1‐1 作戦開始
ジーク・シェリンガムが所有する巨大地下シェルターは米国西部にある山脈にある。
山の中腹から麓までを大きくくりぬかれたそれは、ジークの先祖が有事の際を想定して造った。
だが、政府側はこれを認知していなかった。
どれだけ米国に貢献した軍需企業とはいえ、国の了承なく勝手にシェルターを建造するなどあってはならない。
そもそも政府側がそれに気づかないはずはない。
けれどシェルターが建造された時代は、米国各地で刃災が発生し、最も混乱していた。
ジークの先祖はその隙に政府に隠匿したままシェルターを造り、短期間ながら一部を完成させた。
以後、完成した一部区画から徐々にシェルターの範囲を広げていき、数万単位の人間を収容できる巨大なものとなったのだ。
さらにシェルターの発見に時間がかかった要因として挙げられるのが、霊力の影響で山脈全体の気候が一年を通して非常に荒れていることだ。
霊力が自然に影響を及ぼすのはそう珍しい話ではない。
シェルターがある山脈も例外ではなかったというわけだ。
晴天の日などはほぼなく、あったとしても日中のわずか数時間のみ。
人間の手が入る余地などほとんどなく、政府側も早々に候補から外していたのだ。
加えて酒呑童子の力のせいで物資調達のために車を出す必要もなかったが故、最近になるまで発見されなかった。
だが、シェルターを発見した直後の米国の動きは迅速だった。
近隣の街や州から人々を避難させ、早々にあらゆる軍事力を投入した。
西海岸からは霊力兵器と質量兵器を搭載した艦船団を配置。
近くの空軍基地からは最新鋭の戦闘機や戦闘ヘリが常に戦闘開始可能状態の準備を整えている。
シェルターがある山脈からおよそ十キロ弱離れた平地には多数の戦車、及び戦闘車両が整然と並んでいる。
軍事用のテントや仮設宿舎が並ぶそこは、つい先日できたばかりの前線作戦基地だ。
その中には尊幽達に割り当てられた仮設宿舎も存在する。
米国ハクロウ本部長であるフィリップが政府側と交渉してどうにかねじ込んだのだ。
交渉してくれなければここにいることすらできなかったわけだが、コーヒーを啜る尊幽の表情はいつにも増して苛立っていた。
「……」
眉間には深く皺がより、時折聞こえる鼻息は荒い。
額にも青筋が立っており、誰がどこから見ても怒っているのは明白だった。
「尊幽。もう少し落ち着け。フーフーフーフー……。怒っている時の猫か」
「怒ってんだから仕方ないでしょ」
宗厳がふざけがてら窘めたが、尊幽は怒りを収めることはなかった。
視線の先にあったのは基地の中にある作戦本部。
今より少し前、尊幽達はあそこに招かれた。
待っていたのは顔面に大きな火傷の痕が残る恰幅の良い男性だった。
彼は今回の禍姫討伐作戦の総司令官を務めるゲラルト・クローヴァー。
最初、尊幽達は彼と握手を交わしたが、ゲラルトはその直後尊幽達に告げた。
『君たちは何もしなくていい』と。
フィリップの計らいで前線基地にねじ込んでもらったとはいえ、やはり米軍にとっては邪魔者でしかない。
ゲラルトはにこやかではあったが、尊幽達を認めないと言いたげな雰囲気は確かにあった。
それは彼だけに限った話ではなく、作戦本部にいた軍人のほとんどが尊幽達に対して冷ややかな態度を取っていた。
「人を邪魔者扱いして……呼んだのはアンタらでしょうに」
「部外者にうろちょろされたくないんじゃろ。まぁあそこまで露骨だと温厚な儂でもイラついたがの」
「温厚って自分で言います?」
肩を竦めながら笑ったのは第零部隊に所属する、西城鋼一朗だった。
「事実儂は温厚じゃろ、西城よ」
「そう言われればそうですけど、あそこにいた時の柳世さんかなり苛立ってましたよね」
「なんのことかのう。別にこのデブ黙らせてやろうかとかは思うとらんぞ」
「明らかな本音が口から出てますけど……」
鋼一朗と同じく零部隊に所属する東間汀はややひきつった笑みをこぼした。
けれど彼らの言っていることは正しい。
宗厳は今でこそ落ち着き、尊幽を窘めてはいるが作戦本部でゲラルトと話している時はとにかく不機嫌だった。
幸いだったのはゲラルト含めその場にいた軍人達がそれに気づかなかったことだが、零部隊の面々はヒシヒシと感じていた。
「そうは言ってもお前たちとてあの男の態度には多少なりイラついたじゃろ」
「それはまぁ……」
鋼一朗と汀はそれぞれ顔を見合わせると、ぎこちなく頷いた。
実際、ゲラルトの対応は酷いもので笑顔を浮かべてはいても、こちらの話などほとんど聞いていなかった。
終いには『お客人を宿舎までお送りしろ』と部下に告げ、半ば強引に宿舎に戻されてしまった。
扉の外には完全武装の軍人が二人『警護』という名目でついてはいるが、実際は警護ではなく『監視』が正しい。
米国の刀狩者と話をしてくると出ていった剣星と天音の二人にも監視の目はついている。
ようは尊幽達はここで好き勝手には動けないというわけだ。
「物資くらい自分たちで取りに行かせてもらいたいものですね」
「無理だろうな。さっき軽くコミュケーション取ろうと思ったけど、連中こっちの話には聞く耳もたないって感じだったぜ」
「干渉するなと命令されているんじゃろ。まぁ彼らも上官の命令には逆らえん」
「ホント嫌気がさす。自分たちでなんとかしてみせるっていうなら私ら帰っていいんじゃない? いい加減ハンバーガーとホットドッグ飽きたし。寿司とかラーメンとか食べたいんだけど」
「ここに来るまえに食べたじゃろ。カリフォルニアロール」
「アレは寿司のカテゴリには入らないってぇの。ったく、下手に味思い出したら余計に普通の寿司食べたくなったじゃないの。あー、色々合わさってマジにイライラする」
尊幽は大きな溜息をついてから立ち上がり、そのまま窓の外を見やった。
視線の先には禍姫が潜伏しているとされる山脈が見える。
作戦が開始されるのは明日。
兵士達の士気は高い。
誰もが禍姫を倒そうと思っているのは明らかだった。
だが、尊幽を含めた刀狩者達は兵士たちが浮足立っているようにも見えていた。
彼らは禍姫を知らない。
情報としてなら知っていても、あの存在と明確に相対したことはない。
最悪の場合『斬鬼の延長上の存在』程度にしか捉えていないだろう。
それはきっと兵士たちに限った話ではなく、総司令官のゲラルト、ひいては政府高官や米国大統領に至るまで彼女の強さを理解できていないはずだ。
「この戦い、勝てると思う?」
「無理だろうな」
即答したのは宗厳だった。
しかし、それは彼だけでなく汀や鋼一朗もわかっていることだ。
実際、尊幽は作戦司令部を出ていく前にゲラルトに忠告した。
『このまま戦えば全員殺される』と。
多少の殺気も孕んだその言葉をはっきりと受け止めた者は誰一人としていなかった。
中には冷笑を浮かべた者すらおり、完全にこちらの言い分をなめ切っていた。
当然ゲラルトもそれを信用するはずもなく『つまみ出せ』と言わんばかりに兵士達に尊幽を送るように指示した。
「どいつもこいつもまるで理解できてない。通常兵器で禍姫が倒せるなら世話ないっての」
「霊力兵器もあるみたいですけどね……」
「どこまで通用するか、じゃのう。まぁ高望みはできんな」
「どうにかして連中に伝えることできないんですかねぇ。このままじゃ本当にとんでもない数の犠牲が出ますよ」
「言って止まる連中なら辰磨の指示で止まる。それが叶わんということは、もはや止める手だてはない。儂らがいくら叫んだとて米軍はその歩みを止めはせんよ。いや、米軍というよりは政府かのう」
「大国のプライド優先して国民犠牲にしてちゃ意味ないでしょう。なんでそれがわからねぇんだよ……!!」
鋼一朗は悔しげに拳で膝を打ったが、国が一度決めてしまった事柄を覆すのはそう簡単なことではない。
ましてや今回の場合国を挙げて禍姫を討伐すると宣言してしまった。
今更他国と協力して戦うとは言えないのだ。
威厳や矜持、そして世界の主導権を握るという考えばかりが先行して肝心の禍姫の強さを誰も理解しようとしない。
だからこそ負けるのは目に見えている。
一度歩みを進めた国を個人の力で止めることなどできはしない。
国民から反対の声でも多く上がれば多少は違ってくるかもしれないが、国民に対して大々的に禍姫討伐を宣言してしまった以上止まることはありえない。
「こうなっちゃうと行きつくとこまで行くしかないのよねぇ。全滅するかかろうじて生き残るかは、政府の判断次第って感じね。もう心配してやんない。負けたけりゃ負けりゃいいのよ」
尊幽は大きな溜息をつくとソファにごろんと寝転がってふて寝を初めてしまった。
まぁあれだけ危険を呼びかけていたのにまともに取り合ってもらえなければ誰でも不貞腐れたくなるだろう。
しばらくすると宿舎の扉が開き、刀狩者の下へ話をしに行っていた剣星と風霧天音の二人が戻ってきた。
「おかえりなさい。部隊長、どうでした?」
「うん、ハクロウの刀狩者の方はやっぱり僕たちを拒絶している雰囲気はなかったよ」
「むしろ私らに色々と聞いてきたしね。協力的っちゃ協力的かも」
「それ自体はこんな状況の中でのせめてもの救いじゃのう。で、ほかに何か収穫は?」
宗厳が問いかけると剣星は一瞬表情を曇らせ、大きく息をついてから告げた。
「禍姫討伐作戦は明後日午前九時に開始されるとのことです」
作戦本部ではゲラルトがモニタの前に立っていた。
彼は背筋を伸ばし手を腰の位置で組んでモニタの中にいる者たちに視線を向けていた。
モニタに映っているのは米国大統領、レックス・クライスター。
その他にも政府高官達が顔をそろえている。
『では明後日に作戦を開始してくれ。ゲラルト司令官』
「ハッ。必ずや禍姫を打ち倒し、勝利を我が国にもたらしてみせましょう」
『期待しているよ。それとくれぐれも日本から派遣された刀狩者達を戦闘には参加させないように。彼らには申し訳ないが、これは我々の手で解決すべき問題だ』
「わかっています。ですが、彼らの手を借りるまでもないでしょう。禍姫がどれだけ強くとも我が国の軍事力があれば解放軍もろとも殲滅することなどたやすいことです」
ゲラルトは笑みを浮かべることこそなかったが、その声音はどこか自信にあふれているようだった。
レックス大統領もそれに笑みを返すと、通信は切断されホロモニタは閉じられた。
大統領との通信が済み、ゲラルトは小さく息をつく。
「……任せてください、大統領。決してあのような極東の島国の連中には手を出させません。黄色い猿共などにはね……」
そうつぶやいたゲラルトは、本部のテントから出て禍姫が潜む山をにらみつけた。




