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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十一章 魂の刃
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2-1 魂の刃

 黒縄を再封印した後、宗厳は黎雄と共に天ヶ原の屋敷へ戻ってきていた。


 二人がいるのは最初に通された大きな座卓のある応接間だ。


 室内にはカチコチという時計の針の音が響き、外からは時おり虫の声が聞こえる。


 既に外は暗くなっており、外の世界で言うところの陽が落ちている状態だ。


「芽衣、遅いですね」


 沈黙に耐えられなくなったのか、黎雄はお茶を飲みつつ宗厳に声をかけた。


「実の祖母が血を吐いて倒れたんじゃ。時間がかかるのも仕方あるまいて」


「やはり重篤なんでしょうか」


「いや、芽衣や若い衆の様子から察するにそれはあるまい」


 佳乃が倒れたという報せは黒縄封印後すぐに宗厳達にも伝わった。


 当然二人も彼女の下へ駆けつけたが、既に屋敷に運ぶ準備をしているところだった。


 その際、佳乃の介抱をしている芽衣の表情は確かに不安げではあった。


 けれども回復が見込めず絶望しているという雰囲気ではなかった。


 単純に祖母が倒れたがゆえに心配しているといった感じだ。


 護衛の青年達も同様で決してお通夜状態というわけではない。


「歳を取ってくると些細な無茶でも体に来るからのう。かくいうわしも久しぶりにちょいと疲れた」


「冗談でしょう。貴方に限ってそれはない」


 肩をまわしながらぼやいた宗厳に黎雄は苦笑を浮かべた。


 宗厳は「これでも老体なんじゃがのう……」と溜息をついてから、湯飲みに入っていたお茶をズズズと煽る。


「まぁともかく、今は芽衣が来るのも待つしかあるまい。何か伝えたいことがあると言っておったしのう」


「新たな力についてでしょうか?」


「そう考えるのが妥当だろうよ」


 佳乃を屋敷へ搬送しているのを見送る時、芽衣は二人にこう告げてきた。


『お二人にお伝えしなければならないことがありますので、応接間にてお待ちください』と。


 順当に考えて伝えなければならないことと言うのは例の力のことだろう。


 それがなんという名前であるのかまではまだ聞いていないが、力について何か教えてくれるのは間違いない。


「……ところで、黎雄。黒縄との戦闘はどうだった?」


 小さく息をついた宗厳の問いに黎雄は僅かに首をかしげた。


「どうと言われましても……。今まで相対した斬鬼のどれよりも凄まじい威圧感でした。戦闘能力も秀でていましたし。特に柳世さんが両腕を切断した後に出てきた無数の黒い手からは、尋常ではないおぞましさを感じました」


「ああ、確かにあの手にはわしも怖気が走った」


 肩をすくめる宗厳にはどこか余裕があるように見えたが、実際あの手に追われている時は内心ではそれなりに驚いていた。


 黒い刀が純然たる破壊のカタチとするのなら、黒い手は憎悪のカタチとでも言うのだろうか。


 どんな姿になろうとも人間という種を逃さず、確実に捕らえて殺し尽くす。


 そういった人間に対する果てし無い憎悪が手という形に変貌して追いかけてくるようだった。


「とはいっても柳世さんの言い方からするとあの黒い手とは別のことですよね?」


「ほう……では具体的に何を感じた? さっき挙げたもの以外で」


「柳世さんが感じたものと同じかはわかりませんが、黒縄を攻撃している時に()()()()()()を感じていました」


 黎雄は黒縄を斬った時の手ごたえを思い返すように何度か手を握ったり開いたりを繰り返す。


「足首に一撃を叩き込んだ時は集中しすぎていて気付きませんでした。時間が経つにつれて気付けたのですが、なんというか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような感覚でした」


「なるほど。うむ、やはりそうか」


「では柳世さんも同じことを?」


「ああ。お前と同じ感覚を味わった。例えるなら薄皮一枚残っているのにその皮がどうしても斬れない。そういう感じではなかったか?」


 その例えに黎雄も合点がいったのか何度か頷いた。


 二人が放った斬撃や刃は確かに黒縄を傷つけることに成功していた。


 が、斬鬼と戦ったことのある二人からするとその感覚が普段相手にする斬鬼とは明らかに異なっていたのだ。


 斬鬼にしろ人間相手にしろ、生物やら物体を斬りつけると、『斬った』という手ごたえが確かに伝わってくる。


 切断までいけば『斬り飛ばす』という感覚がしっくり来るだろうか。


 ともかく、確かな手ごたえというものがあるはずなのだが、黒縄の場合は違った。


 斬ったという感覚はあるのだが、宗厳の言ったように薄皮のようなものが残っているような感覚も同時に存在しているのだ。


 二人にとってはそれがどうにも気持ちの悪いものだった。


 斬ったはずなのに、何かが残っているというのは刀狩者からすると引っかかるものなのだ。


「あのような感覚、過去にはありましたか?」


「ないな。あんな気持ちが悪い感覚は長いこと生きてきてはじめてだ。恐らく、あの感覚が黒縄を倒しきれない原因なんじゃろう。何が邪魔をしているかはわからんが、あの妙な感覚ごと斬れなければ、黒縄を倒すことは永久にかなわないといったところかの」


「……仮に首を切断できたとしてもあの感覚が残っている限り、黒縄は消滅しないということですか」


「憶測にしかすぎんがのう」




「いいえ、その予想は間違いではありません」




 宗厳の声に続く形で襖の向こうから芽衣の声が聞こえた。


 二人が同時に視線を向けると襖が開き、神妙な面持ちの芽衣が現れた。


 彼女は二人の前に腰を下ろすと、静かに頭を下げる。


「長くお待たせしてしまって申し訳ありません。柳世様、獅子陸様」


「気にしてはおらんよ。佳乃の容態は大丈夫なのか?」


「はい。喀血こそしましたが、お医者さんの話では体と霊脈へ一時的に過度な負担がかかった影響だろうとのことでした。命に別状はありません」


「ならよかった。意識はまだ?」


「今晩は目が覚めないとのことです。なのでおばあちゃ……こほん」


 芽衣は途中まで言いかけたところで軽く咳払いをすると、そのまま言葉を繋いだ。


「なので、お婆様の代わりに私がお二人にお伝えします。黒縄を倒すための力のことを」


「わかった、よろしく頼む。だが、その前に一ついいか?」


「なんでしょうか?」


 人差し指を立てた宗厳に芽衣は首をかしげた。


 宗厳はフッと笑みを浮かべつつ、軽く髭を撫でる。


「芽衣。もっとリラックスした呼び方をしてくれて構わんぞ。普段お婆様なんていい慣れておらんだろうに、無理をする必要はないぞ」


「っ! やっぱり、わかりますか……?」


 図星だったのか彼女は頬を赤くして恥ずかしげに背中を丸めた。


「そりゃあそうだろう。今だって『おばあちゃん』と言いかけておったしな。それと、わしらに関してもいちいち様をつけて呼ぶ必要はない。そこまで目上に見られる存在でもないからのう。なぁ、黎雄」


「もちろんです。好きに呼んでくれて構わないよ。俺は呼び捨てで全然構わない。歳も近いだろうから、もっと砕けてくれた方が話しやすいしな」


「そう、ですか? だったら、お言葉に甘えて……」


 芽衣の表情から緊張がなくなり、張り詰めていた様子がなくなった。


 表情も固さがなくなって歳相応の柔らかいものへと移っていく。


 そして彼女は小さく呼吸を整えると改めて二人に視線を向けた。


「じゃあ改めて、まずはお礼を言わせてください。柳世さん、それと獅子陸くん、幽世を守ってくれて本当にありがとうございました。二人がいなかったらどうなっていたか」


「フフフ、律儀な娘じゃのう。まだ終わったわけではないぞ。黒縄の封印はあくまで一時的なもの。時間が経ってしまえば目覚めてしまうのだろう?」


「おばあちゃんの見立てでは封じられている最高でも七日。最低だと五日程度みたいです」


「うむ、それはわしも聞いおる。その封印が解ける前に黒縄を倒す力を身につけなくてはならないのだろう?」


「そうですね。たった数日しか猶予を作れなくてすみません。祠の方でも封印を少しで長く維持できるように努めてはいるんですけど……」


 芽衣の口振りからして封印の維持も容易ではないのだろう。


 やはり猶予は七日、いいや五日しかないと思って力を身につけるしかない。


「では手早く説明してもらおうかのう。さっきお前さんはわしの予想に間違いはないと言っておったが、黒縄に対抗できる力があればあの妙な感覚を斬ることができるのか?」


「できます。二人が感じた違和感の正体は黒縄の()のようなものなんです。より厳密に言えば禍姫の魂というべきなんですが、黒縄と言った方がわかりやすいかと」


「黒縄の魂? それが黒縄を完全に倒しきれない原因なのか?」


「はい。そもそも柳世さんや獅子陸くんは、鬼哭刀が何故斬鬼を滅ぼすことが出来るのか知っていますか?」


 その問いに黎雄と宗厳は互いに顔を見合わせると、黎雄が軽い咳払いをしてから語り出す。


「簡単に言ってしまえば霊力が宿った鬼哭刀の一撃は斬鬼の再生能力を著しく阻害する。その阻害効果によって頭を再生できなくなり斬鬼は死に至る。というのが一般的だと思うのだが、違うのか?」


「いえ、それは決して間違いではありません。再生の阻害効果自体は確かに存在します。ですが、鬼哭刀にはもう一つ効果があります。それは()()()()()()()()()()()()()()という点です」


「斬鬼の魂の切断……」


「図で表した方がわかりやすいですね。これが斬鬼だと思ってください」

 

 紙とペンを取り出した芽衣はサラサラと斬鬼を模したイラストを描くと、その中にもう一体斬鬼のイラストを描く。


「中に描いたのが魂とやらか?」


「そうです。斬鬼の再生能力は肉体矢霊力によるものだけじゃないんです。この魂にもかなり影響されているんです。これを傷つけることができなければ、どれだけダメージを与えたとしても意味はありません」


「鬼哭刀は霊力を纏うことでこの魂ごと斬鬼を斬っているというわけか。ゆえにダメージを与えられると……」


「質量兵器が斬鬼に対して効果を持たないのも、その魂を傷つけることができないからか?」


 芽衣は深く頷いた。


 斬鬼の魂。


 宗厳もそんなものが存在しているとは思ってもみなかった。


「鬼哭刀にそんな秘密があったとはな……」


「でも柳世さん達が知らないのも当然なんです。そもそも斬鬼に魂があるということ自体、外の世界では知られていないことです。それに鬼哭刀の再生阻害効果自体は確かなものなので、その阻害効果によって斬鬼が頭を再生することができずに消滅すると考えるのは無理もありません」


 彼女の言うとおり、鬼哭刀の有効性はしっかりと研究された上で出された答えであり、そこに間違いはない。


 宗厳はもちろんのこと黎雄や他の刀狩者もそれは十分に理解している。


 だが、鬼哭刀には魂を切断するという本質があったのだ。

 

「つまり、わしらが感じたあの薄皮一枚残して斬っている感覚は、まさに魂に傷をつけられていない。斬れていない、という感覚だったわけか」


 宗厳は納得できたのか深く頷くとぬるくなってしまったお茶を一口含む。


 神々の話を聞いた時と同様に、正直なことを言ってしまえば半信半疑ではあった。


 けれど、芽衣の口振りには一切の動揺は見られなかった。


 そして何よりも宗厳が味わったあの感覚こそ芽衣の話が真実であると物語っている。


「ここに来てから驚かされてばかりじゃのう。ここまで来るとむしろ清清しく感じるわ。しかし、まさかあの再生能力が魂から齎されていたものだったとはのう」


「はい。俺もてっきり妖刀に宿っている霊力が関係しているものとばかり……」


「多少は妖刀の霊力も関係してますよ。でも重要なのはやはり、魂を切断できているかどうかです」


「じゃあ俺達が黒縄を倒せないのは、俺達の鬼哭刀が黒縄の魂まで届いていないからか?」


 芽衣は黎雄に対して神妙な面持ちで頷いた。


 すると彼女は座卓の下から一冊の古びた書物を取り出す。


 かなり年季が入っているようだったが大切に保管されていたようで、字が完全につぶれている様子はない。


「これは?」


「神々が鬼に対抗するために使っていた力のことが記されています。柳世さんと獅子陸くんに習得してもらいたいのは、これです」


 パラパラと頁を捲って芽衣が指差した場所にはこうあった。


『魄刻の刃』と。


「読み方は『はっこくのやいば』で良いのか?」


「はい。神々がいた時代、鬼哭刀という概念自体がありませんでした。でも彼等は鬼や妖の類を倒すことができた。それはなぜか……魂を斬ることができたからです」


「その力を持っているのがこの魄刻の刃というわけだな」


「そのとおりです。この刃は魂に刻まれた刃。だから魄刻という名前がついているんです」


「魂には魂で対抗するというわけじゃな。それで、それはどうやれば習得できる?」


 疑問符を浮かべた宗厳に対し、芽衣は自身の胸に手を置いた。


 少しだけ芽衣が表情を硬くした瞬間、彼女の胸の中から青白く発光する霊力の球体のようなものが現れた。


 それは徐々に形を変え、やがて日本刀のような形へと変化していった。


 完全に変化が終わると芽衣は大きく息をつきつつ、生み出した魂の刃の柄を握った。


「これが『魄刻の刃』です。己の魂と霊力を混ぜ合わせ、己の魂に刻まれた刃を具現化する。これを習得する上で必要なのは己の魂と向き合い、その形を霊力によって形作ることです」

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