4-1 約束と呪縛
館の外では匡哉が作り出した娘達と学生達の戦闘が続いていた。
轟天館の生徒会長である黒羽に代わってリーダーを務める篭矢刑丞も前髪を長く垂らした少女と刃を交えていた。
目元が隠れるほどに垂らされた前髪のせいで瞳の様子まではわからない。
鼻立ちや輪郭はやはり瑞季と非常によく似ていて彼女も例外ではないらしい。
「……」
元々あまりしゃべるタイプではなかったのかかなり口数は少なかったが、少し前に動きを止めてからというもの少女はまったくというほどしゃべらなくなった。
真一文字に閉じられた口元からは表情はまったく読み取れない。
纏っている雰囲気はどこか不気味なものに変化し、殺気にいたっては明らかに鋭利さが増している。
放たれる刃の一つ一つすらもまるで別物だ。
一般的には本気を出したと考えるのが妥当なのかもしれないが、一概にそうとは言い切れない違和感を覚えていた。
迫り来る刃を受け、両者の間で火花が散った。
刑丞は即座に刀を払おうと刃の向きを変えようとした。
しかし、それにあわせるように少女の方が先に動いた。
力が拮抗した密着状態で彼女のほうが少しだけ力を抜いたのだ。
一瞬つんのめりそうになる刑丞だったが、ぎりぎりで踏みとどまって即座に後ろへ飛び退いた。
少女との間合いをあけたところで大きく「ふぅ……」と息をつく。
「今のは少し危なかったな」
刑丞は少し前に出来た頬の傷を手の甲で拭う。
今の彼女の行動はある程度予測はできていた。
それは刑丞が感じていた違和感に起因する。
あの頭を下げた行動以降、彼女を含め他の少女達の動きは飛躍的に上昇した。
体内に何かを仕組んでいてそれを発動させたと考えるのが妥当だろう。
とはいえ、純粋な身体能力強化だけで人間はそう簡単に強くはならない。
霊力もそうだが、使い方を理解していなければ宝の持ち腐れだ。
彼女達の場合、動きが変化する前はまさにそれだった。
ある程度の戦闘能力は有していても、実戦経験の少なさが如実に現れていた。
けれど、あの行動の直後から身体能力が向上しただけでなく、動きそのものに変化が現れたのだ。
最初は偶然かとも思えたのだが、何度か試しているうちに違和感はどんどん強くなっていき、そして今の交錯でそれは確信へと変わった。
端的に言ってしまえば、彼女は成長したのだ。
しかもこの僅かな時間の中で。
「長期戦は不利か」
彼女の成長に際限がないのなら、戦闘が長引けば長引くほど彼女は強くなっていってしまう。
今は霊力が使えないことと、元々の実力が刑丞よりも下回っていた影響でどうにかなっているが、いずれ刑丞を抜いてくるだろう。
そうなれば形勢は一気に逆転されてしまう。
「土岡、雨儀、聞こえるか」
こちらを覗っている少女から目を放すことなく刑丞は三咲と優雅に呼びかけた。
『聞こえてはいるが用件は手短に頼みたい』
『こちらも聞こえています。救援が必要ですか?』
「いや、今のところは問題ない。ただ、気付いたことがあってな。共有しておくべきだと思っただけだ」
刑丞は自分が気付いたことを伝え、注意を促す。
「できるだけ長期戦は避けたほうがいい。もしも俺の想像通りならいずれ彼女達は俺達の実力を上回ってくるはずだ」
『確かにそうなると厄介だな……くっ……!!』
優雅との通信には時折剣戟の音が混じっており、攻め立てられていることは容易に想像できた。
個体によって成長速度が違う可能性もありうる。
そうなるとあまり悠長に戦ってはいられないだろう。
「雨儀。大丈夫か?」
『問題ない。少し隙を突かれただけだ。だが、今の攻撃で篭矢の言っていたことに合点がいった。確かに彼女達はこの短時間で飛躍的な成長をはじめている』
「できるだけ早期決着を目指した方がいい。個人で対処が難しいのなら、数人がかりで無力化すべきだろう。もしくは元凶を叩くしかない」
刑丞の脳裏に浮かんだのは彼女達をこの勇狼館に招き入れ、枝族達を人質としたであろう痣櫛匡哉の姿だった。
彼と瑞季がなんらかの形で関係しているのは間違いない。
少女達が匡哉の指示で動いているのなら、元凶を処理できれば必然的に彼女らの動きも鈍くなっていくだろう。
だが、それをするには誰かが勇狼館の中に突入する必要がある。
『元凶を叩くのはそう遠くはないと思いますよ』
「なに?」
刑丞の瞳には焦りが見えたが、インカム越しに聞こえてきた三咲の声には期待感のようなものがあった。
『たった今、うちの突入班四人が館の中に入りました。ある程度の障害はあると思いますが、主犯を叩くのも時間の問題かと。四人のうち一人は端末の操作に秀でています。システムを取り返すことができれば、霊力を使えるようにもなるでしょうし、外部との通信も回復するはずです』
「そうなれば形勢はこちらに傾くか」
『まぁ、そうなる前に僕達が彼女達を倒してしまうかもしれませんがね』
「言うじゃないか。だが、それぐらいの気概がなくてはな……!!」
フッと笑みを浮かべた刑丞は様子を覗っていた少女がグン、と腰を落としたのを確認し、攻め込まれるよりも早く自分から距離を詰めた。
直後、空中で刃が交錯し火花が散った。
少女は体勢を僅かに崩している。
やはりまだ刑丞の方が反応は早い。
できることならこのまま一気にカタをつけたいが、そう簡単に済む話でもないだろう。
「……頼んだぞ」
刑丞は静かに告げると再び少女と刃を交えた。
勇狼館の正面入り口はホールになっている。
煌びやだがそれでいてくどくない気品を感じさせる空間だ。
だが、ホールにはレオノアの悲痛な叫びが響いていた。
「雷牙さん! しっかりしてください!!」
必死に呼びかける彼女の前には大理石の床にうつぶせのまま倒れている雷牙の姿があった。
呼吸はしているようだが、何度呼びかけても応答はない。
どうやら意識を失っているようだ。
「レオノア! 雷牙は!!!?」
「それが、全然反応がないんです! さっき、私を庇って……!!」
雷牙は館に突入する際に現れたドローンの銃撃からレオノアを庇ったのだ。
呼びかけても反応がないということはやはり当たり所が悪かったのだろうか。
レオノアは顔を蒼白に染めながら、雷牙の肩に手を伸ばす。
すると舞衣と共に雷牙の様子を覗っていた一愛が「これって……」と何かに気付いたような声を上げた。
「先輩。速く雷牙を手当てしないと……!」
「うーん、そんなに焦らなくてもいいんじゃない?」
「何言ってるんですか!? 撃たれたんですよ! 応急処置しないと雷牙が……!!」
白状な一愛の言葉に舞衣も声を荒げたが、一愛はそれを気にした様子もなく小さく息をつくとおもむろに雷牙の脇腹を蹴り付けた。
「おふっ!」
「先輩!? なんで蹴って……え、おふ……?」
一愛が雷牙を蹴りつけたことにレオノアと舞衣は一瞬ぎょっとした様子だったが、短い悲鳴というか嗚咽に首をかしげた。
明らかに雷牙の声だった。
撃たれていて腹部を蹴られたのだからそれくらいの声は出るのかもしれないが、よく観察してみると雷牙に出血は見られなかった。
もしや、と二人はもう一度雷牙の表情を覗う。
「……」
彼の口角は少しだけ上がっていた。
「私も一瞬忘れかけてたよ。私たちが着てるこれ、防刃と防弾じゃん。ドローンが装備してる銃の口径じゃまず貫通しない」
「ということは……」
「……つまり」
二人は顔を見合わせると再度雷牙を見やった。
その瞬間、彼はビクッと体を震わせた。
同時に二人の中で彼への心配が、怒りへと変化する。
「「フン!!」」
二人はまったく同じタイミングで倒れている雷牙へ向けて拳を振り下ろした。
ドスっという重々しい音が響くと同時に、今まで沈黙していたはずの雷牙が叫ぶ。
「いってぇ!!??」
突如として襲って来た痛みに雷牙は跳ね起き、そのままホールの中を飛び跳ねた。
どうやらそれほど酷い負傷をしたわけではないらしい。
その様子を二人は冷たい視線で見やっていた。
「お、お前らな……。一応俺は撃たれて……ってなんだよその眼は!」
「ぶぇつにぃ。こんな状況でやるとかないわーとかこれっぽっちも思ってないから気にしなくていいわよ」
「ワタクシモデスー。シンパイシテソンシタトカオモテマセンノデー」
「すっげぇ片言だし! わるかったよ! けど、別にお前らで遊ぼうととかは思ってなかったからな!! 実際撃たれたときは普通に気絶してたし!! それに見てみろこれ!!」
雷牙が戦闘服をまくって背中を見せると、確かに背中の数箇所が赤く腫れていた。
それでも出血は見られず、戦闘服の防弾性に助けられたようだ。
「けど笑ってましたよね?」
「それは……なんていうか、タイミングってーか空気的に起きづらくなっててつい……」
「ついじゃないわよこのアホ!! あー、もう! 心配してマジ損した!!」
「庇ってもらった手前私もあまり言いたくはありませんけど、雷牙さん。さすがにさっきのはないです」
「……へーい」
二人から向けられる視線と言葉に雷牙も反省したのか、渋々頷いた。
元々驚かすつもりはなかったのだろうが、タイミング的にあまりよろしくなかったようだ。
が、流石にダメージがないというわけではなく、戦闘服を戻した時「痛……ッ」と雷牙は表情をゆがめた。
するとそれに気付いた一愛が彼を手招きする。
「防弾がしっかりしてるって言っても衝撃はもろに来るからね。打撲くらいはしてると思うから、ちょっとこっち来なさい」
「大丈夫っスよこれくらい。我慢できますし」
「このおバカ。霊力使える状況ならいいかもしれないけど、今は使えないでしょ。それにこっから先だって危険はある。ちょっとの痛みが隙に繋がるんだから多少はやわらげないといけないの。ほら、上脱ぐ!」
小さいながらも凄まれ、雷牙は「了解っス……」と頷いてから戦闘服の上を脱いだ。
案の定というべきか捲くっただけではわからなかった位置にも腫れが見える。
銃創こそないものの所々にある赤い腫れは非常に痛々しい。
本来であればある程度時間をかけて治療したいところだが、敵地ゆえにゆっくりと対処している余裕はない。
一愛は手早くを処置を終えると、ぺしっと背中を叩いた。
「はい、おしまい。さっさと着なさい。そしたら先に進むわよ」
彼女はホールを見回すと端末に登録されている勇狼館のフロアマップを呼び出した。




