略のうちこの一年の大まかな目標を伝達するだけ、というものであったから、後で結論を示した書面が渡されるだけであっただろう。



 天文二十四年元旦。岡前館の大広間には、外は雪だというのに汗が出んばかりに火鉢に火が熾され、大正面に草太が、その脇に一門衆が並び、一番端に準一門衆を許された内ケ島氏理が座を占めた。

 一段下がった両脇に平助と弥次郎兵衛が座り、その下段に草太に向かい合うように武将衆、国人衆が並び、その後ろにまだ二人しかいないが歴代軍学校主席卒業者が席を占めていた。渡辺前綱の名代だけは渡辺前綱と同じ席を使うことが許されたが、それ以外の名代は全員、歴代軍学校主席卒業者と同列に並んで座した。その後ろは大庄屋たちも後の宴には参加が許されていた。だが、大評定が終わるまでは入ることが許されていなかったため、それまでは後ろは空席であった。


「明けましておめでとうございまする。本年も忠勤に励みます故、何卒ご指導をお願いいたしまする」

 弥次郎兵衛が家臣団筆頭として一同頭を下げた。後藤帯刀が一門衆筆頭として返答をした。

「うむ。ご苦労である。今年も励むように」

 草太は正面で座っているだけであった。


「では、続いて大評定を行う」

 弥次郎兵衛が言って大評定が始まった。草太が厳かに言った。

「昨年の忠勤、真にうれしく思う。戦場は能登に始まり、加賀を通り、若狭を叩き、越前を叩いた。また西越中は椎名家を退け境を神通川から白岩川までおし進め、間道を進んできた甲斐武田家を撃退した。大きな敗戦一つなく、まことに祝着至極なことである。だが勝って兜の緒を締めよとの言葉もある。今も越前朝倉家を一乗谷城に押し込め、また若狭三方郡、越前疋壇城は今も敵と対峙しておる。また、後藤帯刀が加賀より越前へ侵攻した際に受けた銃撃、この正体も未だに不明である。我らは全体に勝っておる。だが、気を抜けば次に敗者になるのは我らであることを心せねばならぬ」

 ここで一度草太は言葉を切った。そして一同の顔が引き締まったのを確認して次の言葉を継いだ。

「それでも我らは進まねばならぬ。民を幸せにするために。民を愛するがゆえに。我らの戦が最後の戦であり、その後は戦というものが起らぬようにしていかなければならぬ。民を根切りと称して斬るなど言語道断である。民から奪う、民を害する、言語道断である。我らが民から受け取ってよいのは予め定めし税、それから笑顔だけだ。怨嗟の声など上げさせてはならぬし、上げぬように刃を振り上げてはならぬ。怨嗟の声など上がらぬように善政を敷くのだ。慕われ愛されておれば怨嗟の声など上がりようがあるまい。よいな。一同、今一度肝に銘ぜよ。民を愛せ」

 はは、と一同頷いたのを見て、草太は一安心した。民を愛せ、という言葉が、本当のところで共有されているようであったためだ。

「さて、今年のことである。我々は越後長尾家と同盟をしている。隙を見せるわけにもいかぬが、それでも当面は椎名篤胤が籠る松山城攻略と東越中の内政の引き締めを行うだろう。そしてその目は北信濃から関東へ向けられている。当面は我らが敵ではない。したがって、この方面は守備を固めるのみとする。小島職鎮、分かっておろうが、そなたが役割だ。しっかり努めよ」

 は、と小島職鎮が返答を返した。

「続いて飛騨の守備である。奥飛騨からの間道は既に知られている上、こちらに備えあることも知られてしまった。水計も、何度もかかるような甲斐武田家ではあるまい。牛丸重親、防衛に努めよ」

 承りましてございます、と牛丸重親が言った。

「次からは攻勢である。内ケ島氏理、そなたには三方郡、国吉城への居城替えを命ずる。また、三方郡全域の石高相当の役料を与える。居城替えは春までに行え。また能登国人長続連には国吉城の修築手伝い、及び国吉城への移転手伝いを命じる居城替えの後、丹波を担当してもらう。励め」

 承りました、と内ケ島氏理が答えた。

「本隊は雪解けを待ち早々に朝倉家の籠る最後の居城である一乗谷城を落とす。その後、若狭武田家を下した後、南下し近江浅井家及び六角家と対決する。秋から初冬にも山城国から三好勢を落とし、将軍足利義輝様の上洛を実現させる。皆、励め」

 はは、と全体が返答を返した。と、末座から声が上がった。

「一つ、お聞かせ願いたい」

 軍学校第一期主席卒業者の市川大三郎であった。何か、と草太が聞いた。

「南近江を席巻し山城国を落とす。まことに結構にございますが、防衛線が長くなりすぎるように思います。外交攻勢など考えておられるのか、その点をお聞かせ願いたい」

 草太は返答をした。

「もっともである。が、今のところでは京には相応の兵力を置く、としか言えぬ。正面は伊賀国を含む近江六角家、そして京、その後摂津は石山本願寺、三好を叩く。戦略目標としては畿内を乱すものを叩く。それだけである、伊勢は北畠氏なれば特に攻めるに及ばず。無論、向こうがこちらに攻め寄せようとするならば是非に及ばず」

「相手次第、という事でございますか」

 市川大三郎の発言に、そうだ、と草太が答えた。

「北畠氏も、我らが近づくまでは対応が決まらぬだろうからな。……昨年、朝倉氏が裏切った。我らには俄かには信じがたかった。佐幕の家柄とばかり思うておったからな。しかし、裏切った。そういう種類のことだ。何が起こるかは分からぬ。それゆえ、備えは怠らぬ。怠ってはならぬ。我らの後ろには多数の民がいる。それを忘れるな」


 こうして大評定が終わり、宴の時間となった。大庄屋を入れ、膳部を運び入れさせ、そして乾杯の音頭を弥次郎兵衛がとった。


 この日、草太は初めて酒をまともに飲み、気が付くと翌朝であった。どうやら、草太にも普通の酒を出したらしかった。普段は薄めた酒をほんの少し飲むだけなのだが、この日は薄めずに飲ませられたらしかった。つういわく、すぐに私の膝でお眠りになって、とのことであった。つうも宴席には連なっていたのは知っていたが、飲みだすとすぐにつうを呼び、その膝枕で眠ったと言った。周囲の反応は、と聞くとつうはいった。

「皆さま、御屋形様の安らかなお顔を見て、そうして、ほほえましく思われたのでしょう、そうっとしておいておいででございましたよ」



 草太は知らなかったが、確かにすぐにつうを呼んだ。そして一同に、つうは自分の側室であると宣言した後、

「だからこれから膝枕で眠るのだ」

と宣言してつうに抱きついてそのまま膝枕で眠った。

 その顔を一同見て、確かに御屋形様は年齢並みなところもある、と話をしつつ、平助並みの剣気を持ち、戦場を疾駆し、民のことを最優先に考えて善政を敷く、大人よりも確りとした漢であることとの差を興味深く思った。あるものは、いやこういう御屋形様だから純粋に民のことを最優先にするのだ、などと言っていた。



「とりあえずお水をおあがりください。少しすうっと楽になりますよ」

 つうが差し出したものを疑わずに飲むと、それは上物の酒であったらしく、すぐにまた眠ってしまった。

「こうしている間だけは、私だけの御屋形様ですからね」

 そう言いながら、愛おし気に草太の頭を掻き撫でたのであった。



 草太が目を覚ましたのはもう夜であり、つうは膝枕をしながらうたたねをしていたので起こさぬように頭を上げると痛みが酷かった。次の間にいる宿直に水をもってこさせて飲むと大分楽になり、更にもう一杯飲み、厠に行ってくるともう元通りであった。時刻を聞くと、睦月二日の夜であった。丸一日以上眠っていたことに驚きながら、やはり酒はもう少し成長するまではなるべく薄めて飲むようにしよう、と心に決めた。そして、既に夜であったから朝まではもう一度眠ろうとつうの膝に戻った。



 翌朝からまた通常通りに政務をとろうとしたが、正月三日はまだ皆正月の祝いをしているので、政務の間で白湯を飲みながら建白書や報告書を読み返し、大評定で指摘されたことを反芻していた。確かに防御線が長くなりすぎる、というのは草太もその通りであると認めざるを得なかった。美濃斎藤家との同盟があるため北近江までは防御線は短くて済むが、南近江をとった後には防御線が一気に伸び始める危険があった。何より過去の六角家の行動を見ると、その防御線を引き延ばさせての小規模な攻撃を繰り返し、敵の疲弊を誘うというものがあった。どうすべきかを早い時期に検討しておかなければ、相当な危険になると思われた。


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