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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
43/421

3-6

「オ、ラァッ!!!!」


 日も暮れ始め、空が暗くなり始めた頃。


 玖浄院の訓練場では、汗だくになった雷牙が気合いの声を上げて鬼哭刀を振り抜いた。


 豪音が訓練場、はては校舎、寮にすら届く勢いで轟く。


 ライトで照らされた訓練場には雷牙が発生させた砂煙が舞い上がっていたものの、風によってすぐに運ばれていく。


 煙が晴れると、肩で息をする雷牙が地面を見やった。


 いままでで一際大きな砂煙だ。さぞかし巨大な跡が残っているはずだと、若干の期待をしていたものの、表情はすぐに曇った。


 地面には数十センチほどの溝ができていたが、想像していたよりも浅く、距離もあまり伸びていない。


「……クソ!」


 鬼哭刀を地面に刺した雷牙はその場に仰向けに寝転がる。


 胸は激しく上下しており、顔には玉のような汗が浮かんでいる。


 訓練場には、大小さまざまな剣閃による溝や、衝撃波の痕があった。


 霊力を圧縮して飛ばす鍛錬を始めてから既に十時間近くが経つものの、最初に無意識で放った霊力を超える威力のものはまだ出ていない。


 寝転がった状態で一番最初の傷跡を見やると、地面に深く入った溝が、数メートルにわたって続いている。


 対して、雷牙が今まで放ったものは、地面の砂だけを吹き飛ばすものだったり、溝と言っても数センチから数十センチまでが殆ど。


 とてもじゃないが、技としての完成には至っていない。


 ふと、掌に痛みを感じた雷牙は上体を起して両方の手を見やる。


 ライトに照らされた掌にはマメができ、殆どはつぶれて出血していた。


 地面に刺した鬼哭刀の柄巻きにも雷牙の血液がこびり付いている。


 どうやら鍛錬に集中しすぎるあまり、痛みにすら気付かなかったようだ。


 周囲を見回すと瑞季の姿もなかった。


「あぁ、そっか。ちょっと前に先に上がるって言ってたな……」


 少し休憩を取ったことで訓練中の記憶がよみがえってくる。


 日が暮れる少し前、瑞季は明日の試合もあるからと早めに鍛錬を切り上げたのだ。


 けれど、雷牙は技をなんとか使いこなせるようになるため、今の時間まで残って鍛錬をしていた。


 空は既に暗くなっており、星が浮かび始めている。


 さすがにこれ以上の鍛錬は明日に響くかと、雷牙は立ち上がる。


「仕方ねぇ。あとはぶっつけ本番で……」


 潰れたマメを治癒術で治そうとしたとき、雷牙はふと思いとどまる。


 ここで終わりにしていいものだろうか。


 確かに明日は試合があり、相手は生徒会の役員だ。


 早めに切り上げて体力の回復に努めたほうがいいのかもしれない。


 しかし、雷牙は自身の心がそれに反発するのを感じていた。


 そういえば以前、師匠である宗厳がこんなことを言っていた。


『お前の母、光凛はな。途中で投げ出したり、諦めたりすることが大嫌いじゃった。特に儂との鍛錬中は、出来ないからと言ってやめることは決してしなかった』


 雷牙は、マメを治すために集めた霊力を四散させると、再び鬼哭刀を持って刃に霊力を集中させる。


「そうだよな、母さん。出来ないからって終わりにしようなんて考え、ダメだよな」


 口元に薄く笑みを浮かべた雷牙は、再び鬼哭刀を思い切り振り下ろす。


 玖浄院の夜に、再び轟音が響き始めた。






 雷牙が寮に戻ってきたのは、学食が開いているギリギリの時間だった。


 既に太陽はとっぷりと暮れ、外は月明かりが照らすだけとなっている。


 そして雷牙はというと、学食で頼めるだけの食事を頼み、次々に皿を空にしていく。


 一つの皿を食べ終えればまた別の皿。次々に平らげている様は、まるで掃除機のようだ。


「お、おいおい……もう少し落ち着いて食べろって……」


 唖然とした表情で言うのは、寮に戻ってきたところで合流した玲汰だった。


 足取り重く、体と顔は砂まみれの雷牙を見た玲汰はすぐに駆け寄って来たので、雷牙は彼の肩を掴むと、そのまま学食に連れてこさせたのだ。


 途中で上着などは脱ぎ、顔や体は濡れタオルで軽く拭いたので問題はないだろう。


 というか、玖浄院は訓練の影響で土まみれになることなどザラなので、そこまで過敏に気にする必要はないのだが。


 チャーハンをかっ込んでいると、途中で喉に詰まりかけたのでラーメンのスープでそれを流し込む。


 再び一心不乱にチャーハンをかきこみ、それが終わればラーメンをそれこそ飲むように食べ、パスタを蕎麦のように啜る。


 肉類はジャーごと渡された残りのご飯に乗せて即席のどんぶり飯にして平らげていく。


 そして、ようやく最後の一皿を食べ終えた雷牙は、皿をカシャンと積み上げてから手を合わせる。


「ふぅ……ごちそうさまでした」


 食後の挨拶も忘れず、食べ終えた雷牙の様子にまだ学食に残っていた生徒達から控えめな拍手が巻き起こる。


 それは玲汰も同様であっけに取られた表情のまま何度か手を叩いていた。


「明日とか大丈夫かよそんな食って……」


「問題ねぇ。腹ん中には殆ど残ってないからな」


「う、嘘だろ!?」


 爪楊枝で歯に引っかかった肉の筋を取る雷牙の腹を見るために、玲汰が身を乗り出してきた。


「ま、マジかよお前……。今の飯どこに消えたんだ?」


 彼が驚くのも無理はない。


 雷牙の腹は少しだけ膨れていただけだったのだ。


 アレだけの量を食べれば、少し膨れる程度ではすまないはず。


 しかし、雷牙の腹は少し大めの食事をとった時程度にしか膨れていない。


「まぁ大体は俺の霊力に還元されたんだろうな。もう少し経てばまた腹が減ってくると思うけど、とりあえず今はこんなもんでいい」


「バケモンかお前……」


「あー、それ瑞季にも言われたな。けどお前だって馬鹿みたいに霊力使えば腹減るだろ?」


「そりゃあ、減るけどよぉ。お前ほどは食わないってか、食えねぇよ」


 苦笑いを浮かべた玲汰は炭酸飲料の缶を煽った。


 そういうものかと、雷牙もお茶を飲む。


「あ、いたいた! 雷牙ー、玲汰ー!」


 一口お茶を含んだ時、背後から声をかけられる。


 椅子に座ったまま振り返ると、舞衣と瑞季、陽那の姿があった。三人とも部屋着である。


「どした?」


「うん、実は……てか汗くさ!!? あとなにこの食器の山!!」


「汗臭いのはほっとけ。鍛錬の後なんだよ」


「食器は雷牙が一人で平らげた料理のあとだ」


「この量一人で食べたわけー? どうなってんのらいちゃんのお腹……」


 普段あまり驚いた表情を見せない陽那ですらとんでもないものを見たかのような眼で見てくる。


 けれど、瑞季は「舞衣、そんなことよりも」と彼女に促す。


「あぁ、そっか。あんた達、レオノア見なかった?」


「レオノア? いや俺は見てないけど、雷牙は?」


「俺も見てねーな。なんだ、まだ帰ってきてないのか」


「うん。夜までには帰るって言ってたんだけど、部屋にもいないみたいで。メールもしたんだけど、反応なし」


「通信は?」


「それもダメ。大丈夫かな……」


 舞衣が心配そうに腕を組む。


 確かに連絡をしても返答がないというのは、今までのレオノアからすると妙だ。


 彼女は連絡には必ず何かしら反応を返す。


 それが一度もないというのは、彼女自身になにかあったが、彼女が端末を落としてしまったかだ。


「母君に会いに行くと言っていたから、時間を忘れて、という可能性もあるが……」


「にしたって連絡がないってのは妙だわな」


「ああ。気にしすぎなのかもしれないが、なにか問題ごとに巻き込まれていなければいいんだが」


「手っ取り早く愛美先生のとこ行ってみるか? 教師のパス使えば生徒が帰ってきてるかどうかすぐ分かるだろ。あと外泊届もメールで届いてるかもしれねぇし」


 外泊届はなにも学内で出さなくてはいけないわけではない。


 外出先で仕方なく外泊をよぎなくされた場合などは、早めに連絡すれば取得できるようになっている。


「そうね……。じゃあ私達ちょっと愛美先生のとこ言ってくる」


 舞衣達は教師寮へ向けて駆けていった。


 残された雷牙は顎に指を当てて考え込む。


 確かに妙だ。


 レオノアは朝、外泊するつもりはないと言っていた。


 いくら母との再会が嬉しく、時間を忘れてしまったと言っても、まったくの連絡なしというのは、やはりどこか釈然としない。


「トラブルとかに巻き込まれてなきゃいいけどな」


「まぁレオノアなら大丈夫だろ、なんてったって、お前や瑞季に匹敵する実力があるんだからよー」


「そういう問題でもねーと思うけどな……」


 肩を竦めた雷牙は、食べ終えた食器を返却口へ戻しにいくため、席を立った。






 雷牙達がレオノアが帰宅していないことに気付く少し前、ヴィクトリアは新居にて湊と共に引越しの作業を行っていた。


 とは言っても、家具は殆ど配置されているので、食器やダンボールに入った本を整理するだけなのだが。


「案外早く終わりましたねー」


「そうね。ありがとう、湊」


「いえいえー」


 湊は人のよさげな微笑を浮かべる。


「あ、そうだ」


 ふと彼女が何かに気付いたような声を上げる。


 それに首をかしげていると、彼女は笑顔のまま問うてくる。


「レオノアにはもう会えました?」


 一瞬。


 ほんの一瞬だけその問いに表情が強張った。


 だが大丈夫。湊には気付かれていない。


 ヴィクトリアは一拍遅れてから肩を竦める。


「それが、明日試合があるから鍛錬をしたいらしくて、来週に会うことになったのよ」


「あー、そうなんですか。確か今年の選抜戦はトーナメント形式なんでしたっけ」


「例の堕鬼の影響らしいわね。けど、あの子なら大丈夫よ」


「まぁ、強いですもんねー」


 大丈夫。


 あの子なら強い。


 ヴィクトリアは自身の心に言い聞かせるようにしてその言葉を反復する。


 心配をしていないわけではない。むしろ、心配のし過ぎと娘を攫ったと思われる三人組に対しての怒りで、心がどうにかなりそうだ。


「ふぅ……」


 自然と溜息がもれ出た。


「ヴィクトリアさん、もしかして疲れてます?」


「え? あ、ええそうね。十二時間近いフライトだったからね。少し疲れてるわ」


「なら、私はこのあたりで帰りますよ。今日はゆっくり休んでください」


 湊は荷物を持つと、そのまま玄関へ向かって行く。


 ヴィクトリアはいっそのことこの場で打ち明けてしまおうかと思ったが、伸ばしかけた手を引っ込める。


 彼女を巻き込んではいけない。これは、自分で解決すべき問題だ。


「今日はありがとう、湊。また改めてハクロウ本部に顔を出すわ」


「はい。長官には私から報告しておくので、大丈夫です。それじゃ、おやすみなさい」


「ええ。おやすみ」


 ヴィクトリアは湊に笑いかけると、玄関の扉を閉じた。


 遠ざかっていく足音を聞いてから、彼女は扉に背中を預けてその場に座り込む。


 大きなため息をついて早くなりかけた拍動を落ち着かせる。


 すると、メールを知らせる音が響く。


 弾かれるように端末を開くと、メールが届いていた。


 差出人は……レオノア。


 だが、恐らくこれはレオノア自身ではない。娘を攫った犯人が送ったメールだろう。


 一度深呼吸をしてから彼女はメールを開く。


 メールは非常に完結で、明日の朝十時に新都の廃倉庫に来いというものだった。


 ご親切に地図まで添付されている。


 しかし、もう一枚の添付ファイルを見たとき、彼女の瞳に強い怒りの炎がともる。


 添付ファイルは写真だった。


 それも、愛娘を縛り上げた状態のものだ。


 目立った傷はなようだが、ヴィクトリアは怒りを抑えられなかった。


 思い切り床を叩くと、鈍い音が家中に響いた。


「レオノア……!」






 愛美に確認を取った舞衣からレオノアのことを聞いたのは夜十時ごろだった。


 結論から言うと、レオノアからの外出届は出ていないらしい。


 愛美も何度か連絡をしたらしいが、返答はなし。


 玖浄院ではのっぴきならない理由以外で外出届を出さないと、それなりの罰が与えられる。


 それを知らないレオノアではないと思うが。


 疑問を残しながらも、雷牙達はそのまま眠りにつくことになった。


 もしかしたら朝起きたら、ひょっこり帰ってくるかもしれないと思いながら、雷牙は眼を閉じる。





 翌朝になってもレオノアは戻って来なかった。

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