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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十二章 枝族会議
370/421

3-5


 目の前に迫るのは言うなれば斬撃の壁。


 これだけ巨大な斬撃を前にすれば誰でも表情の一つや二つ変えそうなものだが、尊幽は焦った様子もなく、ましてや慌てるような素振りもない。


 彼女はひどく冷静なまま大きく息をつくと、そのまま手にしている妖刀を両手で構える。


 全力を撃たせるといった手前、回避して雷牙の隙をつこうなどという野暮なことをするつもりはない。


 尊幽がやろうとしているのは迎撃、いや、より正確にいうと目の前の斬撃の破壊だ。


 雷牙の断切は最初から比べるとかなり成長している。


 周囲に散っていた刃も目の前の一刀にのみ集束し、余計な斬撃は起していない。


 毎日よく鍛錬している証拠だ。


 とはいっても、それを理由にして負けてやるつもりもない。


 なおかつまだまだ未成熟な部分もある。


「威力はいいけど速度がねぇ……」


 尊幽はフッと笑みを浮かべると手の中にある妖刀に一瞬にして霊力を宿す。


 破壊力自体は申し分ない。


 だが、まだ速度が足りない。


 学生同士ならまぁ問題はないかもしれないが、禍姫を想定した場合はこれでは駄目だ。


 瞬きよりも早く斬鬼を切断できなければ意味がない。


「けど、よくここまで出来るようになったわ。そこは褒めてあげる。でも、現実を突きつけるのも私の役目なんでね」


 刃が眼前にまで迫った瞬間、妖刀に宿っていた霊力が僅かに昂ぶった。


 同時に尊幽の瞳がより深い赤に染まり、彼女はそのまま妖刀を大きく振り被る。


 断切は一見するとどんなものでも切断できる万能の力に思えるが、実際はそこまで便利なものではない。


 弱点も存在する。


 それに関しては黎雄の相手をしてやったあとに説明してやればいいだろう。


 尊幽は息をつくこともなく静かに、それでいて確かな勢いを伴った一刀を目の前の斬撃に向けて振り下ろす。


 バチィン! という巨大な紫電が周囲に迸る。


 それは一度だけではなく、バチバチと激しく明滅する。


 一見すると拮抗しているようにも見えなくはない。


 だが次の瞬間、雷牙の放った斬撃が僅かにぶれた。


「――っ!」


 そして尊幽の瞳がより強く発光した瞬間、一際強い紫電と共に巨大な斬撃はガラスが割れるような音と共に砕け散った。


 砕け、空気中に霧散していく霊力の先では雷牙が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべており、追撃を放とうとしているようだったが、もはや決着はついた。


 尊幽はその場から消え、次の瞬間には雷牙の喉笛に切先を突きつけていた。


「うっ!?」


 悔しげに声を漏らす雷牙に対し、尊幽は少しだけ嗜虐的な笑みを浮かべた。


「――はい、おしまい。おつかれ」




「くっそー……わかっちゃいたけど手も足も出なかった」


 禍断を鞘に納めながら雷牙は眉間に皺を寄せてくやしさを露にしていた。


 負けを覚悟して挑んでいたわけではないが、あまりにもいいところが無さ過ぎた。


 最後にお情けで撃たせてもらった最大火力の技もあっさりと打ち破られ、若干、というかかなりへこんでいる。


「いい戦いだったぞ、綱源」


 賞賛の声に振り返ると、ペットボトルを持った黎雄が立っていた。


 雷牙はそれを受け取りつつ、「ども」と軽く頭を下げる。


「ありがとうございます。けど、正直かなりかっこ悪いとこ見せちまいましたよね。あんまし見せ場もなかったですし」


「そんなことはない。学生の身であれだけ動ければ上等な方だ」


 彼の言葉に雷牙に対する憐れみや同情は感じられなかった。


 素直な賞賛に雷牙は「そうっスかね」と少しだけ気恥ずかしそうに頬を緩めた。


「まぁ私から見てもしっかり成長できてたと思うわよ」


「本当か!?」


 尊幽が漏らした意外な言葉に雷牙は思わず彼女との距離をつめた。


「嘘ついてどーすんのよ。あと近すぎ」


「あ、あぁわるい」


「着実に力はついてるから安心なさいな。最初と比べれば全てにおいてレベルアップしてる。霊力操作はもちろんのこと、素の力も剣技もね。だから私に負けたからって卑屈になることないわよ」


「そうか。わかった、ありがとな」


「まっ、私は最強だからねぇ。まだまだアンタにはやられないわよ」


 ホホホホとどこか高飛車なお嬢様っぽく笑った尊幽の態度に雷牙は頬を引き攣らせる。


 賞賛に関しては感謝こそするものの、素直なまま終わらないのが彼女だ。


「はいはい、わーってるよ。お前が強いなんてことは承知だっての」


「ごめんごめん、ちょっとからかっただけよ。まぁでも、力がついてるのは確かよ。けど、当然まだまだ足りないとこもある。黎雄と模擬戦やった後に講評してあげるから邪魔んならないとこで見てなさい」


「へーい」


 不服げに唇をとがらせながら雷牙は二人から距離を取った。


 が、内心では先程の模擬戦を振り返っていた。


 尊幽と黎雄は賞賛もしてくれたが、雷牙自身まだまだだと感じた部分は多い。


「……とりあえず二人の戦い見ながら復習しとくか」


 戦闘の余波が来ない位置まで移動し、雷牙は二人の方に視線を向けた。




「さーてと、それじゃあ二戦目いきましょうか。準備はいい?」


「問題ありません」


 黎雄はスラリと鬼哭刀を抜刀すると瞬時に霊力を疾風へ変化させる。


 すると尊幽は「ひゅう」と口笛を吹いた。


「さすがに雷牙よりも属性に触れてるだけはあるわね。変化させるまでが早い」


「ありがとうございます。しかし、これで満足はしていません」


「そうね。まだまだ部隊長達の域には達してないわね。にしても、アンタ、構え方がよく似てるわ。恒のヤツに」


「そういえば天都さんは俺の師匠のこともご存知でしたね」


「まぁね。あれがアンタくらいの頃から知ってるわよ。恒は宗厳よりも愛想がよかったけどね」


 思い出にふける彼女はカラカラと笑った。


 が、尊幽は一頻り笑い終えるとその瞳を妖しく輝かせた。


 黎雄は背筋に悪寒を感じたものの、臆することなく刃を向ける。


「ま、思い出話はこれくらいにしてやりましょうか。雷牙と同じく私のさじ加減で終わりにするけどそれでいい?」


「はい。お願いします」


「よろしい」


 そう頷いた刹那、視界から尊幽が消えた。


 後に残ったのは彼女が消えた際に発生した小さな砂埃。


 冷たい感覚が全身を貫く。


 思考では間に合わない。


 本能で危険を察知した黎雄は、瞬時に右に飛び退いた。


 直後、今まで立っていた場所に巨大な砂煙が立ち上る。


 その中には妖刀を地面に突き立てた尊幽がおり、彼女は不適な笑みを浮かべていた。


 当然、彼女がそれだけで攻撃の手を緩めるはずもなく、砂煙から飛び出した彼女は黎雄に向けて容赦のない一閃を放った。


 それをどうにか受け止めると、先程の雷牙との剣戟同様周囲に紫電が迸った。


「上手くよけたわね。勘?」


「ほぼほぼ勘です。というか本能的にあの場にいること自体が危険だとわかったもので」


「それだけわかってれば上等。けど、打ち合いのお手並みはどうかしら。ついてこられる?」


「喰らいついてやりますよ。さっきの綱源のように……!!」


 黎雄は答えながら尊幽に向けて疾風の刃を放つ。


 唸りを上げながら迫る不可視の刃風は首筋を完璧に捉えていたものの、彼女に触れる直前でそれは虚しく空を斬った。


 完璧に読まれていた。


 薄皮すらも切られることなく僅かに後退した尊幽は、そのままグッと地面を蹴りつけて黎雄との距離をつめる。


 当然彼もそれを迎え撃ち、刃同士の衝突は巨大な紫電を巻き起こす。


 二度、三度などという短い剣戟で二人の衝突は終わらない。


 幾度も重なる刃は優に五十を越える。


 黎雄は必死に喰らいつき、時折疾風を交えながら応戦するも、たった一つすら彼女を捉えるには至らなかった。


 ブランクの影響もあるが、やはり実力的な差が大きい。


 十八年間の努力をいとも簡単に対処されるのは正直かなり悔しいものだが、黎雄の表情は決して暗いものではなかった。


 どこか楽しげというか、面白げに闘うその姿にかつて過去に囚われたい様子はない。




 模擬戦が始まった数分が経過する頃、尊幽は「そろそろね」と小さく呟いた。


 黎雄はかなり疲弊しており、額には大粒の汗が浮かび肩を激しく上下させている。


 限界が近い。


 これ以上やらせるのはさすがに危険だ。


「もう限界でしょ。次で終わりにするわよ」


「わかり、ました……!!」


「どうする? 雷牙みたく大技撃つ?」


「……いいえ。俺は剣戟で貴方と勝負をしたい」


 前髪で隠れた黎雄の瞳に尊幽は亡き恒義の姿を思い出す。


 彼女はそれにフッと笑みを浮かべると、妖刀を構え直した。


「その意気やよし。じゃあ、気ぃ抜くんじゃないわよ」


 告げると同時に尊幽は地面を蹴った。


 立ち上る巨大な砂煙を背に、黎雄との距離を一瞬にして詰める。


 が、黎雄もこの数分間の間で彼女の速さに対応してきているのか、的確なカウンターを放ってくる。


 それだけではない。


 見ると、迫る鬼哭刀とは反対側、つまり地面には不自然な砂埃が立っていた。


 巻き上げられるようなその動きから、疾風がせりあがって来ていることはすぐに理解できた。


 正面からは鬼哭刀による振り下ろし。


 そして地面からはうねり上がる刃の風。


 さながら肉食獣のアギトを思わせる攻撃だ。


 だが、狙いはこれだけではないだろう。


 むしろこれを回避した後こそ黎雄にとっての狙い時のはずだ。


 回避する方向をしぼり、回避先に的確な一撃を叩き込む。


 良い手だ。


 けれど、黎雄はまだわかっていない。


 尊幽の速さはまだ上がるということを。


「っ!?」


 それを本能的に理解したのか、刃を振り下ろす黎雄の表情が歪むが、もう刃を引っ込めることはできない。


 尊幽は嗜虐的な笑みを浮かべると、もう一段階速さを上げる。


 それは速度的にはほんの僅かな差だったが、黎雄の刃は速度が上がる前の彼女に合わせて放たれたものだ。


 少しでもそれが狂えば、当然攻撃にもズレが生じる。


 結果、本来であれば彼女の肩口を抉るはずだった刃は弾き飛ばされ、風の刃も虚しく駆け抜けていくだけだった。


 悔しさに顔をゆがめる暇もなく、黎雄は自身の首筋に冷たい感触を覚えた。


 見ると、妖刀の峰が押し当てられていた。


「……っ!」


「悪くはなかったわ。けど、私と剣戟で勝負したいならもうちょっと速くならないとね」


 ニッと笑みを浮かべた尊幽は押し当てていた妖刀を鞘に納めた。


 黎雄は全身から汗が吹き出すのを感じながら、その場で大きく息をついた。


「……まいり、ました……!」


「アンタも雷牙と同じでよく頑張ってたわよ。とりあえず今は休みな。息が落ち着いたら、雷牙とあわせて講評してあげるから」


 黎雄と雷牙、二人を連続で相手にしたというのに尊幽は疲弊した様子は一切なかった。

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