4-1 獣の領域
窓の外を流れていく緑を雷牙はぼんやりと眺めている。
準決勝をおえた翌日、雷牙は龍子の家が所有しているマイクロバスに揺られていた。
向かっているのは旧奥多摩。
大都市部への人口一極集中化に伴い、現在は人が殆ど立ち入らない鬱蒼とした森が広がっているらしい。
殆ど、と現したのは、『稀』に人が立ち入っていることもあるからだ。
今回雷牙が派遣されたのも、その『稀』に立ち入った人物達の影響なのだが。
先日龍子に説明された事件の概要はこうだ。
新都の大学生グループが肝試しと称して旧奥多摩へ入り、男女二人を残して全員が行方不明。
警察に駆け込んだ二人の大学生のうち、女性の方は激しく動揺しており、精神的ショックからか今も病院で治療を受けている。
もう一人、男性の方は比較的まともに応答ができ、入院することもなかったらしいが、警察の事情聴取でこう述べた。
『巨大な影と光る赤い眼のようなモノを見た』。
赤い眼と巨大な影。
現代において、この二つはある特定の災厄を現す要因となる。
斬鬼だ。
斬鬼の瞳は基本的に赤黒く、夜は霊力の影響か赤く発光している。
そのため、巨大な影と赤い瞳となれば、自動的に斬鬼関連の案件となり、警察からハクロウへ応援要請が来たというわけだ。
しかし、斬鬼であるなら鐘魔鏡に反応があるはず。
奥多摩のような誰も住んでいない場所であっても鐘魔鏡は測定できる。
だが、今回の事件の際、鐘魔鏡に反応はなかったという。
その際、以前起きたクロガネの工作員が起した、人工妖刀事件の再来も議題に上がったらしいが、鐘魔鏡の測定能力向上と、人工妖刀の解析によってその可能性は低いと判断された。
結果、残った可能性として導きだされたのが、鬼獣だ。
鬼獣は基本的に親となった斬鬼が消滅すれば即座に消滅する。
しかし個体差があり、斬鬼が消えても消滅しない鬼獣も存在し、今回の事件はそれが引き起こした可能性が濃厚との判断が下った。
とはいえハクロウも人手不足。
辺鄙な場所に現れた鬼獣ごときに人員は割けないと、部隊の出動の前に、学生連隊を試験的に送り込むことにした。
というのが、先日龍子から受けた説明である。
「ようは雑用ってわけか……」
やや気だるげに溜息をつく雷牙は少しだけ不満そうである。
当初こそ連隊に入って最初の任務ということで割りと期待していたのだが、相手が鬼獣ではいまいち張り合い甲斐がない。
「どうせなら斬鬼とかなぁ」
連隊を正式に運用するのなら、斬鬼と戦わせて欲しいというのが本音だ。
まぁそんなに都合よく斬鬼が現れるわけでもないし、現れないことに越したことはないのだが。
「さっさと終わりにして明日の準備とかしたいんだけどな」
「そうぼやくな雷牙。犠牲者もいるんだ、軽率な言動は慎め」
やや語気に棘のある言い方をしたのは、雷牙の後ろの席に座っている瑞季だ。
彼女はそのまま席を移動して、雷牙の隣へ座った。
「それりゃわかってっけどさ……」
行方不明者は恐らく鬼獣に喰われているだろう。
だから、雷牙自身、自分の言動が配慮に欠けたものであることは理解している。
「見習いとはいえ、私たちも刀狩者の端くれだ。通達された任務は遂行するしかない。それが出来ないのなら、刀狩者にはなれないぞ」
「うぐ……」
痛いところを突かれ、雷牙は苦い表情を浮かべる。
刀狩者の任務は主に斬鬼や妖刀関連だが、時として要人警護などを含め多岐にわたる。
戦えない、戦い甲斐がないからと言って、「やりたくない」「したくない」では済まない。
「言われてみりゃそうだよな。わるい、ちょっと反省するわ」
「わかればいいさ。世間には刃災によって家族を失った人が多くいる。君だってそうだろう?」
「ああ」
「そういう人たちがさっきの君のような発言を聞いたらどう思うか、考えることも大事だ」
瑞季のいうことはもっともだ。
配慮を欠く発言というのは、時に自身の身を滅ぼしかねない。
有名な政治家や芸能人がそういう発言で取り立たされ、辞職や引退に追い込まれることなどよく似耳にすることである。
刀狩者とて同じだ。
一人の不適切な発言が露見すれば、それこそハクロウ全体の問題に関わる可能性すらある。
「次からは気をつける」
「ああ。とはいえ、仲間同士の間で言う程度なら問題はない。ようは、将来的には、時と場所を考えて発言するように、ということだよ」
人差し指を立てて説明する瑞季は、柔和な表情を浮かべており、口調も優しげなものに戻っていた。
彼女なりに雷牙のことを心配しての注意だったのだろう。
しかし、話すことに夢中で気付かず、彼女の顔が近くにあることを改めて確認してしまった雷牙は、やや気まずそうに咳払いをすると、窓の外を見やりながら呟いた。
「だけど、鬼獣の捜索と討伐つっても、こんだけだだっ広い森の中をたった四人で探せんのかねー?」
四人というのは、雷牙、瑞季、一愛、龍子のことだ。
当初は、他の生徒会メンバーも来る手はずになっていたのだが、他の育成校と比べ、玖浄院の選抜が遅れていることを危惧した教師陣が、決勝戦前に選抜選手の最後の枠をうめるため、五位決定戦を今日行うことを決定したのだ。
そのため、三咲、士、勇護は来られなくなってしまった。
では直柾がなぜいないか、答えは単純だ。
直柾は雷牙との試合で負った傷が完全に回復しておらず、晶から「明日まで動いちゃだめよー」とドクターストップを通告されてしまったのだ。
「確かにこの広さを四人というのは、骨が折れそうだな」
「会長はなにか算段でもついてんのかねー」
雷牙が肩をすくめると、バスが段々とスピードを落とし始めた。
「三人ともそろそろ着くからねー」
前の座席から龍子の声が聞こえ、雷牙たちは少しだけ気を引き締める。
雷牙たちが降りたのは、大学生グループが消えた現場から少し離れた場所にある、使われなくなり、アスファルトの隙間から雑草が生えている待避所だった。
「ここからは歩き。さすがに運転手さんを殺させるわけにはいかないからね。じゃあここで待っててください」
龍子が言うと、運転手は軽く会釈して扉を閉じた。
「大学生がいなくなった現場はここから約一キロメートル。じゃ、行くよー」
それぞれが鬼哭刀を剣帯に納めたことを確認すると、龍子が歩き出し、三人もそれに続いた。
すっかりでこぼこ道になってしまった山道をしばらく歩いていると、ふと雷牙が「そういえば」と声を漏らす。
「鬼獣も斬鬼の一部のはずですけど、なんで鐘魔鏡に反応がなかったんスか?」
「鐘魔鏡は、妖刀や斬鬼の反応は霊力が大きく歪むからすぐに観測できるんだけど、鬼獣だと反応が小さすぎるんだよ。だから、周囲に霊力の濃い場所があったりすると、そこと同化してる可能性があって、観測が難しいんだよ」
雷牙の問いに答えた龍子は、更に続ける。
「私たちの体に霊脈っていう霊力を司る器官があるように、この星自体にも霊脈はある。星霊脈ってやつだね。そして霊力が噴き出す穴が、霊穴ってわけ。その霊穴が鬼獣を隠しちゃってるんだよ」
「へぇー。ハクロウは対策とかはたててるんスかね?」
「どうだろうね。ハクロウだって万能じゃない。だから、私たちみたいな学生連隊が作られたわけじゃん」
背後からかけられた声に振り返ると、やや呆れている一愛がいた。
まぁ確かに彼女のいうことも当然といえば当然かもしれない。
ハクロウは妖刀や斬鬼のスペシャリストではあるが、実力自体はピンキリ。
なんでも可能な神様ではないのだから、どうしようもないことはあるだろう。
それに、鬼獣が残ること自体が稀なので、酷く警戒しすぎる必要もないのかもしれない。
「その辺りは、これから改善していくんじゃないかな。っと、見えてきた。じゃあ、ちょっと気を引き締めてね。あの先は、鬼獣のテリトリーだろうから」
龍子の声に、雷牙たちが視線を向けると、道路の真ん中辺りに停車している車が見え、その奥には赤い橋らしきものが見えてきた。
「これは……」
現場へ到着した雷牙達が見たのは、思わず息をのむ惨状だった。
アスファルトや車には黒く変色した血痕が残り、衣服の一部と思われるものは、近くの木々に引っかかっている。
しかし、雷牙達の視線は、血痕でも千切れた衣服でもなく、車の近くにあった大きな抉れだった。
「会長、これって……」
「うん。間違いなく鬼獣がいる」
「かなり大きいね。全長から考えると、五メートル前後って感じ」
抉れの正体は足跡だ。
風化しているとはいえ、アスファルトをこれだけ深く抉れさせるということは、かなりの重量もあるだろう。
「このまま進みますか、会長?」
「そうだね。とりあえずはあまり離れずに進もう。常に周囲を警戒。何かを見たらすぐに知らせること」
瑞季の問いに龍子が真剣な様子で答える。
生還者の話で巨大な影がいたことは知っていたが、まさかここまで大きいとは。
雷牙は大きく抉れたアスファルトを見やりつつ、龍子の後に続く。
だが、その瞬間、雷牙は思わず口と鼻を押さえた。
――――この臭い……!
前を行く龍子達は特になにかに気がついた様子はなく、周囲を警戒したまま進んでいる。
しかし雷牙は感じ取ってしまった。
風に運ばれて漂ってくる濃厚な死の臭いを。
「会長! ちょっといいッスか!」
「なに?」
振り返る彼女の様子からしてやはり気がついていない。
雷牙は小さく息をついた後、彼女に進言する。
「多分ですけど、鬼獣の巣みたいなやつ見つけられるかもしれません」
「……詳しく話してみて」
龍子は一度怪訝な表情を見せたものの、雷牙の様子を見てなにかを察したようだった。
現場にやってきた雷牙達を赤い瞳が睨みつけていた。
また獲物がやってきた。
以前の獲物を既に食べ終えてしまい、空腹だった彼が狩りに出かけようとしていた時を狙ったかのように新たな獲物がやってきた。
特にいいのはあの柔らかそうな獲物だ。
肉は柔らかく非常に美味だった。
低くなった狩人は、凶悪に並ぶ牙を巨大な舌で舐める。
既に獲物はテリトリーの中だ。
確実に殺し、この空腹を満たしてもらわなければ。
一度雷牙達から視線を外した狩人は、鬱蒼とした森の中へ消えていく。
どこで殺し、喰らうかの算段を立てながら。
ちょうどその頃、マイクロバスのトランクでは、荷物の一つがうねうねと動きはじめていた。
「……えっと、ここをこうすれば……」
動くものの正体は人のようで、なにやらブツブツと呟いているのが聞こえる。
運転手はイヤホンをさしていて物音に気がついていないようだ。
すると、かちゃりと音を立ててトランクが僅かに開いた。
ごそごそと動いていた人物はその僅かな隙間から外に出ると、そっとトランクを閉じ雷牙達が向かった方角を見やる。
「ふっふっふ。この私を差し置いてこんなことをしてるなんてねぇ」
ニヤリと笑みを浮かべたのは、デジカメを持ち、リュックを背負った少女。
雷牙と瑞季クラスメイトにして、もはや校内随一の情報通でもある、柚木舞衣だった。




