6-2
一愛が見せた一瞬の動揺を辰磨は見逃さなかった。
「その様子からして思い当たることはあるようだな」
辰磨が低い声で問うと、一愛は大きな溜息をついてから「ええ、まぁ」と頷いた。
「話してくれるか。もしも私に話しにくいのであれば、龍子を通してでもかまわんが」
「お気遣いどーも。でも平気です。そこまで人見知りするタイプでもないんで」
一愛は辰磨や他の枝族当主に臆した様子もなく肩をすくめると「とりあえず座っていいです?」とい室内にあったソファを指差した。
それに辰磨が頷くと、彼女はソファに腰を下ろす。
辰磨も向かいにあるソファに座ると、もう一度一愛を見やる。
ここに呼んだときからそうだったが、彼女はまったく緊張している様子がない。
今も小さな欠伸をしながら端末から投影されたホロキーボードを叩いていて、大人達の視線など全く気にした様子がない。
中々肝の据わっている少女だと傍らにいる龍子に視線を向ける。
すると龍子は笑みを浮かべていた。
どこか得意げな様子に辰磨はフッと口角を上げた。
やがて準備を終えたのか一愛は「えーっと……」と語り始める。
「長官が言ってる何者かの存在っていうのは、アレですよね。痣櫛匡哉の襲撃に外部から協力してるヤツがいるって話ですよね?」
「ああ。ハッキングした時にその形跡はなかったか?」
「あったっていうよりは、私画面越しにそいつを少しやり合いましたよ。これです」
一愛は片手でキーボードを軽く叩くと、室内にいる全員が見えるように大きなモニタが投影された。
そこに写っていたのは一愛と匡哉の協力者と推定される者との攻防の様子だった。
「なるほど。確かに君と何者かがやり合っているのがわかる。しかし、よくこんな記録を残しておいたな」
「何かに使えると思ったんです。まぁ結果だけ言えば私が勝ったは勝ちましたけど、最後の最後にハメられました」
「結界の件か」
「はい。防衛システムを取り返したら結界ごと解除するつもりだったんですけどね。結界解除に強力なプロテクトをかけられて霊力とオートマトンの制御を元に戻すことくらいしかできませんでした。まぁ、それが功を奏した感じはありますけど」
一愛の言うとおり、結界をすぐに解除できなかったのはある意味よかった。
人造刀狩者の存在や匡哉の犯行であることを敷地内にいる者だけで完結できた。
敷地外から救援が来てしまうとそれはそれで事後処理が面倒なことになっていたはずだ。
「しかし嬢ちゃん。よく匡哉に協力者がいるとわかったもんじゃの」
感心した様子で頷いたのは鉄之進だった。
彼は老眼鏡でモニタを見やりながら眉をひそめている。
「このハッキング云々はわしにはいまいちわからんが、ここだけ見れば人造刀狩者の娘っ子がまだ潜んでいるかもしれんと考えられるじゃろ。だのに、何故外部に協力者がいると思った?」
「枝族会議の警備にあたるに際して、一応枝族全員の身辺調査はやっときました。もちろん、許可されている範囲内でです。当然、貴方のことも調べましたよ。摩雅彌鉄之進さん」
どこか挑戦的とも、生意気とも取れる笑みを浮かべた一愛に鉄之進は「ほう」と髭をなでた。
「過去の枝族会議で枝族自身が襲撃を企てたことはありませんでしたけど、海外に目を向けると主催側が襲撃犯と内通しているのはそれほど珍しいことじゃありません。だから出席者全員を片っ端から調べました。勿論長官や、招待客である総理大臣も含めて全員です」
「なるほど。確かにその判断は間違いではないのう」
「とはいっても相手は枝族や政府の要人ばかりです。身辺調査といってもそこまで深堀りはできませんでした。もっと深いところまで調べられてれば痣櫛匡哉が危険だとわかったかもしれませんけど」
一愛は肩をすくめて自嘲気味に呟いた。
だが彼女の言っていることは仕方のないことだ。
身辺調査とはいえ枝族にもプライベートはある。
調べると言ってもそこまで踏み入ったところまで調査するのは難しい。
最初から匡哉が怪しいとわかっていればもっとそれなりの準備ができただろうが、匡哉にそのような影は一切なかった。
「痣櫛匡哉に協力者がいるかもって考えたのは彼には勇狼館のシステムを乗っ取れるほどのハッキング技術はないってわかっていたからです。確かに彼は有能な研究者ですけど、ソフトウェアやハードウェアに関するスキルはハッキングできるほど高くはありません。もちろん、スキルを隠していたという可能性もありましたけど、そもそも今回の襲撃は彼や人造刀狩者だけでは人手が足りなすぎます」
「君の言うとおりだな。警備区画に入るにもIDが必要になる。特別に許可を得ている配送業者に化けられたとしても、全ての警備網を掻い潜りここまで辿り着くのはほぼ不可能だ。それこそ協力者がいなければな」
「ただの協力者でも無理ですよ。必要なのは、勇狼館のシステムに侵入できて、なおかつ警備網を熟知している人物です。そんなことが出来るのは、ハクロウに所属している人物くらいしか考えられません。勇狼館のシステムに侵入できたことを考えるとそれなりに地位のある人かと」
一愛の視線が一瞬辰磨をとられた。
予想される協力者の人物像からもっとも近いのはまさしく辰磨だからだ。
疑われるのは仕方のないことだろう。
「とは言っても枝族の皆さんは会議室に缶詰状態でしたし、そもそも彼に協力したところでそこまで旨みがある人はいません。というか仮に旨みがあったとしても、絶対成功することが決まっていないこの計画に乗るほど皆さんは馬鹿じゃないでしょ」
「確かに皆そこまで愚かではないな」
「となると、痣櫛匡哉の協力者はここではなく別の場所にいる可能性が高い。そして見つけました。結界が展開しているにも関わらず、外部からアクセスできている回線を。……長官、端末出してもらえますか」
一愛に言われ、辰磨は懐から端末を取り出す。
彼女はそれを確認すると「データ送るので受信できるようにしといてください」とつげ、空中に投影されていたモニタの一つを辰磨の端末へ向けてフリックした。
ホロモニタは掻き消えたが、受信音と共に辰磨の端末が鳴動した。
「今長官に送ったのは、私が見つけた回線の記録です。まぁ逆探してる途中で向こうに気付かれちゃったんで明確にどこの回線かまでは今のところはわかりません。でも、ハクロウで調べればどこの回線が使用されていたのかわかるんじゃないですか」
「実際に匡哉の協力者と戦った君としては知りたくはないのか?」
「五分五分ってとこですかね。知りたくはありますけど、面倒ごとに巻き込まれるのも嫌です。だから今回ばかりは長官にお任せします。それを調べるのも、調べずに廃棄するのも自由です。データのバックアップもとってないんで、それが消えれば証拠は綺麗サッパリなくなります。私からお話できるのは以上です。ってわけでもう戻っていいです? あんまり長いこといなくなってると、サボってると思われそうなんで」
一愛は腰を上げると出口の方を指差した。
辰磨は「そうだな」と頷くと自らも立ち上がる。
「これ以上長く引き止めるのもわるい。有益な情報をありがとう。君のおかげで事件の真相にたどり着けそうだ」
薄く笑みを浮かべ手を差し出す。
一愛もその意図を理解したのか、視線を逸らしながら手を伸ばし、二人は軽く握手を交わした。
「本当にありがとう」
「気にしないでください。さっきも言いましたけど、そのデータはもう私の手を離れました。だから私のこと変なことに巻き込まないでくださいよ」
「ああ、わかっているとも。君に迷惑をかけないことは約束しよう」
「どーも」
軽く会釈して彼女は出口へ向けて歩き出す。
そしてそのまま扉に手を添えようとした時、一愛は「あ、そうだ……」と何かを思い出したように振り向いた。
「事件の真相がどうなるかは別に興味ないですけど、内々で解決するつもりなら今日あったことは絶対に外部に漏らさないでくださいね。特に痣櫛家に関しては情報が少しでも漏れればマスコミのいい餌食だと思うんで」
「無論、そのつもりだ」
「ならいいですけど。後輩が苦しむ様子なんて見たくないんでそこんところはよろしくお願いします」
それだけ言い残し、今度こそ一愛は出て行った。
部屋から出た一愛は館の廊下を歩きながら大きく息をついた。
「あー……なーんか疲れたなー」
溜息をつきながら端末を開くが、そこには既に制御室で戦った記録は残っていない。
バックアップを取る手もあった。
もし何かあった時のために残しておけば、それなりに使えたデータかもしれない。
「……いや、今の私には過ぎたシロモノかな」
あと二ヶ月もしないうちに卒業とはいえ、一愛はまだ学生のくくりの中にいる。
分類的にはハクロウに所属しているが、捜査権を持っているわけではない。
学生の身分が不相応なデータを持っているというのはそれだけで危険を呼び込みかねない。
自分だけが危険になるならまだいい。
だが、友人や後輩達を巻き込む可能性が僅かでもあるなら、手放した方が懸命だ。
重要なデータを持っているだけで狙われるのはよくある話だ。
何に狙われるかまでは定かではないが、ここから先は大人達に任せておくのが得策だろう。
「さぁってと、サボリって言われないようにさっさと戻ろっと」
事後処理をしている雷牙たちと合流するため、一愛はやや小走りで外へ向かった。
一愛を見送った辰磨はソファに深く腰を下ろすと傍らの龍子に語りかけるように声を漏らした。
「中々豪胆な友人だな」
「ええ。自慢の友達の一人です」
得意げな笑みを浮かべた龍子に辰磨は肩をすくめつつ、一愛から渡されたデータが入っている端末に視線を落とした。
「それ、どないするつもりや?」
問いかけてきたのは希代墨だった。
辰磨はそれに小さく息をつくと覚悟を決めたような眼光を宿す。
「当然、役立てる。匡哉に違えさせた者達には相応の罰を受けてもらわなければならないからな」
「そうは言うても目星はもうついてるんやろ?」
希代墨の問いに辰磨は眉間に深く皺を寄せる。
そして彼は窓の外に視線を向ける。
視線の先にあったのはハクロウ総本部。
夜空に光る巨大な尖塔は美しくもあったが、どこか妖しげな雰囲気もあった。




