第5話 流石に大事な本家からの手紙を忘れてきたのは俺もびっくりしたわ④
「ちょ。頭を上げてください」
「せやな、こんなところ見られたら静香に何言われるかわからん」
そういって、健さんは頭を上げる。
その顔は真剣な表情のままだった。
「えーっと。雅を頼むってどういうことですか?」
「俺らは……いや、俺は上級探索者にならん道を選んだ。今から頑張ったって上級探索者には成れんやろ。雅がCランクダンジョンに行ってもぉたらもう助けてやることはできへんのや」
健さんは悔しそうな顔でそう言う。
その表情には本気の後悔が浮かんでいた。
雅が上級探索者に成るのであれば、今からでも上級探索者を目指したい。
そんなふうに思っているように見える。
だが、健さんはすでに名の知れた生産職だ。
今からダンジョン探索をする時間はないし、すでに衰え始めた体では上級探索者を目指すのは不可能だと思っているみたいだ。
「Cランクダンジョンはほんまに危険やねん。俺の両親も、静香の両親も、Cランクダンジョンで命を落とした。相当優秀な探索者やったのにや。それを見て、俺らは探索者やのうて生産職の道を選んだ」
大槌家には上級探索者を目指す者と生産職を目指す者がいるそうだ。
健さんと静香さんの両親はパーティを組んでおり、大槌家内でも優秀と言われる上級探索者だったようだ。
両親がパーティを組んでいたこともあり、二人は幼馴染で、小さい頃から仲が良かったらしい。
リア充爆発しろ。
「その日も普通の日やった。いつものように朝起きて、いつものように飯食って、両親が出かけていって。でも、その日、俺らの両親は帰ってこんかった」
健さんと静香さんが高校生になり、探索者になった頃、両親はCランクダンジョンに探索に行ったっきり帰ってこなかったそうだ。
両親が見つかったのは一ヶ月後。
遺体はひどい状態で、お葬式も棺桶は空のまま行われた。
「上級探索者の人生はあんなふうにあっけなく終わってまうんや。俺も静香も上級探索者に成るんがこわーなった。……今でもめちゃくちゃ怖い」
「……」
健さんの右手は細かく震えていた。
それが死の恐怖からくるものだということはなんとなくわかった。
「だから、俺らは上級探索者をめちゃくちゃ尊敬してる。上級探索者ってだけで、尊敬できるくらいにはな。でも、雅にはそれが気に食わんかったみたいや」
健さんは上級探索者に対して低姿勢に接していた。
それは尊敬からくるものだったようだが、雅にはそれが媚を売っているように見えたのだろう。
「幸か不幸か、雅の知り合いでなくなった上級探索者もおらんかったしな」
雅は祖父母のことを知らない。
情報としては知っていると思うが、実際に体験した健さんたちと人伝で聞いた雅では全然印象が違うだろう。
それに、雅の両親がちゃんと顧客を選んでいたためか、それとも運が良かったのかはわからないが、今のところ雅の親しい探索者の中で亡くなった人はいないそうだ。
いや、雅が生産職じゃなくて探索者に成りたいと思っていたから、両親の仕事にあまり関わってこなかったのかもしれないな。
結果、雅は健さんほどダンジョンに対する恐怖を抱かなかった。
「正直な話な。雅の右足が動かんくなった時、俺は喜んでもうたんや。これで雅は探索者やのうて生産職になってくれる、ってな。でもあいつは諦めんかった。生産職をしながらも黒鍛冶師を目指し、足を治すためにめちゃくちゃレアな偽エリクサーを探し続けた」
雅が東京に進学することを二人は反対しなかったらしい。
自分たちと少し離れて過ごせば生産職の良さにも気づいてもらえると思ったからだそうだ。
だが、雅はソロでダンジョン探索を続け、そして、トラップにかかって足が動かなくなり、探索者の道を絶たれてしまった。
だが、それでも雅は諦めずに探索者を目指し続けた。
結局、偽エリクサーでも足は解呪することはできなかったが、魔導装備という別の方法を使って、自力で足を動かせるようにしてしまった。
「あんなふうに一時的にではあるけど足が動くようになってもうたんや。雅はもう止まらんやろ」
健さんの視線の先を見ると、サジタリウスを装備して楽しそうに料理している雅がいた。
健さんが優しい笑顔を見せる。
どうやら、足が動くようになったことには喜んでいるみたいだ。
「だから、どうか、どうか。雅のことを守ってやってほしい」
「ちょ、頭を上げてください!」
「雅のことを守ってやってほしいんや。怖くなって逃げた俺がこんなことを言うのは烏滸がましいとはわかってる。でも、こんなことくらいしかもうできへんねん。雅のこと、守ったってくれ」
「……」
健さんはどう見ても真剣だ。
俺は一度大きく深呼吸をした後、しっかりと健さんのことを見る。
「わかりました。俺の命が続く限り、雅のことを守ると誓います」
「ありがとう」
一度顔をあげた健さんはもう一度頭を下げた。
その白髪混じりの頭を見て、俺は何があってもこの約束は違えてはいけないと心に決めた。




