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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十三章 造られた娘達
407/421

5-3

 雷牙の強い否定の声に匡哉は一瞬表情を強張らせた。


 わずかだが雷牙の気迫に圧されたのだ。


 ついさっきまでの匡哉だったなら彼の言葉など意に介さなかっただろう。


 全ては妻の願いを叶えるため。


 そのためにどんな犠牲でも厭わない覚悟だった。


 だが、雷牙と瑞季の戦いが始まってからその覚悟に僅かな綻びが生まれた。


 その原因はわかっている。


 冴のことを雷牙に話してしまったからだ。


 別にそんな大したことはないと思っていた。


 ただ、何もしらないまま死ぬのも雷牙にとっては不憫だと思い、彼の問いに答えてやる程度の気持ちで話したのだ。


 それこそが今彼の心に刺さっている|楔《・になるともわからずに。


「……っ!」


 瑞季が視界に入るたびにフラッシュバックするのは彼女を強くしてくれと願った最愛の妻の姿。


 笑いかける彼女の姿がノイズ交じりの映像のように脳裏で明滅を繰り返す。


 まるで彼女が『やめて』と伝えるように。


「……ダメだ、ダメだダメだダメだッ……!! ここで止まるわけにはいかない……! もう後には退けないんだ」


 間違いを認めてしまいそうになっている己の本心を捻じ曲げるかのように匡哉は頭を振った。


 だがそれでも一度心に刺さった楔はそう簡単には抜けない。


 それは彼の中にある良心と合わさり、徐々に覚悟という殻に亀裂を生んでいく。


 元々の性格からして匡哉は他者を傷つけるのを率先してできる人間ではない。


 人質として当主だけ生きていればいいのなら、部隊長達を残しておく必要はない。


 あの場で殺すこともできたはずだ。


 同様に当主の家族を人質にすることだって出来た。


 だがそれをしなかったのは彼の善人性がゆえ。


 どれだけ覚悟という殻で己の心を覆っても、自分に染み付いた人間性を完全に消し去ることなどできないのだ。


 そしてさっきの雷牙の咆哮。


『間違っている』


 と強く否定してきた彼の声は匡哉の中にある良心を強く刺激し、楔をより深い位置にまで押し込んだ。


「僕、は……」


 匡哉の額には大粒の汗が浮かんでいた。


 一瞬の動揺が時間をかけて大きな波となって彼を襲っていた。


 視界に愛娘を捉える度、疑問が浮かぶ。


 冴が望んでいた瑞季は本当にこんな姿だったのか。


 冴が言っていた強さとはただ戦闘力が高いだけでよかったのか。


 強さとは己自身の手で掴み、そして磨いていくものではないのか。


 他者の命を利用し、己の糧とするなど瑞季と冴が本当に望んでいるというのか。


 一度浮かんだ疑問が消えることはない。


 呵責という苦しみから逃げるように匡哉は瑞季から視線を外す。


 呼吸は荒く胸を掻き抱く。


 良心が悲鳴を上げているのは十分に理解できていた。


「やはりもう、こんなことは……」


『やめるべきだ』


 という考えが脳裏をよぎる。


 もう遅いことは理解している。


 だが、これ以上やれば本当に戻れなくなってしまう。


 すると、彼のすぐ近くの壁に、弾き飛ばされた瑞季が激突した。


 その額からは出血が見られ、腕や足にも出血が見られた。


 腹部にも出血があるようで血の沁みがじんわりと広がっている。


 それでも愛娘は戦うことをやめようとしない。


 そういう風にプログラムされたナノマシンに操られているからだ。


 彼女の姿を見た瞬間、匡哉は拳を強く握る。


 瞳にはなにか決断したような光が見えた。


「つな――――!!」




『――()()()()()




 雷牙に呼びかけようとした瞬間、耳元のインカムから低く冷たい声が響いた。


 男性の声は聞き覚えがあった。


 思わず「なぜ」と問いかけるものの、それよりも早く声が邪魔をする。


『心拍の様子が乱れたと思って様子を見てみればなんだその体たらくは。たかが学生の言葉に揺さぶられるなど、貴様の覚悟はその程度か?』


「しかしこれは彼女が望んでいた強さなんかじゃ……」


『本当にここでやめていいのか? あの娘達を生み出すために一体どれほどの命を使ってきた? 尾前は生まれてくることさえできなかった娘達の命を無駄にしたいのか?』 


「……っ!!」


『クズが。己の業で生み出した命の責任も取らず、妻が最後に残した願いすらも叶えられんとはな』


 クズという中傷の言葉は大して響きはしなかった。


 だが、それ以外の言葉はさっきまで心に刺さっていた楔よりも更に深く、彼の心を抉った。


『所詮はその程度だったというわけか。我らが援助してやったのにも関わらずその様とは、期待しただけ無駄だったな』


「……」


 耳元の声は聞こえているが、匡哉の心には届いていなかった。


 なぜなら彼の意識は声ではなく、自分の影に向けられていたからだ。


 傍目から見ると影の中にはなにもない。


 ただ匡哉の影があるようにしか見えなかった。


 しかし、彼だけには見えていた。


 自分の影の中から這い出てくる生まれてくることができなかった娘達の姿が。


 人造刀狩者の培養は技術が確立すれば安価でそれでいて短期間で大量の刀狩者を生み出せる。


 とはいえ製造工程を安定させるにはそれなりの数の培養テストを試みることになる。


 そう、彼が今見ているのは瑞季をオリジナルとした人造刀狩者に成れなかった娘達だ。


 彼女達の瞳は彼を真っ直ぐに見据え、目尻から赤い涙を流していた。


 決して現実の光景ではない。


 雷牙には見えていないし、匡哉とてこれが自分の想像であることなど理解している。


 だからこそ彼女達から目を背けることができない。


 もしもここで終わりにしてしまえば、それこそ彼女達の犠牲が無駄になる。


 瑞季同様に彼女達も匡哉にとっては大切な娘だ。


 その娘達の命を踏みにじることだけはどうしてもできない。


「……あぁ、そうだ。ここでやめるわけにはいかない」


 匡哉は拳を握り締めると雷牙を睨みつけた。


『そうだ。ヤツを倒さねば娘達の命は無駄となる。さぁ、愛娘に命じろ。殺せとな』


 耳元で囁く声に頷きこそしなかったが、匡哉は「瑞季!!」と一際強く彼女を呼んだ。


「リミッターを外す。全力を持って彼を殺せっ!!」


 目尻に涙を溜めながら吼えた匡哉は端末を操作した。




「リミッター……?」


 雷牙は匡哉の言葉に首をかしげた。


 だが、それが何を意味しているのか、彼はすぐに理解する事となる。


 匡哉の言葉にほんの少しだけ視線を外した直後、脳を揺さぶるような衝撃が襲ってきたのだ。


「っ!!??」


 突然のことに声にならない嗚咽を漏らした雷牙だったが、かすむ視界の中で彼は理解した。


 瑞季に思い切り蹴りつけられたのだ。


 その膂力は先程までとは比較にならない。


 技術において雷牙やレオノアの上を行く瑞季だが、筋力などにおいては雷牙達よりも少しだけ劣る。


 だが、今の蹴撃はレオノアのそれに近い威力を持っていた。


「が……っ!!」


 大理石の床に激しく叩き付けられながら、どうにか態勢を立て直して瑞季に視線を向ける。


 同時に彼は思わず息を呑んだ。


 視線の先で立っていた瑞季の瞳は真っ赤に染まっていた。


 黒目が赤く染まっているのではない。


 白目が血走り、真っ赤に充血し目尻からは血の涙を流していたのだ。


 全身には血管が浮き上がり、体色はうっすらと赤みを帯びてきている。


「リミッターってのはナノマシンの……! 匡哉さん、アンタ!!」


「そのとおりだよ。娘達の体内に投与したナノマシンには血流を操作することで爆発的な瞬発力と筋力の向上させる作用があった。今の瑞季はその作用を生命活動ぎりぎりのレベルまで引き上げた状態にある。先程までと同じと考えない方がいい」


「生命活動ギリギリって……。いいのかよ! 娘だぞ自分の!! その命をそんな風に扱って、アンタ自身は平気なのかよ!!」


「平気なわけないだろう。元々ここまでするつもりはなかった。だが、もう後には退けないないんだ」


「まだ間に合うだろ!! すぐにやめさせて、投降すれば被害だって最小限で済む!! だから……!!」


「いや、僕はもう止まってはいけないんだよ。生まれて来れなかった娘たちの犠牲をなかったことにはできない……!! だから、綱源くん。瑞季に……殺されてくれ……!!」


 様々な感情がごちゃ混ぜになったような笑顔を浮かべた瞬間、血の涙を流す瑞季が襲い掛かってきた。


 その速度たるや霊力の身体能力強化に迫る勢いだ。


 寸前で斬撃を防ぐものの、限界を超えて強化された筋力は雷牙を易々と後退させる。


「くっ……!!!!」


 歯を食い縛ってどうにか踏みとどまるものの、一瞬でも気を抜くことは許されない。


 が、こんな状況であっても彼の口元には笑みが浮かんでしまう。


 決して楽しいわけではない。


 ただ、彼の中にある魂が感情とは裏腹に強者との戦闘に歓喜している。


 今回ばかりはそれがどうにも腹立たしかった。


「ふざけてやがんな、まったく……!!」


 戦いを望みすぎる己の魂に悪態をつきつつ、雷牙は刃を跳ね除ける。


 もはや猶予はない。


 戦いが長引くほど彼女の体にかかる負担は重くなる。


 手遅れになる前に手を打たねばならない。


 方法がまったくないわけではない。


 だが、それには――。


「――急いでくれよ。舞衣、一愛先輩……!!」


 制御室へ向かった二人の名を呟きながら、雷牙は瑞季と刃を打ち交わした。




 舞衣の姿は制御室の隣の部屋にあった。


 彼女は僅かに肩を上下させながら荒い呼吸をしていた。


 頬には太刀傷が見え、逆の額付近からも血が流れている。


「ふぅん、弱いかなーって思ったけど案外くらいついてくるね」


 感心したような様子で息をついた文月に舞衣は苛立ち交じりの眼光を向ける。


 文月は服に多少の汚れこそあれど傷らしい傷はない。


 刀傷はもちろん、擦り傷すらもなかった。


 最初に交錯した時以降、舞衣は彼女に一撃すらも与えられていなかった。


『やってやろう』と息巻いていたというのになんという様か。


 思わず自嘲気味の笑みが零れてしまう。


「でも、やっぱりあなたじゃいい経験はならなそうだなぁ。あっちの子の方が強いんでしょ?」


「まぁね。けど行かせると思ってんの? たとえ腕と足が砕かれてもアンタは私が食い止める」


「あっそう。じゃあ、本当に砕いちゃおっか」


 文月の笑みに舞衣は背筋に悪寒が走る。


 だが、恐怖には呑まれない。


 学校では鬼へ堕ちた大城を目撃し、戦刀祭では酒呑童子と同じ場所にいた。


 実地訓練でも何度も斬鬼と対峙した。


 悪寒を感じたとしても、逃げ出したくなるような恐怖はかられない。


「へぇ、もっと怖がるかと思ったけど……」


「お生憎様。こちとら散々斬鬼と対面してんのよ。おっかないから逃げるなんて、するわけないっての。それよりも足元注意した方がいいわよ」


「は?」


 唐突に告げられ文月は自分の足元を見やった。


 彼女の足元には輪の形となったケーブルがあった。


 それが何を意味しているのか文月は即座に理解したようで、一瞬にしてその場から飛び退いた。


「罠にかけたいならもっと考えた方が――っ!!??」


 得意げな笑みを浮かべた文月だったが、言い終える前に真横から飛来した大理石の塊が彼女の顔面に直撃した。


「足元はブラフ。本命はこっちよ」


 フッと笑みを浮かべる舞衣の手には大理石の塊と繋がっているケーブルが握られていた。


 これはこの部屋に移動したときに発生したときに作り出した即席の投擲武器のようなものだ。


 古典的ではあったが、案外効果はあったようだ。


「この……弱いくせに、やってくれるじゃん」


「なめてっからこういうことになんのよ。一応教えといてあげるけど、他にもいろいろと仕掛けさせてもらったわよ。せいぜいビビリながら戦ったら?」


 半分嘘、半分本当のことだ。


 だが効果はあったようだ。


 文月はあからさまに動揺することこそしなかったが、視線は先程よりも周囲に向けられている。


 いつ、どこから、どんなタイミングで何が来るかわからない状況というのは実力者でも精神が磨耗する。


 舞衣は内心で笑みを浮かべつつ、鬼哭刀を構える。


 実力は間違いなく劣っている。


 だが、そういう相手と戦うときに何をイメージすればいいかは他でもない瑞季から教わっている。


「勝利のイメージ、だったよね。瑞季……!!」


 敗北のイメージは持たない。


 心に思い浮かべるのは、相手を倒し勝利する己の姿だ。


 舞衣は床を蹴りつけて文月との距離を詰めた。

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