プロローグ 成功率
十三章開始となります。
かなり長丁場になるかもしれませんが、よろしくお願いします。
「どう思います?」
ハクロウ総本部にある簡易休憩室で上泉雪花は問うた。
彼女の視線を追ってみるとタバコをふかしている男性、鞍馬翔の姿があった。
二人の表情は硬く、神妙な話し合いをしていることは確かだった。
「……どうとは?」
フィルターぎりぎりまで吸ったタバコを灰皿に押し付けた翔の視線が雪花に向けられる。
「枝族会議の警備についてですよ。学生が参加するとかどう考えてもおかしくないですか」
雪花が険しい表情をするのも無理はない。
枝族会議はハクロウの創設に携わった七つの家が一同に介する行事だ。
三日間の日程の中には国の重要ポストについている者達も参加するため、超厳戒態勢で警備がしかれる。
会場となる勇狼館の半径一キロ圏内にはメディアすら近づくことは許されない。
そんな重大行事の警備にまだ若い学生達を配置すると、彼女らの上官でありハクロウを率いるリーダーである武蔵辰磨から伝えられたのは年が明けてすぐのことだった。
「いくら長官が決定したこととはいえ無謀すぎると思いません? 確かに警備任務の経験にはなるかもしれませんけど、さすがにいきなり枝族会議の警備は荷が重すぎですよね」
「……確かにな。学生連隊を造ったとはいってもまともに稼動したことはあまりない。ライセンス、及び仮ライセンスを持っている生徒もいるが、全体的に見ても枝族会議の警備はまだ早すぎるだろう」
「長官だってそれくらいのことは考えてるはずですよね。なのにどうして急に……」
雪花は唇に指を当てて考え込む。
すると、休憩室の扉が開き翔の隊に所属する隊士が入ってきた。
部隊長二人が揃っていたことに隊士は一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、翔の「……あとにしろ」という一言で会釈してから出て行った。
「あまり長居するのはやっぱりだめですね」
「問題ない。彼には後でちゃんと休憩をとらせるさ。……長官が考えることはさほど珍しいことでもあるまい」
「それはまぁそうなんですけど今回ばっかりはさすがに急すぎるっていうか長官らしくないですよ」
雪花の言葉に翔は静かに頷いた。
辰磨が考えを変えること自体はあまり珍しいものではない。
とはいえそれらは基本的に部隊長達の予想の範囲内での変更事項が多い。
けれど、今回ばかりはどう考えても彼らしからぬ変更だった。
雪花が「うーん……」と首をかしげる。
「……上泉、お前はこんな話を聞いたことがあるか?」
「なんです?」
「……ハクロウには長官すら逆らうことが許されない存在がいるという」
「え? なんですかそれ、陰謀論的な話ですか」
「……俺も詳しくは知らのだがな。かつて俺が諜報課にいた時、当時の上司からそんな話を聞いてな。まぁその上司もただの噂程度としか捉えていないようだったが」
「長官でも逆らえない存在……。鞍馬さんは信じてたりしないですよね?」
「……ありえない。と口で言うことは簡単だ。しかし、存在しているという証拠はないが、存在していないという証拠も根拠もない」
「完全には否定しないってことですか」
翔は浅めに頷いた。
瞳に揺らぎのようなものはなく、伊達や酔狂の類ではないことは明らかだった。
「……昔から火のないところに煙は立たないというだろう。根拠がなければ、こんな噂が流れることもない。俺としては五分五分といった具合だ」
「なるほど。じゃあもしかしたら今回の急な配置換えや学生達の起用もそれが関係してるって感じですか」
「……そこまではわからんが、可能性の一つには含まれるだろうな。まぁ学生が警備に参加するとしても、俺達がやることは変わらない」
翔の言うとおり、仮に辰磨よりも上の存在がいたとしても、雪花がやることに変わりはない。
枝族を守る。
それだけはなんとしても遂行しなくてはならない。
夜遅く、玖浄院の女子寮の一室には明かりがついたままだった。
室内は片付いているとはいいがたく、制服はベッドの上に脱ぎ散らかされ、下着や私服も乱雑に置いてある。
デスクとは別にあるテーブルの上には食べかけのスナック菓子が並び、床にはジュースの空き缶が放置されている。
普段使う動線だけは確保しているのか、入り口からベッドまでは多少道が開いている状態だ。
まさに汚部屋といった具合である。
そんな部屋の主はデスクに内蔵されている端末で複数のホロモニタを展開してなにやら作業をしていた。
「……」
無言のまま作業しているのは玖浄院の二年生、生徒会において庶務を担当している斎紙一愛だ。
デスクの上には無数に並んだエナジードリンクの缶が並んでおり、明らかな不摂生を物語っていた。
「ずいぶんと夜更かしするねぇ、一愛ちゃん」
ホロキーボードを叩く音だけが響いていた室内に突然声が響いた。
が、一愛はそれに驚くことなくゆっくりと侵入者を見やる。
そこにいたのはどこかあきれた表情を浮かべた生徒会長、武蔵龍子だった。
「私の夜更かし以前にノックもナシに入室してくる方がやばいと思う」
「ノックしたよー。インターホンだって鳴らしたし、それでも反応がなかったからさぁ」
「鍵かかってるはずなんだけど」
「そこはまぁ会長権限ってヤツだよね」
「職権乱用にもほどがある……」
大きなため息をつきながら一愛は座った状態で大きく伸びをする。
かなり長い間座っていたからなのか、それとも日頃から姿勢が悪い影響なのかパキパキと背骨が音をたてた。
「少しは片付けた方がいいよー。というかエナドリ飲みすぎ。社畜じゃないんだからさ」
「これは捨てにいくのが面倒だったから残ってるだけ、トータルで見ればそこまで飲んでない。健康診断だって問題なかった」
「若さがどうにかカバーしてるだけだと思うけど……」
肩をすくめた龍子を一愛は鼻で笑った。
どうやら今の生活を改める気はなさそうだ。
「まぁ一愛ちゃんの生活リズムはひとまず置いておいて、どんな感じ?」
龍子の声の変化を感じ取った一愛は缶を一口あおりながらキーボードを叩く。
すると、モニタの一枚が処理を初めいくつかのパラメータが表示された。
「この前もらった警備配置予定と過去の枝族会議を狙った襲撃のデータから連隊が警備に入った場合の成功率を算出したよ。結果としてはこんな感じ、まぁ悪くないんじゃない?」
「殆どが九十パーセント以上か。まぁ枝族会議自体あまり襲撃されたことないし、周囲には刀狩者含めて警察の特殊部隊も配置されるから当然といえば当然かもね」
「学生を配置したっていっても勇狼館の敷地内がメインだからね、轟天とうちで守ることにはなってるけど、ほかの育成校もそこまで学生に負担がかからない配置になってるよ」
「その辺りは考えてくれたって感じかしらね。あれ、ちょっと待ってかなり成功率が低いのがあるけど、これってどうなってるの?」
龍子が指差したのはいくつか表示されているパラメータの下部に表示されているものだった。
一愛は「あぁこれね」とモニタを指でフリックしてスクロールする。
そこにあったのは上部の成功率とは数十パーセント以上も成功率が低く判定されたパラメータだった。
「念の為に最悪の状況をいくつか付け加えて計算もしてみたんだ。禍姫とか解放軍とかそっち系の襲撃とかも加味してね」
「確かにありえないともいえないもんね」
「予想できる事態はある程度うちこんである。ただ、その中でも一番学生達に危険が及ぶ判定が出たのがこれかな」
キーボードを叩くと一つのパラメータが拡大表示された。
禍姫の襲撃など比べれば成功率はそこまで低いほうではないが、学生に対する危険度は他と比べてかなり高いものだった。
「これはどういう条件を入力したの?」
「内部からの襲撃」
「内部って、勇狼館の中からってこと?」
「それ以外にある? ありえなくはないでしょ。日本ではあまり聞かないけど、海外だとハクロウの職員がテロリストを手引きした事件だってあるし、枝族がそれをしないとも言い切れない」
「それ枝族の前で言うことじゃないよー」
あきれ混じりの苦笑を浮かべながら龍子は溜息をついた。
が、彼女自身完全にそれがないと考えることはできなかった。
今でこそ枝族同士による対立は少なくなっている。
けれど、時を遡れば苛烈な対立をした家も確かに存在する。
なおかつ昨年は大城家が除籍処分という重い処罰を受けていた。
逆恨みした彼らが何かを考えている可能性も考えられなくはない。
「まぁでもこれは発生する可能性としては限り無く低い判定が出てるけどね」
「そりゃそうだよ。枝族の中でそんな馬鹿なことする人まずいないし。けど、考えておくに越したことはないか。ありがと、一愛ちゃん」
「ん。お礼は甘いものでよろしく」
「はいはい。とりあえず今日はもう寝た方がいいよ。いくら明日休日とはいっても夜更かしのしすぎは体に毒だって。あとそのエナドリも」
龍子は一愛に背を向けた状態で注意した。
見ると、一愛はデスクの下に置いた小型の冷蔵庫から新たなエナジードリンクを取り出そうとしているところだった。
彼女は軽く「ちっ」と舌打ちすると取り出しかけたドリンクをもとに戻して大きな溜息をついた。
「わかったよ。今日はもう素直に寝まーす」
「よろしい。それじゃあお休み。あ、明日暇なら久しぶりに鍛錬しようよ」
「いいよ。どうせなら副会長とかそのあたりも誘えば? 直柾とかも」
「りょーかい。そんじゃ、また明日連絡するよ」
龍子はヒラヒラと手を振りながら一愛の部屋を出て行った。
彼女が出て行ったところで一愛はもう一度冷蔵庫に手を伸ばそうとしたが途中で手を引っ込めた。
別に生活習慣を改善する気は今のところないが、さすがにこれ以上は飲みすぎかと判断しただけだ。
「……寝よ」
くぁっと欠伸をした彼女はやや雑な歯磨きを終えベッドの上のものを押しのけながら布団をかぶった。
この時は誰一人として想像していなかった。
今年の枝族会議であんなことが起きるなど――――。




