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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十三章 造られた娘達
406/421

5-2

 雷牙と瑞季の剣戟は拮抗していた。


 どちらも一歩も退かない攻防の応酬は、試合だったならさぞ観客を白熱させたことだろう。


 だが、これは試合ではない。


 どちらが放つ斬撃も相手の命を危険に晒す、もしくは殺害してしまうほどに磨かれたものだ。


 一瞬の気の緩みがまさに命取りとなる。


「っ!!」


 顔面を刺し貫かんとする強烈な刺突を雷牙は首を捩って回避する。


 即座に距離を取ろうとするが、こちらを完全に敵と定めた瑞季が手を緩めるはずもない。


 彼女は雷牙が空けた距離を即座に詰めてきた。


「はっ、まぁ逃がちゃくれねぇわな」


 唇をしめらせながら、雷牙は自嘲気味な笑みを浮かべる。


 拮抗が破れたかのようにも思える状況だが、雷牙は非常に落ち着いた様子だ。


 なぜなら、瑞季の放ってくる刃一つ一つの軌道が読めるからだ。


 これはいつも雷牙が強者の強さに『慣れる』という現象ではない。


 そもそも『慣れる』必要などなかった。


 ここで最初に彼女と打ち合った時はまだ精神的に動揺していたこともあり、多少防戦になってしまうこともあったが、時間経過につれてあることに気付いた。


 今戦っている瑞季は普段よりも容赦はなく、雷牙を殺害することに微塵の躊躇もない。


 だが、それだけなのだ。


 言ってしまえば普段の瑞季のような動きができていない。


 容赦がないと言えば普段よりも強いと考えられる。


 それ自体は間違いではないが、今回に限ってはその枠から外れている。


 普段通りの瑞季が一切の容赦をしなければそれは脅威と言える。


 だが、今の彼女はそこまで強くはない。

 

 剣閃はどこか直線的で、剣速の緩急もない。


 殺気も駄々漏れで動きでフェイントをかけても常時垂れ流しになっている殺気のせいで本命の狙いがすぐわかる。


 動きに速さとキレこそあれど、回避や防御自体はそこまで難しいものではない。


 実際、この距離を詰めてくることも予測できていた。


 予測していたからこそあえて退いたとも言えるが。


「普段のお前なら、詰めてくることはあってももうちょい仕掛けてきただろうしな」


 真正面から懐に飛び込んできた瑞季が雷牙の腰から肩を斬りあげようとしたが、雷牙は彼女の腕を掴み取って受け止める。


 そのまま二人は密着状態となるが、彼女が平常心ならこんなことにもなりえない。


 掴み取った瞬間には自分自身で鬼哭刀の柄尻を叩き、無理やりにでも雷牙の拘束を解いただろう。


 それをしない……いや、できないと言った方が正しいか。


 しばし密着した状態だったが、瑞季は雷牙から無理やり距離を取った。


「んな雑な離れ方はしねぇな。テメぇ自身の手首や肩を痛めるだけだ」


 雷牙ほどの握力で拘束されている状態で無理に引き離せば確実とは言わないまでも、関節などの弱い部分にはダメージが行く。


 冷静に判断ができる状態なら、もっとマシな距離の取り方もあったはずだ。


 そういうことが出来ない理由は体内に仕組まれたナノマシンのせいだろう。


 ナノマシンを使った人体操作は万能ではない。


 そこに本人の意思があった状態で、あくまで補助的な役割を担うのなら十分な脅威となり、雷牙とてもっと苦戦したかもしれない。


 だが、瑞季の意思を完全に無視した状態でナノマシンに身体機能の全権を渡した状態は、そこまで脅威とはなりえない。


 ナノマシンはその名のとおり、ナノサイズの機械だ。


 機械である以上、特定のプログラムが組み込まれている。


 大雑把に言えば瑞季の体で戦うというプログラムが組み込まれていると考えていい。


 ドローンやオートマトンよりは高度なプログラミングがされているだろうが、瑞季の体は彼女自身のものだ。


 体に沁みついた癖や動き、時に無茶とも言える大胆な行動は、彼女の意思があって始めて成り立つ。


 意識を奪い取った状態では、瑞季という肉体の強さを使えても、本来の使用者でない以上百パーセントの力を引き出すことなどできない。


 だから、剣技の実力においては僅かに劣っている雷牙に動きを読まれる。


「らしくねぇ戦い方だ。まぁしょうがねぇとは思うけどな」


 雷牙は瑞季の背後にいる匡哉に視線を向ける。


 彼の表情に笑みはなく、雷牙を射殺すように見据えていた。


 が、彼の予想に反して雷牙が善戦していることに僅かに動揺も見られる。


 とはいえ普段の瑞季の動きでないからといって、弱いというわけではないのもまた事実。


 気を抜けば重傷は免れないだろうし、下手に手加減などすれば形勢は一気に傾く。


 だからこそ雷牙は油断しないが、どうしても匡哉に問いたいこともあった。


 などと考えていると、視線が外れたのをいいことに瑞季は再び距離を詰めてきた。


 視線を外したからといって視界に入っていないわけではない。


 雷牙は小さく息をつくと上段からの振り下ろしを受け止め、すぐさまそれをいなしつつ攻勢に転じる。


 体勢を崩してからの刃は的確に瑞季の背中に向けて振り下ろされた。


 容赦のない一閃は吸い込まれるようにして彼女の背中を斬り付けるはずだった。


 が、刃は寸前で受け止められる。


 雷牙の狙いに気付いた瑞季が間一髪刃を受け止めたのだ。


 ナノマシンに操られ、普段の実力が出せないと言っても基礎戦闘能力は高いからこそ出来る芸当か。


 しかし、ただ一度受け止められた程度で雷牙は隙を見せるほど甘くはない。


「フッ!!」


 即座に刀を引き、態勢を立て直す暇を与えずそのまま二撃、三撃と追撃を重ねる。


 かなり態勢を崩した状態で叩き込まれる刃は瑞季を防戦に持ち込ませるには十分だった。


 そして剣戟を交わしながら雷牙は己の中に浮かんだ疑問を思い起こす。


 それは瑞季の母親、冴が亡くなる前に彼に言い残した言葉について。


『瑞季を強くしてあげて』。


 確かに歴代最強とまで言われた彼女が娘である瑞季を強くしたいというのは頷ける話だ。


 しかし、彼女が望んだ強さとは単に実力的なことなのだろうか。


 実際に出会ったことがない故、雪花や匡哉の話の内容から想像することしかできないが、それほど苛烈な性格の女性ではなさそうに感じた。


 だからこそ疑問に思った。


 いかに七英枝族の次期当主だからと言って、こんな手法で自分の娘を強くしようと考えはしないはずだ。


 そもそものところ瑞季を強くすることと、人造刀狩者にどんな関係があるというのか。


「匡哉さん。アンタの奥さんは亡くなる前に『瑞季を強くして欲しい』って言ったって言ってたよな。それと人造刀狩者がどう繋がるってんだ。瑞季を強くするってのは親の気持ちを考えれば納得できる。けど、こんな事件を起す必要はあったのか?」


 鍔迫り合いになりながら、雷牙は匡哉に視線を向けた。


 すると彼は少しだけ眼を伏せながら頷いた。


「確かに君の言うとおり、人造刀狩者の導入と瑞季を強くすることに関係はないように感じるだろう。だが、無関係ではないんだよ。他の娘達にやってもらいたいのはあくまで()()()()()()()()()()()さ」


「経験値?」

 

「そう。綱源くん。人間の一生のうちに得られる経験は限られる。どれだけ優れた刀狩者であっても、毎日戦い続け、毎日新たな経験をするわけじゃない。だが、もしも他者の経験を自分の糧にすることができたら、それは()()()()()()()()()()()()()()()になる」


「まさか……」


 雷牙はそこでようやく合点がいった。


 なぜ瑞季の強さと人造刀狩者を紐づけているのか。


 そして何故人造刀狩者に瑞季の細胞を使ったのか。


 全てが雷牙の中で繋がった。


「瑞季に他の子供達の経験値をすべてフィードバックするために……」


 呟くように漏らした言葉だったが匡哉には聞こえていたようで、彼は深く頷いた。


 匡哉の狙いはまさにそれだった。


 ようするに人造刀狩者が得た経験をそっくりそのまま瑞季に引き継がせるというもの。


 理屈は理解できる。


 自分が得られなかった他者の経験を自分のものとし、更なる実力向上を図る。


「だけどそんなことをすれば瑞季にだって負担がかかる。今いる人造刀狩者だって十人を越えてる。一気にそんな経験を取り込めば脳機能にだって障害が生まれるだろ!?」


「その辺りも含め研究を進めている。娘を廃人にはさせないさ。一気に十人分を取り込んだりすれば君の言うとおり、脳に負担がかかる。だが、個別に取り込めば負担は最小限で済む」


「そういう問題じゃねぇだろ! 第一、経験を取り込むったってどうやって……」


「人造刀狩者の脳から記憶をデータとして摘出し、それを瑞季の脳内へ流し込む。脳さえ無事なら娘達が得た経験は瑞季へと引き継がれる」


「じゃあ他のヤツらは死んでも構わないってのか」


「そんなはずはない。彼女達も僕の大切な子だ。亡くなってしまうのは悲しいことだ。けれど、彼女達の死は決して無駄にはならない。彼女達の経験は瑞季のものになることで、証となって瑞季の中で生き続ける。娘たちだってそれは理解してくれている」


 匡哉が言い切ったところで、雷牙はギチリと音がするほど奥歯を強く噛み締めた。


 直後、彼は渾身の力をもって鬼哭刀を振るった。


 唸りを上げながら放たれた刃は防御した瑞季を用意に吹き飛ばす。


 距離が大きく開いたところで、雷牙は改めて匡哉に鋭い眼光を向ける。


 腕はかすかに震えており、纏っている雰囲気も怒気を含んだものになっていた。


「そんな方法で……。そんな方法で強くなることに瑞季が本当に納得すると思ってんのかよ」


「今すぐに理解するのは難しいだろうね。だけど、いずれ瑞季も受け入れてくれだろう。そして彼女がそれを受け入れた時、冴さんの願いは形となるんだ」


「そんなもんがアンタの嫁さんが願いなわけねぇだろッ!!!! テメェの娘の意志も、在り方も無視してただ強くさせる? あまつさえその娘の細胞使って生み出した子供達を生贄にするような真似、俺は到底納得してくれとは思えねぇよ……!!」


「君に何がわかる。彼女と出会ったこともないくせに知った風な口をきくな!」


「ああ、わかんねぇよ!! アンタの嫁さんがどんな人間だったかなんて、俺には全然わからねぇ」


 あくまで推測することしかできない。


 だが、何度話を思い返してみても冴が自分の娘をこんな目にあわせることを望んでいるとは思えない。


 ましてや、他者からの経験で強くなろうとするなど、一人の武人としてプライドが許さないはずだ。


 だが、彼女はいない。


 だからこそ雷牙は叫ぶ。


「でもなぁ……ッ!!」


 雷牙はグン、と腰を落とすと一息で匡哉との距離をつめ鬼哭刀を振り上げる。


 そのまま彼に向けて刃を振り下ろそうとしたものの、寸前で割って入ってきた瑞季によってそれは防がれてしまった。


 が、雷牙はそれでも止まることなくさらに足を進め、吼えた。


「アンタのやり方は間違ってる!!!!」


 咆哮には怒りと悲しみが混じっていた。

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