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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十三章 造られた娘達
417/421

6-5

 辰磨の問いに驚くものはいなかった。


 当主達には前もって知らせてある。


 そして誰一人として彼らの逆鱗に触れる可能性のあるこの問いに反対するものはいなかった。


 評議会の面々もこれといった反応は示さなかったが、一瞬の沈黙のあと、辰磨から見て正面の男性が『フッ』と笑う声がフロアに響く。


『痣櫛匡哉をたきつけたのが私達? いったいなにを根拠にそんなことをほざいている。身をわきまえろよ、小僧が』


「私が根拠なしにこんなことをいうとお思いですか? それともプレッシャーをかければ私が屈するとでも」


『たわごとも大概にしたまえ、武蔵くん。私たちがなぜ彼をたきつける必要がある? 私たちにメリットがあるようには思えない。本当に私たちがやったというのなら、確固たる証拠をもってきたまえ』


 右のカプセルにいる男性が嘲るような声音で辰磨に迫った。


 残る二人もどこか勝ち誇ったような様子で、フロアには評議会の笑い声が僅かに木霊する。


 だが、どれだけ嘲笑をうけても辰磨は冷静だった。


「証拠をお望みならば見せましょう」


 芯のある声はフロアに木霊していた笑い声を一瞬にして黙らせた。


『……なに?』


「証拠を見せると言ったのです。少しお待ちを」


『おい! 武蔵!!』


 辰磨が備え付けの端末と己の端末を接続している横で荒い声が上がったものの、彼は気にした様子もなく続ける。


 評議会の一人が発した声には僅かな動揺が感じられた。


「静かにしときや、評議会のお三方。なーんも悪いことしてへんなら、どんと構えとりゃええ。事実、アンタらなんもしとらんのやろ?」


 端末を操作する辰磨に代わるように、希代墨は彼らを窘める。


 言葉の中に挑発めいたものを感じるのは彼自身評議会を快く思っていないからだろう。


『白鉄、貴様もこんなことをしてただで済むと思うのか? お前たちの先祖が生きていれば我らにこんな仕打ちは……!』


「先祖の話なんぞ今はしとらん。今の話をしとるんですよ。そうやろ辰磨」


「ああ。……よし、準備はできた」


 希代墨に対して頷いた辰磨はキーボードを軽く叩いて全員に見えるように大型モニタを投影した。


「これは先日の襲撃の際、勇狼館の防衛システムを奪還した者から渡されたデータです。ここには何者かが館のシステムに侵入した形跡があり、かつシステムを奪還した者はその何者かとネット上で交戦しました」


 一愛の名を伏せたまま、辰磨はモニタに投影されたデータの説明をしていく。


『それと我らにどんな関係がある? それだけでは証拠には……』


「話はまだ終わっていません。勇狼館の防衛システムは非常に強固です。有事の際は外部からのアクセスはできず、外界と完全に隔離される。しかし、一部の人間には非常時に使うことのできる秘匿回線の存在が知らされている。それを知っているのは私と政府の一部高官、そして貴方達だ」


『だからそれだけで我らが痣櫛をたきつけたという理由にもならないだろう! ハクロウに反感を持つ政府の人間もいる! 彼らがやったということも十分に考えられる!』


「いえ、それはありません」


『なぜそうと言い切れる?』


「……こちらをご覧下さい」

 

 辰磨はモニタを切り替える。


 そこには匡哉の協力者が使っていた秘匿回線とそれの大元を一愛が追跡している様子が写っている。


 だが、追跡は途中で途切れ、完全に突き止めることは出来ずに終わっていた。


『これを見るに逆探知はできていないように見える。まさかこれが証拠だと言いたいのか?』


『これでは証拠とは言えないな。私たちが協力者だというのならもっと明確なものを――』


「――最後まで聞けと言っているだろう。なぜそう話を早く切り上げようとする」


 ギロリと鋭い眼光を飛ばした瞬間、評議会の面々は再び押し黙った。


 もはや殺気にも等しい威圧はフロア全体に蔓延っていた緊張感をより高めていく。


「確かにここまで見れば逆探知はできていないように見える。しかし、非常時の回線には政府側が使う回線とハクロウ側が使う回線が存在する。今回使われたのはハクロウの回線だった」


『ならばこの本部に我ら以外の協力者がいたのではないか?』


「さっきも言ったでしょう。この回線が使えるハクロウ側の人間は私か、貴方達しかいない。私は端末など使える状態ではなかった。となると自動的に貴方達が協力者として上げられるのは必然ではありませんか?」


『愚かな。今貴様が展開している確固たる証拠の提示ではなく、憶測にすぎん。確かに貴様の言うとおり我らが協力者に上がるのは必然だろう。しかし、我々が回線を使ったという証拠はない』


『そのとおり。君の言うことはわからなくはない。だが、証拠にはなりえない』


『我々のことを蹴落としたい気持ちもわかるが、もう少し調べてから物を言うべきだったな。当主達も辰磨に加担したのだから相応の処分が下ると思え』


 彼らの言うことは確かに正しい。


 ここまで辰磨が見せたのは証拠というよりは彼らの言うとおり憶測と仮説に過ぎない。


 ハクロウ側の回線が使われていたから評議会が犯人だと決め付けるのは早計にも思える。


 けれど、それは『ここまで』の話だ。


 辰磨はあいまいな憶測に頼って評議会を犯人扱いなどしない。


「では、これならばどうでしょう」


 新たにモニタを展開すると、評議会の声が再び止まった。


 そこには一愛が追跡していた回線の大元がどこから接続されていたのか、特定されたデータが残っていた。


「これは隠密課の解析班が急ピッチで調べ上げ、特定したものです。使用された回線はハクロウの通常回線ではなかった」


『……!!』


「貴方達評議会は今や精神だけの存在となっています。その意識はハクロウのコンピュータの中に存在している。しかし有事の際、通常のハクロウの回線と同じではハッキングなどの影響を受け、意識そのものが危険に晒される。それを避けるため、貴方達は自分達が存在する回線と通常回線を切り離している。勇狼館にアクセスしていたのはその回線からでした」


 評議会の肉体は尊幽の細胞を移植したことで不死を得た。


 しかし、それは彼らが望む尊幽のような不老不死ではなく、ただ死なないだけの不死だ。


 肉体は年を追うごとに劣化していき、体は徐々に動かなくなっていく。


 不完全な不死の力を恐れた彼らは肉体をカプセルに保存し、意識だけをコンピュータに移した。


 意識が移っているコンピュータの回線はハクロウが通常使っているものではなく、彼らのみが使うことのできる専用回線が使われている。


 ハクロウのシステムやネットワークがハッキングされた時、真っ先に自分達の身を守るためだ。


 解析班が特定したのはその回線から勇狼館のシステムに侵入していたという確かな証拠だった。


「もちろん貴方達も馬鹿ではない。回線を使用した形跡はほぼ完璧と言っていいほどに隠されてしました。一見しただけではわからないほどにね。しかし、ここにあるデータは確かにここからアクセスされたことを物語っている」


『……』


 評議会は無言だった。


 だが辰磨は攻めの手を緩めない。


 更なる一手を彼らに叩きつける。


「もちろんこれだけでは貴方達が納得しないと思い、匡哉の協力の下、彼が使用していた端末も入念に調査しました。防衛システムに侵入するよりもバレないと思ったのでしょう。こちらは案外簡単に特定できたと言っていましたよ」


『馬鹿な! 彼への接触は最小限に――!』


 そこまで言いかけたところで右側の男性は押し黙った。


 だが一度出た言葉を撤回することはできない。


 しかも今の言葉はこの場にいる全員が聞いている。


「最小限に、なんですか?」


『それ、は……!』


 もはや言い逃れはできない。


 完全に言い切らないまでも今の言葉は匡哉と繋がりがあったと認めたようなものだ。


 秘匿回線を使用した証拠もあり、匡哉との繋がりもほのめかした。


 これは彼らが望んだ証拠の提示に他ならない。


「まだお認めになりませんか」


 詰め寄るように辰磨が一歩前に踏み出す。


 すると、しばしの沈黙の後、中央の男性が『……我らの負けだな』と呟いた。


『武蔵、貴様の言うとおりだ。今回の痣櫛匡哉の行動に我らは手を貸した。彼に人造刀狩者を製造するための資金を提供したのも我々だ』


「自供と捉えて構いませんね」


『もちろん。しかし、我らは彼をたきつけたのではない。彼に協力したのだ』 


「協力?」


『禍姫が覚醒し全面戦争も近い中、ハクロウの戦力を強化する意味でも人造刀狩者は有益な戦力になる可能性を有していた。安価で製造可能、今回は学生に遅れをとったが、培養期間を延長すればより協力な個体を作ることも可能だ』


『そうだ! そうなればハクロウの戦力はより強固なものとなる! 部隊長達はもちろん、一般隊士達、学生達が命を落とすことも少なくなる』


『痣櫛匡哉自身、刀狩者が傷つき、死んでいくことに胸を痛めていた。人造刀狩者はそれをなくす最適な方法だった』


「つまり、全てはハクロウのためにしたことだ。と?」


『もちろん。いやハクロウのためだけではない。この世界のためだ。確かに人造刀狩者達が犠牲になることは避けられない。しかし、世界を存続させるためには犠牲はつきものだろう』


「人造刀狩者の犠牲は仕方のないものだといいたいのですか」


『必要な犠牲だ。辛くはあるが、普通の刀狩者が犠牲になるよりもずっといい。資金さえあればいくらでも増やせるのだから』


 高らかに宣言する評議会に辰磨は少しだけ俯いたものの、次の瞬間には彼らを睨みつけていた。


 そして、彼は吼える。


「ふざけるなッ!!!!」


 怒号はフロア全体にビリビリと響き渡り、暴力的なまでの殺気がカプセルを僅かに揺らした。


「必要な犠牲だと? 以前から腐っているとは思っていたが、貴様ら命をなんだと思っている……!」


『なにをそんなに憤ることがある? 造られた命だぞ? 替えがきく命なんだ。そもそもが犠牲になるのを前提で作られた命だ。いくら死んだところで君達にはなんの影響もありはしないだろう!』


「替えがきく命などありはしない。確かに人造刀狩者は安価に製造することができる。しかし、彼らの命は我々と同じ命だ。そこに優劣などありはしない。命を安易に利用するなど貴様達は神にでもなったつもりか!?」


 人造刀狩者の製造計画も元々は戦力の増強と刀狩者の犠牲を少なくするために考案されたものだ。


 しかし、自分達が勝手に生み出した命を戦わせ、消耗品のごとく扱う非人道的な行いが問題視され、計画は完全に凍結、封印された。


 その決定を出したのは当時のハクロウの長官と、今目の前にいる彼らだ。


 だが、彼らはその決定を自分達の一存だけで覆したのだ。


「傲慢にもほどがある。貴様達の行いは禍姫のそれとなんら変わらん! 人の心の弱みにつけこみ、たきつけ、自らの私欲のために利用する。人間の風上にも置けん痴れ者共が、恥を知れ!!」


『我らが私欲のために動くだと? いったいなにを根拠に……』


「根拠ならある。貴様達は不完全な不老不死を手にいれたことで、意識だけをコンピュータに移した。コンピュータさえ生きていれば、擬似的とはいえ永遠に死ぬことはない。だが、元々彼女のように在りたいと願った者達が意識だけの存在となって生き長らえている状況を我慢できるはずもない。貴様達は、新たな肉体を求めた。その入れ物として人造刀狩者を選んだ」


 彼らが不老不死を渇望したのは尊幽がいたからだ。


 人間誰しも死は恐ろしく、誰しも一度は不老不死を考える。


 そんな存在が近くにいれば同じになりたいと願うのは必然だったかもしれない。


 だが、彼らが手に入れたのは尊幽のような不老不死ではなく、中途半端な不死。


 彼女のように在りたいと願っておきながら、実際は意識だけの存在となって永らえる。


 その在り方は他ならぬ彼ら自身が我慢ならなかったはずだ。


 だからこそ器を求めた。


 人造刀狩者という入れ物を求めたのだ。


 ハクロウのため、世界のためというのは大義名分にすぎない。


 真の狙いは自分達の欲を満たすため。


 そのために彼らは匡哉を利用したのだ。


『……それのなにが悪い?』


「なに?」


『我らはお前たちが生まれる以前から鬼共と戦ってきた。我らがいなければこの世界はもっと悲惨な状況になっていたはずだ。そうならなかったのは我らの尽力の賜物! その報酬を貰うのは当然だろう』


「そのためには一人の男の人生を狂わせてもいいと? 数多の命を生み出し、ごみのように使い捨てても良いというのか!?」


『我らはそれだけのことを成した!! 利用してなにが悪い。世界をよりよくするためにはハクロウがこの世界を導くより他にない。そのとき、我らが必ず必要になるのだ! 半世紀程度生きた貴様らに邪魔されてなるものか!』


 明確な殺意が評議会の面々から放たれ、辰磨達の体に赤いレーザーポインターが照射される。


 光学兵器の照準があわせられたのだ。


 邪魔者と断定されたのか、ここで全員を始末するつもりのようだ。


『我らが導く世界に貴様らは必要ない。消えろ……!』


 言い切ると同時に熱線が照射されるはずだった。


 しかし実際には赤いレーザーポインターが消えただけで、当主達が熱線に貫かれることはなかった。


『どういうことだ!?』


「ここに来るにあたって、光学兵器の使用は禁じておいた。貴様達の権限があっても、もはや使うことはかなわない」


『小僧……!!』


 忌々しげな声が聞こえてくるものの、辰磨は一切臆した様子なく彼らとの距離を詰めていく。


「貴様達と同じ時を過ごした私の先祖、武蔵龍馬が作らんとしたのは誰に支配されるわけでもなく、多くの人が平和に暮らせる世界だ。だが、お前たちがやろうとしているのはハクロウによる世界の支配と管理だ。禍姫のそれとなんら変わらない、おぞましい世界だ」


 いつだったか尊幽が言っていた。


 評議会の面々も最初からこうだったわけではなかったと。


 肉体があった時は本気で世界と社会、そして人々の命を憂い、正義を成すことに情熱を燃やしていたと。


 しかし、龍馬が死んだあたりから死を恐れるようになり、やがて尊幽の力を欲した。


 その辺りから自分達こそが世界を動かすに相応しいと考えるようになり、カプセルに入って以降はそれらがさらに顕著になっていった。


 長い年月の中でかつて燃やしていた正義感は形骸化し、思考は完全に硬直してしまった。


『ならばどうする? 我らを裁くか?』


「当然だ。匡哉だけを裁き、貴様達を野放しにするわけにはいかない」


 辰磨は腰に差した鬼哭刀を抜く。


 それがなにを意味しているのか理解したのか、一人が動揺を見せた。


『まさか、我らを殺すというのか!?』


「貴様達が匡哉をたきつけなければ彼はあんな馬鹿げた事件を起すこともなかった。なおかつ、未来ある子供達を巻き込み、命を危険に晒した。刀狩者の活動すらも著しく妨害し、枝族すらも危険に晒した。これ以上ないほどの裏切り行為だ」


「犯罪に対する資金提供もあるわな。まぁよく調べればもっとたくさん出てくるやろ。そんな連中を指導者におけるはずもないわな」


「貴方達は長く生き過ぎた。不老不死など人間が望むものではなかったのですよ」


 希代墨はあきれたように肩をすくめ、鉄之進は溜息をつきながら目を伏せた。


『ま、待て! 貴様らこんなことをしていいと思っているのか!?』


『ハクロウの代表である我らに逆らう貴様らこそが裏切り者だろう!』


『我らがいなければ世界を導くことなどできはしないのだぞ!?』


「世界を導くのはハクロウではない。ハクロウはあくまで世界を守るための機関だ。支配するなどおこがましいにもほどがある。初心を忘れ、多くの命を危険に晒した罪は重い。消えろ、老害共」


 憤怒に染まった眼光で評議会を睨みつけた辰磨は、カプセルを両断するように鬼哭刀を振り抜いた。


 直後、カプセルに亀裂が入り、蛍光色の液体が流れ出す。


 中に浮かんでいた彼らの体も繋がれたチューブごと出てきたが、次の瞬間彼らの体がメキメキ、ブチブチと音を立てて膨れ始めた。


『ぎゃああああぁぁあぁぁぁぁぁああッ!!?? か、体がっふく、ふくれえぅうううぅうっ!!??』


 尊幽の細胞を取り込んだことで彼らは不完全な不死となった。


 だがそれは歳を取るだけではない。


 尊幽の細胞は人間の細胞を飲み込み、破壊し、それを糧として増殖していく。


 それを放置するとどうなるか。


 結果は見てのとおりだ。


 人間の体では尊幽の細胞には適合できず、その異常な増殖速度に体が追いつけず、やがて血を突き出すだけの巨大な肉塊へと成り果てる。


 そして全ての細胞が増殖し終えると、膨れ上がった肉体はその体を維持することができず、最終的には腐ってしまう。


 強すぎる力を欲した人間の末路に辰磨は複雑そうに目を細めると、肉塊に向けて刃を振るった。


 瞬間、爆炎が肉塊を包みこんだ。


 もはや悲鳴すらも聞こえず、肉の焼け爛れる音と臭いだけがフロアに広がっていった。


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