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一愛は制御室の中央端末にアクセスし、凄まじい勢いでホロキーボードを叩いていた。
その集中力は凄まじく、近くで剣戟の音がしていても瞳や表情には一切動揺は見られない。
現在彼女が進めているのは防衛システムの管理者権限の奪取のためのハッキング。
まぁ奪取しようとしているので分類的にはクラッキングに近いが、ほぼ確実に逮捕案件だろうが状況を考えれば罪に問われることはないだろう。
が、一愛はそんなことの心配などしていない。
彼女の表情は非常に険しく、眉間の皺は時間の経過と共に深くなっているようだった。
「……」
それも無理はない。
勇狼館の防衛システムはそんじょそこらのウェブサイトをハッキングするのとはわけが違う。
頑強なファイヤーウォールが重ねられているのは当然で、システム内には侵入者を撃退するためデコイが仕掛けられている。
それに触れるとどうなるか。
簡単に言い表すならゲームで言うところのリセットが起こる。
つまりはもう一度最初からやり直すことになるのだ。
もちろん、システム側も馬鹿ではない。
同じ方法で突破されないためにシステム側が改変を行うのだ。
それをされると時間がかかりすぎる。
だからこそ一愛は罠にかからないように細心の注意をはらい、なおかつ手早くファイヤーウォールを越えていく。
が、それでも一つの壁を越えるごとにシステムの防御は頑強になっていく。
たとえ体を動かしていなくとも過度な集中は彼女の体力を着実に奪っていった。
「流石にかったいなぁ……。当然っちゃあ当然だけど」
一人ごちる一愛は険しい表情のままフッと笑った。
彼女のソフトウェア、ハードウェア系のスキルは高い。
なぜなら元々彼女はそういった方面でハクロウに所属しようとしていたからだ。
ハクロウの花形といえば斬鬼対策課だが、それ以外にも部署は存在する。
妖刀の顕現を観測する観測課や、諜報活動をメインとする諜報課。
他にも武器の製造や、救助された人々の治療を担当する部署などだ。
細かく見ればさらに様々な仕事があるが、一愛の場合は諜報課の中にあるサイバー犯罪特務室に所属しようと考えている。
サイバー犯罪に対する防衛、及びそれを未然に防ぐことを生業とした場所だ。
一般の学校を出ても所属できることはできるが、一愛はそれをよしとしなかった。
理由は色々あるが、現場の仕事を知らずに所属するのはどうかと思ったのがそのうちの一つだ。
サイバー犯罪を起すのは人間だ。
しかもハクロウに関係するサイバー犯罪となると、ほぼ確実と言っていいほど刀狩者が絡んでいる。
そうなった時、自分だけ安全圏で構えているのはどうも釈然としなかった。
どうせなら自分でも乗り込んで捕まえるくらいの気概でいるべきだと思ったのだ。
だからこそ彼女は育成校に所属し、刀狩者としての実力とハッキングの技術を鍛えた。
それを龍子が知って生徒会役員に選抜されたというわけだ。
「……けどまぁ、破れないわけじゃないってね」
フッと険しかった表情を少しだけ緩めた彼女がキーボードを軽く叩くと、モニタが切り替わった。
システムのさらに奥の層へ侵入できたのだ。
ファイヤーウォール自体は確かに頑強で破るには苦労する。
だが、常日頃から技術を高めている彼女なら突破できないわけではない。
それに勇狼館のシステムにクラッキングに成功したとなれば、サイバー犯罪特務室も黙ってはいないだろう。
「いい出世コースになるかもってね」
一愛はポケットから飴玉を取り出して口に放り込むとさらに早くキーボードを叩き続ける。
早く、かつ正確にシステムに組み込まれている壁を突破し続ける。
その間、一愛の脳裏に浮かぶのは自分をここまで送り届けるために人造刀狩者の足止めをしてくれている後輩や友人達の姿だった。
特に心配なのはやはり舞衣だ。
仮免試験の対策の時、一愛は彼女に色々と助言をした。
最初は誰にも助言をするつもりはなかった。
生徒会の役員とは言っても、一愛の実力は平均よりもやや上というだけ。
後輩からしてみればそんな先輩よりも龍子や勇護あたりから助言してもらった方がいいだろうと考えたからだ。
それでも舞衣だけはどうにも無視することができなかった。
それは自分と彼女が少しだけ重なって見えたからかもしれない。
だからそれなりに面倒を見たし、劣っているなりの戦い方も教え、結果として舞衣は仮免を取り、実地訓練にも参加した。
警護任務のための鍛錬の時に動きを見たが、仮免試験前と比べてもかなり動きがよくなっていたし、剣の方だって前よりも力強く、鋭いものになっていた。
彼女は確かに成長していたのだ。
師匠になったわけでもないのに少しだけ嬉しく思ったことを覚えている。
だがそれでも、舞衣の実力は人造刀狩者に届いていない。
さっき文月を弾きとばすことができたのは、相手が油断していたことと奇襲が成功したからだ。
文月の体格が舞衣よりも小さかったことも功を奏した。
しかし、舞衣の力が通用するのも最初だけだろう。
戦いが長引けば舞衣は苦戦を強いられる。
それだけはなんとしても避けなくてはならない。
すると、近くの部屋から一際大きな剣戟の音が聞こえた。
一愛はそれに一瞬反応したものの手だけは止めていない。
「もうちょい頑張んなさいよ、舞衣。あとちょっと、たぶんここを越えれば……!!」
額にうっすらと汗を滲ませた一愛は、一際強くキーボードを叩く。
すると、今まで展開していたモニタの様子が切り替わった。
表示されているのはハッキング画面ではなく、勇狼館全体の制御画面だった。
その中には当然、防衛システムの制御タブも見えた。
ハッキングに成功しシステムにアクセスできたようだ。
「っし!!」
拳を握りこみ、短く歓喜する一愛だったが彼女はすぐさま防衛システムのタブを開いた。
喜ぶのは後回しだ。
今は館全体を覆っている結界の解除と人質となっている枝族達を解放しなければ。
が、彼女が防衛システムにアクセスした瞬間、それは起きた。
突如としてモニタが切り替わり、「アクセス不可」という文字が表示されたのだ。
歓喜は一瞬にして困惑に歪むものの、一愛は瞬時になにが起きたのか把握した。
「閉め出された!? クッソ、瑞季の父親か……!!」
真っ先に脳裏に浮かんだのは匡哉の姿だったが、一愛は僅かに顔をしかめた。
襲撃を起したのだから真っ先に彼が邪魔をしてきたと考えるのは妥当なはず。
だが、果たして彼が持っている端末でハッキングしてきた一愛を閉め出すことなど可能だろうか。
もっと言ってしまえば、彼がそんな技術を持っているとも考えにくい。
そもそもそれが出来るなら、襲撃の最重要拠点とも言える制御室は人造刀狩者だけでなく彼もいるべきではないだろうか。
「まさか、外部から操作してる? でもどうやって……」
結界の影響で勇狼館は外部との通信から完全に切り離され、陸の孤島状態だ。
当然ネットワークも勇狼館独自のものしかまともに動いていない。
そもそも外部から防衛システムをどうこうすること自体が不可能なのだ。
ではこの閉め出しは誰がやった。
匡哉にこんな技量があるとは思えない。
普通に考えればまだ出会っていない人造刀狩者ということになるだろうが、一愛の脳裏にあったのはもっと別の存在だった。
それはずっと頭の隅にあった匡哉の協力者の存在。
いくら枝族でなおかつ人造刀狩者を造って戦力を強化したとしても、この襲撃事件を彼一人で起すのはほぼ不可能だ。
医師や研究者としての腕前は一流であっても、全てを一人でまかなえるわけではない。
そうなると、協力者がいると考えるのは当然。
しかもその人物はハクロウや勇狼館のシステムに精通しているか、アクセス権を持っている人物となる。
「同じ枝族の中……いや、そもそもこの襲撃に加担しても全員にそこまで旨みがあるわけじゃない……。大城家と協力してるって線もなくはないけど、可能性としてはかなり低いか……!」
閉め出しを食らいつつも一愛は指を止めることなく、再度アクセスするためにキーボードを叩く。
「そもそも外部からここにアクセスできてる時点でおかしい。もしかして、私達も知らない外部との回線が……?」
完全に陸の孤島状態の勇狼館のネットワークにアクセスできるとなると、答えは限られてくる。
一つは国。
ここは枝族会議だけでなく、海外の要人や王室も招く場所だ。
有事の際、内部からだけではなく、外部からシステムを操作するために国が秘匿回線を持っていたとしても不思議ではない。
そしてもう一つはハクロウ。
そもそも枝族はハクロウ創設に携わった者たちの血筋。
ハクロウと密接な関係にあるのは当然であり、国と同様に秘匿回線を持っていてもおかしくない。
というより持っていない方が変だ。
「……試してみる価値はあるか……!!」
まだ確定したわけではないが、一愛は深く息をつくとモニタをもう一つ展開する。
彼女がやろうとしているのは秘匿されているかもしれない回線の発見と、その切断だ。
もしも本当に外部からシステムを操作している者がいるなら、手っ取り早いのはその根幹を断ってしまうことだ。
どれだけ技術が優れていようとネットワークにアクセスできなければ意味がない。
「みんな、ごめん。あともうちょっと、あともうちょっとだけ頑張って……!」
新たに取り出した飴をガリゴリと噛み砕きながら彼女はシステムへの再ハッキングと同時進行で秘匿回線の発見のために指を走らせた。
不幸中の幸いだったのは、閉め出しをくらったのはシステムへアクセスする一層前だったことか。
また最初から全てやり直しとなるとさすがに骨が折れる。
「絶対に誰かいる。見つけ出してやるから待ってなさいよ」
見えない敵に向けて、一愛は挑戦的な笑みを浮かべた。
雷牙と瑞季の剣戟は激しさを増していたが、匡哉がナノマシンのリミッターを外したことで戦況はやや瑞季に傾きつつあった。
普段どおりの瑞季の動きではないが、制限をかけられていないナノマシンによって強化された身体機能から繰り出される刃は平時の彼女に迫る勢いだった。
だが、それでも雷牙が完全に劣勢に追い込まれることはない。
「!!」
首筋に向けて放たれた斬撃を鬼哭刀で受け止める。
キィン! という甲高い音が耳元で響き、火花が眼球に飛び込んできそうな勢いで弾けた。
それでも雷牙は怯むことなく刃をそのまま滑らせて肉薄する。
――いける。
受け止めていた刃を上に捻りあげるようにして鍔の部分で打ち上げる。
大きく突き上げられたことで瑞季の前面のガードが大きく開いた。
雷牙はグン、と腰を落とすとその場で一度回転しながら逆袈裟に刃を振るう。
狙いは当然がら空きになった瑞季の腰から胸にかけて。
ナノマシンで強化されているとはいえ、出血が増えればその分身体機能は低下する。
血流を操作して身体機能を底上げしているのなら、出血はもっとも効率よく彼女の動きを阻害できるはずだ。
たとえ友人であっても、好意を持っていたとしても雷牙は刃を止めることはない――。
――はずだった。
「っ!!!!」
刃が彼女の体に触れる直前、雷牙はその手を止めてしまった。
表情には葛藤が見られ、彼は結局刃を振るうことはできずにその場から跳び退いた。
瑞季と大きく距離をあけたところで、大きく息をつきながら視線を向ける。
「くそ、情けねぇ……! 覚悟なんてまるで出来てねぇじゃねぇかよ……!!」
刃を止めてしまった己を責めるように一人ごちる雷牙は下唇を強く噛み締める。
剣戟を交わしている時は問題なかった。
だが、確実に彼女を斬れる間合いに入った瞬間、揺らいでしまった。
彼女を殺してしまうという恐怖に駆られたというべきか。
刀狩者の体は常人よりもある程度頑丈で、よっぽどでない限り即座に死ぬことはない。
とはいえ今の瑞季はまともな状態ではない。
それは精神にも肉体にも言えたことだ。
平常時とは比べものにならないほどの血流によって体を強化しているのなら、確かに出血は彼女の動きを遅くするのに有効な手段と言えるだろう。
しかし血流が増しているということは出血の速度自体も早まってしまうのではないか。
その一瞬の戸惑いと恐怖が雷牙の覚悟を鈍らせた。
理性では理解している。
瑞季だって本当は戦いたくなどないはずだし、これ以上操り人形として扱われるのは我慢ならないはずだと。
もちろん、彼女を気絶させる方法もあるにはあるが、今の彼女を峰打ちや打撃だけで攻めるのは難しい。
下手に手を抜けば逆に雷牙が窮地に立たされる。
となると、残された方法は一つだけだ。
瑞季の肉体にダメージを与えず、彼女の動きを止める唯一の方法。
「……」
雷牙は深く息をついて己の中にある霊脈に意識を向ける。
だが、霊脈を感じることができてもそこに流れているはずの霊力を感知することができない。
やはりまだ霊力は戻っていない。
「…まだっスか、先輩。そろそろキツイっスよ……!」
一愛に向けて現状を語るように雷牙は呟きつつ、瑞季と交錯する。
戦う覚悟ができていても、斬る覚悟はできていない。
何度目かになる打ち合いをしていながら、雷牙の心中は己の弱さに苛まれていた。




