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爆炎に包まれた肉塊が灰となるのを確認してから辰磨は鬼哭刀を鞘に納めた。
ここにいなかった者が見れば、そこに肉塊があったことなどわかりはしない。
ただ焼け焦げた後と、灰が積もり、何かが燃えたという痕跡しか残ってはいなかった。
「……」
灰から彼らが蘇る様子はない。
爆炎は彼らの細胞すらも焼き尽くしたのだ。
積もった灰を見下ろす辰磨の表情は硬かった。
するとその様子に気づいたのか、希代墨が「そない気にすんなや」と声をかけた。
「評議会の連中を処刑するん決めたんはお前の一存だけとちゃう。わいらもそうするべきやと思うた。せやからここに来たわけやしな」
「左様。お前さんだけが背負うことはない。評議会の処刑は枝族の総意だ」
「はっきり言って私たちは評議会のことを押しつけすぎてました。だから、私達がやったってことにしてもいいですけどね」
肩を竦めた遥蘭にほかの当主達も頷いた。
彼らの言葉に辰磨は硬くなっていた表情を少しだけ崩してから「いや……」とつぶやく。
「皆の気遣いに感謝する。しかし、彼らを処刑するという話を持ち掛けたのは私だ。皆がそれに同意を示してくれたとはいえ、最終的な決定を下し、彼らを斬ったのも私だ。全責任は私が背負う」
「ホンマにお堅いやっちゃなぁ。少しくらいわいらのせいにしたってええんやで」
「そうもいかんさ。なにせ私はハクロウの代表だからな」
「そーかい。んなら、もう何もいわへん。せやけど、これでお前も肩の荷が降りたやろ」
希代墨が軽く肩を叩いた。
確かに辰磨にとって評議会は目の上のたんこぶというか、いい印象のある者達ではなかった。
世界のため、人のためとのたまいながら結局考えているのはハクロウによる世界の支配。
そのためならばどんな犠牲すらもいとわない。
今回の枝族会議の警備を学生達にやらせると考えたのも彼らだ。
つまるところ人造刀狩者の試験運用も兼ねていたのだろう。
未来ある若者たちを危険にさらそうとも、彼らにとっては些末な問題だったのだろう。
そしてその結果がどう転んでもそれなりの反応を示したはずだ。
学生達が勝利すれば学生連隊の有用性と語り、人造刀狩者が勝利すればその必要性を語る。
結局のところ彼らは人の命など微塵も考えていなかった。
ハクロウによる新な世界の創造。
最終的にそこに到達できれば、過程や方法は二の次。
どれだけの命が犠牲になろうと、彼らは気にもとめなかったはずだ。
「さぁて、やることはやったわけじゃ。そろそろ帰るとするかの」
「そんな軽く流すみたいに……」
鉄之進の雑な態度に御門はややひきつった表情を浮かべたが、希代墨は同意するように彼の後ろをついていく。
「やっちまったもんはしゃーなしや。そもそもハクロウを裏切ってたんは連中の方やからな。匡哉よりも質が悪いわ」
「自分たちの手は汚さずほかにやらせ、甘い汁だけ啜る。典型的な悪党でしたからね」
遥蘭も辟易した様子で嘆息すると、前を行く二人についていった。
その後ろを御門が「やれやれ」と言いたげな様子で歩き、辰磨も彼らに続いた。
が、フロアから出る直前、彼は積もった灰をもう一度見やる。
若い頃は彼らも正義に情熱を燃やし、本気で世界を救おうと考えていた。
しかし、不死という人が持つには不完全で不相応な力と、カプセルの中でしか生きることができない状況が彼らを変えてしまった。
抱いていた正義はその形だけを残した骸となり、世界のためはいつしか自分たちのためにと変わっていった。
匡哉を利用し、多くの若者を危険に晒した行為はハクロウに対する裏切りであり、今まで戦ってきた刀狩者すべてに対する侮辱にも等しい。
ゆえに許すことはできない。
だが、どこか物悲しいのも事実だ。
「おい、辰磨。はよせぇや」
希代墨に呼ばれ、辰磨は「ああ」と再び足を進めた。
彼らの存在を忘れてはいけない。
先人として斬鬼と戦っていた事実はもちろんのこと、己の欲望で過ぎた力を求め堕ちた戒めとして。
そして彼らの咎は辰磨自身の咎としていつか彼自身が罰せられる時が来るだろう。
匡哉が起こした今回の事件も世論のハクロウへの反発を招かないように真実を隠している。
禍姫を倒すために団結するためとはいえ、許される行為ではない。
だからいつかきっと報いを受けるだろう。
けれどそれは今じゃない。
禍姫を倒すまでは、退くわけにはいかないのだ。
己が積み上げている咎を胸に刻み付け、それでもなお辰磨は進む。
禍姫を倒すその日まで。
枝族会議から一週間、枝族会議で起きた騒ぎは防衛システムが致命的なエラーを出したことが原因だと公表された。
幸いだったのは現場にいた者以外、外部の人間が目撃していないことだった。
近隣が完全に封鎖されていたことが功を奏した。
若干無理のある説明もあったが、枝族の当主達がそれに同意したとなるとマスコミもそこまで騒ぐことはなかった。
ネットでは一時的に騒がれていたが、数日も経たないうちに誰も騒がなくなった。
枝族会議は確かに重要なものだが、一般市民からすると想像しにくいのも要因と言えるだろう。
肝心の匡哉に対する処分は結局のところ枝族からの除名処分に落ち着いた。
しかし、なんの理由もなく除名することは騒ぎを大きくしかねないため、彼は防衛システムの誤作動の際、娘を守るために盾となって死亡したという扱いになった。
実際は海上刑務所である『八獄』に特殊監房にて他の犯罪者とは隔離された状態で収監されている。
本人もこの処分を真摯に受け止め、これと言って反論することはなかった。
また、彼が収監されたことで評議会が彼にどのような援助をしていたのかも徐々に明らかになっていった。
人造刀狩者達を警備区域へ侵入させるための車両を手配したのも彼らだったようだ。
その他、資金面はもちろんのこと、過去の資料や当日に警備区域へ侵入するためのIDの発行などもすべて彼らが行っていたらしい。
後々の調査で評議会が裏でやっていたことも明るみになっていくだろう。
人造刀狩者に関しては厚生施設に収容されることが決まり、しばらくは施設で過ごすことになっている。
カウンセリングなどで社会的に問題ないと判断された場合は多少の自由も約束される。
ただ、瑞季と顔が酷く似ていることもあるため、育成校に通うことは許可されていない。
将来的にハクロウに所属することも難しいだろう。
それでも彼女達の命を奪う権利は誰にもない。
ゆくゆくはそれなりの自由行動も許されるだろう。
事件以降、学生達もそれぞれの育成校へ戻り、しばしの平穏が訪れる……はずだった。
米国が禍姫と解放軍の拠点を発見し殲滅作戦を実行に移すという報告が齎されるまでは。
ひたひたと暗闇の中を歩く音が聞こえる。
真っ白な髪と真っ白な肌、そして血よりも赤く深い真っ赤な瞳を持った少女の形をした、かつて神とされていたモノ。
世界を救う存在でありながら、当時の人間によって堕とされたかつての救世主。
禍終改め禍姫はゆっくりと歩みを進めていく。
視線の先にある光からは多くの人間達によるざわめき声が聞こえている。
「……ふん」
彼女の口角がわずかに上がった。
脳裏によぎったのは古い記憶。
この道のりはかつて経験した処刑台への道のりに似ていた。
自分のことをバケモノと罵り、嘲り、侮蔑する人間達の顔を今でもよく覚えている。
「さぁ、はじめようか。愚かな人類共」
口元から犬歯がギラリとのぞき、瞳からは強い憎悪の念があふれていた。
復讐の時は目前へと迫った。
すべてを殺す。
この世界にいる人という種を絶滅させるために、鬼は不適に笑うのだった。




