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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十一章 魂の刃
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4-8

 黒縄の首が吹き飛ぶのを宗厳は間近で目撃していた。


 どす黒い血が間欠泉のように吹き出す様子は、今までのダメージとは様子が違っていた。


 頭を失ったことでガクリと膝をつく黒縄は全身から力が抜けていっているようだ。


 これは斬鬼討伐時に見られる光景だ。


 かすかに身体が震えているようにも見えるが、再生の兆候は見えない。


 どれだけ再生力が高い斬鬼だったとしても、頭を切断されれば再生することはない。


 それが魄刻の刃と鬼哭刀で切断されればなおさらだ。


 間違いなく黒縄を討伐したと見ていいだろう。


「見事」


 宗厳はフッと笑みを浮かべながら斬り抜いた黎雄を見やる。


 が、そこで異変に気付いた。


「黎雄?」


 黎雄の態勢はかなり崩れており、鬼哭刀には霊力も宿っていない。


 気を失っている。


 宗厳が理解するのにそう時間はかからなかった。


「緊張の糸が切れたか。まぁ寝起きでいきなりアレだけのことをしたのだから当然と言えば当然か」


 魄刻の刃を習得するために己の魂と戦ってきた黎雄からすれば休みなく戦っていたに等しい。


 肉体的には消耗がなくとも、精神力は磨り減っていたはずだ。


 すこし無理をさせすぎたかと反省しつつ、宗厳は彼が地面に叩き付けられる前に救助へ向かう。


 が、一歩足を踏み出したときだった。


 ゾワリ。


 不気味な感覚が背筋を駆け抜け、全身に鳥肌が立った。


「っ!」


 弾かれるように見やったのは黎雄が切断した黒縄の首。


 依然として大量の血が吹き出してはいるが、その中で蠢く影が見えた。


 数は少ない。


 だが、宗厳はその影の形がなんであるのかハッキリとわかった。


 アレは腕だ。


 黒縄の傷口から常にあふれ出していた黒い腕。


 世界そのものを塗りつぶし、一切光を通すことのない深黒。


 黒縄を倒し切れていないのかという考えがよぎる、それは恐らくない。


 もしも殺し切れていないのなら、首の傷が再生しているはずであり、身体も動かせるはずだ。


 けれど現状、その様子はない。


 ならばアレは最後の足掻きと考えるのが妥当だろう。


 瞬間、首の傷からのびていた数本の腕が凄まじい勢いで宗厳を襲った。


 しかし宗厳はそれをヒラリと身を翻すことで回避したものの、回避すると同時に腕がぎゅるん、と急旋回した。


「なん……っ!?」


 驚愕に表情を染めたのも束の間、彼は黒縄が最後の力を振り絞って何をしようとしているのか理解した。


 腕の軌道を追うと、その先にいるのは今なお落下している黎雄だ。


 己の首を落とした者に対する報復。


「イタチの最後っ屁といいたいのか……!?」


 ギリっと奥歯をかみ締め、すぐさま黎雄の救助へ向かうものの、どれだけ脚力を強化しても腕の速度に追いつけない。


 斬撃を放とうにも下手をすれば黎雄を傷つける。


 間に合わない。


「くっ!」


 最後の最後で気を抜いた。


 宗厳は必死に黎雄に向かって手を伸ばしたものの、それよりも早く黒い腕が黎雄に伸びる。


 そして鋭利な刃物と同等の切れ味を持った腕は黎雄を刺し貫く――。



 ――バチィン!!



「っ!」


 響いたのは何かを弾いたような音だった。


 眼を見開いた宗厳の視線の先にあったのは、黎雄に届く寸前で弾かれた黒い腕と、黎雄を護るように立ちはだかる一人の少女の姿だった。


「芽衣!?」


 黎雄を黒い腕から救ったのは他でもない、今まで結界を維持に専念していた芽衣だった。


 彼女の手には魄刻の刃と重ねたと思われる刀が握られていた。




 黎雄が黒縄を首を切断する様子は、結界の外からでもよく見えた。


 芽衣の警護にあたっていた若い衆は一拍置いて歓喜の声を上げていた。


 当然のことながら芽衣もホッと胸を撫で下ろしたが、すぐに黎雄が意識を失っていることに気がついた。


 そこから先は身体が勝手に動いていた。


 黎雄を助けなければと結界の維持を放りだして駆け出した。


「お嬢!?」という声が聞こえていたがそれを無視して走った。


 そしてあと少しで黎雄を助けられると思ったところで、それは起きた。


 黒縄の首からあの黒い腕が現れたのだ。


 最初その腕は宗厳を狙っていたようにも見えたが、実際のところは違った。


 黒縄は最初から黎雄を狙っていたのだ。


 自身の命を断った憎むべき存在を、道連れにしようとしていた。


「っ!」


 それに気がつくと同時に芽衣は跳躍し、黎雄を護るように腕の前へ躍り出た。


 恐怖がなかったわけではない。


 救わなければと思ったのだ。


 どれだけ恐怖に苛まれようと、目の前で殺されそうになっている人を見殺しになんてできはしない。


 それが黎雄ともなればなおさらだ。


 刀と魄刻の刃を重ねる方法はある程度理解していた。


 芽衣は瞬時に形成した魄刻の刃と腰にさしていた刀を融合させ、襲い掛かってきた腕を弾いた。


 完全に見切れていたかと問われれば恐らくそんなことはない。


 いや、間違いなく運もあっただろう。


 しかし、以前までの彼女ならこんなことはできなかった。


 黒縄が復活する前、宗厳によって僅かな時間でも鍛えられた成果だろう。


「――っ!!!!」


 それでも衝撃を完全に相殺できたわけではなく、じーんとした痛みが腕から肩に駆けてを伝ってきた。


 けれどもそんなことに気を取られている場合ではない。


 芽衣は痺れている腕をどうにか動かして黎雄の腰に手をまわした。


 けれどその後の展開を考えていなかった。


 腕を弾き、黎雄をキャッチできたところまではいいが、このままでは二人もろとも地面に叩き付けられる。


 不安定な態勢では霊力を固めて足場にすることも難しい。


「やば……!?」


 思わず声を上げた芽衣の眼前には、黒縄との戦闘によって大きく隆起した地面が迫っていた。


 せめて黎雄だけでもと彼の頭を抱きかかえ、ぎゅっと眼を瞑った芽衣は衝撃に備える。


 しかし、いつまでたっても衝撃は襲ってはこなかった。


 代わりに彼女が感じたのは、ふわっとした浮遊感。


「え?」


 疑問符を浮かべながら瞼を開けた瞬間、浮遊感はなくなり小さな砂埃が周囲に舞った。


 抱きかかえた黎雄を見ると彼も特に怪我をしている様子はなく、芽衣自身も怪我は見られない。


「無茶するのう」


 頭上から聞こえた声に顔を向けると、薄い笑みを浮かべた宗厳が立っていた。


 どうやら彼が助けてくれたようだ。


「ありがとうございます。柳世さん。助かりましたぁ……」


「いやいや、礼を言うのはこっちじゃ。黎雄を助けてくれてありがとうな。芽衣」


「い、いえ! 私もホント、無我夢中だったんで――っ!?」


 言いかけたところで芽衣の表情に緊張が走った。


 宗厳の背後から迫る影を見てしまったのだ。


 数は一。


 だがそれは間違いなく黒縄が発生させているあの腕だ。


「柳世さん、あぶない!!」


 声を張り上げて警告したものの、宗厳はゆっくりと振り返るだけだった。


 凄まじい速度で黒い腕が三人に迫る。


 が、腕は宗厳の眼前でピタリと動きを止めた。


 虚空を弾いた衝撃だけが三人を襲う。


「ど、どうして……?」


「限界が来たんじゃろう。ほれ、見てみろ」


 クイッと顎をしゃくった宗厳が示したのは、首を切断され、地面に倒れ付す黒縄の身体と斬り飛ばされた頭だった。


 それらは既に空気中に霧散を始めており、徐々に形を保つことができなくなっているようだった。


 同時に黒い腕も崩壊していく。


「今度こそ終わりじゃな」


「じゃあ……!」


「ああ。黒縄が復活することはもう二度とない。これが黒縄の最後じゃ」




「う……」


 短い声と共に黎雄は眼を覚ました。


 むくりと起き上がった黎雄は意識をはっきりさせるために軽く頭を振る。


「おう、起きたか。意外に早かったのう」

 

 不意に聞こえた声に振り返ると、軽く手当てを受けた宗厳が立っていた。


 彼が現れたことで、黎雄はハッとする。


「や、柳世さん! 黒縄は、黒縄はどうなりましたか!?」


「落ち着け。わしらがこうして無事でいるんじゃ。黒縄はお前の手で倒した。見てみろ」


 宗厳が示したほうを見やると、空気中にジワジワと消えていく黒縄の死体が見えた。


 崩壊する様子からして再生するような様子は見られない。


「本当に倒せたんですね……」


「ああ、よくやったな、黎雄。まぁ最後はちと危なかったが、その辺りは結果オーライというやつじゃな」


「どういうことですか?」


「それはまた後で話してやる」


 フッと笑みを浮かべた宗厳に黎雄は首をかしげる。


 すると「黎雄くん!」という声が聞こえ、声のしたほうを見やると佳乃と共にこちらに向かってきている芽衣の姿が見えた。


 彼女は小走りにやってくると、黎雄の手をとってうれしげに微笑んだ。


「よかったー、目が覚めて。身体は大丈夫?」


「ああ。問題ない。お前のほうこそ平気か? かなり消耗していたように見えたが」


「うん、もう大丈夫。けど、本当によかった」


 安堵した芽衣は大きく息をつき、黎雄も「そうだな」と深く頷いた。


 周囲には多少の被害を出してしまったものの、結果としてはわるくないだろう。


 戦いが終わったことで黎雄は身体から力を抜いて深く息をつく。


 幽世を脅かしていた脅威はこれで去った。


 もはや二度と復活することはない。


 しばらくすると、芽衣から少し遅れる形でやってきた佳乃が宗厳と黎雄に頭を下げた。


「ありがとうございました。お二人のおかげで黒縄という脅威を退けることができました。本当に感謝します」


「久々に骨の折れる仕事じゃったよ。まぁおかげでいろいろと学ぶこともできたがな。だが、これで終わりというわけではないよな?」


 宗厳が少し首をひねると佳乃は「ええ」と頷いた。


「黒縄の復活によってうやむやになってしまいましたが、お二人にはまだお話しなければならないことがありますからね」


「禍姫と、マガツイ……ですか?」


「ええ。もとよりお二人に伝えなければならないことですから。今晩、集落中央にある神殿にてお話いたします。よろしいですか」


「ああ、さすがに疲れた。ここで話されても頭がまわらん。まずは互いに休息じゃな」


 黒縄は倒れた。


 けれど、黎雄達にはまだ知らなければならないことがある。


 禍姫とマガツイ。


 似た名前を持った二柱の神。


 その真実がついに明らかになろうとしていた。

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