5-3
「フッ!」
静かな裂帛の声と共に、龍子の剣閃がフィールドを奔る。
氷が宿った鬼哭刀から放たれたそれは、鋭利な氷柱を形成しながら雷牙目掛けて一直線に突き進んでいった。
数メートル先にいる雷牙はそれを回避するものの、龍子僅かに口角を上げた。
途端、剣閃が雷牙のすぐ近くで炸裂した。
同時に鋭利な氷柱が雷牙を刺し貫く。
「ぐっ!?」
短い呻き声を上げながらも急所への直撃を回避した雷牙は、すぐさま態勢を立て直しながら瞬時に傷を癒して龍子を見据える。
「避けたからって安心はしないこと。ああいうことだってできるわけだからね」
「その言い方だとまだ手の内は全部見せてないって感じっスよね」
「もちろん。まだまだ隠し玉はたくさんあるよ。あと、私に集中するのもいいけど――」
龍子は少しだけ声のトーンを下げ、雷牙の周囲の霊力を圧縮するイメージで氷柱を作り出す。
鋭い先端を雷牙に向けた氷柱は、彼女の意思と共に射出された。
「――周りにも気を配ったほうがいいよ」
声と同時に着弾した氷柱のうち、一本が雷牙の肩に深く突き刺さり、貫通。
透明な氷は、赤い血に濡れて雷牙の肩から顔を出している。
すると、雷牙はすぐさまそれを掴み取って、力任せに引き抜いて見せた。とはいえ、相当な痛みなのか、苦々しい表情をしている。
「さすがに、いってぇ……!」
傷口も切り傷よりはゆっくりではあるが、治癒が始まっている。
貫通したことも考えると、血管、神経、骨、筋肉、全てを治癒させるわけで、本来ならかなりの時間を要する。
それがあの速度で治っていくことを考えると、やはり大したものだと龍子は改めて驚いた。
しかし、龍子が求めているのは、あれではない。
「出来ればこの試合中に引き出してあげたいんだけど……」
龍子にはある狙いがある。
それは雷牙がこの先開花させるであろう力をこの場で引き出させることだ。
――なんの属性に適性があるかはまだわからないけど、覚醒に至る可能性は十分ある。
属性覚醒。
龍子が彼に促そうとしているのはそれだ。
属性覚醒に至るのは、それなりに苦労する。
なおかつ万人が万人確実に覚醒できるわけではない。
しかし、覚醒の可能性を上げる可能性の一つとして、親が属性に目覚めていると、その子供が覚醒に至る可能性は割と高い。
無論、百パーセント覚醒できるわけではないが、ある程度の目安にはなる。
独自に調べたところ、雷牙の母、綱源光凛は雷電の属性覚醒者であり、父親もまた疾風の属性持ちだったらしい。
両親ともに覚醒に至っていることを考えれば、雷牙が属性に目覚める確立はかなり高いだろう。
もちろんそれが全てというわけではないが、できることなら五神戦刀祭を控えているこの場で目覚めさせた方が良いと考えている。
だが、解せないことがある。
それは雷牙に稽古をつけた師匠についてだ。
彼の戦いぶりを見てもわかるが、彼はかなりの修業を積んでいる。
初見の技であっても最低限のダメージで済むように体を動かしており、見切った技は殆ど通用しない。
こんなことが出来るのは、幼少の頃から血の滲むような努力をしてきたからに他ならない。
そして、それをすぐ近くで見ていたのが彼の師匠のはず。
ゆえに理解できないのだ。
これだけの力を備えている彼をなぜ属性覚醒に導かなかったのか。
彼のほどの実力者を育てた師ならば、雷牙が属性に至る可能性があることなどわかっていたはずだ。
なのに、それをしなかったのはなぜなのか。
龍子が思考をめぐらせていると、不意に自身に覆いかぶさる形で影が出来た。
「ラァッ!!」
霊力を纏った鬼哭刀が勢いよく振り下ろされる。
思考に集中していた龍子からすれば完全な不意打ちなのだが、彼女は一切の焦りを見せずにそれを回避する。
すぐさまカウンターとして氷柱を放つが、雷牙にそれは通じず、彼は死角にあった氷柱でさえ見ずに叩き落して見せた。
「お、いい反応。そろそろ慣れて来た?」
「瑞季とか近藤先輩との試合でも結構見てたんスから、慣れるに決まってんでしょ」
「それもそうだねぇ……。んー、でも、雷牙くんはまだ気付けてないかな」
「気付けてない?」
「うん。瑞季さんはちゃーんと君にヒントを残してたよ。まぁ、なんの動作がヒントになっているかまでは、教えてあげないけどね」
「瑞季が、俺に?」
「私を倒すために、君に託したんだよ。でも早くそれに気付けないと、負けるよ」
龍子は言うと同時に、雷牙の背後へと目にも止まらぬ速さで回り込んだ。
靴の裏には、薄い氷のブレードが形成されている。
瑞季との戦いでも見せた高速移動だ。
そのまま氷霜を掬い上げるように振るう。
が、剣閃は跳ね除けられ、両者の間で火花が散る。
「それぐらいなら、もう見えてるっスよ」
雷牙の瞳はしっかりと龍子を捉えていた。
「さすがに、この剣速にはそろそろ追いついて来るか……。ならもう少し速めようか」
長刀を冷気が包み、バキンという音と共に氷を纏う。
ギラリと光った鋭利な氷の切先が雷牙へと向けられた。
『さぁ白熱してまいりました決勝戦ですが、さすが我等が生徒会長というべきでしょう! 綱源選手は一度も攻撃をヒットさせることが出来ずにいます。し・か・し!! 綱源選手も負けているわけではありません!! すでにいくつものヒットを貰っているものの、桁外れの霊力と治癒術で、傷を負うと同時に治癒を開始しており、会長の攻撃も決定打にはなっていません!!』
興奮した様子の実況は、アリーナの上部に設けられた特別観覧席にも聞こえていた。
一人掛けのソファに腰を下ろして、バトルフィールドの様子を伺っているのは、龍子の父、辰磨だ。
眉間に深く皺を入れて試合の様子をじっくりと観察している辰磨の口元には、その強面な表情とは不釣合いな笑みがある。
「龍子のやつめ、一端に稽古をつけてやっているつもりか」
辰磨には娘の狙いがわかっていた。
確かに実況の言うように、龍子の攻撃は決定打にはなっていない。
だが、それは龍子が狙ってやっていることだろう。
家族だからと贔屓するつもりはないが、龍子がその気になれば雷牙を治癒術を使わせる間もなく圧倒することなど簡単だ。
「それだけあの少年が気に入ったか」
辰磨の視線は雷牙へと向けられる。
龍子の放つ氷結と斬撃を喰らう数は最初から比べると随分と減った。
そして特筆すべきはやはりあの治癒術だ。
雷牙の母である光凛のことはよく知っているが、彼女も治癒術は得意だった。
けれど、雷牙のように一気に再生するようなものは見たことがない。
加えて観覧席にまで伝わってくる桁外れの霊力。
「さすが、お前の息子と言ったところか、綱源」
どこか懐かしげな辰磨は、バトルフィールドで戦う雷牙と記憶の中にいる光凛の姿を照らし合わせる。
実力はもちろん光凛の方が上だ。
しかし、体さばきや、剣の振り方、構え型などは本当によく似ている。
そしてそれ以上に似ているのは、戦闘中に見せる笑みだ。
口角を吊り上げて、犬歯をむき出しにするどこか狂気もはらんだような笑みは光凛そっくりだ。
「とはいえまだ世界を知らん。なるほど、柳世さんが彼を玖浄院に入学させた理由がよくわかる」
雷牙の戦い方は、よく言えば勇猛で粘り強い。
戦いにおいて勇猛さは大事だ。
戦いという明らかに異常な空間においても折れない精神力は、自信はもちろん他者への鼓舞にもつながるだろう。
対斬鬼の戦いでは部隊に一人は欲しい逸材だ。
もちろん、勇猛がすぎればそれは蛮勇ともなるが、雷牙も自身の実力は把握しているようで、龍子の攻撃を受けられないと判断した時は、瞬時に回避行動に移っている。
だが、よいところばかりではない。
恐らくこの場にいる誰もが気付いていると思うが、雷牙の戦い方は未だに荒削りで危険な行動が多い。
荒削りなのは年齢を考えればこれからいくらでも成長できるので良いとしても、危険な行動はあまり褒められたものではない。
最初に龍子の鬼哭刀を素手で握った時などいい例だろう。
恐らくアレは彼の中で「できる」という確信があったからやったのだろうが、下手をすれば腕ごと切断されていた。
そして彼が危険な行動に走るのは、あの治癒術が起因している。
雷牙自身が気付いているかはわからないが、雷牙の中では無意識にこういった思考が存在しているはずだ。
その思考とは『治癒術で治すから大丈夫だ』というものだ。
あれだけの速度で治癒できるのだ、使わない手はないが、雷牙はいささかそれに依存している傾向がある。
治癒術も万能ではない。
便利だからといって頼りすぎていると、いつか足元を掬われる。
今はまだ学生同士の試合だからいいとしても、これが犯罪者や斬鬼との戦闘だと考えると、あのような戦い方を素直に見過ごすことはできない。
前に起きたヴィクトリア・ファルシオンと、レオノア・ファルシオンの誘拐事件や、堕鬼との戦闘も雷牙の実力で解決したところも確かにあっただろう。
しかし、その中には確実に運の良さも含まれている。
「柳世さんなら、そのあたりの忠告もしているはずだが……。まぁそれも兼ねての育成校への入学か」
恐らく、彼の師匠である柳世宗厳も雷牙の癖は理解しているだろう。
絶対に使うなと念を押すこともできたのかもしれないが、彼は雷牙自身に気付いて欲しいからあえて彼を育成校に入学させたはずだ。
とはいえ、治癒術の才能は素晴しいの一言に尽きるので、このまま伸ばしていき、頼り切らないように成長するのが彼にとってはベストだろう。
雷牙がそれにいつ気付けるかは、彼次第となるが。
『おーっと、ここで両者再び距離が開きました!! 綱源選手、僅かに呼吸が乱れていますが、受けた傷を即座に回復させていきますが、対する生徒会長は……やはり無傷! なおかつ汗一つかいていません! さすがに実力差がありすぎるのでしょうか!?』
バトルフィールドでは、二十メートル以上の距離を開けて雷牙と龍子が向かい合っている。
明らかに龍子の方が優勢ではあるが、ホロモニターに写しだされた雷牙の瞳には、まだ諦めの色は見えない。
それがいつか見た彼女のものとどこかダブって見え、辰磨は僅かに口角を上げた。
龍子と向かいあっている雷牙は、自身の体に起き始めている異変に気付いていた。
僅かにではあるが、視界が霞み始めている。
――さすがに、血ィ流しすぎたか。
バトルフィールドには、大小さまざまな大きさの血痕がある。
そのすべては雷牙の傷によるものだ。
治癒術は傷を治すことはできても、血液を復活はできない。
だから、大量出血にはそれなりの輸血が必要になってくる。
雷牙も出来るだけすぐに治癒はしているものの、やはり龍子との間にある壁は非常に高い。
「……どうする……」
霊力自体にはまだまだ余裕はあるが、このまま行けば確実に出血多量で意識を失う。
仮に負けるにしてもそんな負け方はまっぴらごめんだ。
どうせやるなら、今もてる全力を出し切りたい。
「つっても攻撃が通らないんじゃ意味がねぇ……」
圧縮した斬撃を飛ばしても、彼女の氷の防御の前にはほぼ無力。
最大出力で撃ってみてもいいが、アレはかなり隙が大きい。
やるのであれば、確実に叩き込める算段がついてからだ。
「もう終わりかな? 雷牙くん」
長刀に付着していた雷牙の血をはらった龍子が笑みを見せながら問い、構えを取った。
同時に、長刀の刃を再び氷が覆う。
ふと、雷牙は疑問に思った。
なぜ血をはらったのか。
そして、思い返すのはこの試合で龍子が何度も血をはらっていたこと。
特に氷結の力を使い始めてからは、その行いが顕著だった。
まるで見せ付けるようにあの動作をしていた。
――まてよ。そういえば瑞季はあの時自分の血液を水の中に入れて……。
前の試合で瑞季は最後の攻撃をする直前に、手首を切って血と水をあわせていた。
昨日の鬼獣との戦闘や、そこで見た母の姿、そして龍子と戦えるという興奮からすっかり失念していた。
「まさか……いや、でもやってみる価値はある……!」
雷牙はこの状況を打破する策を思いついたのか、鬼哭刀、兼定を見やる。
鈍い光を放つその刃と対峙し、雷牙は一度大きく深呼吸。
すると、視線の先で龍子が動いた。
「来ないのなら、こっちから行くよ!!」
長刀を振りかぶった龍子が凄まじい速さで距離を詰める。
やがて深呼吸を終えた雷牙は、覚悟を含んだ眼光を龍子に向けて刀を構える。
バトルフィールドを再び鮮血が染め上げた。




