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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
45/421

4-2

「マジに丸腰でくるもんかねぇ」


 肩を竦めながら言ったのは、レオノアを捕らえた三人組の一人。


 軽薄そうな雰囲気と鋭い八重歯が特徴的な青年、真裂(まざき)(はやと)だ。


「それは問題ないでしょう。ヴィクトリア・ファルシオンはかなりの子煩悩だという情報も依頼主から上がってきてます。助けるためなら、自らの命をも差し出すだろうと」


 答えたのは端末をしきりに操作している眼鏡をかけた男、ハオ・シュエンは薄い笑みを浮かべて捕らえた少女、レオノアを見やった。


 当然だが彼女は逃亡できないように手足を拘束している。


 まぁ、手足を拘束していないとしても、逃亡などできはしない。


 高い戦闘能力を持っているらしいが、彼らにもとある()()がある。


 それは序列五位という強さを持つヴィクトリアにも効果がある。


 たとえ彼女が鬼哭刀を持ってきていたとしても、組み伏せることが可能だろう。


「そういや、姉御はヴィクトリアと因縁があるらしいな」


 隼は椅子に座りながら爪の手入れをしている金髪の女性、アレクシス・エンフィールドを見やる。


 アレクシスは爪の手入れをやめると、小さな溜息をついた。


「そうね。今回の依頼だって、あの女に復讐するチャンスだったから請け負ったわけだし。けど、あんた達に教える気はないわ。今はね」


「ということは近々教えてもらえるということですか?」


「あの女と対峙すればいやでも聞くことになるわよ」


「……やはり母への復讐が目的ですか」


 凛とした声音がアレクシスの耳に届く。


 声の主、レオノアを見やると彼女は毅然とした態度でアレクシスたちを見ていた。


 瞳には恐怖も混じっているようだったが、まだ希望は捨てていないようだ。


「ええ。あの女は私からある人を奪ったからね。それの復讐」


「くだらない……。それは貴女方が犯罪者だったからでしょう。母は刀狩者として当然の職務をしただけです!」


 言ってくるレオノアに対し、アレクシスは少しだけ頬を引き攣らせると、ゆっくりと彼女の下へ歩み寄る。


 手が届く距離まで近づくと、パン! と渇いた音が廃倉庫に響いた。


 レオノアの頬が僅かに赤くなっていた。


 アレクシスが彼女の頬を叩いたのだ。


「何も知らないガキが。あの人を殺したのはアンタの母親よ……!」


 先ほどまでとは打ってかわり、憤怒の形相を見せるアレクシスに、隼とシュエンも身構えると、彼女を制する。


「落ち着いてください、アレクシス」


「そうだぜ、姉御。ガキの言うことに本気で反応すんな!」


 二人に言われたアレクシスは、レオノアを睨みつけながらも大きく深呼吸をしてから踵を返した。


「そうね。少し熱くなったわ……」


「らしくねぇぜ……。そうだ、この薬を渡したオッサンはどうなってるか分かってんのかよ。シュエン」


 隼が空気を変えるために懐から取り出したのは彼らが以前、ホテルの一室で取り出したカプセルだった。


「もちろんだとも。体に射ち込んだGPSと観測装置も正常に動作しているよ。今は使っていないようだけど、数日前に一度使ったようだね」


「そっちのデータも本部に送らねぇとだからな。しっかり纏めといてくれよ」


「君も少しは手伝えよ、隼……」


 小言めいたことを言われたが、彼は肩を竦めるだけだ。

 

 カプセルをしまった隼はアレクシスを見やる。


 彼女はレオノアに背を向けて廃倉庫の扉を睨みつけるようにしてみていた。


 時刻は午前九時四十分。指定した時間よりも早いが、目の前の彼女は怨敵が来るのを待ち望んでいるようだった。





 頬を叩かれたレオノアは彼らの話を一言一句聞き逃がさなかった。


 どうやら彼らはレオノアとヴィクトリアの殺害以外に、この新都であのカプセルを使って何かの実験をしていようだ。


 空港で一度目を覚ました時、彼らは話の中で『クロガネ』の名前を出していた。


 つまり、本部というのはクロガネの本部だろう。


 これを知ることが出来れば、ハクロウがクロガネを潰す手がかりになるはずだ。


 所在は突き止められないにしても、母と協力すれば情報を手に入れることが出来るかもしれない。


 しかし、問題なのはこの状況だ。


 手足は完全に拘束されている。


 本来ならこの程度の拘束など霊力を使った身体強化で破れるはずなのだが、手足の拘束具は霊力の伝達を阻害するもののようで、うまく霊力を練ることができない。


 あの三人は恐らくかなりの手馴れだろう。


 けれどそれは母、ヴィクトリアも同じこと。いや、母なら彼らを鬼哭刀なしで倒すことも可能かもしれない。


 大丈夫だ。母ならきっと三人を倒して自分を救ってくれる。


 それに隙を突けば拘束具を母に破壊してもらって自分も共に戦うことができるはずだ。


「……大丈夫。絶対に生きて帰る……!」


 彼女が誰にも聞こえない声で小さく呟くと、廃倉庫の大きな扉が音を立てて開きはじめた。


 弾かれるようにそちらを見ると、長いブロンドとなびかせながら廃倉庫に入ってくる人影が見えた。


 間違えようがない。


 腰まで届くブロンドに、自分と同じ青い瞳の女性は、レオノアが大好きな母、ヴィクトリアであった。


「お母さ……ッ!?」


「おっとぉ、感動の再会はまだだぜ」


 母を呼ぼうとしたものの、口に布を巻かれ声をだせないようにされた。


 背後には隼と呼ばれていた男がいた。


 彼を強く睨みつけるものの、彼はまったく意に介していないようだ。


「おぉ、こわ。けど、そんな態度いつまで出来るかねぇ……」


 ニタリと笑う男に、レオノアは怪訝な表情を浮かべるものの、現れた母を見やる。


 彼女は冷然とした態度でリーダー格と思われる女性、アレクシスの前に立った。






 レオノアの口元に布を巻き付けられ、ヴィクトリアは一瞬表情をしかめる。


 言われたとおり、武器の類は一切所持していない。


「時間までには来たわ。娘を解放しなさい」


 酷く冷淡な口調でいうものの、目の前の女は僅かに肩をすくめると煽るような口調で言ってきた。


「そう焦らないで。少し世間話でもしない?」


「貴方達のような犯罪者と話すようなことがあると思うの?」


「犯罪者……そう、犯罪者ねぇ……」


 彼女は顔を指で覆うと、指の隙間から恨めしげな視線を向けてきた。


 同時に、ヴィクトリアは肌がピリつくような感覚を覚える。


 殺気。


 彼女が発しているのは、ヴィクトリアに対する明確な憤怒と殺意だ。


「アンタは父のこともそう断じて、犯罪者として殺したのよねぇ……! 私の目の前で……!!」


「父?」


「忘れたとは言わせない……! 七年前、アンタはカーティス・エンフィールドを殺した!!」


「エンフィールド……。まさか貴女、行方不明になっていた、カーティスの娘、アレクシス?」


「そうよ! 私の名はアレクシス・エンフィールド。アンタ達ハクロウが悪人にしたて上げたカーティスの娘!」


 名前を聞いた瞬間、ヴィクトリアの脳裏に一人の男が浮き上がってくる。


 カーティス・エンフィールド。


 ハクロウ英国支部の刀狩者であった彼は、ヴィクトリアの同期にあたる人物だった男だ。


 非常に人望があり、部下思いで誰からも好かれていた。


 ヴィクトリア自身も何度か会話をしたことがある。


 深い関係ではなかったが、彼が良い人間であることは理解していた。


 しかし、ヴィクトリアや他の英国支部の職員が知っていた面は彼の表の顔にすぎなかった。


 本当の彼は、本来斬鬼を殺すはずの鬼哭刀で一般人を殺して回っていた連続殺人鬼。


 被害にあったのは全て女性で、年齢は子供から老人まで様々。


 巧妙だったのは、その手口であり、彼は斬鬼の発生と共に殺人を犯していた。刃災から避難する人々を殺していたのだ。


 被害者は斬鬼の影響として処理されてしまい、彼の犯行が明るみに出るまでかなりの時間がかかった。


 やがて事態を把握した英国支部は彼をすぐさま捕縛チームを編成。


 そのリーダーとして動いたのがヴィクトリアだった。


 無論、最初は捕縛して裁判にかける予定だったのだが、彼は刀狩者数名を殺害して逃亡しようとしたので、ヴィクトリアがその首を刎ねたのだ。


「貴女の父親は擁護ができないほどの快楽殺人鬼だった。たとえ裁判にかけたとしても、死刑は免れなかったはずよ」


「目の前で殺しておいてよくもそんなことを……」


 恨みに染まった眼光にヴィクトリアは悲しげな視線を向ける。


 恐らくアレクシスは彼の本性を知らなかったのだろう。


 実際、彼は表面上は本当に良くできた人物で、最初ヴィクトリアも彼が殺人を犯しているなんて思っても見なかった。


 アレクシスはそれを知らず、ヴィクトリアが殺害した瞬間だけを見てしまったのだろう。


 だからこれだけ自分のことを恨んでいる。


「私のことは好きに恨みなさい。けれど、レオノアは関係ないわ。さぁ話ならいくらでもしてあげるから彼女を解放しなさい」


「ハッ! おめでたいわね、ヴィクトリア! 素直に返すと思っていたのかしら!?」


 興奮状態の彼女は剣帯から細剣(レイピア)型の鬼哭刀を抜き放った。


「……そう。なら、仕方ないわね」


 もはやまともに話を出来る状況ではない。


 アレクシスは自分のことを父を殺した怨敵としか見ておらず、カーティスのことを無実だと信じて疑っていない。


 多少強引かもしれないが、実力行使に移らせてもらおう。


 相手は三人。


 アレクシスは目の前、男二人のうち一人は僅かに後ろ、そしてレオノアの背後に一人。


 危険ではあるが、己の属性のことを考えれば、一瞬でレオノアを救出することは可能である。


 すぐさま霊力を練り上げようとするが、彼女はそこで異変に気が付く。


 霊力を練ることができなかったのだ。


 瞬間、視界に影が入ったかと思うと、アレクシスが憤怒の形相で切りかかってきていた。


 すぐさまそれを回避したものの、僅かに掠めたのか頬から軽く出血した。


 だがそれを気にすることなく彼女は再び霊力を練ろうとしたが、やはり霊力が練れない。


 なにか見えない膜に邪魔をされているような感覚だ。


「これはまさか……」


「気付いたようね」


 切先を向けてくるアレクシスには嘲笑があった。


 ヴィクトリアはこの感覚をしっている。


 これは、刀狩者の犯罪者などの動きを封じる手錠が齎す感覚と同じだ。


 クロガネのような刀狩者のテロリストや犯罪者には、通常の手錠や足かせは霊力による身体強化で破壊されるため意味をなさない。


 それゆえハクロウは霊力の伝達を阻害する特殊な手錠と足かせを開発した。


霊力結合阻害輪れいりょくけつごうそがいりんの効果……」


「そう。刀狩者専用の手錠と足かせ。けれど私達の組織はそれを空間にすら対応できるように昇華させ、ジャマーフィールドを作り出せるまでになった! ようするにいまここは霊力と隔絶された空間になっているのよ!」


 大仰に腕を広げた彼女のいう組織とはクロガネで間違いないだろう。


 まさかここまで技術力を進歩させているとは。


 元々あの技術はハクロウが開発したものだったはずだが、内通者がそれをリークでもしたのだろうか。


 だが今はそんなことはどうでもいい。


 ヴィクトリアにある疑問が浮かぶ。


「けれど、霊力が練れないのはそちらも同じではないの?」


 そうだ。空間そのものに霊力阻害をかけているのならば、彼女達も条件は同じはずだ。


 すると、アレクシスは不敵な笑みを浮かべた。


「ククク、そんなヘマをすると思う? 見なさいこれを!」


 彼女が見せたのは両腕と両足首に取り付けられた腕輪と足輪だった。


「これは阻害装置と連動させることで私を霊力阻害から外すことが出来る代物よ。だから、私は――」


 ニタリと笑ったアレクシスは細剣を眼にも留まらぬ速さで突き出した。


 ヴィクトリアは長年の経験と直感で何とか回避するものの、背後ではコンクリートの砕ける音が響いた。


「――こんな風に霊力を練ることが出来る。しかもこっちは三人……」


 彼女の言葉に呼応するように、二人の男たちもそれぞれの得物を構える。


 レオノアと犯人の距離は開いたが、ヴィクトリアは小さく舌打ちをした。


「フフ、ようやく焦りを感じ始めたようね。ここに来た時点でアンタの死は確定しているのよ!」


 嬉しげに笑うアレクシスに対し、ヴィクトリアは悔しげな表情を浮かべたものの、瞳には恐怖などなかった。


 たとえ三人相手で霊力が使えなかったとしても、負けるわけには行かない。


 全ては娘を護るため。


 そのためならば、命を投げ出しても悔いなどない。


 最初から覚悟は決めていた。だから、ヴィクトリアは臆さない。


 娘を取り戻すために彼女は圧倒的不利な戦いへ挑む。

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