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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十三章 造られた娘達
402/421

4-5


 現れた匡哉を雷牙は複雑な表情で見やる。


 彼の傍らには人形のように立っている瑞季がおり、彼に何かされていることは明白だった。


「瑞季!!」


 舞衣が瑞季に呼びかけるものの、彼女からの応答はない。


 ただ虚ろな瞳をこちらに向けているだけだ。


「……瑞季に何をしたんスか」


 雷牙は小さく息をついて拍動を落ち着かせてから匡哉に問う。


 彼は以前出会った時と同じ柔和な笑みを浮かべたまま瑞季の肩に手を置いた。


「聞き分けがなかったからね。少しだけ父親として教育しただけさ。なに、じきに目覚めるよ」


「教育? どう見たってその範疇越えてるでしょ」


「他所の家の教育に口出しするのは感心しないな」


 肩をすくめる匡哉は未だに笑みを崩すことはない。


「匡哉さん、やっぱりこの襲撃を起したのは貴方なんですね」


 舞衣の声は震えていた。


 心のどこかでは襲撃を否定して欲しいという願いがあったのだろう。


 または、何か特別な理由があってこんなことを起してしまった。


 彼の本心から起したことではないと言ってほしい。


 そんな願いが込めらた問い。


 だが、それは匡哉自身によって否定される。


「ああ、もちろんだとも。今日は枝族の皆さんに人造刀狩者の優位性について教えたくてね。少し手荒だが、襲撃という形を取らせてもらったのさ」


 まったく悪びれる様子もなく、彼はにこやかなまま告げた。


 その様子に舞衣が息を呑む声が聞こえ、視界の端で彼女が俯いたのが見えた。


 それを隠すように雷牙は彼女の前に出る。


「……大丈夫か。舞衣」


 小声で問うと、背後で「アハハ……」という落胆の声が聞こえた。


「……最後の望みってヤツ、期待してたんだけどね。やっぱり、そんな甘い話じゃないかぁ……」


「そりゃそうでしょ。あの瑞季の様子や外の子達を見ればどう考えたってアイツが主犯で間違いない。わかってたでしょ、そんくらいのこと」


「先輩、できればもうちょい優しく……」


「……いいよ、雷牙。私は大丈夫。もう自分の中で納得できたから」


 そうは言っているが、言葉の節々には今だに信じられないと言いたげな雰囲気があった。


 一度しか会ったことがないとはいえ、親友の親が襲撃犯などあまり信じたくはないだろう。


 ましてや匡哉の人柄を考えるとそのショックはなおのこと大きい。


 雷牙は匡哉と瑞季から視線を外すことなく彼に問うた。


「瑞季の親父さ……。いや、痣櫛匡哉さん。大人しく投降する気は――」


「――ない。そんなこと君だってわかりきっていただろう?」


「形式上は聞くことになってんの。たとえ相手が投降する意思がなくてもね。まぁ確かにわかりきってはいたけど」


 一愛は剣帯にさがっている鬼哭刀を抜いた。


 背後では舞衣も得物を構える音が聞こえたが、雷牙はそれを制するように一歩前へ踏み出し、片腕を一愛の前に出した。


「斎紙先輩。ここは俺に任せて先に行ってください。外で戦ってる先輩達のことを考えると、急がねぇとやばいっスよね」


「戦えんの? 相手は友達だよ」


「へっ、学校で何度も戦ってますって。問題ねぇっス」


「学校でやってるのは鍛錬の延長でしょ。けど、今は違う。瑞季の様子からして匡哉の指示には絶対に逆らわない。あんたを殺せと指示されれば、あの子は一切の容赦なくアンタを殺しにくる。アンタだって殺しに行く覚悟じゃないと死ぬわよ」


 一愛の忠告に雷牙の眉が少しだけ動く。


 彼女の言うとおり、これから始まるのは互いを鍛えるための試合ではない。


 それぞれの命を賭けた殺し合いだ。


 本音を言えば彼女と殺しあうことなどしたくない。


 まだ、何も伝えられていないし、伝えてもらっていない。


 雷牙は奥歯を強く噛み締める。


 脳裏に浮かぶのは普段の瑞季。


 操られているとはいえ、目の前にいるのは紛れもない彼女自身だ。


 それを斬れるのか。


 敵として処理できるのか。


 本音と刀狩者としての使命の葛藤。


 拳を強く握り締める様がそれを物語っていた。


「俺は――」


 と、そこまで言いかけたところで「え……」という驚く声を舞衣が漏らした。


 なぜ彼女がそんな声を漏らしたのか。


 最初はわからなかった。


 だが、瑞季を見やるとその答えが見えた。


「……」


 先程まで人形のようだった瑞季の瞳から、涙が流れていたのだ。


 涙だけではない。


 生気が殆どみえなかった瞳の奥底には彼女本来の煌々と輝く覚悟の灯火が微かに見えた。


 決して言葉を発してはいない。


 けれど彼女の瞳は確かに雷牙に伝えていた。


『斬れ』と。


 やがて灯火は見えなくなってしまったが、彼女の意志は確かに雷牙へ伝わった。


 少しだけ口角を上げ、雷牙は「あぁ、そうだよな……」と呟いた。


「……お前ならそう願うよな。それにもし逆の立場だったとしても、お前は俺を斬ってくれたはずだ」


 雷牙は大きく息をつくと、柄を両手で握りこむ。


 眼光に迷いはなく鋭い眼差しが瑞季、そして匡哉を見据える。


 瑞季の気高い覚悟を無駄にすることは、彼女に対する最大級の侮辱だ。


 だから、雷牙もまた覚悟を決める。


「先輩。行ってください。瑞季は俺が斬ります」


 声に震えのようなものはなく、声色も先程と比べるとかなり肝が据わっているような雰囲気だった。


 一愛もそれを感じ取ったのか、抜いた鬼哭刀を鞘に戻す。


「……できるだけ早く制御は取り戻す。それまで頑張って」


「了解」


 短く答え、雷牙は腰を落とす。


「雷牙。お願い、瑞季を……」


「わかってる。行ってくれ、二人とも」


 そう告げると二人は別ルートで制御室へ向かおうと駆け出す。


「おっと。そう簡単に行かせると――っ!!??」


 匡哉が言い終えるよりも早く雷牙は彼の眼前に躍り出る。


 流石に彼もこれには面食らった様子だったが、刃が振り下ろされると同時に二人の間で大きな火花が散った。


 瑞季が寸前で刃を弾いたのだ。


 着地する同時に雷牙は後退し、二人を追わせないように立ちはだかる。


「あぶないあぶない。さすがに早いね。瑞季が褒めるだけのことはある」


「そりゃどーも」


 笑みを浮かべる匡哉に雷牙はそっけなく答えた。


 すると匡哉は雷牙の背後を覗くように見やった。


「あの二人は逃がしてしまったが……。まぁいい、制御室に辿り着いたとしてもそう簡単に制御を取り戻せるわけでもないからね」


 口振りからして制御室の扉そのものに厳重なロックが施してあるか、もしくはまだ見ぬ人造刀狩者を配置しているかのどちからだろう。


「斎紙さんの実力は生徒会の中でもそこまで高くない。柚木さんに関してはなぜ連隊に含まれているのかわからないレベル。あの子でも十分対処はできる」


 匡哉の口振りからしてどうやら後者のようだ。


 あえて口にしたということはバレたところで大して問題はないと言いたいのか。


 もしくは雷牙の精神を逆撫でして判断力を鈍らせたいのか。


 まぁ何かしら狙いがあることに変わりはないだろう。


 だが、雷牙は逆上することはない。


「君がここで私達の相手をしているうちに、彼女達は殺されてしまうかもしれないよ? それでもいいのかな?」


 さらに雷牙を煽るような口調で告げてくる匡哉だったが、雷牙はそれを鼻で笑った。


「ハっ、うるっせぇな。べらべらしゃべりやがって」


 先程までは敬語を交えていた雷牙だったが、もはや彼の口調にそんなものはない。


 雷牙は切先を匡哉に向けた。


「瑞季の親父さんだから敵だとしても最低限敬語を保ってやろうかと思ったけど、正直面倒だからやめるわ。てか、アンタ俺らのこと舐めすぎだ」


「なんだって?」


「舐めてるって言ったんだよ、ボケ。舞衣がレベルが低いとかほざいてたけどな。いつの情報だよそれ。アイツは仮免試験もパスして実地訓練にだって出てる。温室育ちの箱入りお人形娘ちゃん如きに負けるわけねぇだろうが」


「言ってくれるね」


 匡哉の笑みが少しだけ崩れた。


 どうやら自分の作り出した人造刀狩者のことをお人形呼ばわりされたことが気にいらないらしい。


「おいおい、俺を挑発したかったんじゃなかったのかよ。笑顔が引き攣ってるぜ」


「随分と口が悪いじゃないか。やはり家に来た時は余所行きの顔だったというわけか。やれやれ、瑞季にももう少し友人は選んで欲しいところだったね」


「そいつぁどうも失礼しました。お父さん」


 嫌みったらしい笑みを見せながら匡哉をさらに挑発する雷牙だったが、『おとうさん』というワードを聞いた瞬間彼の表情が一変した。


「君にお父さんなどと呼ばれる筋合いはないっ!!」


 笑みを消し、額に青筋を立てながら匡哉が吼える。


 同時に控えていた瑞季がこちらに向かって距離を詰めてきた。


 容赦のない一閃が襲うものの雷牙はそれを弾き、瑞季と何度か剣戟を交えた。


「君ごときに……瑞季は渡さない……!! 僕の……僕達の娘を渡してなるものかっ!!」


 どうやら触れてはいけないものに触れてしまったようで、匡哉はわなわなとしきりに指を動かしていた。


 形相は凄まじく優男風の表情からは想像もつかないほどに崩れていた。


 怒りというのも少し違う。


 どちらかというと執着に近いだろうか。


「おいおい。子供を人形にするだけじゃなくて、子離れ自体できねぇ毒親かよ……。つか、瑞季を取る気なんて……」


 思わず雷牙は言葉を呑み込んだ。


 それは完全にないとは言い切れないからだ。


「……まぁいいさ。アンタがそういう気ならいずれ話はつけなくちゃならねぇかもだしな……!」


 ぐん、と足に力を込め、雷牙は瑞季に向けて刃を振り下ろす。


 決して手加減できる相手ではない。


 殺す気でいかなければ、こちらが殺される。


 だが、雷牙は決して殺意だけで戦っているわけではない。


 親に縛られている彼女を救い出す。


 それこそが雷牙の真の狙いだった。




 瑞季のことを雷牙に任せた舞衣は一愛と共に別ルートで制御室へ向かっていた。


 時折聞こえる剣戟の音は、二方向から聞こえてくる。


 片方は雷牙と瑞季、そしてもう片方はレオノアと葉月のものだろう。


「……」


「二人が心配?」


 先を行く一愛に問われ、彼女は走りながら頷いた。


「レオノアにはもちろん勝って欲しいです。でも、雷牙と瑞季は……」


「できれば両方とも傷ついて欲しくないって顔だね。まぁ無理もないけど、その考えはまだ甘いよ。舞衣」


「はい。どっちかが無事なんてありえないですよね……」


「戦いだからね。どちらかは確実に傷つくし、最悪死ぬ。でも、そうはさせない。いや、そうならないために私達は制御室に辿り着かなくちゃいけない」


「わかってます」


 防衛システムの制御を取り戻すことが出来れば霊力だって使えるようになるし、応援を頼むことも可能だ。


 そうすれば必要以上の犠牲を出さずに済む。


「たぶん制御室にも人造刀狩者はいると思う。戦いはさけられないだろうけど、やれる?」


「やりますよ。雷牙やレオノアばっかりに戦わせるだけじゃ申し訳ないですし。それに私だって仮免もってますし、一応は連隊のメンバーなんで」


「よく言った。それでこそ鍛えてあげた甲斐があったってもんね」


 覚悟を決めた舞衣の言葉に一愛は満足げに微笑んだ。


 きっと制御室にも瑞季と同じ顔をした少女がいるだろう。


 一愛がシステムを奪還すること考えれば、その相手は必然的に舞衣がすることになる。


 自分の実力が仲間内で低い部類に入ることなんて十分理解している。


 だが、それが戦わない理由にはならない。


 たとえ実力差があろうとも、仲間や友人を守るためなら戦って見せる。


 舞衣は心の中で仲間達の無事を祈りながら制御室へと急ぐのだった。

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