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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十三章 造られた娘達
415/421

6-3


 微かに聞こえる鳥の鳴き声で瑞季は目を覚ました。


 ゆっくりと瞼を開けるとぼんやりとした視界が徐々に鮮明になっていく。


 薄暗い室内の中で最初に見えたのは見知らぬ天井だった。


 顔を傾けるとベッドの近くには自分の心拍数を図っていると思われるモニタが表示されていた。


 視界が鮮明になってくると段々と他の感覚も目覚めていく。


 大きく息を吸うとほのかに感じる消毒液の匂いと、時折聞こえるパタパタと誰かが廊下を小走りに駆けていく音。


 ここが病院だと気付くのにそこまで時間はかからなかった。


「っ」


 起き上がろうと体を動かした時、瑞季は全身に走る痛みに顔をしかめた。


 激しいとまでは言わないが、体を動かそうとすると痛みが走る。


 感覚的には筋肉痛のような痛みに近い。


 とはいえ、普通の筋肉痛でこんな全身が痛むなど殆どないが。


 カーテンくらいは開けようと必死に上体を起したものの、それだけで体が悲鳴を上げるのがわかった。


「私、は……」


 まだぼんやりと靄がかかっていた脳裏も痛みによって徐々に晴れてくる。


 同時に呼び起こされる記憶。


「そうだ。私は父上に……!!」


 意識があった時の最後の記憶は不適に笑う父の姿だった。


 だが、その後に何があったのかもうっすらと覚えている。


 雷牙と戦い、敵対してしまったのだ。


 ぶわりと全身から嫌な汗がふき出す。


 呼吸が少しだけ荒くなり、胸を押さえた瑞季はベッドの近くにあった車椅子に手を伸ばした。


 覚えているのは雷牙と斬りあった時のものだけ。


 彼、いや、仲間達がどうなったのかまでは覚えていない。


 焦燥感と恐怖心が胸を締め付けてくるような感覚だった。


 皆は無事なのか。


 まさか、自分の手で……。


 考えれば考えるほどに嫌なイメージが湧いてきてしまう。


 ただ今は一秒でも早く皆の安否を確認したかった。


 車椅子に手が伸びるのは皆に会いたいという気持ちの現われだろう。


 全身に走る痛みに表情をゆがめながらどうにか車椅子に乗ろうとした時、病室の扉が開く音が聞こえた。


「目ぇ覚めて早々お出かけか?」


 声には聞き覚えがあった。


 いや、覚えどころではない。


 毎日聞いている友の声だった。


 ゆっくりと扉の方に視線を向けるとそこには頬に絆創膏を貼った雷牙が立っていた。


 彼は肩をすくめるとそのまま部屋のカーテンを開けた。


 朝焼けの光が差し込み、病室全体が照らされた。


 一瞬、眩しくて目を閉じてしまったが、再び瞼を明けるとそこには微笑を浮かべた雷牙が立っていた。


「らい、が……」


「おう」


 微笑んだまま雷牙は答えた。


 瞬間、瑞季は全身から力が抜けるのを感じた。


 それは表情にしても同じことで、強張っていた顔から力が抜けていった。


 だが、抜けたのは力だけではなく胸の中で渦巻いていた緊張感や恐怖心もだ。


 それを入れ替わるように今度は安堵で胸がいっぱいになった。


 同時にこみ上げてきた感情が涙となって溢れる。


「え、ちょっ!? ど、どうした!?」


 突然涙を流したことに雷牙は酷くあせった様子だった。


 自分でも制御がきかない。


 雷牙に「大丈夫だ」と言いたくても実際に口から出るのはしゃくりあげる声だけ。


 止め処なく溢れる涙はいつまでも止まることなく、病室には彼女の嗚咽が少しの間続いていた。




「……見苦しいところを見せてしまった……」


 涙が溢れてからしばらくして瑞季はようやくまともに会話できるようになるまでに落ち着いた。


 とはいっても目元から頬にかけては泣き腫らした影響で真っ赤に染まっていて、普段の瑞季と比べるとやや子供っぽい顔つきになっていた。


「いやー、いきなり泣くもんだからびびったぜ」


「すまない。君の姿を見たら安心して歯止めがきかなくなった」


「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇの。まぁこのとおり体に問題はねぇよ。検査してもらったけど異常なしだってよ」


 雷牙は証明するように大きく腕を広げた。


「本当によかった……。ところで、他の皆は?」


「レオノアは検査中。舞衣は手当ても検査も終わってお前が起きるまで起きてるって言ってたけど、ついさっき寝ちまった。先輩達も心配いらねぇ。全員無事さ」


 雷牙はニッと笑みを浮かべる。


 彼の言葉に瑞季は胸に手をあてて大きく息をついた。


 その様子に雷牙は小さく息をついた。


「やっぱり覚えてんのか」


 声をかけると瑞季は一瞬肩を震えさせ、静かに頷いた。 


「ああ。断片的ではあるが覚えている。父が私に何をしたのか、そして私が君を傷つけてしまったことも……」


 瑞季の脳裏にフラッシュバックするのは雷牙と戦っているときの記憶だ。


 雷牙に傷を負わせてしまった瞬間も覚えている。


 操られていたとはいえ、友を傷つけた事実を彼女は酷く後悔した。


「すまない、雷牙。本当に……」


「お前の意思じゃなかったんだから気にすんなよ。俺だってこのとおり無事なんだからよ」


「だが、私は友達を傷つけた。それは事実だ……! どんな理由があれ謝って済む問題じゃ――」


 瑞季が顔を上げた瞬間、パチンという音共に額に小さな衝撃があった。


 それが雷牙のでこピンによるものだと気付くのに時間はかからなかったが、突然のデコピンに瑞季はきょとんとする。


「――戦った本人が気にしてないって言ってんだ。そこは素直に受け取っとけ。これ以上謝るのはナシだ」


「だが……」


 言いかけたところで雷牙はぺちんと彼女の頭を軽く小突いた。


「いいって言ってんだろ。いい加減しつこいぞ」


 怒ってはいないが、雷牙は少しだけ眉間に皺を寄せていた。


 瑞季も彼の反応に飛びだしかけた謝罪の言葉を呑み込んだ。


「……わかった。ありがとう、雷牙」


「おう」


「それとできればでいいんだが、教えて欲しい。父はどうなった? それと彼女達は……」


「あー……。まぁお前は事件の関係者だし、しゃべっても問題はねぇか」


 雷牙の脳裏には辰磨より通達された緘口令がよぎるが、ここには二人以外誰もいない。


 そもそも瑞季は事件の当事者だ。


 遅かれ早かれ知ることにはなるはずだ。


 雷牙は小さく頷いてから匡哉がどうなったのか、そして人造刀狩者の少女達の処遇について説明をはじめた。




「そうか。やはり父は捕まったか」


 雷牙の話を聞いた瑞季は俯きながら息をついた。


 事件の後、雷牙によって拘束された匡哉は部隊長達に引き渡された。


 結界が解除されると警備にあたっていた他の学生連隊の面々や刀狩者が流れ込んできたが、彼が犯人であることは伝えられなかった。


 表向きは勇狼館の防衛システムの誤作動ということで片付けられた。


 結界が展開してしまったのは防衛システムが学生達を敵として認識してしまったという具合に皆で口裏を合わせた。


 その後、匡哉は本部から送られてきた護送車に入れられ、現在は留置施設にいる。


 人造刀狩者の少女達は瑞季と同じでナノマシンによる肉体的な疲労と負担の影響を考え、瑞季とは別の医療施設に送られている。


「とりあえず人造刀狩者の子達は全員生きてる。親父さんもしっかり罰を受け入れるって感じだったぜ。あと、長官はお前はお咎めナシだって言ってたぜ」


 瑞季の場合はナノマシンによって意識を奪われており、正常な判断をしていたとは言いにくい。


 なおかつ、匡哉がことを起した際、当主達は彼女が匡哉を止めようとしたのを目撃している。


 ゆえに瑞季を罪には問わないという決定をしたらしい。


 もちろん、現段階での仮決定で、後々聴取などあるようだが罪に問われることは殆どないだろうとのことだ。


 だが、瑞季からするとそのまま受け入れることはできないようで、表情はどこか複雑そうだった。


「本当に私は罪に問われなくていいのだろうか」


「操られてたわけだしな。心神喪失状態みたいなもんだったろ。そんな状態のヤツを流石に罪には取れないだろ」


「しかし、私が父がやろうとしていたことにもっと早く気付いていればこんなことには……」


 己を責めるように拳を握る瑞季だったが、雷牙はそれに肩をすくめた。


「たらればの話したってしょうがねぇだろ。もう終わったことだ。いつまでも気にしてたって起きちまったことはかわらねぇ。前見ていこうぜ。まぁ、そう簡単に切り替えられないかもしれないけどよ」


 一度起きてしまった以上、もはや覆すことはできない。


 ならば前を見るしかない。


 いつまでも立ち止まったままではいられないのだから。


 しばしの間沈黙が流れるものの、やがて瑞季は深く息をついてから「うん」と頷いた。


「確かに君の言うとおりだ。いつまでも気にしていてもしょうがない。前を見なければな」


 口角を上げる瑞季だったが、空元気であることはすぐにわかった。


 けれどは瞳には強い光が見えた。


 決して折れない芯のある目だ。


 とはいえ、これ以上この話題を深堀するべきではない。


 そう判断した雷牙は話題を変えようと「えーっと……」と声を漏らした。


 だが、雷牙が話題をかえるよりも早く、瑞季が先に声を発した。


「雷牙。ついでというわけじゃないんだが、聞いてもいいだろうか」


「なんだ?」


「君と戦っていたとき、君の声も私には聞こえていた」


「え」


 思わず疑問符が浮かんだ。


 あの時、雷牙はてっきり瑞季に声が届いていないものだと思っていた。


 だから多少本音も交えつつ、普段彼女に面と向かっていえないことも言っていた。


『好きな女の子』がどうのというちょっとくさい台詞なども口にしていたはずだ。


 瑞季は少しだけ頬が赤くなっており、しきりに雷牙の様子を伺っている。


 なんともしおらしいというか、普段の凛としたたたずまいからは想像できない様子だ。


「君は好きな女の子を傷つけたい男がどこにいると言っていたが、それはやっぱり、そういうことなのか?」


「あー、えーっとぉそれは……」


 答えてしまうことは簡単だ。


 こんなムードもへったくれもない状況で答えていいものだろうかと雷牙は返答に詰まった。


 しかし、いつまでもこの感情を抱えているべきではないのも確かだ。


 雷牙は大きく息をつくと軽く頬を叩いてから瑞季を真っ直ぐに見つめる。


「あれは――」


 と、答えようとした時、ガラリと病室の扉が開いた。


 扉の音に雷牙と瑞季はそれぞれ飛び上がり、二人同時に視線を向けた。


 そこには舞衣とレオノア、そして龍子の姿があった。


「お、瑞季ちゃん。目ぇ覚めたんだねー。ってあれ、なんか来ちゃいけない雰囲気だった?」


 龍子は瞬時に察したようで、にんまりとした笑顔を浮かべていた。


「「ぜ、ぜんぜん大丈夫です!!」」


 二人で見事なハモリを見せる雷牙と瑞季の顔は真っ赤になっていた。

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