4-1 救う刃
週明け月曜日。
学食にて雷牙は朝食を取っていた。
しかし、表情はかなり曇っており、眉間には深く皺がよっている。
「ごちそうさん……」
手を合わせて朝食を終える雷牙であるが、その様子に場がどよめいた。
『お、おいおい……! どうしたんだ綱源のやつ……』
『いつもの半分も食ってねぇぞ!?』
『やっぱり緊張してるのかな……』
『いや、それでも俺たちが食ってる倍以上食ってるんだけどな……』
どよめくほかの生徒をよそに、雷牙は返却口に食器を返す。
そのまま食堂をあとにした雷牙は、自室に戻る途中で大きなため息をついた。
「どこいってんだ、レオノアのやつ」
レオノアが帰ってきておらず、連絡もつかないという状況から一晩が経った。
事態はまったく進展しておらず、行方はまったくと言っていいほどつかめていない。
朝食がいつもより少なめだった理由も、表情が曇っていたのも、大きな溜息をついたのも、全てはレオノアのことが心配だからだ。
舞衣や瑞季の連絡にも返信がなく、愛美への対応も皆無。
学校側はまだ事態をそこまで重く見ていないのか、率先して動いてはいない。
寧ろ動いているのは愛美くらいのものだろう。
なぜなら、寮生活を強いられる育成校ではこういうことが時折あるらしいのだ。
外泊届未提出に関しては、罰と言っても外泊中、大きな問題を起していなければ反省文を書く程度。
無論、連続して外泊していれば問題だが、今回はまだ一晩しか経過していない。
学校側もことを大きくしたくないのかもしれない。
しかし、実際ここまで彼女からの返答がないことを考えると、レオノアの身になにかがあったと考えるのが妥当だろうか。
「まさか、誘拐……」
脳裏をよぎった不穏な二文字。
けれども雷牙はすぐに被りを振る。
「……それはねぇな」
育成校の生徒とはいえ、レオノアの実力は高い部類に入る。
そんな生徒を誘拐したとしても、容易に逃げられるか撃退されるかだ。
犯人側もそれぐらいは見越してことを起すはず。
それにまだ彼女の試合時間までは時間がある。
母親と朝食でも取って帰ってくるのかもしれないと、思考を切り替えようとした雷牙であるが、不意に飛んできた言葉に思考が再び引き戻される。
「誘拐もありえなくはないけどね」
唐突にかけられた声に思わずドキリとする。
見ると、雷牙の前方数メートルに瞼を擦る舞衣の姿があった。
眼の下にはうっすらくまが見える。レオノアのことが心配で眠れなかったのだろうか。
だが今は彼女の告げた言葉の方が気になる。
「ありえなくないってどういうことだ」
「そのまんまの意味。レオノアの実力でも誘拐される可能性は十分にあるってことよ」
「いやでも……」
反論しようとしたが、言葉が繋がらなかった。
それは雷牙が心のどこかで誘拐の可能性を捨てていないからだ。
「過去にはこういう事件も多くあるよ」
舞衣はタブレット端末をなにやら操作すると、開いた画面をホロディスプレイに変換してこちらにも見えるように投影させた。
空間に浮き上がったそれは、海外の誘拐事件のニュースであったり、新聞記事などだ。
とは言っても普通の誘拐事件ではない。
主なターゲットになっているのは、育成校の生徒。
「日本ではあんまり聞かないけど、海外ではこういう誘拐事件が結構あるんだよ」
「……」
「そして誘拐された生徒の殆どは……必死の捜査虚しく死亡。生きていたとしても、刀狩者としての再起不能の傷を負ったり、精神的なダメージになったりって感じ」
ディスプレイに写っているニュースの内容や、新聞記事にもそれは書かれていた。
「一部の報道だと犯行は国際テロ組織、クロガネの仕業じゃないかって言われてる」
「クロガネ? なんで奴らがそんなことするってんだ」
クロガネの名前は雷牙も師匠から聞いたことがあるが、育成校の生徒にまで手を出し始めているというのは初耳だった。
「まぁその辺りはあくまで噂だけどね。けど、レオノアの母親は英国の元序列五位。恨みを買っててもおかしくないでしょ。どうする、雷牙」
舞衣は真剣な表情で問うてくる。
どうする、というのはこのままレオノアを放っておいていいのかということだろう。
仮に舞衣の言っていることが本当だったとしたら、このまま放っておいていいはずがない。
いや、もはやレオノアが誘拐されたか否かなど、どうでもいい。
なんとしても彼女を見つけ出す。
誘拐されているのなら助け出して、ただの連絡ミスなら怒鳴りつけてやる。
「どうするもこうするもねぇだろ。レオノアを探すぞ」
「……そうこなくっちゃ」
「みんなには伝えてあるのか?」
「勿論、ただし瑞季は試合が近いから終わったら合流する感じかな。陽那と樹も瑞季と一緒に合流する。今から動けるのは私と玲汰にアンタだけ」
「了解。で、最初に何するんだよ」
レオノアを探すと言っても、ただ新都を闇雲に探しても時間を無駄に浪費するだけだ。
その間にレオノアが殺されては意味がない。
「まずやるべきなのは、レオノアが昨日どんな行動を取ったかでしょ。確かお母さんに会いに行くために空港に行くって言ってたよね」
「ああ。じゃあまずは空港か?」
「いや、空港に行っても学生じゃまともに話を取り合ってくれない。だから、まずはレオノアの部屋に行こう。お母さんとのやり取りが見れるかも」
「部屋の鍵とか端末のパスがわからねぇだろ」
「ふふん、そこは私に任せといてー」
ニヤリと笑う舞衣の表情は悪巧みをしている子供のそれであった。
心配な状況であるが、今は焦ったとこでしょうがない。
雷牙と舞衣はレオノアの部屋へ向かう。
第一アリーナには多くの生徒が詰め掛けていた。
理由は勿論、トーナメント四回戦だ。
今日一日でトーナメントのベスト四が決まる。
つまり、五神戦刀祭に出場できる選手のうち、四人が確定するのだ。
高い実力者同士の激闘や、ルーキーである瑞季、レオノア、雷牙の試合が見れるとあって、皆どこか興奮している。
観客席には陽那と樹の姿があったが、どこか浮かない顔だ。
「いいのかなー、私達だけここで試合見てて」
ぶすくれた表情をした陽那は、レオノア捜索をはじめているであろう雷牙達のことを思い浮かべる。
「やっぱ私達も手伝った方がさー」
「確かにそれも必要かもしれんが、雷牙達に先輩達の試合の情報を渡すのも必要だろう。今日が終わってもトーナメントは決勝まであるんだからな」
「まぁ、そうだけどさー。レアちゃん、ホント大丈夫かなー」
「今心配したところで何も始まらない。今は、あいつ等を信じよう」
樹は毅然とした態度で告げる。
しかし、彼の拳は硬く握りこまれている。
彼もレオノアの捜索を手伝いたいのだ。
それを見た陽那も小さく頷くと「そうだね」と短く答える。
第一試合が始まるまで約二十分。
試合の展開にもよるだろうが、レオノアの試合は午後の一発目になることはほぼ間違いない。
それまでに彼女が戻って来れなければ、試合は不戦敗となる。
けれど、それはレオノアだけではなく、雷牙も一緒だ。
捜索に躍起になって時間を忘れてしまえば、彼も試合に参加することが出来なくなってしまう。
時間内にレオノア、雷牙両名が戻ってくることを、陽那は祈るばかりであった。
一年の女子寮はシンと静まっていた。
殆どの生徒がアリーナに移動したのだろう。
強制参加ではないが、試合が試合だ。皆、興味を引かれて観戦に向かったようだ。
「なんか、女子寮って良い匂いするな……」
なにやら危ない発言をしたのは、やや緊張気味な玲汰だった。
「……変態死ね」
「さすがに擁護できねぇな」
「い、いやいや! 別に変な想像なんてしてねぇって!!」
「どうだか。さっきから挙動不審ったらありゃしない。しばらく私に話しかけないで」
「はぁ!? べ、べべべべつにきょどってねぇし!」
既に挙動不審である。
だが、今は二人の漫才を見に来たわけではない。
「どうだ、舞衣。解きそうか?」
雷牙達がいるのはレオノアの部屋の前だ。
舞衣は先ほどから針金やらなにやらで鍵を開けようとしている。
とどのつまり、ピッキングである。
「ちょーっと待っててー。えーっと、多分ここをこうすれば……!」
すると、ガチャンという鍵の開く音が聞こえ、舞衣はそのままドアノブを捻った。
同時にドアが内側に開く。どうやらピッキング成功のようだ。
「ビンゴー。ほら、さっさと入る」
「おう。……てか、生徒のピッキングで開く鍵って防犯上どうなんだ……」
「玖浄院は外部からの侵入なんて殆ど出来ないからね。こういうところは前時代的なんだよ。っと、これこれ」
中に入ると、舞衣が最初に手をつけたのは端末だった。
すぐさまそれを起動すると、空間モニタが投影される。
「さて、パスワードは……」
「おい、わかんのかよ」
「黙ってなさいって。玲汰と雷牙は部屋の中ちょっと探してみて。手がかりとかあるかもしれないから。一応言っとくけど、下着類を見ても持ち帰ろうなんて思わないように。特に玲汰」
「なんで俺だ!?」
玲汰は舞衣の食って掛かったものの、彼女はそれを無視してパスワードらしきものを打ち込んでいく。
それを見やりつつ、雷牙は端末のライトを使って室内を照らす。
カーテンを開ければよいのだろうが、外から見られるといろいろとまずい。
ライトで室内を照らしていると、壁には彼女の愛剣が剣帯におさまった状態で立て掛けられていた。
赤い大剣は持ち主が不在の影響か、どこか寂しげに見える。
ベッドサイドテーブルにはレオノアと彼女の母親が写った写真が飾られ、その横には恐らく赤ん坊の頃の雷牙の写真があった。
それを思わず手に取ると、写真立ての隙間から何かが落ちた。
拾い上げてみると、小さな紙だ。
紙には拙い日本語でこうあった『みらいのだんなさん』と。
瞬間、雷牙は自身の胸が締め付けられるのを感じた。
字の形状からしてこれはまだ彼女が小さな時に書いたものだろう。
言葉では既に何度も聞いたものだが、改めてみると、やはり彼女の覚悟はすごいものだと思う。
赤ん坊の頃しか知らぬ男を十五年もの間思い続けたのだ。
生半可な覚悟でどうになかるものではない。
「……レオノア」
思わず彼女の名前を呼んでしまった。
すると、端末を操作していた舞衣が「おっし、入れた!」と嬉しげな声を上げる。
「パスワードが分かったのか!?」
「まぁね。レオノアのことだから、大方予想してたとおりだったよ。まぁあんた達には教えないけど」
「んなことはいいから、さっさとメール確認しようぜ! お袋さんと連絡とってるかもしれねぇ!」
玲汰の言うとおりだ。
今はレオノアのパスワードがなにかなどどうでもいい。
一刻もはやく彼女の居場所の手がかりになりそうなものを見つけなければ。
「メールメールっと……」
カーソルを操作してメールアプリを開く。
画面にはメールの受信履歴が表示されていた。直近でこの端末が受信したのは彼女の母親からのものだ。
それを開くと、やはり空港で待ち合わせることになっているようだった。
「空港か……」
「やっぱり行くしかないんじゃねぇのか!?」
「言ったところでレオノアはもうそこにはいない。だから、もっと確実な方法を取るまで!」
舞衣は端末をカーソルを新規メール作成に合わせると、新たなメールを作成し始める。
あて先は、ヴィクトリア・ファルシオン。
つまりレオノアの母親に当てたメールだ。
「あいつの母親にコンタクトを取って、何か問題が起きてないか探るってわけか」
「そういうこと。反応してくれるといいんだけど……!」
舞衣は少しだけ焦ったような様子で、ヴィクトリアに対してメールを送信した。
ヴィクトリアの姿は、昨日指定された廃倉庫近くにあった。
時刻は約束の時間よりも少し早い。
明け方、犯人から通信で連絡が入り、レオノアの安否は確認できた。
娘を返して欲しければ、装備を置いて丸腰の状態で来いとのことだ。
「もうちょっとよ、レオノア。待っていて」
呟いたヴィクトリアは、指定された倉庫へ向けて歩きだそうとしたものの、端末にメールが入った。
差出人は、レオノアからだったが、携帯端末からではない。
玖浄院の端末からだ。
内容を確認すると、レオノアの友人からだった。
なにか問題や事件に巻き込まれていませんか。
レオノアがどこにいるのか知りませんか。
などの、娘や自分を心配する文面だった。
それに思わず口元を押さえるヴィクトリアであるが、彼女は一度大きく深呼吸をするとメールを返信する。
文面はこうだ。
『レオノアのお友達。心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。私が一人で解決するから、貴方達はレオノアの帰りを待っていてあげて』
娘の友人達を巻き込むわけにはいかない。
これは、自分が解決すべき問題だ。
ヴィクトリアは端末をポケットに押し込むと、娘を助け出すため足を進める。




