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背後で雷牙達が駆けていく音が小さくなるのを聞きながらレオノアは真紅の大剣型鬼哭刀、クラレントの柄をやや強めに握り締める。
彼女の瞳に写るのは詠月達と同じく瑞季に瓜二つの少女。
恐らくは彼女も人造刀狩者と見て間違いないのだろう。
だが、レオノアは目の前の少女が外の少女達とは違うと感じていた。
それは髪型とか、目つきとかそういった外見的な類の話ではない。
もっとこう、内面的と言うか実力的な話だ。
「この感じ……」
ふぅ、と小さく息をついたレオノアは少女が向けてくる威圧感に覚えがあった。
肌に刺さるような鋭い威圧感。
これは瑞季が放つものと良く似ていた。
いや、似ているのではない。
殆ど同じと言ってもいいだろう。
外の少女達の殺気や威圧感も瑞季と似通ったところは確かにあった。
けれど彼女達のそれは瑞季には遠く及ばないシロモノだ。
しかし、今目の前にいる少女だけは違う。
明らかに実力が高いとわかる。
瑞季と同格と言ったところか。
「……望むところです」
レオノアは思わず笑みを零した。
決して状況が可笑しかったわけではない。
ただ、レオノアは学校でもあまり瑞季と闘うことはなかった。
だから彼女に近い実力を持つであろう少女と闘えるのはある意味望んでいた戦いと言える。
「貴女、楽しそう」
「えっ」
ふと聞こえてきた声に思わず疑問符を浮かべた。
声は明らかに少女のものだった。
まさか声をかけてくるとは思ってもみなかった。
「私がしゃべるの、そんなに変?」
「い、いや、そんなことはない、ですけど……」
あまりにも呆けた顔をしていたのか、少女は少しだけ不満そうだった。
「すみません、外の子達の様子が変わったようだったのでてっきりも貴女もそうなのかと思ってました」
「あぁ、妹達のこと。それなら無理はないかも。でも、私はちょっと違う」
「違う? それは実力的な話?」
「それもあるけど、私はあの子達の中で一番早く生まれた。だから一番上のお姉ちゃん。えへん」
少女はむふん、と少しだけ鼻息を荒くして子供っぽく胸を張った。
なんとも不思議な感覚だった。
外見的には瑞季と瓜二つなのに言動や行動が子供のそれに近い。
一番上のお姉ちゃんとは言っているが、どちらかと言うと詠月の方がそれっぽく見える。
「じゃあ貴女にも名前があるの?」
「ある。私は葉月。瑞季お姉ちゃんの次」
「……なるほど、瑞季さんを一番上にした場合は次女扱いってことね」
恐らく彼女の言っていた一番上というのは、人造刀狩者の少女達の中での一番上ということだったのだろう。
つまり、人造刀狩者として彼女は最も早く造られたことになる。
となると彼女の威圧感が瑞季と同等なのも頷ける。
恐らく長い期間鍛錬をする時間があったからだ。
それに対して詠月達があまり高い実力を持っていなかったのは、培養を終えた直後に襲撃を起したかあまり長い期間鍛錬ができなかったからだろう。
妙に子供っぽいのは培養できるようになった直後に生み出された個体ゆえ、調整が上手く言っていないからかもしれない。
まぁその辺りは憶測の域を出ないが、あたらずとも遠からずといったところか。
「ねぇ、葉月さん。ちょっと聞きたいのだけど」
「なに?」
「なんで貴女は他の子達みたいになっていないの。何か特別な理由でも?」
「それはお父さんが妹達のナノマシンを……あ、これ言っちゃダメだったっけ。けど、まいっか」
一瞬「しまった」と言うように表情を曇らせた葉月だったが、逡巡する素振りを見せたあと特に気にした様子もなく語りだした。
「妹達は私と違って最近になって生まれた。かんじょー表現とかはできるけど、あんまし強くない。だからお父さんが体内に投与したナノマシンを使った」
「ナノマシン……なるほど、それで能力の急激な上昇を……」
ナノマシンの開発自体は禁止されているわけではない。
投与すれば単純な筋力強化や反射神経の鋭敏化、視覚や聴覚の強化など様々な恩恵が受けられる。
元々は非霊脈保持者の軍人や警察官などが刀狩者と対等になるために開発されたものだ。
ただ、投与できるのはごく限られた者達で望むものが全員投与できるわけではない。
医療用のナノマシンだけはその限りではないが、明確な理由なく投与するのは禁じられている。
詠月達の体内に投与されているのは、身体能力の大幅な向上を目的としたナノマシンだろう。
とはいえ、そういった類のモノには必ずリスクが存在する。
過ぎた力は反動となって使用者に返ってくる。
霊力だってそうだ。
「……貴女も投与されているんですか」
「うん。まだ発動はしてないけどね。妹達はまだ自分でオンオフできないけど、私は自分でできるから。ふふん」
再び得意げに胸を張った葉月だが、レオノアの表情は悲しげだった。
彼女達に投与されたナノマシンがどれだけのリスクを持っているのかはわからない。
だが、視界の端で捉えただけでも彼女達の能力の向上は異常だった。
反動はかなりのものになるだろう。
実際、闇市場に出回っているナノマシンの中には一時の絶大な力と引き換えに廃人となってしまうケースがあったらしい。
仮に生きていたとしても何もできず、生きながらに死んでいる状態になってしまうのだ。
それと似たようなものが彼女達に投与されていると考えると、なんだか無償に悲しくなった。
「葉月さん。貴女は……いえ、貴女達は嫌じゃないんですか。そんな道具みたいに扱われて」
問いは自然に出ていた。
疑問という形で出た言葉だったが、声は疑問というよりは『嫌だ』と言って欲しいという一種の願いも含まれている。
しかし、レオノアの問いに対して葉月は「うーん」と考えながらも最終的には笑みを浮かべてしまうのだった。
「嫌じゃないよ。だって私達はそういう風に造られたんだし。お父さんが喜ぶならそれでいい」
「っ!!」
それは屈託のない笑顔だった。
無理やり絞り出した笑顔や、仮初のものではない。
彼女の本心だった。
「そう……ですか」
胸が締め付けられるようだった。
斬鬼と戦うときの方がまだ精神的には余裕があった。
最悪の気分だ。
造られた存在ゆえに己の思考や感情を排斥され、ただ戦うための道具として扱われている少女。
彼女と刃を交えなければいけないなんて、本当に最低最悪の気分だ。
レオノアは唇の端を噛み締める。
ぶつん、と皮が切れた音がしたが、そんな痛みなど気にならなかった。
クラレントの柄をしっかりと握った彼女の眼光は鋭さを増した。
「っ!」
変化を感じ取ったのか葉月は腰を低く落として刃を構えた。
瞳はレオノアの挙動を見逃さないように見開かれている。
戦わないという選択肢などない。
戦うしかないのだ。
ふぅ、と息をついたレオノアは突撃の姿勢をとってから静かに「……いきます」と告げる。
直後、彼女はダン! 床を蹴りつけて葉月へ肉薄する。
一息での跳躍に葉月は驚いた様子だったが、クラレントが振り下ろされる前に防御態勢が間に合った。
だが、ただの防御はレオノアにとっては無力に等しい。
容赦のない横振りが葉月が防御するために構えた刃に直撃すると同時に、葉月の体は浮き上がりそのまま吹き飛ばされた。
威力は凄まじく、葉月は壁を貫通して隣の部屋へ消えていった。
「……」
レオノアは無言のまま壁の空いた大穴を見やる。
大剣型という重量のある鬼哭刀を使うがゆえにレオノアの膂力は一般的な学生や刀狩者のそれを軽く凌駕する。
腕力だけでなく、全身の筋肉を使って繰り出される一撃は受けただけで相手を軽く吹き飛ばせるだけの威力を持っている。
霊力が使える状況ならまともに受けたとしても強化された筋力で防御するため大きく吹き飛ばされるようなことはないが、それでも軽く後退させたりすることくらいはできる。
だが、今の状況でまともに受ければ葉月のようになる。
力の流し方を考えて防御しなければ、レオノアの斬撃を止めることはできない。
静かに大穴の先を睨むレオノアだったが、少しすると瓦礫を踏む足音が聞こえてきた。
やがて暗がりから現れた葉月は頭部から僅かに血を流していた。
「びっくりした。上手く受けたと思ったのに」
「貴女と私とでは筋力自体に差があります。ちなみに、瑞季さんであっても私の振りをまともに受けたことはありませんよ。それだけ警戒しているからです」
「確かにすごい。まだ腕がジンジンしてる」
手を握ったり開いたりして感覚を確かめる葉月だったが、その口元には笑みがあった。
「お父さんには男の子の方を押し止めしておいて欲しいって言ってたけど、あなたも警戒しないといけなそう。名前は?」
「……レオノア・ファルシオン」
「長いね。レアちゃんでいっか」
笑みを浮かべたまま葉月は再び構えた。
吹き飛ばされたからといって諦めはしないようだ。
「レアちゃん。勉強させてもらうよ」
「そんな余裕があればいいですね……」
レオノアは冷ややかとも取れる声音で答えるとクラレントを握り締めて葉月へ迫る。
けれどその瞳には敵を倒したいという感情はなかった。
あったのは、目の前の少女を救いたいという思いだけだ。
レオノアと別れた一愛達はもはや防犯カメラの位置を気にすることなく制御室を目指していた。
先程までは匡哉側に居場所がばれていないという想定で動いていたが、葉月が現れたことで居場所は特定されているはずだ。
とくれば、もはや死角を縫って行く必要はない。
一刻も早く制御室へ辿りつく必要がある。
「雷牙! その先左! んでそのまま真っ直ぐ!!」
「了解っス!!」
一愛の指示に頷いた雷牙は勢いをそのままに角を曲がろうとした。
だが、その直前で彼は足を止めた。
「雷牙? どうしたの」
突然立ち止まったことに舞衣が問うてきた。
彼女はまだ気付いていないようだったが、隣にいる一愛は気付いたようだ。
「……いるね」
「ええ。この気配は多分……」
雷牙の眉間に深く皺が寄った。
すると、二人の声に首をかしげていた舞衣も気付いたようだった。
微かな足音に加え角から感じる鋭い威圧感。
それは雷牙が玖浄院に入学してすぐ体験したものだった。
つまり、この先にいるのは彼女だ。
これ以上進むことはなく、三人は廊下の先を見据える。
するとその人物が現れた。
「……」
曲がり角から姿を現したのはやはり瑞季だった。
けれどいつもの彼女ではない。
眼はどこか虚ろで生気を感じられない。
まるで人形のようだった。
「瑞季!」
舞衣が声をかけたが反応はない。
やはり何かされているようだ。
「角から飛び出してくるかと思ったけれど、さすがに優秀だね。君達は」
聞こえてきた声に三人はそれぞれ身構える。
瑞季に続く形で現れたのは一見柔和な微笑を浮かべた匡哉だった。
彼は雷牙と舞衣の姿を確認すると「やぁ」と軽く手を上げた。
「一ヶ月ぶりくらいかな。こんばんは、綱源くん。そして柚木さん」
娘の友人が家を訪れた時にかけるような言葉遣いだった。
だが、言葉や笑顔とは裏腹に瞳の奥には不気味な輝きがあった。




