5-7
雷牙の全身から溢れた霊力は膨大だった。
けれどそれも束の間の出来事だった。
今の雷牙からは先程までの膨大な霊力は感じられない。
いや、感じられないと言ってしまうのは少し語弊がある。
巨大な霊力の存在自体は感じられるのだ。
ではどこに消えたのか。
答えは雷牙の持つ鬼哭刀、禍断の刀身が物語っている。
刀の輪郭を赤い光が覆っていた。
決して薄ぼんやりとした光ではなく、パチパチと赤いスパークもみえた。
それが高密度に圧縮された霊力であることは明らかだった。
しかもただの霊力などではない。
刀に纏っているのは万物を両断する力。
その力を高密度に圧縮したということは、刃が触れただけで対象を斬滅できるということ。
いや、直接的に触れなくとも狙ったモノが視界に入ってさえいれば、確実に断ち切ることができる。
雷牙の力はそういう能力だ。
「ふー……」
深く静かに息をついた雷牙は瑞季から一瞬たりとも視線を外さなかった。
だが、彼の瞳は瑞季の動きや霊力を観察しているというよりも別の何かを探っているように見えた。
「凄まじいな」
驚嘆交じりに呟いた匡哉だったが、雷牙が視線を向けることはない。
「なるほど。確かに瑞季がどれだけ優れていても君の霊力には敵わないだろう。しかし、そんな強大な力を使えば瑞季は無事ではすまないよ」
匡哉の言うことは正しい。
圧縮された断切はそれこそ雷牙の視界に入るもの全てを斬滅しかねない。
最悪の場合は瑞季はおろか匡哉すらも粉みじんに消滅させてしまう可能性すらある。
「瑞季を斬ることを躊躇していた君が、そんなことできるのかい?」
「……そうだな。確かにアンタの言うとおりだ。俺は瑞季を斬るのを躊躇った。けど、今は違う」
「覚悟ができたと?」
どこか緊張した声音で問うてきた匡哉に雷牙はフッと笑みを浮かべる。
「まさか、好きな女の子を傷つけたい男がどこにいるよ。アンタだってそうだったろ?」
「……」
「だから俺は瑞季は斬らねぇよ」
「では何を――っ」
匡哉は言いかけたもののすぐに雷牙の狙いを理解したのか表情を驚愕に染めた。
「君は瑞季の体内にあるナノマシンだけを斬るつもりか……!?」
「ご名答」
「馬鹿な。霊眼の類を持っているならまだしも、君にそんな力はない。体内のナノマシンだけを断ち切るなど不可能だ!」
「それはどうかな」
雷牙の瞳は鬼哭刀と同様に霊力が宿っていた。
その視界に写っている景色は普段見ているモノとは少しだけ違っていた。
雷牙は刹綱のように特殊な眼を持っているわけではない。
だが、瞳に霊力を集めることで殆どの刀狩者は霊力の流れをある程度視認することができる。
これは斬鬼と戦う際はもちろん、対刀狩者にも有用な技術だ。
霊力の流れを捉えることで次に相手が何を狙っているのか予測できるからだ。
これは実地訓練の時、雪花に教えてもらった技術だ。
それまで雷牙は相手の体の動きで次の行動を予測していたが、これができるようになったことで斬鬼に対しても優位に動けるようになった。
さらに雪花や灰琉火、他の先輩隊士達との模擬戦でも一方的にやられることは少なくなった。
この技術は多くの刀狩者が日々の戦いの中で使用している身体能力強化の延長線上に位置しているが、磨くことをしなければ明確に流れを捉えることはできない。
雷牙も教えられるまでは視力の強化程度に考えていたが、磨かれた技術は瑞季の霊力の流れを完璧に捉えていた。
そしてその中に僅かな歪があることすらも。
「あそこか……」
ナノマシンに操られている状態でも瑞季は霊力を使っていた。
だが、普段の動きができていないのと同じように、霊力の流れにもどこか不自然なところがある。
それが歪みだ。
そここそ雷牙が狙うべき位置。
「瑞季。もうちょっとだからな」
柔和な笑みを浮かべた雷牙は鬼哭刀を担ぐように構えなおす。
瞬間、鋭い剣気が瑞季と匡哉を襲う。
本能的に危険を察知したのか、瑞季も構えなおした。
が、それよりも早く雷牙は低い姿勢のまま床を蹴りつけた。
それは衝撃となって周囲の瓦礫や埃を巻き上げる。
「っ! 瑞季!!」
匡哉が命じると瑞季は先程見せた水の槍を撃ち出す。
けれど、もはやそれは雷牙には通じない。
「ふっ!」
短く息をつき、駆け抜けながら刃を振るう。
空間に斬閃が刻まれるとその軌道にあった水の槍はパシャンと音をたてて崩れ、駆け抜ける雷牙の顔を濡らした。
それでも雷牙は止まることなく距離を詰め、瑞季との距離を縮めた。
追い詰めたようにも見えるが、流石は瑞季というべきか。
操られている状態にも関わらず、彼女は超高圧の水流の刃を打ち出してきた。
が、それすらも雷牙は予測できていた。
例え距離が近かったとしても、霊力の流れで彼女が何をするのかはわかっている。
最小限の体捌きで水流を回避してみせると、雷牙は鋭い眼光で瑞季を見据えた。
「……いくぜ、瑞季」
小さく告げた直後、雷牙は歪に狙いを定めたまま刃を振るった。
刃は瑞季に届いてはいない。
刃が軌跡となって刻まれ、彼女は構えた姿勢のまま静止していた。
すると一瞬の静寂の後、キン! という甲高い音が木霊した。
それと同時に雷牙の攻撃に身構えていた瑞季が腕をだらんと垂らし膝から崩れ落ちた。
完全に倒れる前に抱き留めると雷牙は少しだけ表情を険しくした。
断切による傷はない。
だが、彼女の体温は普通ではなかった。
素肌に触れていなくとも熱く感じる。
肌が淡い赤色に染まるほどの血流増加と筋肉への作用は相当の負担だったはずだ。
幸いなことに呼吸はしているが、できるだけ早い処置をした方がいいだろう。
そっと彼女を床に寝かせると匡哉が驚きに満ちたような声を漏らした。
「まさか、本当にナノマシンだけを……」
「ああ、斬ったよ。これでアンタの計画も終わりだ。外も静かになってきたしな」
部屋に窓はなかったものの、外から聞こえていた銃撃音や剣戟の音は殆どなくなっていた。
恐らくは外の少女達も連隊によって倒されたはずだ。
館の中からも戦闘音は聞こえないので、舞衣やレオノアも決着がついたと見ていい。
あとは枝族当主達が解放されれば彼の計画は失敗だ。
本来であればここで匡哉に投降を呼びかけるのだろうが、雷牙は小さく息をついてから視線を向ける。
「匡哉さん。瑞季を処置してやってくれよ」
「え……?」
「アンタは医者だろ? ナノマシンの影響だから病気じゃねぇけど、症状を楽にしてやることくらいはできるはずだ」
「もちろんできるが……。何故だ、どうして僕に瑞季の処置を頼む? 僕は君の敵だぞ」
「そうだな。けど、アンタは瑞季を失いたくはないはずだ。ナノマシンのリミッターを外した時はかなり無理してたみたいだったから本当は解除なんてしたくなかったんだろ」
あの時の匡哉の様子はどこか苦しげだった。
そもそも瑞季をあれだけ大切に思っている匡哉が自ら望んでリミッターを解除するという危険な手に出るとは考えにくい。
冴との約束を聞いていればなおさらだった。
「玖浄院に入ってからいろんなことを経験してきたけど、アンタは根っからの悪人じゃない。それだけはなんとなくわかる。だから、瑞季のこと頼むよ」
薄く笑みを浮かべながら告げると匡哉は逡巡した様子だったが、やがて雷牙に視線を向けると深く頷いた。
だが、流石に雷牙も黙ってみているというわけにもいかない。
彼一人では何もできないと言っても、襲撃の首謀者だ。
処置をしてもらうとはいえ、無警戒でいられるはずもない。
匡哉が瑞季の元までやってくると、雷牙は刃を向けた。
「監視はさせてもらう。少しでも妙な真似をしたら、骨の一本や二本は覚悟してくれ」
「……当然だね。信用はしてもらえないかもしれないが、瑞季にこれ以上なにかするつもりはないよ」
切先を向けられながらも匡哉は柔和に微笑んだ。
その笑顔はまさしく雷牙が去年の暮に出会った彼のものだった。
それがどこか物悲しく感じてしまって雷牙は下唇を噛み締めた。
「……よし。呼吸は落ち着いてきた。熱はまだ下がっていないが、安静にしていれば問題ないはずだ」
瑞季の処置を始めてから少しして匡哉は小さく息をつく。
雷牙も瑞季の顔色を見やる。
全体的に赤みを帯びていた肌は元に戻り、呼吸も幾分か楽になったようだ。
「もう大丈夫なのか?」
「一応後で病院で精密検査はするべきだろうね。ここでは応急処置しかできないから」
愛おしげに瑞季の頭をなでた匡哉だったが、彼はすぐに神妙な面持ちで雷牙へ両手を差し出した。
その意図を理解した雷牙は拳を握り締めてどこか悲しげに顔を伏せたが、すぐに深く息をつくと彼の手に拘束具を取り付けた。
カシャンという音を立てて両手を封じられた匡哉の表情はどこか満足げにも見える。
「ありがとう、綱源くん。君のおかげで目が覚めたよ」
「え……?」
疑問符を浮かべる雷牙だったが、断切の特性を考えればわからない話ではなかった。
断切はありとあらゆるものをその名の通り断ち切る力だ。
それは物質が殆どであるが、時として精神的な繋がりなどにも有効となる。
禍姫が己の魂の一部を斬ったのが良い例だろう。
今回の場合は匡哉の心の中にあった霧のようなものを断ち切ることで晴らしたということだろうか。
「君が瑞季の体内にあったナノマシンを斬った時思い出したんだ」
「思い出したって、何を?」
雷牙が首をかしげると匡哉はフッと口角を上げた。
「冴さんとの本当の約束……いや、僕が勝手に捻じ曲げてしまった彼女の願いさ」
どこか憑き物が落ちたような様子で、彼は少しだけ上を見上げると目尻から涙が流れ落ちた。
「本当の願いって、なんだったんスか?」
近くにあった瓦礫に腰を下ろしながら問うと、匡哉は涙を軽く拭った。
「冴さんが瑞季を強くして欲しいと願いながら亡くなったことはもう話したね。いつからか僕はその言葉だけに拘ってしまっていたんだ……」
眠る瑞季を見やり彼はゆっくりと語り始めた。
冴が本当に願ったことを。




