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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十三章 造られた娘達
389/421

2-4

 枝族達が要人達と懇談する様子を雪花は鋭い眼光で見やっていた。


 会場内にいるのは枝族達のほかに料理やドリンクを運ぶウェイター、その場で肉を焼き上げるシェフなどの姿があるが妙な動きは見られない。


 要人達もそれは同様で特に問題はなく進行している。


「顔怖すぎ」


 不意にかけられた声に視線を向ける。


 そこにはかなり露出度が高めなドレスを纏った遥蘭がいた。


 普通、枝族は警戒にあたっている部隊長に声をかけるようなことはしない。


 だが、彼女の場合は雪花と同じ斬鬼対策課の部隊長だ。


 言うなれば同僚であり、それなりに歳も近い。


 声をかけずらい中でもないのだ。


「挨拶はもうよろしいので?」


「まぁね。あー、肩凝ったー。ってか、なんで敬語?」


「場所が場所なので」


「そりゃそうだけどさ、別に普段どおりでよくない」


 グラスを傾けながら言われ、雪花は大きく息をついた。


「ならばそうしよう」


「うんうん、そっちの方が私も……って、なんで戦闘モード」


「生憎とこちらはお前と違って職務中だからな。警備が終わるまでは気を抜くわけにはいかない」


「もしかして雪花怒ってる?」


 雪花の言葉に若干の棘があることに気付いたのか遥蘭は焦ったような表情を浮かべた。


 別に怒っているわけではない。


 口調が変わってしまうのは戦闘モードに入っているからだ。


 まぁ、目の前で酒をあおられたのは若干イラっとしたが。


「怒ってはいない。ただ、もう少しこちらの立場も考えてもらいたいだけだ。しゃべりかけるだけならまだしも、目の前で酒を煽られて良い気分になる警備がいると思うか?」


「あー、ごめんごめん! 私がわるぅございました!」


「わかればいい」


 フッと雪花は口角を上げた。


 別に遥蘭のことを嫌っているとか、本気でイラついていたわけではない。


 だが、状況的に考えれば、雪花は仕事中にも関わらず遥蘭は特別休暇で酒を飲める立場にあり、目の前で酒やら料理やらを食べていいという状況だ。


 世のサラリーマンで同じことをしたら間違いなく傷害に発展すると思う。


「まぁでも私も配慮が足りなかったかもね。お詫びといっちゃなんだけど、ローストビーフとって来ようか?」


「いらん。携帯食と給水ボトルは持っている」


 ベルトからは二つのボトルと、携帯食が入っている袋が下げてある。


 基本的に料理にありついている余裕はないので会議中の食事といえばこれくらいしかとれないのだ。


「……なんかほんとごめん」


「立場的にこうなるのはしょうがないさ。私のことはさておき、本当にこんな所で油を売ってていいのか? 他の枝族や要人達と話すこともあるんじゃないのか」


「まぁあるにはあるけど、今は長官や白鉄さんが話しちゃってるからね。アレが終わらないと声かけらんないかな」


 遥蘭が示したほうを見やると辰磨は政界の大物と、希代墨は彼と取引のある企業の社長と話をしていた。


 確かにあの二人の話をきってまで声をかける必要はないだろう。


 辰磨の性格からして気にしないとは思うが、変な顰蹙は買うべきではない。


「だからあの辺が終わるまでここにいさせてよー。龍子んとこ行ってもいいんだけど、さすがに私がガキンチョどもに混じるわけにもいかないしね」


「絵的にアウトだな。そもそも話すことなんてあるのか」


「そりゃいろいろあるわよ。龍子だってあと一ヶ月もすれば卒業だしね。卒業後はハクロウに所属するのは確実だし、その辺り話しておきたいじゃない」


 二人の視線は龍子に向けられる。


 彼女の実力は一般隊士のレベルを優に超えている。


 学生の中でも突出した戦闘力に加え、他者を引き寄せ尚且つ率いることの出来るカリスマ性。


 ゆくゆくは部隊長になる存在と言って良いだろう。


「もう部隊入りが決まっているという話じゃなかったか?」


「確か澪華さんとこの第二部隊じゃなかったけ」


「そうだな。まぁ彼女の場合はどこの部隊も欲しがっていたが」


 学生を部隊へスカウトする権利はどの部隊にも二回設けられる。


 一回目は実地訓練でのスカウト、そして二回目は卒業後の部隊入りのためのスカウトだ。


 殆どの場合は卒業後の部隊入りは一度目のスカウトで所属した部隊になるのだが、学生の力量が高いと二度目でも多くの部隊からスカウトされる場合がある。


 龍子の場合は十二ある部隊のうち十二全てが彼女をスカウトしたのだ。


 しかも一度目も二度目もだ。


 これは殆ど見られないことで、そこからも彼女の実力の高さが窺える。


「私達が学生の時なんかそんなのなかったよねぇ。あの子マジですごいと思うわ」


「ああ。私も同じ属性を持つ者同士、気を抜いてはいられないな」


「ホントよねぇ。来年以降も粒ぞろいだって言うし、私達が学生のよりもレベル上がってるわ」


「今の子達は第二霊脈の解放も済ませているからな。まぁできれば彼らが戦う前に禍姫を倒してしまいたいところだが……」


「難しいでしょうねぇ。そういえば米国で掃討作戦が始まるんだっけ?」


「そういう話にはなっているが、米国の戦力だけで倒しきれるかどうか……」


 唇に指を当てた雪花の脳裏には一ヶ月ほど前に相対した禍姫の影が浮かび上がる。


 実物を見たわけでもないが、彼女の威圧感は斬鬼や怨形鬼のそれとは明らかにレベルが違っていた。


 ボウッと浮かんでいた黒い影の中にあった真っ赤な瞳からは、人間に対する限りのない憎悪のみが伝わってきた。


「そんなにやばいんだ」


「……」


 遥蘭の声に雪花は無言のまま頷いた。


 影が持っている威圧感だけでも彼女が持ってる力が人智を超えたものであることは予測できる。


 ゆえに多くは語らない。


 だが、無言ゆえに遥蘭も異常性を理解したのか「なるほど……」と小さく息をついた。


「とはいえ悲観ばかりしてはいられない。私達は人々と世界を護るために刀狩者になったんだ。絶望している余裕はない」


「そうね。そういえば魄刻の刃はどんな調子? 私は結構持続できるようになったけど」


 芽衣をハクロウに招いた直後から対禍姫として修得が必要であるとされた魄刻の刃。


 すでに部隊長達は十二月の終わりから修得を始め、今では全員が刃を形成できるようになっていた。


 雪花も警備任務の準備と並行して鍛錬に臨み、今ではかなり刃を持続させることができるようになった。


「私も問題なく持続できる。といってもまだ一日中というわけにはいかないがな。できるならこういう時も鍛錬はしたいが、この中ではな」


「霊力使えないからねここ」


 勇狼館内は警備の都合上霊力を完全に阻害された空間になっている。


 ゆえに霊力を使った戦闘はもちろん、鍛錬すらもできないのだ。


 正直なことを言ってしまえば、この空間自体雪花達には気持ちの良いものではない。


 霊脈を持たない一般人からすれば苦ではないかもしれないが、普段から霊力を使っている者たちからすると感覚の一つを奪われたような気分なのだ。


「はぁー。さっさと会議終わらないかなぁ」


「枝族の言葉とは思えないな」


 フッと笑った雪花だったが、真正面からみょうにヒリついた視線を感じた。


 気付かれないように視線を向けると、対角線上で警備をしている灰琉火が凄まじい眼光で睨んでいた。


『おしゃべりはやめてください』


 そう言われているような視線に、雪花は軽く咳払いをした。


「遥蘭、そろそろ戻っていいんじゃないか? 長官も別の人と話しはじめたようだが」


「あ、ホントだ。そんじゃそろそろ戻るわ。また暇になったら来るからそん時は相手してー」


 空になったグラスをウェイターのトレイに起きながら遥蘭はヒラヒラと手を振りながら枝族達の方へ戻っていった。


 ふぅ、と息をついた雪花の表情は苦笑い気味だった




 パーティが終わったのは午後八時。


 要人達はこの時点で帰宅することになっており、正面入り口では再び学生達の警備のもと彼らを送り出していた。


 基本的にこれより先に残るのは当主と十八歳以上の次期当主のみだ。


当主の配偶者や十八に達していない子供達はこれより先に出席することは許されていない。


 ただ一つ、痣櫛家を除いては。


 枝族の当主は当主の子供しか継承することができない。


 仮に当主が命を落とした場合は、その子息に速やかに継承される。


 が、子供が幼かった場合は十八になるまで間だけ、当主の配偶者が代理当主として任につく場合がある。


 痣櫛家はまさにそれなのだ。


 瑞季が当主として扱われる年齢になるまで、入り婿である匡哉が代理を務めているのだ。


 けれど本来の当主は瑞季であるため、会議の場には出席しなくてならないというわけだ。


「それにしても痣櫛のお嬢ちゃん。この一年で随分と先代に似てきたのう」


 警備担当である雪花に先導される形で会議室へ向かっている途中、摩雅彌家当主である鉄之進雅瑞季に声をかけた。


「そうですか?」


「うむ、若いころの冴にそっくりじゃ。それに随分と力をつけたようじゃの。まぁお前さんに限った話ではないが」


 鉄之進の視線は前を行く龍子と黒羽に向けられた。


「うちのアリスももう少し大きくなればいいんじゃがの。あ、胸ではなく体じゃぞ?」


「父さん、そういう下品な話はやめてくれって……」


 大きな溜息をついたのはアリスの父親であり、次期当主である摩雅彌(まがみ)京一(けいいち)だった。


「かたっ苦しい雰囲気を少し解そうと思っただけじゃ。それに安心せい、アリスは将来的にでかくなる。背丈も胸もな。少なくとも白鉄のお嬢よりはの」


「全部聞こえてんでスケベジジイ」


 声の主は当然ながら黒羽だった。


 彼女は眉をへの字に曲げ、鉄之進を睨んでいた。


「そないなことしか考えられへんのならさっさと京一さんにその席譲れや。それとも尻が腐りきって剥がれなくなっとるんか? なんならしわくちゃの尻四つ分ける手伝いしたんで?」


「言うのう、このちんちくりんが。仔犬の癖によく吼えるわ。あぁいや、仔犬だからこそよく吼えるのかのう」


 更に黒羽を煽る鉄之進だったが彼女はそれを誘いだと理解しているのか「ハッ」と鼻で笑った。


「黒羽ちゃん、すまない。父が失礼なことを……」


「あぁ、京一さんは気にせんでください。悪いのはそのジジイだけなんで」


 黒羽は振り向くことなくヒラヒラと手を振った。


 京一はひとまず暴力沙汰にならなかった事に胸を撫で下ろしている。


 とはいえ、二人も本気でやりあおうなどとは思っていない。


 そもそも鉄之進がああいった言動をするのは今に始まったことではないし、黒羽も本気で怒っていたわけではない。


 言うなれば軽い挨拶程度なのだろう。


 まぁ、見ている方からすると気が気ではないが。


「やれやれ……」


「大変ですね、京一さん」


 彼に同情するように匡哉が声をかけると、京一は「ええ」と頷いた。


「毎年のことなんですが、どうにも父は若い子に絡むのが好きなようで……。瑞季ちゃんも不快な思いをしなかったかい?」


「ええ、大丈夫です」


「ならよかった。アリスに対しては良いおじいちゃんをしてるんだから、他の子にもしてあげて欲しいんですがね」


「きっと鉄之進さんなりに若い子とコミュニケーションを取ろうと思っているんでしょう。下ネタに走りがちなのはどうかと思いますが、黒羽ちゃんもそこまで深く気にしていないようですし」


「だといいんですがね。やれやれ、こんな姿をアリスが見たらどう思うか……」


 小さく息をついた京一だったが、瑞季が「なら……」と呟いた。


「次なにかやらかしそうになったら録画しておいてアリスに見せるって脅せばいいんじゃないですか?」


「あぁ、その手があったか……。単純すぎて考えてなかった」


「効果あるのかい、それ」


「かなりあると思いますよ。ああ見えてかなり爺馬鹿ですから。ありがとう、瑞季ちゃん。今度若い子にちょっかいかけそうになったら試してみるよ」


 京一はグッと親指を立てると妙に晴れやかな笑みを浮かべた。


 正直解決策になったかはわからないが、孫煩悩らしい鉄之進には効果はあるだろう。


 そのまましばし談笑しながら進んでいると、先を歩く雪花が大きな扉の前で立ち止まった。


 白の扉に金色の意匠が施されたそれは明らかに他の扉とは雰囲気が違っていた。


 彼女が扉の近くにある端末を操作すると、ガコンという音を立てて扉が開く。


 そう、この先が『枝族会議』本来の会場ともいうべき会議室だ。


 毎年のことであるが、室内に入るときだけはどうしても緊張してしまう。


「ふぅ……」


 瑞季は大きく息をつく。


 すると、その緊張を感じ取ったのか匡哉が肩に手を置いて微笑んだ。


「大丈夫。リラックスしていこう」


「はい」


 父に背中を押される形で瑞季は他の枝族当主と共に会議室へ入っていった。

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