第6話 棚にしまったものって大体そのまま忘れてしまう
「ご飯できたでー」
「おぉ! 待っとったで」
「あ、料理運ぶの手伝います」
「サグルくんが行くなら俺もいこうかな」
キッチンの方から声がかけられたので、俺と健さんは立ち上がってキッチンの方へと向かう。
どうやら、今日はそうめんのようだ。
実に夏っぽい。
ツヤツヤした真っ白なそうめんは実に美味しそうだ。
さらには氷も乗っていて、涼しげだし、夏にはぴったりの食事だ。
千切りの卵焼きやきゅうりみたいなトッピングもちゃんと準備されている。
かなり彩豊かだ。
男料理だとこの辺適当になっちゃうんだよな。
(お? 色付きのそうめんもある)
そうめんの中に色付きのも何本か入っている。
色付きのそうめんってなんかいいよな。
別に味がついてたりするわけじゃないんだが、特別感があって。
年甲斐もなく色付きそうめんを狙ってしまいそうだ。
お店だとそうめんがまずあまり出てこないし、色付きのそうめんが混じってることはあまりないから、これは家で食べるそうめんならではだ。
そうめんは大皿に盛られており、これを運ぶのは女性陣では大変だっただろう。
手伝いに来て正解だった。
「なんなん? 二人とも仲直りしたん?」
「俺らは元々仲良しやで。なぁ。サグルくん」
「えーっと。まあ、そうですね」
健さんが肩を組んでくる。
まあ、仲良しといえば仲良しなのか?
少なくとも、娘の雅を任せてもいいと思われるくらいには仲がいいと言っていいかもしれない。
「良かった。これでうちも安泰やね。早く孫の顔が見たいわ」
「ちょ。お母さん! サグルくんとはそういう関係じゃないと何度も言ってるだろ!」
「えー」
静香さんはニヤニヤした顔で俺と雅を交互に見る。
雅は真っ赤な顔で怒っているが、あまり応えている様子はない。
なんて言うか、母親ってこういう話好きだよな。
こうやっておばちゃんが生まれていくのか。
「それとこれとは話が別やで?」
「ちょ。苦しいです」
健さんの首を絞める力が強まった。
ちょっと息苦しい程度だが、圧が半端ない。
それに、料理を運んでる途中にそういうことをするのはやめてほしい。
こぼしてしまったらどうするんだ。
いや、探索者のフィジカルがあれば大丈夫だとわかってやっているんだと思うが。
「み、雅とはそういう関係じゃないですって」
「なんや? それはうちの雅に魅力がないってことか?」
「そ、そういう意味では」
めんどくせぇぇぇぇぇ!
初めて会った時から気づいてたけど、やっぱり健さんめんどくさい。
まあ、本気で怒っているわけではないということはわかっている。
こうやってからかってくるのも仲が良くなったからだということもなんとなくわかる。
だが、コミュ力の低い俺にとってこういうウザ絡みってどうやって対応したらいいかわからないんだよな。
無理やり引き剥がしても怒ったりはしないんだろうが。
いや、むしろ、無理やり引き剥がすのが正しい対応方法なのか?
教えて、コミュ強の人!
「あ、あの」
「ん? どうした? 京子ちゃん」
「サグルさん、嫌がってるんで、やめてあげてください」
「えーっと。これは戯れてるだけで」
「やめてあげてください」
「そ、そうやな。すまん」
「いえ、大丈夫ですよ」
健さんが離れると京子は俺と健さんの間にスッと滑り込む。
それは俺を守ると言うより、どちらかというと自分のものを取られないように守るって感じの動きだった。
「……京子ちゃん、君は――」
「もー! 何してんの!」
「あいた!」
京子に向かって何かを言おうとした健さんの頭を静香さんが手に持っていたお玉で殴る。
え、あれめっちゃ痛いんじゃね?
スコーンっていうめっちゃ良い音したよ?
「ごめんね。京子ちゃん。うちのバカが」
「バカとはなんや! バカとは!」
健さんと静香さんは言い争いを始めた。
俺たちはそんな光景を横目に、昼食の準備を始めていく。
「だいたいお前は……」
「何言ってんの! あんただって……」
一昨日からの付き合いだが、これが二人の芸風だということはなんとなくわかっている。
別に二人とも喧嘩をしているわけではないから、放っておいても大丈夫なはずだ。
というか、頑張って仲裁しようとしても徒労に終わるということはすでに身にしみて体験した。
せっかく頑張って仲裁したのに、言い争いを終えたら仲のいい夫婦に一瞬で戻ってしまうのだ。
むしろ、普段より仲良くなっていたかもしれない。
普通の喧嘩ならそうはならない。
喧嘩が終わった後も何かしら尾を引くはずだ。
この現象は夫婦喧嘩ならではだろう。
夫婦喧嘩は犬も食わぬとは言うが、まさにそれだな。
俺たちが昼食の準備を終えて、二人に声をかけるまで、二人の言い合いは続いていた。
……それにしても、さっき健さんが何か言いかけてたみたいだったけど、なんだったんだろうか?
まあ、重要な話なら後で教えてもらえるか。
俺はそうしてこの件を棚上げにして、そのまま棚にしまったことさえ忘れてしまっていた。
◇◇◇
『ほらほら〜。隙を見せてると誰かに持ってかれちゃうよ〜』
(うるさい!)
またこの声だ。
仲良さそうに喧嘩をする雅の両親を微笑ましそうに眺めるサグルを見ていた京子の頭にまたいつもの声が聞こえてきた。
母親のお見舞いに行って以来この声は京子の頭の中に響くようになっていた。
耳を塞いでも聞こえてくるので、京子はできるだけ無視するように心がけている。
だが、無視していると余計にねっとりと話しかけてくるのだ。
誰かに相談することもできないし、京子にはどうしていいかわからなかった。
『でも、あなたも気づいてるんでしょ?サグルさん。あぁ見えて人気者なのよ? あなたなんかよりずっとね』
(うるさいうるさい!)
京子も『京子』が言ってることには気づいていた。
サグルは見た目が強面のため第一印象こそあまり良くないが、性格もいいし、親しくなればどんどん距離を詰めたくなる相手だ。
京子の周りにはサグルに惹かれている女性はたくさんいた。
朱莉ちゃんはずっと前からサグルさんのことが好きみたいだし、雅さんがだんだんサグルさんに惹かれてきていることもわかっていた。
『はー。せっかく『私』が最初だったのにもたもたしてるから。もっと上手くいってたら今も二人っきりだったはずなのに』
(うるさいうるさいうるさい!)
朱莉ちゃんも雅さんも京子の大切な友達だ。
その二人をいなかった方が良かったみたいに言われるのはたとえ相手が自分でも許せなかった。
『……あなたがそれでいいならまぁそれでいいわ。その緩い考えのせいでサグルさんに捨てられないように気をつけることね』
(なぁ!)
その一言を残して声は聞こえなくなった。
言い返そうとしたが、『声』はもう京子の近くにいないということはなんとなくわかる。
おそらく、京子の中に潜ってしまったのだろう。
京子はいいしれぬ不安をどう発散していいかわからなくなった。
「京子? どうしたんだ?」
「きょうちゃん! 早く食べよ!」
「早くしないとなくなってしまうぞ?」
「あ、今行きます」
みんなが京子を見捨てるなんて、そんなことあるはずない。
京子は不安を振り切るようにサグルたちの待つ食卓へと向かった。




