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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十一章 魂の刃
329/421

2-3

 芽衣に言われたとおり、宗厳は己の中に流れる霊力の道。


 即ち霊脈へと意識を集中させる。


 深く呼吸し、心身ともにリラックスした状態で意識を埋没させていく。


 霊脈は神経のように全身へくまなく通っている。


 その道一つ一つを辿り、霊脈の根源を探っていく。


「コツとしては霊脈の流れを意識することです。霊力も血液と同じで流れる向きがあります。その向きとは逆に霊脈の根源、つまり魂が存在します」


 芽衣のアドバイスを耳に入れながら、宗厳はさらに深い場所まで意識を向けた。


 霊脈に意識を埋没させ、芽衣に言われたとおり流れにも意識を向ける。


 すると、徐々にではあるが流れというものがわかってきた。


 そして今度はその流れとは逆の向きに意識を向け、根源を目指していく。


 しばらく川の流れに逆らうように霊力の流れを辿っていた時だった。


 宗厳は不意に自分の体内にあるナニかを感じ取る。


 最初は輪郭がおぼろげな存在だったが、霊脈を辿っていくにつれて段々と鮮明になっていった。


 やがて流れの原点、即ち霊力が流れ出る根源を見つけたところで、宗厳はその存在をはっきりと知覚した。


 それは先程芽衣が見せた綺麗な球形をした力の塊だった。


 今まで気付かなかったのが不思議なくらいの存在感を感じるそれはまさしく生命力の根源。


 魂と言うに相応しいものだった。


 意識の中で宗厳は魂に手を伸ばし、指が触れるか否かのところで魂の中に小さな影があることに気がついた。


 刹那、宗厳は弾き飛ばされるような感覚に陥った。


「っ!」


 意識を引き戻された宗厳はハッとした様子で瞳をあけた。


 目の前に広がっているのは幽世の風景だ。


 が、ついさっきまでと明確に違う点が一つだけあった。


「柳世さん、大丈夫ですか?」


 様子を窺いに来た芽衣の声に宗厳は「あぁ、問題ない」と答えると一度深呼吸してから己の中に意識を向ける。


「……やはりな」


 フッと笑みを浮かべた宗厳は己の中に確かな存在を感じ取っていた。


 それはまさしく先程意識の中で邂逅した宗厳自身の魂だった。


 すると、宗厳の様子から察しがついたのか芽衣は思わず声をもらした。


「まさか、今の間に……?」


「ああ。お前さんの言うとおり、霊脈の流れを逆に辿って捉えた。これが魂なのだな」


 芽衣に実際に見せられるまで、魂とは概念的なものでしかないと思っていた。


 けれど今、その考えは完全になくなった。


 確かに魂は存在していたのだ。


「すごいですね、柳世さん。まだ鍛錬を始めて一時間も経っていないのにもう魂を捉えるなんて……」


 芽衣は驚きのあまり若干呆けているような表情を浮かべていた。


「まぁ伊達に歳を取っているわけではないからのう。人生の半分以上は斬鬼と戦い続けてきたわけだし、これくらいできなければ若い者に笑われてしまう」


「やっぱり意識の仕方が私とは違うんでしょうね。私なんて魂を捉えるだけで一日かかっちゃいましたし」


「そのあたりは仕方あるまい。儂の方が長く霊力を使い、霊脈と触れてきた影響だろうよ。まぁ、現時点ではお前さんの方が一歩前を進んでおるがのう」


 少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた宗厳に芽衣は苦笑を見せた。


 実際のところ間違いではない。


 魄刻の刃を扱えている以上、芽衣は現状で宗厳達よりも上の段階にいるのだ。


 恐らく他の住民達も芽衣と同じく魄刻の刃を使えるのだろうと思った時。「


 宗厳はふと黒縄との戦闘を思い出した。


 あの時、確かに幽世に住まう若い衆……青年達は魄刻の刃を使っていなかった。


 霊力を感じたことから察するに使っていたのは恐らく鬼哭刀と似たような武器の類だ。


 なぜ魄刻の刃を使っていなかったのだろうか。


 そもそも考えてみれば妙な点がある。


 黒縄の封印は確かに強固なものだったかもしれないが、それに対抗する手段を知っているのに準備をしないというのはいささか妙ではないだろうか。


 封印が解けることなど予期していなかったのか、それとも何か別に理由があるのか。


 それに芽衣だけが使えるというのも不思議な話だ。


 なぜ彼女だけが使うことができるのか。


 考えれば考えるほどに宗厳の眉間には深く皺がよっていった。


「柳世さん?」


 さすがに仏頂面を続けすぎてしまったのか、芽衣は彼の様子に気付いたようだ。


 幽世には幽世独自のルールが存在しているのかもしれないと宗厳は「あー、いや……」と濁そうとしたものの、気になったものをそのままにしておくことはできなかった。


「……芽衣、答えづらいことならば答えなくともいいのだが疑問を聞いてくれるか?」


「なんでしょうか?」


「なぜ幽世の住民達は黒縄の封印が解けることを予期せず、戦う準備をしなかったのだ? お前さんが魄刻の刃を使えるのに他の住民は鬼哭刀に似た武器を使っていたが、魄刻の刃を使えないのか?」


「それは……」


 宗厳が投げかけた疑問に芽衣は逡巡する素振りを見せた。


 やはり答えづらいことのようだ。


 すると、芽衣は小さく息をついた。


「……今全てを伝えることはできませんが、断片的なことならお伝えできます。幽世の人々はここを作った神によって戦うことを禁じられているんです」


「それは住民同士でという意味か?」


「はい。神々はこの幽世で争いごとが起きないために戦うことを禁じたんです。大きな力は人を惑わし、時として争いへ発展してしまいます。そういったことが起きないために、神々は長の家系にのみ魄刻の刃の存在を伝えたんです。住民の人たちはこの名前すら知りません」


 確かに人とは力に左右される生き物だ。


 どんな力であれ、他者より上に立っていると自覚した時、心の中には必然的に欲があふれ出す。


 多くの人はそれをある程度制御できるが、全員がそうあるわけではない。


 他者より上へ、先へ。


 優れているからこそ支配したい。


 欲望という思考が暴走を初めてしまうともはや自力でとめることは困難だ。


 そして同じような欲同士がぶつかりあえば、最終的には争いへと発展する。


 その究極系とも言えるのが戦争だ。


 もちろん、戦争の原因は民族、宗教、資源、政治、領土というものもあるが、その根幹にあるのは人間の中にある欲だ。


 恐らく幽世を作った神々もそれを懸念して長の立場にある芽衣の家系にのみ魄刻の刃の存在を教えたのだろう。


 無用な争いがおきて過去の出来事や技術が失われないために、あえて全ての住民達に全てを伝えなかった。


 とはいえ、これらは現状宗厳の想像でしかない。


 他にも理由がありそうだが、芽衣の様子からしてこれ以上語られることはないはずだ。


「すみません、柳世さん。これ以上は……」


「ああ、語れないのならこれ以上は聞くまい」


「ありがとうございます。黒縄を倒した後ならおばあちゃんから話を聞けると思います」


「わかった。とりあえず目下のところやるべきなのは黒縄の討伐だな。アレを倒さねば話がいっこうに前へ進まん。後で禍姫やマガツイのことも合わせて教えてもらうとしよう。さて……」


 宗厳は小さく息をつくと芽衣から視線を外してやや離れた場所にいる黎雄を見やった。


 先程から黎雄はまったく声を発することなくただ黙々と魂を捉えることに専念している。


 頬を流れる汗を見るにそれなりに難航しているようだ。


 けれど、行き詰っているわけではなさそうだ。


「獅子陸くん、苦戦してるみたいですね」


「まぁ第二霊脈を解放したのも最近だったからのう。それにあいつにはブランクも……」


 宗厳は途中まで言いかけた言葉を飲み込んだ。


 ブランクについては黎雄本人が語るべきことだ。


 下手にこちらが気をまわすことではない。


 それにこれ以上見守る必要もなさげだった。


「……だが流石に飲み込みが早いな」


「え?」


 芽衣が疑問符を浮かべた瞬間、ドクン、と黎雄の体自体が脈打ったように見えた。


 そして彼はゆっくりと瞼を開けると、己の胸の辺りに手を当てていた。


「まさか……」


「そのまさかだな。どうやら黎雄も魂を捉えることには成功したらしい。そうだろう、黎雄」


 確かめるように声をかけると彼は少しだけ溜めてから「……はい!」と大きく頷いた。


「うっそ……柳世さんに続いて獅子陸くんまでこんな短時間で……? 一日もかかってた私って一体……」


 歳の近い黎雄が自分よりも早く魂を捉えたことに驚きを隠せないのか、芽衣は丁寧言葉が崩れてしまっていた。


「さて、ではさっさと次の段階に移るか。次は魂との対話、だったな。芽衣これは特別なことが必要なのか?」


「あ、いやそういうのはないです。今捉えた魂に触れることができれば、意識の中で魂との対話が始まります。最初は弾かれることもありますけど、何度かやっているうちに段々と意識の中で対話できるはずです。ただ最初もお話したとおり、魂との対話には過去のトラウマが呼び起こされることがあります。体力というよりは精神力をかなり消耗するので休憩はこまめに取ってください」


「わかった。黎雄、いけるか?」


「……」


 宗厳の声に黎雄は反応しなかった。


 その表情はどこか思いつめているようで額にはうっすらと汗が滲んでいる。


 緊張、というよりは動揺と言った方がいいだろうか。


「黎雄!」


「えっ!? あ、はい! すみません、柳世さんついぼーっとしてしまって……」


 強めに名前を呼ばれたことで彼はようやく反応を見せたものの、瞳の中には隠しきれない動揺が見えた。


 なぜ彼がこんな様子を見せるのか。


 宗厳は凡その察しがついていたものの、あえてそれを指摘することはしなかった。


 過去のトラウマを乗り越えるのは本人にしかできないからだ。


「あまり呆けているなよ。魂との対話ができなければ、魄刻の刃は習得できんからな」


「……はい。わかっています」


 黎雄は神妙な面持ちで答えるものの、やはり瞳の奥は揺らいだままだ。


 それを見かねた宗厳は小さく息をつくと「しかしまぁ……」とわざとらしく息をついた。


「こういった鍛錬はやはり一人でやった方が集中できるだろうな。特別なこともないという話であったし、儂は一人でやらせてもらおうかのう。かまわんか? 芽衣」


「大丈夫ですけど、あまり遠くへはいかないでくださいね。あと夕飯までには戻ってきてください」


「了解した。あぁそれと、黎雄のサポートをしてやってくれるか?」


「私は構いませんけど」


「柳世さん、俺だって一人でこなせます。それに彼女だって鍛錬をしたいでしょうし、付き合わせるのは……」


「くはは、そんな目をしとるヤツがよく言うわい。だが若いもん同士、それなりに協力しあえることもあるじゃろ。というわけで、仲良く鍛錬しろよ」


 ニヤリと笑った直後、宗厳は小さな砂煙をたててその場から消え去った。


 その場に残された黎雄は一度芽衣と視線を交わすと、観念したように小さく息をついた。


「柳世さんもああいっていたことだし、俺達は二人で鍛錬を進めよう。サポートを頼んでしまうことになるが、構わないか?」


「大丈夫です。わからないことがあったら答えられる範囲で答えますから!」


「頼もしいな。よし、じゃあはじめるぞ」


 黎雄は深く息をついて己の中へ意識を集中させた。


 

 

 宗厳が現れたのは二人から数百メートルは離れた林の中だった。

 

 彼はそのまま林を進むとやや開けた丘へ辿り着いた。


「ふむ。ここならば二人も様子もある程度わかるか」


 視線を辿ってみると、かなり遠くに黎雄と芽衣の姿があった。


 二人で固まっているところを見るに黎雄も彼女を無碍にはしていないようだ。


「トラウマの想起か。確かに黎雄にとっては一番つらいことかもしれんな」


 髭を撫でた宗厳は黎雄の瞳にあった動揺を思い出していた。


 アレはできるできないの動揺ではない。


 トラウマを乗り越えられるかどうかの動揺だ。


 恐らくこの魂との対話とやらは黎雄にとって最大級の壁となるだろう。


 トラウマの克服はそれだけ難しいのだ。


 特に、黎雄のように一度でも過去に囚われてしまった者にとっては容易なことではない。


「……乗り越えろよ、黎雄」


 小さく呟くと宗厳も己の魂との対話を始めるのだった。

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