6-1 形骸した正義
勇狼館の正面入り口には人造刀狩者、及びオートマトンなどとの戦闘を終えた学生達が集められていた。
死者は出ていない。
だが、全員が無事というわけではなく、中には重傷を負った者たちもいる。
彼らだけは集められておらず、館の中で手当てを受けている。
幸いだったのは重傷者はいても重体者はいなかったことか。
ちなみに玖浄院の面々は舞衣を除いた全員が軽い怪我程度で済んでいた。
館の中で合流した時点で舞衣は頭を含めた体のいたるところに包帯が巻かれていた。
一愛の話では制御室を守っていた人造刀狩者と戦ったらしく、かなり痛めつけられたようだった。
雷牙と合流する直前まで気を失っていたのだから、他の怪我人と同様に休んだらどうかとレオノアが勧めたものの、彼女は「これくらい平気」と館の中には残らず、雷牙達と共にいる。
とはいうものの、怪我や出血による体力の消費は著しいようで、先程から雷牙の腕につかまっている。
「やっぱキツイんだろ。無理しないで休んでろよ」
「大丈夫。ちょっとふら付くだけ。レオノアにも支えてもらってるし問題ない」
「支えられてる時点で問題ありありだろ。レオノア、もうちょいこっち寄ってやれるか?」
「はい。舞衣さん。もう少し体重をかけても大丈夫ですよ」
「あと掴まるならしっかり掴め。服持ってるだけじゃ不安定だろ」
「……ありがと」
雷牙に言われ、舞衣は掴まる力を少しだけ強めた。
やはり袖に掴まっているだけではしっかりと体重を支えられていなかったようだ。
体にかかる彼女の重さを感じつつ、雷牙はふと上を見上げた。
そこには淡い光を放つ結界が展開したままだった。
「一愛先輩、システムには侵入できたんスよね。なんで結界展開したままなんスか?」
雷牙は近くに立っていた一愛に問いかけた。
すると彼女は小さく肩をすくめる。
「長官の指示。まだ結界は解くなってさ」
「なんでっスか?」
「んー、下手に外から人を入れると場が混乱するからでしょうね。長官としては出来ればここにいる人間のみで完結させたいんだと思う」
「それって情報が漏れないようにしたいってことっスか」
「まぁそう考えるのが妥当でしょうね。一応枝族が起した事件だしそこまでおおっぴらにはしたくないでしょ。二件目ともなればなおさらね」
大城家の一件の後、しばらくは枝族に対する世間の風当たりは強かった。
最近は騒がれることこそなかったが、ここでまた大きく騒がれるのは避けたいのかもしれない。
だからこそ敷地内で起きた状況を他の警備担当者達に見られないよう、あえて結界を展開したままにしているということか。
「考えはすぐに聞けるわよ。ほら」
一愛が顎をしゃくると学生達の正面に辰磨が現れた。
彼が現れたことで自然と学生達の視線が集まり、すこしざわめいていた学生達もシンと静まりかえった。
階段の上で学生達を一頻り見やった彼は深く息をついた。
「学生連隊の諸君。まず初めに、我々を救ってくれたことに感謝する。君達の活躍のおかげで私を含め、当主達は全員無事だ。ありがとう」
辰磨は深く頭を下げる。
長官から感謝されたことに学生達は一瞬だけ顔を見合わせた。
けれど、顔を上げた辰磨の表情が一層険しくなっていたことを確認すると、学生達は再び背筋を伸ばした。
「君達には本当に感謝している。だが、この襲撃に関して他言することは一切禁止とする。ここに射ない友人や、敷地の外を警備している学生達、及び刀狩者にもここで起きたことは一切話してはならない」
それはお願いなどという生易しいものではなかった。
威圧こそされていないが気迫だけで圧倒されそうな雰囲気だった。
「もしも今日の出来事がなんらかの形でマスコミやインターネット上に広まった場合は、ハクロウの権限を持って漏洩させた人物を特定しただちに捕縛する。これは君達に対する希望や懇願ではない。ハクロウ長官としての命令だ。それに背くことが何を意味するのかは、君達もわかるだろう」
長官命令。
ハクロウに所属する者であればほぼ絶対的とも言える最上位の命令だ。
当然これに背いたり、歯向かった場合はそれなりの処分をくらうことになる。
学生とは言っても、雷牙達が所属する育成校はハクロウの組織図の中に組み込まれている。
尚且つ、連隊メンバーともなると仮免はライセンスは取得済みであるため、大きなくくりで見ればハクロウに所属しているものとして扱われる。
ゆえにハクロウに勤務していなくとも辰磨の命令は適用されるのだ。
突然の長官命令に学生達は動揺を露にしていたが、一愛は小さく息をついており、酷く冷静に見えた。
「……ようは緘口令ってわけね。私の言ったとおりでしょ?」
「そうっスね。けど、他言するなってようはもみ消しってヤツっスよね」
「まぁそれに近いわね。枝族の不祥事であることに変わりはない。さっきも言ったけど、大城家がああなった以上、これ以上の騒ぎは枝族としてもハクロウとしても好ましくはないのよ。二つめの除名処分なんてマスコミのいい餌食だしね。そうでしょ、舞衣」
一愛が視線を向けると舞衣は力なく頷いた。
「ですね。分別のある連中ならともかく、スクープ目当ての週刊誌系は面白おかしく騒ぎ立てると思います。他の枝族も標的になるかもですし、何より瑞季が標的にされる可能性は十分あります」
「あることないこと書かれるのは目に見えてますね。隠蔽かもしれませんけど、瑞季さんのことを考えると完全に間違った判断というわけではないかもしれません」
レオノアも同意するように頷き、雷牙も「まぁ……そうだよなぁ……」と呟いた。
枝族という立場はそれだけで様々なスクープの標的にされる。
芸能人ほどのメディア性はなかったとしても、騒ぎ立てる標的としては十分だ。
一度でも負のレッテルが貼られれば人々は様々な方法で標的を袋叩きにする。
認めたくはないが、人間とはそういった生き物だ。
禍姫にしてみてもそういった人間の悪性による結果が生み出した存在と言えるだろう。
もしも今回のことが明るみになれば、舞衣の言うように瑞季は容赦のないバッシング、ないしは人権を無視した取材をうけるだろう。
いくら瑞季が強靭な精神力を有していたとしても、連日の報道や週刊誌やネットでの誹謗中傷を目の当たりにすれば間違いなく心を病む。
枝族ではないが、過去の事件を遡ればマスコミの行き過ぎた取材によって自殺した有名人もいる。
だが、自殺と同じくらい警戒すべきなのは、斬鬼化だろう。
人々の敵愾心を一身に受ければ、人間の心などたやすく負の感情に支配され、必ず妖刀が顕現する。
もしも瑞季がそうなった場合、元々のスペックが高い彼女は相応の強さを持った斬鬼となってしまうだろう。
しかもただの斬鬼ではない。
刀狩者の素質を備えてしまった鬼、堕鬼となってしまう。
もちろん、彼女が確実にそうなるという確証はない。
だが、ならないという確証もない。
だからこそ辰磨は今回の襲撃事件を内内で処理しようとしているのだろう。
例えそれが隠蔽になるとしても。
「君達の中には快く思わない者もいるだろう。だが、これは確定事項だ。君達がどれだけ騒ごうと覆ることはない。情報を流せば確実にハクロウが動く。今日まで培ってきた力、無駄にしたくはないだろう」
最後に脅しを含んだ言葉でしめくくり、辰磨は「以上だ。後は部隊長の指示に従ってくれ」とだけ告げて館の中へ消えていった。
後に残された学生達は少しだけざわついたものの、拍手の音が再び学生達を律した。
見ると、先程まで辰磨が立っていた場所に雪花と翔が立っていた。
「はいはい。色々と納得いかないこともあるだろうけど、ひとまずお話はおしまい。皆、今言われたことは厳守するようにね。反逆罪で死刑にはなりたくないでしょ」
「……無闇に情報を漏らした場合は相応の罰をくらう。俺としてもいつか共に働くことになる若者が早い段階で芽をつまれるのはみたくない。正しい判断を期待する」
二人の部隊長に念を押され、学生達はそれぞれの顔を見合わせてから静かに頷いた。
冗談めかして言ってはいるが、決して冗談ではない。
情報を漏らせば制裁をうけるのは目に見えていた。
隠蔽工作を不服と思うものたちも少なくはないだろうが、今回ばかりは従う他ないのだ。
やがて学生達が落ち着いた頃合を見て、雪花の指示で、雷牙たちは軽い事後処理へ向かった。
ちなみに舞衣は限界だったようなので他の怪我人達が休んでいる部屋で同じように休ませることとなった。
「あれ? そういや一愛先輩どこいった……?」
事後処理を進めていた雷牙はふと一愛の姿がないことに気がついた。
辰磨の話が終わり、部隊長達が出てきたときまでは確かにいた。
事後処理へ向かう時少しだけごたついたからその時に離れてしまったのだろうか。
首を傾げつつも「まぁ大丈夫か」と納得し、他の先輩達と共に事後処理を進めた。
雷牙達が事後処理を進めている時、一愛の姿は勇狼館の中にあった。
彼女の前には部隊長である翔と、囚われていた枝族の当主達がいた。
部隊長の指示の後、一愛も雷牙達と事後処理へ向かおうとしたのだが、一瞬雷牙達と離れた時に翔に呼び止められそのままここまで連れて来られたのだ。
どうやら辰磨がハッキングの件で話があるらしい。
「待たせてすまなかった。君が防衛システムを取り戻してくれた斎紙一愛だな?」
「えぇ、まぁ。もしかしてハッキングは違法とか言います? だとしたら頭固すぎだと思いますケド……」
一愛は苦笑交じりに肩をすくめた。
長官に対しても物怖じしない姿勢に何人かの当主達は含みのある笑みを浮かべていた。
すると辰磨は静かに被りを振った。
「いや、そんなことは言わんよ。緊急事態だったからな。ハッキングの一つや二つ何の問題もない。しかし、ハッキングに関係する話ではある」
「というと?」
「回りくどいのはなしにして、単刀直入に聞こう。君はハッキングしている最中、何者かの存在を感じなかったか?」
問われた瞬間、一愛は一瞬眼を見開いた。
なぜなら彼女は辰磨が言った『何者かの存在』をはっきりと認識していたからだ。




