2-6
当主達の視線が匡哉に集まると、代表するように辰磨が問う。
「戦力増強につながる話か?」
「ええ」
辰磨の鋭い眼光に晒されても匡哉は臆した様子もなく深く頷いた。
枝族会議の中で匡哉はそこまで発言する方ではない。
無論、なにも発言しないわけではないが、痣櫛家の純血統ではないがゆえに他の当主達よりも一歩引いた場所に立っていることが多いのだ。
とはいっても当主達は枝族の血統ではないからといって彼を蔑視することはなく、対等に付き合っている。
彼が齎した意見が通ったこともある。
「わかった。では、その提案とやらを聞かせてくれ」
「はい。口だけで説明するのはいささか理解しにくいかと思いますので、モニタを使っても良いでしょうか」
「もちろん」
辰磨が頷くと匡哉は軽く会釈してから円卓中央に浮かんでいる端末と自分の携帯端末を接続する。
モニタはすぐに切り替わり、匡哉が操作をはじめる。
やがて準備を終えたのか、彼は小さく息をついてから愛娘の肩に軽く手を置いた。
瑞季もそれに答えるように父を見やる。
匡哉はフッと微笑を浮かべると「では……」と当主達に視線を向けた。
「私が提案するのは禍姫及び彼女が生み出すであろう斬鬼に対するハクロウ側の戦力強化案です」
「人手が少ないこの状況を覆せるのか?」
「はい。それなりの時間は擁しますが、禍姫との戦争までは間に合うはずです。既に理論は確立されています」
決して怯むことなく、淡々と話を進めていく匡哉の様子に皆は自然と興味を惹かれたようだった。
同時に匡哉は手元の端末を操作していくつかのモニタを展開していく。
「もったいつけるのも、回りくどい言い方もやめましょう。私が提案する戦力強化案、それは人造刀狩者製造計画、通称『ASMP』の再始動です」
「副会長。ちょっと聞いてもいいっスか?」
三咲と共に敷地内を巡回していた雷牙は彼女に声をかけた。
「答えられる範囲でなら」
「ども。えっと、人造刀狩者製造計画って聞いたことあります?」
警備中、雷牙は以前尊幽が話していたことを思い出していた。
できれば実地訓練中に雪花にでも聞けばよかったのかもしれないが、警備任務への参加などいろいろなことが重なってしまった故最後まで聞けず仕舞いだった。
学校に戻っても訓練ばかりの日々で一々思い出している余裕はなかったのだ。
警備中は何もなければ静かなものだ。
ゆえにいろいろと考えているうちに思い出した。
しばし返答はなかったものの、やがて三咲は雷牙にどこか真剣な眼差しを向けた。
「……どこでそれを?」
「え、あぁ知り合いがちょろっと教えてくれたんスよ。過去にそういう計画があったって。もしかして副会長も知ってます?」
苦笑しながら尊幽のことははぐらかしておく。
三咲は少しだけいぶかしむような表情を向けてきたものの、特に深堀りをしてくることはなかった。
「知ってますよ。というか、刀狩者の間では結構有名な話です」
「マジっスか」
「ええ。綱源くんの知り合いの方がどんな説明をしたのかはわかりませんが、まぁ計画の内容自体は読んで字の如くです」
「人為的に強い刀狩者を生み出すって話っスよね」
「そのとおりです。呼び方は人造刀狩者製造計画よりも英単語にした時の頭文字から取った『ASMP』の方が知られていますね。とは言っても、一般の人はあまり知らないでしょうけど」
「ハクロウ関係者くらいしか知らないってことっスか?」
「そんなところですね。実際かなり昔の話ですし、ハクロウ所属者くらいしか知りませんよ。一部政府の要人などは知っているかもしれないですけど」
「副会長はなんで知ってるんスか?」
「私は……なんというか、そういうアングラ的な話好きなんで……」
「へぇ、なんか意外っスね」
雷牙の勝手なイメージだったが、三咲はもっとこう真面目一辺倒だと思っていた。
基本的にふざけている龍子が近くにいるから余計にそう思えてしまった。
比較対象がおちゃらけ過ぎているというのも考え物である。
すると三咲は「意外って……」とやや大きめの溜息をついた。
「まぁいつも会長のお守りしてるから、そう見られちゃうのも仕方ないですかね」
「あの人ほうっとくと突拍子もないこと普通にやるっスもんね」
「本当に目が離せませ……いやいや、今は会長の話ではなくて『ASMP』の話です。お知り合いからはどこまで聞きました?」
「ざっと話してもらった感じです」
雷牙は尊幽が話していたことをほぼそのまま伝えた。
「……なるほど。ほとんどそのお知り合いの方が説明してますね」
「じゃあ俺が知らない話とかない感じっスか?」
「そうなりますね。内容自体は今綱源くんが理解しているとおりです。人為的に刀狩者を生み出し、戦力としようとしたはいいけれど、生み出された人造刀狩者の寿命は短く、感情すらも排斥した戦闘マシンにしたてあげるという非人道的な計画ゆえに凍結、封印された。まぁざっくり言えばこんな感じですね」
どうやら尊幽の説明に不足しているところはなかったらしい。
人道から逸れた計画だったゆえに凍結された。
それ以上の話はどうやらあまり期待できないようだ。
「まぁ一つ付け加えるとすれば……うーん、若干都市伝説的な扱いになってしまいますけど、聞きます?」
「続きがあるんスか」
「続きというか、あくまで噂ですよ。凍結封印されたASMPですが、実は研究施設が封鎖される直前に、一部の資料が持ち出され今もどこかで研究は続いている……という話があるんです」
三咲の表情は真剣そのもので噂話だけで片付けられるような様子はなかった。
思わず雷牙が喉を鳴らすと今まで真剣な表情をしていた三咲がニヤリと笑みを浮かべた。
「なーんて本気にしました?」
「え、嘘っスか!?」
「嘘ってわけじゃないですよ。ただ、これはネットの掲示板やらSNSやらで騒がれてる都市伝説的な話なんです。実際のとこはどうなったかまではわかりません」
「えー……。からかわないでくださいよ」
「普段会長にいじられているから耐性あると思ったんですけどねぇ」
フフっと笑った三咲の雰囲気はどこか龍子に通じるものがあった。
「ただ、ASMPという計画があったことは事実です。他にも人道に反した実験などは世界中で行われていたようですけどね」
「ふぅん……。もしも今人造刀狩者がいたら、戦力になると思います?」
「どうでしょうね。でも仮に生み出されたとしても、その人たちの生きる権利を私たちがどうこうしていいという話にはなりません。人間は神様じゃありませんからね。さぁ、お話はここまでです。警備に集中してください」
「了解です」
雷牙はコキコキと首を鳴らすと気を引き締めなおす。
館の中ではまだ当主らによる枝族会議が行われている最中だ。
彼らがホテルに戻るまで、何事もなく終わることを祈るばかりだ。
会議室の空気は張り詰めていた。
いや、より正確に言うと凍り付いていたという表現が正しいか。
原因は当然のことながら匡哉が提案したASMPの再始動の件だった。
枝族当主であれば誰もがその計画がどんなものであったのか、どれほど人道から外れたものであったのか皆が理解している。
ゆえに匡哉の提案は到底看過できるものではない。
「……匡哉。本気で言っているのか?」
「冗談やら面白半分で出す話題ではないぞ。計画のことを十分理解しての提案か」
辰磨、そして鉄之進の眼光は鋭く、威圧感は平時のそれを軽く上回っていた。
驚愕の中にも確かな怒気を感じる、そんな瞳だった。
当然、瑞季も父が突然出した禁じられた研究の名前に驚愕を露にしている。
「父上、いったいなにを――」
問いかけようとしたが、匡哉はそれに目配せするだけで答えることはなかった。
けれど口元には先程までと同じ笑みが見える。
「冗談でこんな話はしませんよ。私は本気で提案しているんです。ハクロウの戦力強化には学生達の成長や、幽世より齎された新たな力よりもASMPの方が効率的です」
声に震えは感じられず、確固たる意志を持っての言葉だった。
当主達は互いの顔を見合わせ、匡哉に対する警戒を強めた。
敵意の近い視線を受けてもなお、匡哉は視線を逸らすことはない。
すると、辰磨が小さく息をつく。
「……モニタに出ているのはお前が独自に研究した資料か」
「そうです。近年の学生達の成長は目覚しく、即戦力となるもの達は増えてきています。ですが、彼らが一人前の刀狩者として育つには時間がかかりすぎる。それでは禍姫に対抗できません。その点、人造刀狩者であれば最初から調整を施すため実力の高さは保証されます。受精卵の状態からでも最短で二週間程度で実用段階へ移行できます。特殊な調整をしなければコスト面も抑えられ、リーズナブルに済むかと」
匡哉は淡々とモニタに表示されている資料の一部をかいつまんで説明する。
研究資料には人造刀狩者に関してのメリットが記載されていた。
育成環境はもちろん、どの程度の強さを持って生み出すことができるのか。
全てが事細かに記され、この枝族会議に向けて準備してきたことがうかがえる。
ここに記載されていることだけを見れば、ハクロウの戦力強化にはつながることは十分理解できるものだった。
けれど、問題はそこではないのだ。
「匡哉さん。確かに貴方の研究を見る限り、効率的な戦力強化案には見えます。ですが、この計画はあまりにも人の命を軽視しすぎています! そもそも、これが凍結された理由だって人道に反した結果です。医師でもある貴方がそれを無視するというのですか!?」
声を荒げたのは御門だった。
彼の言葉は最もだ。
ASMPは命を軽んじ、人権を無視した研究ゆえに凍結された。
医師であるはずの匡哉が人の命を軽視するなど、あってはならないことのはずだ。
「わしも御門と同意見じゃの。匡哉よ、お前さんなぜこんな研究をした? 神にでもなりたかったか?」
「いいえ。神になどなるつもりはありません。ハクロウの戦力強化を考えたが故です。それに人造刀狩者たちが戦えばこれ以上、犠牲をはらうこともありません」
「犠牲をはらうことはない? 狂ったか貴様。作り出した人間ならば犠牲には数えないとでも言う積もりか!?」
鉄之進は円卓を叩いて怒りを露にした。
眉間には深く皺がより、射殺すように匡哉を睨みつけている。
「仮にこの計画で禍姫を打倒できたとしてもその先を考えたことはあるのか? 一度確立された技術はいとも簡単に軍事転用される。禍姫という共通の敵がいなくなれば、いずれまた人間同士による戦いが起きる。その時この技術は確実に軍事目的に利用される。それでも犠牲はないと断言できるのか!? 答えてみろ若造!!」
鉄之進の怒声が会議室に響いた。
しばしの沈黙が流れ、会議室全体が静まりかえる。
そして少ししてからようやく匡哉が口を開いた。
「……申し訳ありません」
彼から出たのは謝罪の言葉だった。
同時に深く頭を下げた匡哉に誰もがホッと胸を撫で下ろした。
鉄之進だけは「まったく……」とまだ腹の虫がおさまらない様子だったが、辰磨がフォローを入れる。
「鉄之進さんが憤るのも当然かと思いますが、彼もハクロウを思っての言動でしょう。医師であるゆえ、負傷した刀狩者の治療にもあたっているんです。彼らの負担を少しでも減らそうと考えた結果、過去の研究にいきついたのでしょう」
「せやけど少し考えれば手ぇ出さんやろ普通。ちょいと休んだ方がええんちゃうか?」
希代墨も場を和ませようと冗談交じりに声をかけた。
枝族会議で怒号が飛び交うこと自体はそれほど珍しくない。
最近は減少傾向にあったが、かつてはそれこそ取っ組み合いの喧嘩にまで発展することもあったらしい。
ゆえに枝族たちは武器の持ち込みを禁じられているのだが。
「……まぁいい、わし少しばかり言い過ぎた。だが、匡哉よ。金輪際、その計画には触れるな。それと謝るのであれば、瑞季にもしっかりと謝っておくことだの」
「はい……」
頭を下げたまま匡哉は答えた。
一時は会議室全体を敵にまわしてしまったが、何とか収まった。
瑞季も大きく息をついてから父に向けて声をかける。
「父上、皆様ああおっしゃってくれています。もう顔をあげても――」
「――やっぱり、だめだったね。瑞季」
「え……?」
瑞季は思わず疑問符を浮かべてしまった。
すると、彼はゆっくりと顔を上げた。
口元にはついさっきまで浮かべていた笑みはなく、酷く冷たい無感情の顔があった。
見慣れたはずの瞳もどこか混濁した今まで見たこともないようなものに変わっている。
けれど気付いているのは瑞季だけだ。
「皆様、本当に申し訳ありませんでした」
「もう謝らんでもいい。さっさと座れ、さて辰磨、禍姫の対策を――」
「――やはり、話し合いだけで済ませようと思っていたことが間違いでした」
「なに……?」
匡哉の声に鉄之進が再び眼光を鋭くする。
反射的に部隊長達も匡哉との距離をつめた。
「どういう意味だ、匡哉」
「言葉通りです、鉄之進さん。やはり納得させるには実力行使に出た方が早かったようです」
匡哉が笑みを浮かべた瞬間、その場にいた全員に悪寒が走る。
「「ッ!!」」
反射的に二人の部隊長が彼を取り押さえにかかるが、館全体は霊力が使えない。
部隊長がどれだけ優れているといっても、いつもよりも反応が遅い。
それこそ一瞬の遅れではあったが、それだけあれば匡哉には十分だった。
彼が指先で端末のモニタをタップした瞬間、会議室の壁が反転し、壁の中に仕込まれた銃火器の砲口が当主達と部隊長達に向けられた。
「動かないでください、部隊長。少しでも動けば蜂の巣ですよ。貴方達も、当主達も」
脅しではないことは明白だった。
当主達を人質に取られたとなれば、雪花たちも無闇に動くわけにはいかない。
下唇をかみ締めながら雪花はゆっくりと後ずさり、翔も匡哉との距離を開けた。
「匡哉、お前……」
「できればこんな手は使いたくありませんでした。けれど、言葉で理解されないのであれば、実際に見せた方が早いでしょう」
匡哉が手元の端末を操作するとパシュっという音と共に壁の銃口から拘束用の縄が射出され、部隊長達を絡め取った。
制圧用の拘束具はどれだけ鍛えていても人間の力ではどうすることもできない。
仮に刀狩者であってもい霊力が使えなければ、いつもの膂力を引き出すことはできず、縄を引き千切ることもかなわないのだ。
続けて端末が操作されると入り口の隔壁が降ろされ、外との唯一の出入り口が完全に封鎖された。
「貴様、最初からこのつもりか、匡哉ぁ!!」
「皆様からの理解をいただければこんな乱暴な方法は取るつもりはありませんでした。それよりもこちらご覧ください」
匡哉がモニタを切り替えると館の敷地内を写す監視カメラの映像が投影された。
そこには警備を担当する学生達の姿があった。
「今から私の子供達の性能をご覧いただきます。話はその様子を見ながらでもよろしいかと」
そして彼は再び端末を操作し、投影されたモニタに指で触れた。
瞬間、微かな爆発音が響いた。




