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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十三章 造られた娘達
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5-1 本当の願い

 雷牙達が勇狼館で戦っている間、結界の外でも乗っ取られたオートマトンとの戦闘が続いていた。


 学生達が担当している館周辺はもちろん、プロや警察官達が配置されている場所も同様だ。


 当然、その様子は枝族達が宿泊しているホテルからでも確認できた。


 鳴り止まない銃声にアリスの表情は険しかった。


 状況はホテルを警備している刀狩者から報されている。


 警護対象であるアリス達はホテルの部屋から出ず、騒ぎが収まるまで待機していて欲しいとのことだった。


 だが、アリスは窓の近くに寄ったり、ベッドに座ったり、無意味に冷蔵庫を開け閉めしたりととにかく落ち着きがなかった。


 しばしそんなことが続いていると、彼女は小さく息をついてからソファに深く腰を下ろしている母に視線を向けた。


「お母様――」


「――いけません」


 言い切るよりも早く却下されてしまった。


「ま、まだ何も言ってないです!!」


「言わなくても貴女の行動や様子を見ていればわかります」


 アリスの母、摩雅彌いろはは立ち上がりながら娘をジッと見据えた。


 決して鋭い眼光というわけではないが、肝の据わった眼だ。


「私も戦いに行く。と言いたいのでしょう?」


 考えを見透かすような視線にアリスは口をぎゅっと閉じながら頷いた。


 するといろはは小さく息をついてからもう一度それを否定する。


「いけません」

 

「でも、お母様! 皆戦ってます! 摩陵館の人達はもちろん、他の学校の人達……! なのに私だけ安全な場所で待っているなんてしたくありません!」


 アリスにとってこの状況はあまりにも耐えがたいものだった。


 戦える力があるはずなのに戦ってはいけない。


 アリス……いや、刀狩者を志す者にとっては苦痛を感じる時間でしかない。


 しかも戦っているのが自分に近しい者達となれば尚更だ。


「アリス。貴女の気持ちはよくわかります。普段であれば私も貴女を引き止めることはしなかったでしょう」


「ではどうして……」


「私達はハクロウの最重要護衛対象です。貴女がいつも戦う側にいたとしても、枝族会議の期間ばかりは守られる側にいます。護衛対象が勝手な行動で外に出たら、現場は余計に混乱してしまいます」


「それは、そう、ですけど」


 歯切れが悪くなりながらアリスは俯いた。


 理解はできる。


 護衛や警備任務において対象を見失ったり、怪我をさせるというのは最も避けなくてはならないことだ。


 ゆえに警備をしている刀狩者にとっては、枝族当主の家族であるアリス達が一箇所に集まっているというのは非常に都合が良いのだ。


「外の騒ぎの原因はまだわかりませんが、もしも狙いが私達ならばここから動くのは得策とはいえません。仮に貴女が出たとして敵に人質にされたら、警備をしている彼らの失態になります」


「……」


「武蔵長官のことですから失態した刀狩者を理不尽に叱責するようなことはしないでしょう。ですが、人質にされれば刀狩者だけでなく、貴女が心配している学友達、そして京一さんや義父さんに負担をかけてしまいます。そうなることが貴女の望みですか?」


 飛び級でなおかつ生徒会長を務めるほどの実力を持つアリスが人質にされる可能性は低い。


 だが、状況を考えると万が一にも備えなければいけない。


 護衛対象である以上は、自ら危険な場所へ行くのは避け、できるだけ安全な場所に留まるべきなのだ。


 無論、これが娘のプライドを傷つけてしまう行為だというのはいろはも承知しているようで、表情にはどこか悔しげな様子だった。


 いろはは娘の肩に手を置くと優しい声音で告げる。


「アリス。貴女が悔しいのも辛いのもよくわかります。でも、状況を好転させるには時には我慢することも重要なんです。だから今は耐えましょう。大丈夫、貴女の学友も他の学校の生徒達も強者揃いと聞いています。彼らがなんとかしてくれるのを信じて待ちましょう」


 いろはは先程までとはうって変わって柔和な微笑を浮かべていた。


 けれど、肩に置かれた手は微かに震えていて母もまた決して気が気ではないことを物語っていた。


 夫と義父が勇狼館に取り残されているのだから当然だ。


 それを感じ取ったアリスは深く頷く


「わかりました。お母様」


 決して全てに納得できたわけではない。


 けれど、自分が下手に動けば周りに迷惑をかけてしまう。


 それを避けるために今は耐えることが最善なのだ。


 悔しさを押しとどめ、アリスは窓の外に微かに見える勇狼館を見やった。


 うっすらと光を帯びた結界の中では、きっと外と同じようなことが起きているだろう。


 学友達や父と祖父の身の安全をただ祈ることしかできない己の立場に、アリスは心配と悔しさが入り混じった表情を浮かべた。




 館の一角では葉月とレオノアの戦いが続いていた。


 ブォンと重々しく空気を斬る音が室内に響く。


 振り上げられたのは真紅の大剣。


 簡素ではないが、複雑すぎるわけでもない。


 ちょうど良いバランスの意匠が施されたそれは、レオノアが振るう鬼哭刀だ。


「はぁっ!!」


 気合いの声と共に唸りを上げながらクラレントが振り下ろされる。


 葉月はそれを真正面から受け止める態勢に入ったが、それが既に間違いだ。


 刃が激突する瞬間、レオノアは両腕にグッと力をこめた。


 手から肩口、さらには首筋にかけてぶわりと血管が浮き上がり、筋肉が大きく盛り上る。


 葉月も直前でそれに気付いたようだったが、すでに回避は間に合わない。


 無理に体を捩れば肩口から一気に斬られることは明白だった。


 ゆえに葉月ができることは、刃を真正面から受け止めるしかない。


 だが、レオノアに対してそれは最大の悪手とも言える。


 直後、けたたましい音を立てて二つの刃が激突し、大きな火花がはじけ飛ぶ。


 衝撃は葉月を伝い、床、壁、そして天井へと一気に駆け抜け、ズンという重々しい音が響き、葉月を中心として床が大きく凹んだ。


「ぐ……っ!!」


 あまり表情が変わらなかった葉月もこれには顔をゆがめるが、次の瞬間彼女は突然の浮遊感に襲われることとなった。


 見ると、大きく凹んだ床が崩れていた。


 亀裂は大きく広がり、やがて音を立てながら崩れていく。


 足場があったことでどうにか受け止めることができていた葉月だったが、踏ん張る場所がなくなってしまえば意味はない。


 レオノアはそのまま一切の容赦なくクラレントを振りぬいた。


 常人離れした筋力とクラレント自体の重さ、そして振りぬく速度によって葉月は一階へと叩き落されていった。


 床に空いた大穴から階下で床に激しく叩き付けられる葉月の様子を確認するレオノアは、間髪入れずに葉月との距離を詰める。


 葉月はそれに気付いたようだったが、全身で受けてしまったレオノアの一振りと、床に叩き付けられたことでまだ体の自由がきいていないようだった。


 その隙に肉薄したレオノアはクラレントの切先を葉月の首元に突きつけた。


「降参、してくれませんか?」


 レオノアの表情は険しかった。


 怒りに染まっているわけではない。


 ただ、どうにも彼女達の境遇を聞いてしまってからやりにくいのだ。


 本音を言えば戦いたくはない。


 大人しく投降してくれれば、無闇に傷つけることもない。


 ただ、主犯である匡哉が捕まってくれるまで大人しくしてもらう必要はあるが。


 レオノアは険しい表情で葉月を見つめる。


 すると葉月は僅かに口角を上げた。


「いやだよ。レアちゃん」 


「なぜですか。私にここまで追い詰められている以上、貴女が勝つ可能性は低い。なら、大人しく投降した方がこれ以上傷つかずに済むでしょう。もしもお父様に無理強いされているのなら、情状酌量の余地だって……」


 声は微かに震えていた。


 だが、彼女の言葉は葉月には届いていないようだった。


「無理強いなんてされてない。私達姉妹は私達の意思でお父さんに協力してるの。それに私は別に負けたっていいんだよ」


「え?」


「私達の強さを見せるっていうのも、人造刀狩者を量産するのはたてまえ? みたいなものだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だし」


「瑞季さんを最強って……。なぜそんなことを……」


「それがお父さん……ううん、お父さんとお母さんの願いだから。私達姉妹はそのために必要なだけ。ようはお姉ちゃんを強くするための()()()()()()()みたいな感じだよ」


 彼女の表情に嘘は見られない。


 本当に自分のことを道具として割り切っている。


「一番最初に吹っ飛ばされた時言ったでしょ。勉強させてもらうって。アレって私達が強くなるためでもあるんだけど、本当はお姉ちゃんを強くするために必要だったってだけね」


 レオノアは表情を困惑に染める。


 前提からして間違っていたい。


 いや、匡哉の目的を根底から履き違えていたと言うべきか。


 単純に人造刀狩者の優位性を示すための襲撃だと思っていた。


 だが、それらはあくまで名目上に過ぎなかった。


 瑞季を最強にするための経験値。


 葉月は自分自身そして姉妹達をさしてそう告げた。


 全ては瑞季のために仕組まれたことだったのだ。


 が、思考が繋がると同時に動揺し、僅かな隙が生まれてしまった。


 当然、葉月がそれを見過ごすはずはない。


 突きつけた切先を払いのけた彼女は、レオノアに向けて今度は自身の白刃を突きつけてきた。


「っ!!」


 寸前で反応して回避するものの、刃は顔を掠め、鋭い痛みと共に頬が抉られた。


「さすがによけられちゃうかぁ。まぁレアちゃん強いもんねぇ……。仕方ない、私も使おうかな」


 使う。


 その言葉が何を意味しているのかレオノアはすぐにわかった。


「葉月さん! ダメです、ナノマシンを使うのは……!!」


 体に負担がかかりすぎる。


 そう続けようとしたが、葉月はフッと微笑む。


「心配してくれるんだ。優しいね、レアちゃんは。でもごめんね、全部お姉ちゃんとお父さんのためなんだ。だから別に殺してもいいよ。データさえとれればいいわけだし。ばいばい」


 言い切ると同時に葉月はガクンと首を落とす。


 その様子に思わず息を呑むレオノアだったが、次の瞬間、葉月は顔を上げた。


 そこに先程までの微笑はなく、生気の感じられない瞳と、無表情の顔があるだけだった。


 が、変化したのはそれだけではない。


 刹那、葉月がその場から消え失せ、背後から強烈な殺気が襲いかかってきた。


「ッ!!!!」


 クラレントで防御すると同時に衝撃が腕を振るわせる。


 背後には葉月が立っていた。


 明らかに先程までの動きとは違う。


 外にいる姉妹達と同じだ。


 もはや彼女は物言わぬ戦闘マシン。


 レオノアは表情を曇らせ、追撃してくる葉月と再び刃を交えた。

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