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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十一章 魂の刃
332/421

2-6

 初日の鍛錬を終えた芽衣達は屋敷へ戻るとそれぞれ風呂に入って汗と汚れを落とした。


 その後は夕食を済ませ、軽い談笑の後、宗厳と黎雄は客間へと戻っていった。


 芽衣も二人と分かれると佳乃の様子を確認するため軽い食事を持って部屋へ向かう。


 かるく襖をノックすると「芽衣かい?」という声が聞こえた。


 どうやら起きているようだ。


 それにホッと胸を撫で下ろしつつ、襖はあけずに問いかける。


「うん、晩御飯持ってきたんだけど食べる?」


「ええ、いただこうかしらねぇ」


 柔らかい声が聞こえたところで芽衣は一度食事の乗っているおぼんをおいてから襖を開ける。


 部屋には明りがつけられ、佳乃は敷かれた布団ではなく座椅子に座っていた。


 彼女の前には座卓とその上には古びた書物が置かれていた。


 眼鏡をかけてこちらを見やる祖母の顔色は朝よりかなりよくなっている。


「おばあちゃん、具合はもういいの?」


「朝は少しだるさやら熱があったんだけどねぇ。今はもう殆どないよ。今日しっかり休めば明日には普通に動けるようになると思うわ」


「ならいいけど、それでも本調子じゃないんだからまだ寝てないと……」


「そうね。夕食を食べたらすぐに寝ましょうかね」


 ふふふ、と笑った佳乃は座卓の上に広げていた書物を隅においておぼんが置けるスペースを空けたので芽衣は彼女の前にうどんの乗ったおぼんをおいた。


「病気じゃないけど一応消化のいいものがいいかなって思っておうどんにしたけど、食べられそう? 無理そうなら外で買ってきたゼリーとか、おかゆにもできるけど」


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ、芽衣。さて、温かいうちに頂いてしまおうかしらね」


 いただきます、と手を合わせた佳乃はうどんをすすり始めた。


 無理をしている様子はない。


 どうやら本当に大丈夫なようだ。


「あぁそうだ、お二人の様子はどうだった? 一緒に鍛錬をしてきたんでしょう」


「そうそう、私もそのこと話すつもりだったんだ。おばあちゃん、柳世さんはやっぱりすごいよ! 今日一日だけで魄刻の刃を習得しちゃったの」


「それはすごいねぇ。歴代の長の中でも一日で習得した者はいなかったし、私でさえ一週間はかかった。それだけ強靭な精神と覚悟を備えているという現われかもしれないね」


「うん。最初からすごいとんとん拍子で進んでて、私もまさかって思ってたんだけど本当にやっちゃうなんて……。ねぇ、もしかしておばあちゃんは最初から柳世さんの実力がわかってたからここに招いたの?」


「どうだろうねぇ。あの人が以前出雲を訪れて禍姫のことを調べている時に出会った時点で、高い実力と強い覚悟を持った人だとは思っていたよ」


 肩をすくめた佳乃はうどんの汁をすすった。


 宗厳達をここに招くといい始めたのは佳乃だ。


 幽世の住民は外界と接触してはいけないという決まりはない。


 生活水準を現代とある程度合わせるために外の世界に戸籍を持ち、外で生活しているものも存在する。


 そして幽世の長には彼等から外界の情報を得たり、外の世界の様子を見るために、時折外に出て彼等と接触することがある。


 佳乃が宗厳と出会ったのはちょうどその時だったのだ。


「まぁ一日で魄刻の刃を習得できるという確証はなかったけれどね」


「それはまぁ、そうだよね……」


「ところで獅子陸さんの方はどうだった?」


「うーん、私が言うのもアレなんだけど少し苦戦してる。一応、魂を捉えることはできて、接触もできてはいるんだけどやっぱり対話が難しいみたいで」


「そうだろうねぇ。魄刻の刃を習得する上で難しいのは対話だからね。特に一度過去に強く縛られてしまったり、心に大きな傷を持っていたりすると難度はぐんと上がってしまう。様子はどうだった?」


「なんともなさそうに見えたけど、多分無理はしてると思う」


 芽衣は鍛錬中の黎雄の表情を思い起こす。


 体力的な疲労もあったのかもしれないが、それ以上に彼を苦しめていたのは対話するたびに磨り減っていく精神力だろう。


 対話は過去のトラウマや、嫌な記憶との対峙でもある。


 それはまるで見たくない悪夢を延々と強制的に見せられているような状態だ。


 そんなものを数時間以上見続ければ体力以上に精神が磨耗してしまう。


 黎雄は芽衣に気取られないように上手く隠してはいたが、あれだけ近くにいればわかってしまう。


「無理はさせないほうがいいわね。柳世さんはなにか言っていた?」

 

「できるだけ獅子陸くんと一緒にいてくれって。年齢が近いもの同士のほうがいろいろと話しやすいだろうってことみたい」


「そうね。助言よりも、誰かに自分の抱えているものを打ち明けることで楽になることもあるからね。そういう場合は年長者に打ち明けるよりも、歳の近いもの同士で話した方がいいもの。だから芽衣、彼の様子をよく見てあげなさいね。きっと助けになれるはずよ」


「わかった。私もがんばってみる」


「ええ。さてと、ちょうど食べ終わったところだし、私もそろそろ寝ましょうかね。ごちそうさま」


 手を合わせた佳乃の前には空になったどんぶりがあった。


 付け合せの漬物も完食しているあたり、ほとんど心配はなさそうだ。


「お粗末さまでした。それじゃあ私これ片付けてくるから、おばあちゃんは歯ぁ磨いて早く寝てね」


「わかってるわ。おやすみ、芽衣」


 柔らかく微笑む祖母の様子を見やりつつ、芽衣は食器を片付けに台所へ向かい、手早くそれを洗ってしまってから自室へ戻るのだった。


 明日以降も鍛錬は続く。


 普段より少しだけ早い気もするが、芽衣はそのまま眠りについた。




「し、しいたけ……ッ!!??」


 眠りに入ってから数時間後、芽衣はなぜかしいたけと叫んで目を覚ました。


 額にはうっすらと汗が浮かび、呼吸は少しだけ荒かった。


 どうやら悪夢を見たようだ。


「あー、夢かぁ……。びっくりした……大量のしいたけに追いかけられる夢ってなに……」


 額の汗を拭い、大きく息をついた芽衣は再び眠りに入ろうとするものの、夜中に一度覚醒してしまった意識はそう簡単におさまってはくれない。


 布団を被って何度か入眠を試みるものの、眠ろうと思えば思うほど目がさえてしまう。


「……ダメだ。水でも飲んで来ようかな。なんかお腹も減ってる感じするし」


 掛け布団をはいだ芽衣は自室を出てゆっくりと台所へ向かう。


 確か戸棚に買い置きしてあった煎餅があった。


 あとはお茶でも準備すればいい感じに眠くなると思ったのだ。


 軋む廊下を歩きながら台所へ到着すると、目当ても煎餅と念の為にペットボトルのお茶を二本持って来た道を戻っていく。


 が、不意に縁側のほうから聞こえる音に彼女は足を止める。


「なんだろ?」


 首をかしげながら縁側へ向かうと、徐々に音が鮮明になっていく。


 ブン、という空気を切り裂くような音は棒状の何かを振るっている音のようだった。


 それが何回か連続して聞こえてくる。


 もしやと、芽衣は床の軋みを気にすることなくやや足早に縁側へ向かう。


 縁側がぎりぎり見える角までやってくると、壁に背を向けてこっそり庭のほうを見やる。


「やっぱり……」


 小さく息をついた芽衣はどこか呆れている様子だった。


 彼女の視線の先にいたのは、鞘に入れたままの鬼哭刀を振るっている黎雄だったのだ。


 ある程度予想はできていたことだったが、実際に目にしてしまうと驚きよりも呆れが勝ってしまう。


 宗厳からは休めといわれたにも関わらず、夜な夜な鍛錬をしているのはいかがなものだろうか。


 習得できなかったことを気にしているのかもしれないが、休めといわれた以上、明日の鍛錬に疲れを残すべきではない。


 芽衣はもう一度溜息をつくと縁側の戸をあけて彼に声をかける。


「獅子陸くん」


 鬼哭刀を振り切ったところで声をかけられた黎雄は一度小さく肩を震わせた。


 どうやら鍛錬に集中していて芽衣の気配に気付けなかったようだ。


 まぁ、単に集中していただけが理由ではないだろうが。


「芽衣か……」


「こんな遅い時間に鍛錬なんてしてていいの? 柳世さんからは休めって言われたよね」


「……わかってるさ。だが、眠っていたら嫌な夢を見てな。目が覚めてしまったんだよ」


「だからって鍛錬しなくても」


「そういうお前はどうなんだ。そのお茶と煎餅、まさかこの時間から食べるのか?」


「う……。そ、それは……まぁ私も変な夢見て目が冴えちゃって。で、ちょっとお腹もすいてたし……」


 両手を後ろに隠しながら芽衣は少しだけ恥ずかしげに顔を伏せた。


 鍛錬をしている黎雄もどうかとは思うが、夜な夜な台所から飲み物と菓子類を取ってくるのも褒められたものではない。


「で、でも私のこれはそこまで体に負担はかけないけど、獅子陸くんの場合はまずいでしょ! 明日っていうか殆ど今日だけど、朝から鍛錬なんだからしっかり体と精神のコンディションを整えないと」


 自分のことをかなり棚に上げたもの言いだとは思いつつも、芽衣は黎雄を注意した。


 すると黎雄は一瞬きょとんとしたものの、すぐに「フフっ」と吹き出した。


「な、なに? 私変なこといった!?」


「いいや、まったくもってそのとおりだなと思っただけさ。確かに眠れないからといって体を動かしては、本末転倒もいいところだな」


 黎雄は肩をすくめると縁側に腰掛ける。


 そのまま少しぼーっとしていた彼を見やりつつ、芽衣は意を決したように彼の隣に腰掛けた。


「なんだ?」


「べつに。ただ、ここで私が部屋に戻ったらまた鍛錬始めちゃいそうだから、少し見張っておこうと思って」


「そんなことしないさ。まぁ、説得力は無いかもしれんが」


「うん、説得力皆無だからしばらくここにいるよ。こっちにはお煎餅もあることだしね」

 

 芽衣は袋から大振りの煎餅を取り出すとバリバリと音を立てて食べ始める。


 その様子に黎雄はフッと薄く笑みを浮かべた。


 先程までの張り詰めた表情よりはかなり柔らかくなったことに、芽衣は内心で安堵する。


 が、それと同時に黎雄が見た夢とやらが気になった。


「ねぇ、獅子陸くん。さっき嫌な夢を見たって言ってたけど、どんな夢だったの?」


 思った瞬間に口に出してしまったことに自分自身が驚いてしまった。


 けれど声に出してしまった以上、今更撤回することはできない。


 黎雄の表情は少しだけ強張ったが、彼は小さく息をつくと「そうだな……」と小さく息をついた。


「少し長い話になるかもしれないが、構わないか?」


「うん、いいよ。お煎餅もあるしね。獅子陸くんも食べる?」


「もらっておく。……嫌な夢って言うのは、過去に実際に経験したことなんだ。俺にとっては辛い過去の一つで、忘れようと思っても忘れることなんて出来ない事実さ」


 バリッと煎餅を齧った黎雄は目を細めた。


 横顔しか見えなかったが、表情は酷く悲しげだ。


「それって、魂との対話にも関係ある話?」


「そうだな。お前には知っておいて貰った方がいいかもしれない。俺が見たのは、目の前で師匠が死んでしまう夢だ」


 瞬間、黎雄の目尻から涙が零れた。


 やがて彼は己が見た夢と過去に経験したことを語りはじめる。


 そして過去に囚われるあまり、己が犯してしまった罪も芽衣へ打ち明けるのだった。

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