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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十三章 造られた娘達
382/421

1-3


 雷牙達が実地訓練を受けている間、玖浄院では警備任務に向けた訓練が一足先に始まっていた。


 参加しているのは既に連隊のメンバーで、普段素行不良を咎められている辻直柾も参加していた。


 今回ばかりは任務が任務だけに彼がどんなに喚こうが強制的に参加させたのだ。


 任務に参加する以上、連隊が足手まといになるわけにはいかない。


「……失敗はできませんね」


 ふぅ、と息をついたのは訓練の様子をやや離れた場所から観察している生徒会副会長、土岡三咲だ。


 今回の訓練、及び任務において彼女は実質的なリーダーを務めることになっている。


 本来であれば連隊のリーダーとして皆を率いるのは生徒会長だが、今回は枝族会議ということもあり、生徒会長である武蔵龍子は警備に参加できないのだ。


 ゆえに三咲がリーダー代行として任務にあたることになった。


 非常に重要な役割だ。


 三咲の表情は少しだけ硬かった。


 彼女自身、龍子がハクロウに出向いてる時や、不在の際は生徒会長の代理として責務を全うしていた。


 その活動を見ているからなのか、龍子とはまた違う魅力を持つ彼女を慕う生徒は多く、人望は十分にある。


 大勢を纏めることが苦手という意識もない。


 過去に受けた実地訓練でも斬鬼と戦っている最中に怯えて足がすくむこともなかった。


 確かな人望と強靭な精神力。


 三咲はそれらをしっかりと兼ね備えていると言っていいだろう。


 しかし、そんな彼女でも今回の任務は少しだけ緊張してしまう。


 心の中でどうにか表情に出さないように努めても、どうにも眉間に皺がよっていく。


 それゆえか背後から近づいていくる人影にも彼女は気付くことはなかった。


「うーわっ、すんごい顔してるよ。三咲ちゃん」


 不意に襲って来た背後に引き寄せられるような感覚と同時に、三咲の前に現れたのは龍子だった。


 突然現れた龍子に三咲は「え」とやや間抜けな声を漏らしていたが、龍子はフッと笑みを浮かべ少しだけ肩においた手に力をのせて空中に躍り出る。


 そのまま体を捻って三咲の正面に立った龍子はいまだに驚いている三咲の頬を両手で挟んだ。


「にゃ、にゃにふぉ……!」


「いやぁ私が後ろから近づいても全然気付かなかったし、珍しいこともあるなぁって思って顔見たらすんごい顔してるからさ。ちょっとほぐしてあげてんの」


 龍子はむにむにと頬を揉みつつ、「眉間に皺つくっちゃだめだよー」と軽く指で眉間を撫でる。


 が、三咲もいつまでも揉まれているわけではなく、どうにか彼女の手から逃れようとするが、龍子はそれを許さなかった。


「はい、逃げない逃げない」


「いや、会長。さすがに恥ずかしいと言いますか……」


「だーいじょうぶだって。勇護くん達は訓練中でこっち見てないし、仮に見たとしても何か話してるようにしか見えないよ」


「だからといってさわり過ぎでは」


「人のほっぺって気持ちいいよねぇ」


「だからそうではなく!」


 少しだけ乱暴に三咲は彼女の腕から逃れた。


 龍子は残念そうに息をついたが、彼女の表情はどこか満足げというか安心したような様子もあった。


「うん、いつもの表情に戻ってきたね」


「え?」


「え、じゃないよ。さっきも言ったけどさっきまですんごい顔してたよ? 眉間にこーんな皺よせちゃってさ」


「それは……」


「わかってるよ。警備任務のことでしょ」


 見透かすような瞳を向けられ、三咲は静かに頷いた。


 すると龍子が再び肩に手をおいた。

 

「私がいないからちょっと不安だったりする?」


「あ、そうではないです」


 即答だった。


 さすがの龍子もそこまであっさりとした返事が返ってくると思っていなかったのか、体勢を崩しかけていた。


「え、違うの? 私がいないから寂しいとか、心細いとか、なんかそういうので悩んでたんじゃないの!?」


「別に心細いとかそういうのは……。まぁ戦力が減ってしまうこと自体に多少の不安はありますが、会長個人がいないからといって表情に出ることはないですね」


「うおぉぉぉ……すげぇばっさり言ってくんじゃん……」


 呻き声をあげながらその場に四つん這いになる龍子に三咲はどうしたものかと悩んだ末に「すみません」と謝っておいた。


「ま、まぁ冗談はさておいて、任務のこと考えてたのは確かでしょ?」


「会長、大丈夫ですか。若干声が震えてますけど……」


「だいじょぶ、自分の早とちりが少しだけ恥ずかしくなってるだけ。うん、それだけそれだけ」


「涙目ですけど」


「うるさーい! こっちは三咲ちゃんの緊張をすこしでもほぐそうと思ってちょっとかっこつけて出てきたってのにさー。私が任務につけないことが原因じゃないとか少しショック」


「凄まじい逆恨みというか、お門違いと言いますか……」


 自分の早とちりでむくれている龍子に三咲はあきれたように肩をすくめた。


 が、一連のやり取りがあったからか、彼女の表情は先程よりも随分と柔らかくなった。


 それは三咲自身もわかるくらいには表情に現れていた。


「でも早とちりだったとしても私の緊張を解すという会長の目的自体は果たせていますよ」


 いつまでもむくれられていては話が進まないと、軽くフォローを入れると龍子は「あ、そう?」とやや機嫌をよくした。


「ならよかったー。さすがにあれだけかっこつけてなにも果たせませんじゃ私の精神がもたないからねぇ。もう恥ずかしさで死ねるレベルで」


「実際涙目でしたしね」


「シャルルァァップ!!」


 凄まじい巻き舌でこれ以上蒸し返さないように念を押された。


「まぁ私のことは置いておくとして、警備任務のこと考えてたのは確かでしょ?」


「それは間違ってません。実際、不安もありましたからね。あ、会長が不在どうこうは関係なくですが」


「それはもうわかったってば! まぁともかく、警備任務を何事もなく完遂できるか考えたわけね。それで少しだけ不安になってたと」


「はい。先程も言いましたが、会長や痣櫛さんが抜けることで連隊の戦力が減ってしまっています。追加メンバーとしてファルシオンさんと嵐山さんを迎えましたが、それでも戦力的にはやや乏しいことは確かです」


 三咲の瞳は訓練をしている連隊のメンバーに再度注がれる。


 そこには既存の連隊メンバーと、つい先日加えられた二年の女子生徒、嵐山(あらしやま)(ゆう)の姿があった。


 彼女は一学期に行われた戦刀祭の選抜トーナメントで直柾とぶつかり敗北してしまったものの、そのあともめげることなく研鑽を積み、彼女の実力は非常に高いものとなっていた。


 それが龍子の目にとまり、今回連隊のメンバーとして選抜されたというわけだ。


「けど、皆良い動きしてるように見えるよ。今繰り返してやってるのは警備対象が襲撃された場合を想定した訓練でしょ」


「はい。ポジションを入れ替えながらどんな状況でも対応できるようにしています。ただ、それぞれれに得意不得意があるので、今はポジションの動きを確認しつつ自分に適した動きを洗い出す時間でもありますね」


「それも必要だね。あとは雷牙くん達が戻ってきてどこに加えるかだけど、ある程度目星はつけてるの?」


「はい」


 三咲は返事をしつつ、端末に纏めていた襲撃時の警備配置を龍子に見せる。


「綱源くんとファルシオンさんに関しては襲撃犯と最初に対峙する役を担ってもらいたいと考えています。ただ、綱源くんに関しては警護対象が怪我を負ったことも加味して、常に行動を共にするこのポジションも兼任できるように配置はこのように考えています」


「うん、私もこれがいいと思う。けどこれって枝族が近くにいる場合を想定したヤツだよね。敷地内での警備はどうするの?」


「それこっちですね。警備配置には定期的に見回りをするようにとあったので、実力などを考慮したツーマンセル、ないしはスリーマンセルを組ませて行動するようにしています」


 仮に敷地内に襲撃者が侵入した場合、一人では対処しきれないことももある。


 それを考えれば常に複数人で行動していた方が危険度は低くなるはずだ。


 ゆえに三咲は個々人の実力と相性を考えた組み合わせで巡回させるつもりだ。


「なるほど、こっちも良い具合にわけられてるね。うん、これと言ってなんか問題もなさそうだね。てか、これだけ整ってるなら不安になることなくない?」


 龍子は首をかしげる。


 確かに警備任務に参加することが決まって少ししか経過していない中で、これだけのことを決め、なおかつ訓練自体の動きも悪くないこと考えれば、そこまで悲観的になる必要はないように思える。


 が、三咲は再び渋い表情を浮かべ、顎に指を当てた。


「まぁ確かにそうとも言えるんですが、やはりネックになるのは皆が警備任務を経験していないことですね。私も含めてですが」


「そればっかりは仕方ないでしょー。第一私だって警備したことないし、経験どうこうはこの際ガン無視していくしかないよ」


「私も仕方ないとは考えています。しかし、プロの足をひっぱるわけにはいきません。それに警備対象は枝族ですよ。もしもなにかあったら、責任は間違いなく会長や会長のお父様に向きます。それを考えると、やはりどうしても不安感は残ってしまうんです」


「そんな面倒くさいこと考えてたの? いいよ、私やお父さんのことは気にしないで。むしろ長官の急な決定でこんなことになってるんだし、迷惑かけるとか責任がどうとかは考えないで気楽にやってよ」


「ですが……」


 三咲は食い下がるものの、龍子は人差し指を立ててそれを制した。


「責任感を持つのは大事だよ。けどそれに囚われすぎるのもよくない。そんなことばっかり気にしてたら良いパフォーマンスなんてできないだろうしね。それに考えてもみなよ、勇狼館の周囲には二重の警備エリアに加えて、館の敷地内は霊力が使えないわけだし襲撃自体送りにくいでしょ」


「確かに以前一愛に出してもらった成功率の算出結果は高い数値になっていましたが……」


「上も今回はあくまで警備任務の雰囲気を経験させようとしてるだけだと思うし、あんまり気負う必要はないよ」


 ぽんぽん、と背中を軽く叩かれ三咲は龍子を見やる。


 彼女の表情は柔らかく「リラックスしていこー」と緊張をほぐそうとしてくれている。


 それに笑みを零しつつ「わかりました」と三咲は肩に入った力を少しだけ抜いた。


「会長がそう仰るのなら少しだけその言葉に甘えます」


「うんうん、下手に身構えてるよりは多少気を抜いたほうが良い動きができたりするよ」


「はい。……ですが、こういった算出データもある以上、気を抜き過ぎないようにはします」


 三咲が見せたのは一愛が算出した任務の成功率が記されたデータだった。


 軒並み成功率が高い水準にある中で、非常に低い成功率をたたき出している結果がある。


 龍子もそれには目を通している。


「枝族、もしくはハクロウ側の人間が襲撃犯を手引きした場合の成功率……。正直、あまり考えたくはありませんね」


「そうだね。けど、ありえない話じゃない。過去を遡ればそういう事件は何件か発生してるしね。戦刀祭もそうだったわけだし」


 戦刀祭がクロガネに襲撃されたのもかつての刀狩者が彼らを手引きした結果によるものだ。


 ゆえに、枝族会議が内側から襲撃されることもありえない話ではない。


「常に最悪の事態を考えて動くようにはします。適度に力を抜きながらですが」


「それでいいよ。さぁてと、おしゃべりはこれくらいにして私も訓練に参加してこようかな」


「では、護られる側をお願いします。その方がリアリティがあるので」


「えー……。私も警備してみたーい」


「あなたは警備対象ですよ。ほら、つべこべ言ってないで訓練に加わってください。全力で攻撃しますので」


「私情を挟まれてる気がする!?」


「気のせいではありませんか?」


 ギョッとした龍子に三咲はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


 その胸中から緊張や不安感が完全に消えたわけではない。


 連隊初の警備任務、しかも警備対象は枝族だ。


 緊張するなという方が無理な話だろう。


 とはいえ龍子が声をかける前から比べればその表情は幾分マシになった方だろう。

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