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育成校では終業式が終わってもすぐに帰省する者もいれば、帰省しない者もいる。
理由は個人によってまちまちであるが、帰らない者の多くは学校の設備を好きに利用できるため年末ギリギリまで寮に残っている。
育成校は広い敷地と様々な施設があるが、それでも各施設には使用人数に制限がある場所もある。
普段ではいざ使おうとしてもすぐに使えないこともあるが、長期休暇で生徒全体の数が減少すれば訓練施設を自由に使える。
ゆえにあえてすぐに帰らずに寮に残っている生徒がいるというわけだ。
とはいえ、全体的に見るとそれは少数であることに変わりはなく、長期休暇中の育成校は一般的な学校と同じで閑散としている。
それは玖浄院でも変わらず、終業式後の夕方には約半数程度の生徒が帰省した。
残っている生徒も既に校舎にはおらず、寮へ引っ込んでいるこの時間。
未だに生徒が残っている校舎があった。
それは鍛冶煉工科の生徒が所属す第二校舎だ。
校舎内からはかすかに槌を打つ音が聞こえる。
終業式が終わった後も、煉工科の生徒は製作物を作るため残っているのだ。
これに関しては訓練施設を使うような生徒と同じような理由がある。
煉工科の生徒の場合、実家に戻ってしまうとその分製作物に費やせる時間が減ってしまうのだ。
実家が鍛冶屋でもない限り、鍛冶施設が揃っている家庭など存在しない。
ゆえに、ほぼ全員が年末ギリギリまで学内に残っている。
中には帰宅しない生徒もいるほどだ。
その第二校舎の一室には、そんな帰省しない生徒が一人いる。
「……」
鬼哭刀の原型である融合金属を鍛えているのは、雷牙の鬼哭刀、禍断の製作者である大原刹綱だ。
数千度にもなる炉の炎や、槌を振り下ろすたびにはじける火花に一切臆した様子はない。
凄まじい集中力で鍛冶に臨むその姿はまさしく鍛冶師のそれだ。
やがてある程度鍛えたところで、刹綱は鍛えていた鬼哭刀を水に浸したところで大きく息をついた。
すると、彼女の背後からパチパチと軽い拍手の音が聞こえた。
鬼哭刀を水から上げながら振り返ると、そこにはくたびれた白衣を羽織った男性が壁に寄りかかりながら立っていた。
「お疲れさん」
「阿喜先生、いつからそこにいたんですか?」
「ついさっきさ。あと阿喜先生はやめい」
苦笑気味に肩をすくめるのは、煉工科の担当教員である参條阿喜近だ。
非常に親しみやすい人物であり、生徒からは『阿喜先生』または、男子生徒は『あっさん』女子生徒からは『あっちゃん』と呼ばれている。
その呼び方をする度に今のように訂正させるまでがセットになっている。
「けどあっちゃんよりは全然よくないです?」
「確かにそれよかはいい。けど、友達ってわけじゃねんだからよ。男子に呼ばれんならまだしも、女子生徒に呼ばれんのはこうなんかゾワっとくる」
「事案になりそうっちゃなりそうですよねー」
ケラケラと笑う刹綱に対し、阿喜近は大きなため息をついていた。
「人の気も知らんでよー……。まぁいいや、大原。お前実家には戻るのか?」
「いえ、今年は帰りません」
「いいのか? 京都なんだし親御さんに顔見せてやった方がいいんじゃないのか」
「大丈夫です。両親にはもう伝えてありますし。それにこっちで作りたい刀もありますし」
刹綱の視線を追うと、壁一面に多くの鬼哭刀やその原型が並んでいた。
中には完成間近と思われる作品も見られる。
「そうか、わかった。ただ、お前の場合製作物の提出は間に合ってるからそんなに根つめすぎるなよ。ある程度遊びながらやれ。せっかくの長期休暇なわけだしな」
彼は白衣のポケットから取り出したスポーツドリンクを刹綱に放った。
それをキャッチしながら「ありがとうございます」と彼女は笑みを浮かべる。
「明日はやりませんけどね。友達とクリパなんで」
「あぁ、そういやそんなこと言ってたな。そういう息抜きも大事だ。楽しんできな」
「もちです。ていうか私の予定って先生に関係あります?」
「あのねぇ、こちとら親御さんから君達を預かってる身なんだよ。何かあったりしたらすぐ報告する義務があんのよ。外出届もそのために書いて貰ってるわけだしな」
すこしだけげんなりした様子で、彼は溜息をついた。
「あー、言われてみれば確かに」
「んで、最近は解放軍やらが学生なんかも勧誘してるらしくて、職員会議でも議題であがったもんだからな。ある程度把握しとかないといけないわけよ」
「ふぅん。解放軍の勧誘か……」
「街中で見かけても近づくなよ。実際、育成校全体で見ればかなりの数の生徒が声かけられてるからな」
「了解です。まぁでも、明日は雷牙くんちに遊びに行くだけなんで大丈夫ですよー」
「なるべくそうしてくれ。夜中に繁華街とか行くなよ。解放軍以外にもあぶない連中はわんさかいるわけだからな。とりあえず俺からはそんだけだ。しっかり楽しんできな」
それだけ言い残すと阿喜近は手をヒラヒラと振って工房から出て行った。
刹綱は「はーい」と返事をしつつ、もらったスポーツドリンクを口に含みながら窓の外を見やる。
先程まで夕空はすでに夜空に変わっており、新都の街並みはよりいっそう煌びやかに彩られていた。
「皆、元気にしてるかな」
校内にいた時は時折であったものだが、雷牙達が実地訓練で出てからは会う機会がめっきり減ってしまった。
端末のメッセージアプリでやり取りはしていたが、面と向かって話すのはかなり久しぶりだ。
玲汰や樹も仮免の再試験の対策とかであまり会えていなかったし、正直なことをいえば中々に楽しみである。
ふふっと笑みを浮かべた刹綱は炉の火を消して手早く工房内の後片付けを済ませた。
阿喜近も言っていたが、彼女は既に評価分の製作物は提出し終わっている。
先程まで鍛えていた鬼哭刀は趣味というか、己の腕を上げるための練習も兼ねたものだ。
「明日はどうせ遅くまで騒ぐことになるだろうし、今日はこれくらいにしとこうかな。下手にはじめると区切りつかなくなっちゃうし」
炉の炎が完全に消えたことを確認すると、刹綱は工房の隣に併設された私室へ戻る。
そしてクリスマスパーティ当日。
早朝、まだ太陽も昇らぬ時間にヴィクトリア・ファルシオンはふと目が覚めた。
普段なら眠っている時間帯に急に目が覚め、不信に思いつつ彼女はゆっくりと状態を起す。
エアコンもまだ動いていないため、室内はひんやりとしていて思わず体を震わせる。
もう一度布団に潜ろうかとも考えたが、ふとカーテンの隙間から見えた外の光景に首をかしげる。
「レオノア?」
首をかしげながらカーテンを開けて庭を見やると、そこには何故か娘であるレオノアが立っていた。
こんな時間にあそこでなにをやっているのかと、ヴィクトリアはナイトウェアを羽織って寝室から出て行った。
レオノアは庭のちょうど真ん中あたりで瞼を閉じたまま直立していた。
「フゥー……」
背筋をぴんと伸ばした状態で深く呼吸する彼女の足元には僅かに霜が張っており、気温の低さを物語っていた。
すると、深呼吸をしていたレオノアが薄く瞼を開ける。
同時に彼女の足元から霊力が一気に湧き上がった。
体全体が淡い光を帯びた時、彼女の周囲の景色が僅かに歪む。
霊力による光の屈折現象ではない。
景色が揺らめく現象はどちらかというと夏場に発生する陽炎に近い。
それだけではなく、彼女の足元にも変化があった。
先程まで張っていた霜がかすかな音をたてながら溶け始めていたのだ。
熱。
レオノアから発せられていたのはまさしくそれだった。
彼女はそのまま右手を前へ向けるものの、何かしようとした直前に背後から声がかかった。
「レオノア」
突然の声にビクッと肩を震わせ、ゆっくりと振り返るとナイトウェア姿の母が立っていた。
彼女は小さく欠伸をすると薄く笑みを浮かべた。
「こんな朝早くからトレーニング?」
「うん。ちょっと確かめておきたくて。本当に使えるようになってるかどうか」
「心配性ねぇ。大丈夫よ。実地訓練でも使えていたみたいだし、帰ってきた時に見せてくれたじゃない」
ヴィクトリアはもう一度欠伸浮かべるものの、レオノアはまだ心配している様子だった。
「で、でも今日はじめて雷牙さんに見せるわけだし、緊張するのも嫌だし、念のためにさ」
「わからなくはないけどねぇ。でもこんなに朝早くじゃなくても……」
あきれた様子で息をついたヴィクトリアだがそれも無理はない。
予定しているクリスマスパーティは夕方からだ。
現在朝の四時。
ゆうに十時間以上の余裕がある。
そんな時間から準備しなくともよさそうなものだが。
「それを言われると、確かにそうなんだけど……」
「まぁ初めてのお披露目だから緊張するのはわかるけど、もう少し肩の力を抜きなさい。それにこんなに朝早くから起きてたら夜までもたないわよ?」
「大丈夫! そこはエナドリがぶ飲みでカバーするから!!」
「やめなさい」
「あぅ」
ビシッと軽い手刀が頭に打ち込まれた。
愛娘が成長したことはヴィクトリアにとってもうれしいことではあるのだが、さすがに今のまま送り出すと暴走しかねない。
力を手にいれたといっても、まだ使いこなす域には達していない。
こんな状態で送り出せば、それこそ友人達に怪我をさせてしまう。
「雷牙くんと久しぶりに会うのに寝ぼけた状態でいいの?」
「た、たしかに……!!!! 寝ぼけ状態で雷牙さんの前に出るとかさすがにダサ過ぎる……!!」
「それが嫌ならせめて日が昇るまではゆっくり休むことね。どうしても心配なら出かける前に見てあげるから。今日はハクロウの仕事もないことだしね」
「本当に!? 約束だよ!」
「はいはい。ほら、体も冷えてきてるしちゃんと温まってから寝なさいね。風邪引いたらパーティが台無しよ」
「うん!」
どうやら上手く丸め込めたようだ。
まぁ訓練中は上手く出来ていたらしいので失敗するようなこともないと思うが、用心するに越したことはないだろう。
レオノアは足早に家の中へ戻っていったが、ヴィクトリアはその場に残っていた僅かな熱を感じ取る。
冷たい空気の中に確かに存在する熱気。
それは人間の体温などではなく、炎熱によって生み出されるものだ。
「……やっぱり親子ね」
溶けた霜と空間に残っている熱気を確かめるように手をかざしたヴィクトリアは微笑を浮かべていた。
娘の成長を感じ取るように。
そして夕刻。
予定されていた時間通りにペントハウスには雷牙の友人達が一挙に集まったのだった。




