表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草太の立志伝  作者: 昨日の風
第四章 戦国動乱編
121/291

百十八、続、天文二十三年の終わり

 姉小路家日誌天文二十三年師走翌師走二十二日(1月16日)の項には、一言こうある。

「姉小路房綱公、岡前館に居り、四方こともなし」

 次の記述が天文二十四年元旦出るところを見ると、特筆すべき事項は何もなかったのであろう。

 しかし、勿論草太のことである。軍議や内政向きの会議をしたり、今後の策を練るなどこれから先の大戦略グランドラインを考えたりと、つうとの甘い生活に耽っていたわけでもなかった。



 このころのある日の草太の行動はこうであった。

 草太はこのころ、岡前館周辺の村や施設を訪れたりといった視察程度の軽めの仕事、特に鍛冶方、鉄砲制作方、火薬製作方の顕彰を行いつつ久々に休養らしい休養をとり、夜はつうとの甘い日々を過ごしていた。といっても、自己鍛錬は怠るわけにもいかない。平助相手の剣の修業は続き、また軍務に関する様々な戦訓の見直しや、特にこれから近江への侵攻を始めた際には小筒とはいえ鉄砲の対策が急務とされていた。その対策としては何が良いのか、という戦訓そのものを見直すことも行われていた。


 朝起きて洗顔等を行い、蕎麦掻に鶏つくねの椀ものに切干大根の煮付け、それに香の物という食事を摂り、午前中の政務に取り掛かった。その日は鉄砲対策の見直しを武将衆と話をする日であった。


「そういえば可動式の逆茂木、などというものを以前七太郎がやっていたな」

 草太が言うと、牛丸重親が言った。

「逆茂木では小筒は防げませぬうえ、七太郎の可動式のあれは、ぬかるみには潜り、坂があったら上らず勝手に下り、平坦地でもまっすぐに動かすのが難しいという厄介な代物にございました。ですが、土嚢を移動させることができれば、面白そうですな」

 土嚢を積んでおけば、中筒でも防ぎうるというのは訓練からも明らかであった。

「こちらの鉄砲隊だが、一列でなければならぬという事情でもあるのか」

「いいえ、ございませぬ」

 平野右衛門尉は答えた。ならば、と草太は言った。

「土嚢を途切れ途切れに配し、その間から先の土嚢を積み上げていく法を研究してはどうか」

 田中弥左衛門が、ふむ、と考えて言った。

「確かに、銃が火を噴いている間は一鍬衆の手は空いておりますから、土嚢を出すことは可能でしょう。ですが、土嚢を前に出すときには敵の弾に身を晒すことになりますな。しかし、とぎれとぎれで出入り自由にする、と……」

「今は、一列に空堀、その後ろに土嚢、という形で見かけの高さをあげ、防御性を上げておりますが、これを攻勢に使うならば切れ切れに作るのも一案でございますな。……たしか七太郎の鉄盾は沙汰止みになっておったような気がしますが」

 土肥但馬守が思い出したように言った。そういえば、と草太は、棚晒しになっていた盾のことを思い出した。盾で身を守りつつ土嚢を積む、というのは、悪い案ではないように思えた。

「そのためには、土嚢袋を今の二倍渡し、土嚢渡しの訓練も行わなければなりませんな。……一鍬衆も、何やら槍隊からますます鍬を使う隊になっておりますな」

 牛丸重親がいうと、寺島職定がそれを引き取っていった。

「小筒ならば竹束でもどうにかなったはず。その辺りも勘案して検討をしておけばよかろうよ」

「陣地工作のための専門部隊、というのもあれば便利かもしれぬが、それは将来の課題だな。現状は一鍬衆に頑張ってもらおうか。……いずれにせよ、盾の配備については、今一度、七太郎と話をせねばならぬな。時に、七太郎はどうしている」

 草太が聞くと、他の加賀の武将衆と共に移動しているため、明日には岡前館の屋敷に戻る予定であるということであった。

 棒火矢の製法など、色々含めて伝授が終われば夫婦揃って九州行きを許そう、と草太が公式に明らかにし、この日の政務は終わった。



 このころの草太は、戦場でなければ昼食は摂らなくなっていた。精々、軽いものをつまむ程度であり、この日は特に何もなく、ただ白湯を飲んだだけであった。空腹を紛らすというよりも、のどの渇きを湿らせ、体を温める意味が強かった。



 午後には草太は平助相手に剣の鍛錬であった。富田勢源に、という話もないではなかったが、草太のたっての希望により平助が相変わらず相手を務めていた。教え方という訳ではない、その方針という訳でもない。心身の鍛錬というよりも気の鍛錬であり、実際に草太自身が剣をふるうことはほとんど考えていなかった。それよりも、剣気、軍気というものに対する鍛錬を主としており、平助との鍛錬でそれが不足するという事態はなかったところを見ると今までと変える必要は敗と草太は考えていた。やっていることは木剣を構えて対峙し、互いに剣気を抑えずに出し続け、剣気をぶつけ続けるだけであった。

 そして、時にふと平助が打ち込みを入れるのを躱し、抑え、受け、返し打つ、これだけのことであったが、最近は平助が少しずつ新しい境地に達しつつあるのか、新しい種類の気を遣うようになってきた。誘いの隙、とでも呼べばよいのだろうか、その気を出されると打ち込みたくなる、そういう種類の気であった。無論、それに剣を討てば返し打たれるのが見えていたが。

 鍛錬の後、汗をぬぐいながら平助にそのことを言うと、平助ははにかんだ様に答えた。

「富田殿の鍛錬で身に着けた技にございます。……それにしても御屋形様、いや草太も強くなりましたな。飛騨に来た頃には返し打ちを抑えても打てる、という局面も多々ございました。しかし、最近は返し打ちを抑えることのできるという局面は非常に少なく、日に一度あるかないか、という程度にまで落ち込みました。某も必死に進歩を続けているつもりではございますが、素晴らしい進歩でございますな」

「では平助、私がもし剣によって名をあげたいと言い出したらどうする」

 だが、平助は言下に行った。

「天分ではございませぬ故、お止めなされ、としか。おそらく一流半にはなれましょう。ですが、一流、富田殿のような境地になるには、草太は優しすぎます。攻めの技を教えぬのも、それを知っていても使えぬからにございますれば、余計な迷いの元になります故のこと。それに」

 ここで平助は、少しだけ言い淀んだ。だがやはり言うべきだとして言った。

「それに草太は時に激発する。怒りに身を任せてしまうことがある。心の法として、平静でいられなくなる瞬間がある。例えば略奪者を見たとき、今であれば左右のものに救い出させ略奪された者たちを救わせようとなさるだろうが、剣しかないなら、それこそ自分の身を捨ててでも自ら略奪者達を切ろうとする。そういう心根の持ち主は、剣で一流になる前に、自分の身を捨ててしまう。だから、多分草太は今の草太のままであってほしいと思うし他のものもそう思っているから、剣で名を立てるといっても誰も賛成はしないだろうし、名は立てられないだろう。少なくとも某はそう思う」



 夕刻、相も変わらず蕎麦田楽に香の物、それに熊の肉の燻製をつうを相手に食べ、つうと他愛のない話をしながら、つかの間の平穏を満喫していた。この日はこの後、服部保長から中央の事情についての報告を受けることになっていたため、夕食を摂ってすぐに奥を出、政務の間にて服部保長からの報告を受けた。弥次郎兵衛が同席した。



 まずは簡単に、と越後長尾家の椎名攻め、松倉城は相変わらず援軍もないのによく持ちこたえているようであった。甲斐武田の援軍が春にはあると考えているのかもしれないが、その甲斐武田家は先日の飛騨での大敗の傷が癒えず、大半が水計で流されたために負傷兵の復帰も姉小路家の手で返された千人弱を除き見込むこともできない状況であった。つまり、甲斐武田家は軍としても大幅に減少したうえ、民間人も特に信濃から飛騨への人口流入は今も止まらず、その分だけ甲斐武田家は苦しくなっていた。

 人口流入があるのは美濃からも同じであったが、信濃からの人口流入は食うに食われず、という逃散型であるのに対して、美濃からの流入は新天地で一旗挙げよう、という出稼ぎ一旗型である点が異なっていた。

 とはいえ、両方とも農家の次男、三男が多く、信濃の場合には一家そろってという場合が多い、という程度の違いしかなかった。


 そして問題の畿内、それに山陰東部、若狭、丹波、丹後を中心とした一帯についての話に移った。

「まず近江ですが、北近江の浅井家が南部の六角家と協力関係を築きつつあります。とはいえ、先代浅井亮政の代から争っている間柄で国力が落ちたことにより六角家に接近しているという関係上、力関係は明らかでございます。それゆえ、その妻小野殿と嫡男猿夜叉丸を人質に差し出す約定までして既に従属関係に近い関係になっております。この他、北近江のうち琵琶湖西岸は京極氏らが勢力範囲としておりますが、あまり地盤は強固ではなく、どちらかと言えば地侍が多数割拠していると考える方が近いでしょう。幕臣も多く、足利将軍家の一声でお味方に参ずるものも少なからずいるものと思われます。

 南近江六角氏ですが、北近江浅井家に対して肩入れするよりも、山城など畿内を抑える三好との戦いにより力を注いでいるように見えます。

 山城は、大きく言えば細川、三好、六角の三家が将軍家を巡って争い続けている土地です。それ以前には畠山などもおりました。現在誰の手にあるか、という問題ではなく、いかに混乱を治めるか、という点にかかるでしょう。また、比叡山のような寺社勢力も多いのが特徴でございます。早めに手を打ち味方につける必要があります。さもなければ石山本願寺が一つ増えるようなものでしょう。思い切った処置をする、というのも手かもしれませぬが、こればかりはその門徒がその後どうなるかを考えた場合にはなんとも言えませぬ。

 更に京より南西には、石山本願寺がございます。もはや説明は不要でしょうが、先日の姉小路家への一斉攻撃、その裏で糸を引いていたのは石山本願寺ではないかと推測されております。そうでなければ、朝倉家や椎名家と一向門徒衆が歩調を合わせて動いたことに説明が付きませぬ。別のものが石山本願寺を動かすほどの力を持っているとすれば、上御一人ただ御一方に存じますが、それならば将軍家が我が方に着く道理がございませぬ。

 若狭、丹後、丹波については大きな情勢の変化はございませぬ。当初の戦略で今のところは通じるかと思いまする。

 それから、室町幕府の再興という事をお考えであれば、政所改革をせねばなりませぬ。政所、つまりは室町幕府の財政収支や公事方などの政治の根本を司る役所でございますが、現在は政所の政所執事は伊勢氏という半ば貴族化した武士の世襲となっております。ここから改めなければならぬでしょう。将軍家や管領が変わろうとも、実際に政務を司っているのは政所でございますから、この急所を押えるのがまずは肝要かと」

 草太は説明を聞いていて頭が痛くなってきた。畿内、というが、京近辺は南近江六角家、三好家を中心として何層構造にも分かれて複雑に抗争が行われているという事らしい。それをどう抑えればよいのだ。

「御屋形様、難しいことはありませんよ。全部、人間のやっていることです。人間のやっていることに人間が解決できない問題なんてありませんや。一つ一つ、片付ける。それだけの話です。簡単でしょう。それよりも問題は、どう片付けるか、片付けた後に再燃しないか、ですな」

 弥次郎兵衛が簡単に言ってのけたのを受けて、草太が言った。

「だから、その片付け方が難しいから悩んでいるのだろう」

 だったらさ、と弥次郎兵衛が言った。

「全部壊して、新しく全部作り直したらどうですか。今までのように、試行錯誤しながら改良に継ぐ改良をして、全部姉小路流に作り直す、と」

 そんなに簡単にいかないだろうよ、と服部保長が言うと、弥次郎兵衛はすこし肩をすくめた。草太は考えを纏める意味でも発言をした。

「とりあえず、どこまでを攻めるか、これはある程度絞らなければならないだろうよ。考えなしに領土ばかり増やしても、相応に内政の問題もあれば防衛の問題もあるのだからな。北近江浅井家、若狭武田家は攻略し、丹後一色家は可能ならば和平、丹波は国人衆の動向次第、と決まっている。北近江浅井家と事を構える時点で南近江六角家は相手になるだろう。……と、近江六角家の領土にはたしか伊賀が入ってるな」

 と服部保長をみたが、服部保長は言った。

「どうせあれらのことです。銭にならない戦では普通の兵です。気を付けるのは内応、攪乱に後方での一揆誘発位ですか。といっても、農民兵ならばまだしも、一鍬衆相手には内応、攪乱は難しかろうと思いますし、一揆誘発は更に難しいでしょうな。その他に気を付けるのは暗殺位ですが、武将衆には胡乱なものを近づけないよう忠告しておけば問題ないでしょう」

 ふと草太は気になったことを聞いてみた。

「一流どころの忍者はどういったことができるのだ。例えば高い塀を飛び越したり水の上を音もなく走り抜けたりできるのか」

「殿にできぬように、忍びの者にもできません。我ら忍びが忍びたる所以は、その瞬間まで一般の人々と同じであるというだけでございます。その瞬間まで名もなき百姓や放下僧、行商人に混ざって名もなき百姓などとして過ごす。それが忍びでございますれば。ごく一部だけが、例えば平野神右衛門のように短剣による暗殺術などを伝えておりますが、本当にごく一部です。我らが本領はあくまで情報を集め届ける事にて」

 服部保長の返答に何となく夢を壊されたような気がした草太であった。



 そして夜、草太はこれから先の戦略を頭で考えを纏めつつ、つうを抱いて眠るのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ