4-9
廃倉庫にはハクロウ所有の救急車があった。
雷牙、レオノア、ヴィクトリアはそれぞれ救急車に乗せられ、治療を受けるところなのだが、雷牙は救護班の治療を断っていた。
雷牙の乗っている救急車は少しだけ騒がしかった。
「俺なら大丈夫ですって! ホラ、このとおり傷なんてどこにもないし!!」
「ダメよ。治癒術と言っても万能じゃないんだし、いくら自信があるといっても精密検査は受けるべきなの! ホラ、胸出して!」
なにやら医療用の精密機器っぽいものを胸に押し当ててこようとする女性救護員。
まぁ彼女もこれが仕事なのだから多少強引なのは仕方ないのかもしれないが、それよりも雷牙はレオノアとヴィクトリアのことが気になっていた。
「いや、だから俺は治癒術で完璧に治せるんですって! それよりも、二人は大丈夫なんですか!?」
レオノアの外傷は殆どなさそうだったが、一日近い拘束で疲労が溜まっているだろうし、ヴィクトリアも治癒術を施したとはいえ、応急処置止まりだ。
容態が気になるのは当然といえば当然である。
「二人なら平気だよ。綱源雷牙くん」
ふと、別の誰かの声が聞こえ、声のしたほうを見やる。
そこには柔和な表情を浮かべた湊がいた。
「アンタ、さっきの……」
あの後、つまりはヴィクトリアがアレクシスを無力化した後、彼女がやってきたことで、救急車やらが呼ばれた。
その間である程度事件の流れは説明しておいた。
「白瀬湊だよ。よろしくね」
「あ、ども」
差し出された手に答えつつ、軽く頭を下げておく。
彼女は私服姿だったが、後から来た救護班の応対の仕方からして、それなりに高い地位にいる人物のようだった。
「それにしても、ふぅん……」
握手を終えると、湊は雷牙の体を興味深げにつま先から頭まで見回す。
背後にも回って同じように見回した後、「なるほどね」と満足げな声を漏らした。
「確かに外傷は殆ど残ってないね。痛みとかは残ってないの?」
「そういうのはないっス。一応治癒術で筋肉、神経、内臓、骨全部治したんで」
「へぇ……。んじゃあまぁ、本人も大丈夫みたいだし、いいんじゃない?」
「ちょ、白瀬隊長! 治っていると言っても本人の感じ方の問題もありますし、あとから重症化するケースだって……」
さすがに救護班としてのプライドがあるのか、女性救護員は食い下がったものの湊がそれを制する。
「何かあったら私が責任取るから大丈夫。貴女のせいにはしないから」
「はぁ……。勝手にしてください。ですが、一応こちらから玖浄院の赤芭保健医に連絡しておきます」
「え、ちょ、待って……!」
晶に精密検査をされるくらいならここで検査してもらったほうが、いいと判断した雷牙は女性を止めようとしたものの、彼女はすぐに救急車から出て行ってしまった。
がっくりと項垂れるものの、雷牙は「仕方ないか……」と呟いてから大きく息をついた。
「さてと、それじゃあ綱源くん。二人の治療が終わるまで外で少しお話でもしようか?」
「話って、なんスか?」
事件の概要は凡そ話したはずだが、まだ何か聞きたいことでもあるのだろうか。
「世間話の一環みたいなものだよ。怒ったりはしないから安心して」
彼女に言われるまま救急車の外に連れだされる。
外では、刀狩者や救護員が現場検証やらをせわしなく行っている。
その中で雷牙は黒い袋を護送車に運んでいる刀狩者が見えた。
「あの、アレって……」
「ん? あぁ、死体だよ。君が斬ったテロリストの」
なんとなくだが、察しはついていた。
この現場で袋に詰めるものといえば、斬り殺したあの男の死体しかない。
少しだけ複雑な表情を袋に向ける。
「責任を感じる?」
「……多少は。悪党とは言え、一人の人間の命を奪ったわけですから。許せないのは確かですけど、ちょっと思うことはあります」
「そっか。まぁでも君が彼を斬らなければ、ヴィクトリアさんとレオノアは間違いなく死んでいた。気にするなとは言わないけど、深く考えすぎない方がいいかな。刀狩者はそういう選択を迫られることもあるからね」
「そう、ですよね」
ふと見た湊の目は一切の揺らぎがなく、なにかを覚悟しているような目だった。
恐らく彼女自身、すでにそれなりの数の犯罪者の命を奪っているのだろう。
だからこそ彼女の言葉は雷牙にとって重く感じた。
「そういえば、なんでここがわかったんスか?」
話題を変えようと、雷牙が話を振ると、湊は小さく笑みを零してから端末を取り出した。
「京極くんから連絡が来たんだよ。こういう事件が起きてるから救助に向かってくれってね。まぁ京極くん自身も君の友達から連絡を貰ったみたいだけど」
「あいつ等……」
恐らく連絡したのは舞衣だろう。
だが、彼女が連絡してくれたおかげで救急車も早く来ることができたのだから感謝しなければ。
「とは言っても、結局君に手柄は全部持っていかれちゃったけどね。さっき連絡した第一部隊の隊長さんも驚いてたよ」
「いや、振り返ってみれば俺の行動は無謀だっただけっスよ」
「そうかもしれないけど、誰かを助けるために駆け出した君の行動は胸を張れるものだと思うよ。光凛さんも鼻が高いんじゃないかな」
「え?」
ふと彼女がもらした名前に雷牙は反応した。
今、湊は確かに『光凛』と言った。
その名前を雷牙の前で出してくるということは、彼女は知っているのだろうか。
「今、光凛って……」
「うん。知ってるよ、君のお母さんのこと。私がまだ育成校を卒業したばかりの頃、ミスして落ち込んでる時に声をかけてくれたんだ。優しくてとても強い人だった。そして君みたいに、人を助けるためなら、危険な行動も厭わなかった。親子だけあってよく似てるよ」
「そう……ですか……」
光凛とよく似ている。
その言葉に雷牙は僅かに鼻の奥がツンとするのを感じた。
小さな頃から亡き母にずっと憧れと羨望を抱き、いつか彼女のようになりたいと思っていたがゆえに、湊の言葉はなによりも嬉しかった。
憧れた母に一歩ずつ近づけているのだと、実感できたから。
拳を握る雷牙であるが、ふと彼の視線の先に、項垂れた様子で護送車に運ばれる者の姿が見えた。
アレクシスとシュエンだ。
二人の手首と足首には霊力結合阻害輪が着けられ、さらに腕は肘の辺りまでを拘束具でとめられていた。
周囲は多数の刀狩者が固め、護送車内はどれだけ暴れようが壊れない。
あの状態から逃げ出すことは困難だろう。
「あいつ等はどうなるんですか?」
「基本的には一旦ハクロウで拘束して聴取をとってからヤタノカガミで裁判。犯罪歴にもよるけど、多くは八獄へ収監される感じだね。罪状が重ければ死刑の可能性もあるけど。まぁ彼らの場合、情報を聞き出せるだけ聞き出すから、多少手荒いことになるかもしれないけど」
「それって拷問……」
「まさか。拷問したって意思が強ければ吐かない連中は多いよ。だから使うといっても自白剤とかかな」
「クロガネの情報ってハクロウでもつかめてないことがやっぱり多いんっスか?」
雷牙の問いに、湊は少しだけ苦い表情を浮かべた。
数十年前に現れたクロガネをハクロウは未だに完全制圧できずにいる。
それらを見ている世論は、ハクロウの実力不足、調査不足を時折批判しているのだ。
「そうだね。彼らは隠れるのがうまくて、尻尾を掴んでもそのままスルリと逃げられることが多い。だから、彼らを捕まえられたのはいい収穫なんだよ。……っとレオノアが来たね」
彼女の視線を追うと、別の救急車に乗っていたレオノアがこちらに駆けてくるところだった。
「雷牙さん、湊さん」
「おう、レオノア。大丈夫か?」
「はい。私の方は疲労と軽い脱水だけだったので」
「ヴィクトリアさんは?」
「母も少しの入院で済むそうです。この後は、病院で検査と本格的な治療を。それで、雷牙さん……」
言いよどむレオノアは、雷牙とヴィクトリアが乗っている救急車を交互に見やっている。
その様子に、雷牙は肩をすくめた。
「行けよ。せっかく無事に終わったんだ近くにいたいだろ。あぁでも、トーナメントは……」
時間を確認すると、まだレオノアの試合の時間ではないが、ヴィクトリアについて行くとなると、時間を過ぎる可能性が濃厚だ。
レオノア自身、トーナメントを勝ち上がるための努力をしてきははずなので出場したいはずだ。
「いえ、トーナメントは諦めます。今は母と一緒にいたいので」
「……そっか。そりゃそうだよな。じゃあ、学校側には俺が言っとく」
「ありがとうございます。それじゃあ雷牙さん、本当にありがとうございました! トーナメント頑張ってください!!」
笑顔で言ったレオノアの顔が急に近づいたかと思うと、頬にキスされた。
そのまま彼女は手を振りながらヴィクトリアの乗る救急車に飛び込んだが、雷牙は頬を赤らめて大きなため息をついた。
「あいつはなんでこうもキスをするんだ……」
「モテモテだねぇ。レオノアも大胆って言えば大胆だけど」
湊も少しだけ呆れたような声を漏らしていたが、「白瀬さん!」と彼女を呼ぶ声に振り向く。
「犯人の護送車への収容、及び遺体の収容、完了しました」
「はーい。それじゃあ、私もそろそろ引き上げるね。綱源くんは、どうする送らせようか?」
「あぁいや、大丈夫っス。走って帰れるんで」
時間的に雷牙にはまだ余裕がある。
軽く歩いても十分間に合うだろう。
「そう。なら気をつけてね。トーナメント頑張って」
湊は彼女を呼びに来た刀狩者の隊士と共に、護送車に乗り込むと、そのまま廃倉庫から立ち去った。
残ったのは、ハクロウの分析班と思われる者達と、救護班が数名、一般隊士だけだ。
「じゃあ、俺も戻るか……」
雷牙は足に霊力を集めると、その場から大きく跳躍し、玖浄院への帰路についた。
何度か跳躍し、遠くに玖浄院が見えたところで、雷牙は舞衣たちの連絡を入れていないことに気がついた。
かなり心配しているだろうから、こちから無事なことを知らせておかなければ。
「うん?」
端末を取り出した雷牙は首をかしげる。
直近で三回、舞衣と瑞季、陽那から通信が入っている。
疑問に思いつつも、雷牙はとりあえず舞衣にレオノアの無事を知らせるための通信を入れる。
『雷牙!? やっと繋がった……』
何度目かのコール音の後に出た舞衣の声はやはりと言うべきか、緊張感のあるものだった。
「心配かけてわるかった。レオノアとあいつのお袋さんなら無事だ」
『そう。なら良かった。うん、本当に……』
安堵する彼女の様子から察するに、レオノアの無事を早く確認したいがために連絡を入れて来たと考えるのが妥当か。
「それと、お前と瑞季と陽那から連絡があったみたいなんだけどこれって――」
『そうだった! えっと、実はトーナメントのことなんだけど――』
彼女が告げた事実に、雷牙は驚きながらも、玖浄院への足を速めることになった。
玖浄院に到着した雷牙は、正門を抜けて瑞季達が待つ寮へ急いだ。
少し走ると、寮の入り口に瑞季達の姿が見えた。
「おーい、みんなー!」
声をかけると、彼らもこちらに気がついたようで軽く手を振ってきた。
そのまま合流すると、雷牙は少しだけ荒くなった息を整えながら瑞季に問うた。
「今日のトーナメントが明日に延期になったってどうしてだ!?」
雷牙が急ぐ理由となったのがこれである。
話によると今朝の第一試合、生徒会長、武蔵龍子と、生徒会役員混同勇護の試合が始まる直前。
生徒会長がバトルフィールドに立って宣言したという。
『今日のトーナメントは諸事情により明日へ延期でーす』と。
生徒の大半が驚きながらも、会長の鶴の一声で本当に全試合が中止となり、今日は休息日として宛てられることになったらしい。
「理由は私達にもわからない。ただ、生徒会長が宣言したら、トーナメントは本当に延期となった」
「延期ったって、来賓とか来てたんじゃ……」
そうだ。四回戦からは来賓が来るとのことで、緊張感もあったはずなのだが、延期になったということは彼らも帰らせたのだろうか。
「多分だけど、来賓も帰ったんだと思う。高級車っぽいのが出て行ったし……」
「マジかよ。会長なにしたんだ――」
「――普通に今日は延期ですーっていっただけだよ」
突然聞こえてきた声に、雷牙達は弾かれるように視線を向ける。
皆の視線の先にいたのは、美しい白髪の少女だった。
膝裏近くまである長い髪は陽光を反射してまるでシルクのようだ。
「生徒、会長……」
声を漏らしたのは舞衣だった。
雷牙も何度かその姿を見てはいるが、近くでみるとやはりオーラというかそういったものが溢れている気がして気圧されている気分だ。
「みんなそう緊張しないでってば。さっき言ったことは本当だよ。私が来賓に直接今日はやりませーんって言っただけだから」
「それだけで、来賓が満足して帰るんですか? 貴女の家の力だって関係してるんじゃ」
「おー、さすがに知ってるねぇ、柚木さん。まぁそういうことも使ったといえば使ったかな。けど、寧ろ延期になってよかったんじゃない? ファルシオンさんの姿が見えないようだしね」
「それは、そうですけど……」
「まっ、深読みしないでさ。ラッキー程度に思ってて。私もベスト八が揃ってないと詰まらないしね」
ニッと笑った龍子はそのまま雷牙の脇を通り過ぎるものの、彼女は雷牙にだけ聞こえる声で小さく告げた。
「……霊力の大量消費には気をつけた方がいいよ……」
「え……?」
「それじゃあ皆、今日もゆっくり休んで、明日に備えてねー」
龍子はそのまま手をヒラヒラと振って校舎の方へ消えていった。
彼女の姿が見えなくなったところで、雷牙は舞衣に問う。
「なぁ、舞衣。さっき言ってた家の力って……」
「うん、あの人は瑞季やあの大城と同じ七英枝族。しかもその中でももっとも権力のある家、武蔵家の出身」
「そうなのか、瑞季!?」
驚愕する雷牙が瑞機を見やると、彼女は静かに頷いてから舞衣の言葉に付け加える。
「ああ。武蔵家は七英枝族の中でももっとも権力があり、代々、ハクロウの長官を務めている家系だ。今の長官は武蔵先輩のお父上が担っている。仮に今回の延期に関して、その彼から通達があったのなら、来賓が文句も言わずに引き上げたのも納得がいく」
確かにそうだ。
今回のトーナメントに出席するのだから、それなりにハクロウとは親密な関係のはず。
その長官から連絡が行ったのなら、断らずに引き上げるのも頷ける。
「なーんか、皆怒ってるようなイラついてるような感じするけどよぉ。かいちょーはトーナメント延期にして全員が出場できるようにしてくれたんだろ? 寧ろ助かっただろうよ」
玲汰の言うことはもっともだ。
恐らく彼女は今回の事件のことをある程度把握していたはず。
だからあえてトーナメントを延期にしたのだろう。
「私だって怒ってるわけじゃないわよ。ただ、少しやり方が強引かなーって」
やや膨れた表情の舞衣に雷牙、瑞季も頷いた。
「まぁ事実俺もレオノアも助かったからな。文句はねぇよ」
「じゃあまぁ、落ち着いたみたいだし、食堂でもいかなーい?」
「お、賛成。俺も腹へっちまった」
陽那の提案に玲汰が乗っかり、雷牙達もそれに同意する。
しかし、皆が歩き初めようとしたところで、雷牙は襟を誰かに掴まれる。
同時に、ゾクリとした背筋に走る嫌な感覚。
恐る恐る振り返ってみると、白衣を纏う笑顔を浮かべた美女の姿があった。
「あ、赤芭先生……!」
「あなたはこっち。後輩から色々聞かせてもらったわよ。さぁ精密検査しましょうねぇ。その後は、愛美ちゃんがお説教するらしいから、頑張って」
「あぁいやちょちょちょ! 精密検査なんてしなくたって!!」
「ダメよ。さぁ行きましょう。……じゅるり……」
「待て待て待て! なんで今舌なめずりをした!? おい、お前等助けてー!!」
皆に助けを求めるものの、彼らは皆複雑で微妙な表情を浮かべた後、皆一様に手を合わせて連れ去られる雷牙を見送った。
「助けてー! 犯されるぅぅぅぅぅ!!!!」
男が叫ぶような悲鳴を上げた雷牙は、そのままずるずると保健室に連れ去られてしまった。




