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禍姫の宣戦布告によってハクロウの操作網は拡大され、各地に存在する解放軍の潜伏先は次々に摘発され、多くの構成員が拘束されていった。
目立った犯罪歴もなく、拘束することのできない信者達に関しては拘束はしないまでも監視をつけることで不穏な行動を取った場合は即座に拘束できるようにしている。
彼らを突き動かす理由は二つ。
一つは想定される全面戦争における最悪のシナリオを作り出させないこと。
例え禍姫や彼女と共に潜伏しているであろう幹部達に辿りつけずとも、彼らの元へ集う信者達を少しでも減らすためだ。
きっと禍姫は「無駄な足掻き」と嗤うかもしれない。
だが、足掻くことに意味があるのだ。
なにもせず、ただ死を待つなどまっぴらだ。
どれだけ小さな歩みだったとしても、逃げることはできない。
散っていった仲間達の命を無駄にしないために。
それこそが、刀狩者達を突き動かす二つ目の理由だ。
記録上、今日まで多くの刀狩者が斬鬼を含め、犯罪者達との戦いで命を落としてきた。
その中には先日死亡した古閑准一のような潜入捜査員の名前もある。
命をかけて人々や街を守り、敵組織を解体するために潜入していった彼らの死に報いるのだ。
もしも禍姫によって全人類が殺戮されてしまうようなことになれば、全てが無駄になってしまう。
志半ばで散っていった者達の意志を継ぎ、世界を守るのが残された者達の使命だ。
そして、死亡しているのは刀狩者だけではない。
妖刀に魅入られ斬鬼へと作り変えられてしまった人々。
斬鬼が引き起こした刃災によって命を落とした人々。
彼らの命もまたかけがえのない命だ。
絶対に無駄な命などとは言わせない。
死に報いるため、ハクロウは決して諦めない。
禍姫を打ち倒すその日まで。
ハクロウ日本総本部に存在する限られた者しか出入りを許されていない空間。
蛍光色の液体が満たされたカプセルの中に浮かぶのは、三人の人物。
彼らの存在は公にはなっていないものの、ハクロウの方針において絶対的な決定権を持っており、辰磨など一部の重役からは『最高評議会』と呼ばれている。
その権力は時として長官である辰磨以上であり、辰磨であっても彼らの決定を覆すことは難しい。
辰磨を表向きの主導者とするならば、彼らは影の主導者というべきか。
彼らが日々行っているのは、世界を導くための問答。
これは彼らがカプセルに入って以降、数十年以上に渡り続けられていることだ。
『禍姫か。彼女の存在は看過できんが、あの力……惜しいな』
『惜しいとは?』
女性の声が疑問符を浮かべる。
『そのままの意味だ。確かに禍姫は脅威だ。討伐すし滅ぼすべき対象であることに変わりはない。しかし、酒呑童子を超越するほどの力、うまく利用すれば我らの最終目標に使えるのではないか?』
『……なるほど、確かにそうだな。薬も過ぎれば毒となる、と言うが、その逆もまた然りというべきかな』
『そうだ。以前より議題に挙げていたが、このあたりで一度完全なる支配者というものを作るべきだ』
『それが禍姫であると?』
『馬鹿な。鬼などに世界を任せてなるものかよ。アレはただの道具として扱う。真に世界を導くのは、ハクロウこそ相応しい』
『国という括りを設けるから無用な諍いが起きる。ハクロウならばそれをなくすことができる、ということですね?』
『まさにその通り』
彼らの口元が動くことはない。
既に人間の肉体としての機能は停止しており、ここにあるのは彼らの意識だけ。
だが、意識から生じる笑い声は歪なものだった。
『龍馬では為し得なかったことを、我らが完遂するのだ』
『あの男は理想を追うばかりで大局を見ていませんでしたからね。ハクロウこそが世界の指導者であるべきです』
どこか狂気を含んだ笑い声が闇の中で木霊する。
けれど彼らの声が辰磨の下へ届くことはなく、今はまだ誰一人としてその真意に気付く者は存在しない。
『辰磨は我らの判断に良い顔をしないだろう。あの青二才は龍馬と同じだからな。まぁ同じ血が通っているのだから当然だろうが』
『となると、我々にも駒が必要となりますな。しかし、ハクロウ内部の刀狩者は殆どが辰磨くんの管轄……我らの名前を出したところで簡単に従うとは考えられません』
『では、アレを再利用するというのはどうでしょうか?』
女性の声が響くと同時に、三人の前にホロモニタが展開した。
そこにあったのはかつてハクロウ内部にてとある研究者が提唱するも、ある理由から凍結封印されていた計画。
『これならば我らの思いどおりに動く駒を作れるな。よし、ではこの計画を元に進めよう。異論はないか?』
『私はなにも』
『同じく異論ありません』
『よろしい。では、早速とりかかるとしようか。この世界を導くために……』
辰磨達が禍姫と対峙する裏で、最高評議会は暗躍する。
ハクロウを世界の指導者にするために――。
ハクロウによる解放軍の摘発が進むなか、禍姫の姿はジークが所有している隠れ家にあった。
山一つをくりぬいて作られたそれはもはや基地に近く、入り口は山の中腹に設けられたヘリポートと滑走路のみ。
離着陸の時以外は擬似的に作られた山肌によって完全にカムフラージュされており、肉眼で判別するのは非常に難しい。
それ以前に険しい山々に囲まれた基地は外界から完全に隔絶された環境にある。
周囲に乱立する山によって発生している特殊な気流と風の流れの影響で正しい進入ルートから入らなければまず辿りつけない。
天然の要塞とでも言うべき場所なのだ。
禍姫もこれには多少なり驚いたようで、基地の中に設けられた玉座に座りながら驚嘆の声を漏らした。
「よくもまぁこんな場所に隠れ家など作ろうと思ったものよな」
「ジークの話では元々はシェルターとして運用しようとしていたようです。しかし、彼の一族が解放軍を率いるようになって以降は、基地及び隠れ家として扱うようになったと」
「なるほど。だから基地内にある機材も真新しいものが多いというわけか」
禍姫はジークにここを案内された時のことを思いだす。
基地内にあった端末類は決して時代遅れの骨董品などではなく、全てが最新のものか、まだ世間に出回っていないようなものばかりだった。
他にも人間が生活できる施設はもちろん、大人数が収容できるホールのようなもの。
さらには武装類の生産ラインや、食材を生産するための屋内栽培施設まであるという。
「戦力を確保できればいいと考えていたが、これならば解放軍を傘下に加えて正解だったな。以前のような穴倉では息がつまる」
「申し訳ありません。当初はクロガネの拠点を流用するつもりだったのですが……」
「構わん。こうして新たな拠点を手に入れることができたのだ。その程度のことでいちいち謝るな。それよりも、酒呑童子に任せている信者達の転移状況はどうだ?」
「今のところ、大きな問題なく進んでおりますが、ハクロウも警戒を強化しているようで安易に大人数を転移させるのはいささか危険かと。念のため慎重に進めるように伝えてはありますが」
「そうか。まぁいい、仮に見つかったとしても酒呑童子の力ならば簡単に捕らえられることはあるまい。ある程度の数が揃い次第、新たな配下を生み出す」
「かしこまりました。ジーク達はいかが致しますか?」
「今はまだ好きにさせておけ。どうせ時が来れば、身をもって知ることになる。ククク、さぞかし見ものだろうなぁ」
不敵に嗤う禍姫の瞳の中には狂気という名の黒い渦があった。
けれど、彼女は大嶽丸を見やって僅かに眉をひそめた。
いつもならば自分に同調するように笑みを浮かべるはずの彼が妙に険しい表情をしているのだ。
「どうした、大嶽丸よ。新たな配下に自分の地位を脅かされるのではと不安なのか?」
「いいえ、そういうわけではありません。ですがこの際なので一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「構わん、聞かせてみろ。どんな疑問だ?」
笑みを浮かべていた禍姫の眼光が鋭くなる。
大嶽丸は少しだけ体を強張らせたものの、やがて意を決したように問うた。
「綱源雷牙についてです。貴女様はあの小僧を殺したいと思っていますが、ならばなぜ人間共にあの小僧を引き渡させないのですか?」
「……」
「貴女様もご存知でしょう。人間は我が身を守るためならば、子供だろうと何だろうと平然と利用します。綱源雷牙を引き渡せば殺しはしないと言えば、連中のことです、嬉々としてあの小僧を引き渡してくるでしょう。そうすれば、貴女様の邪魔をする存在をすぐに殺すことができます。残った人間達の始末はその後でもいいので――ッ!!!???」
大嶽丸は言葉を終える前に息を詰まらせた。
首元には病的なまでに白い腕が伸びており、万力のような力で首を締め上げられている。
「が、かハ……!? ま、がつ、ひ……さ、ま……!!??」
必死に声を絞り出す大嶽丸は許しを請うように彼女を見やる。
「……」
怒りに混濁しきった瞳と、血の涙を流している禍姫の姿だった。
彼女は無言ではあったが、その瞳の奥底にある憤激は並みのものではない。
ブチリと禍姫の指が大嶽丸の皮膚を突き破って首に食い込んだ。
ほぼ意識を失いかけていると言っても過言ではないものの、斬鬼としても生命力がそれを許さない。
禍姫もそれを理解しているのか、彼女は小さく息をついた。
「お前は……我に人間共と同じことをやれと言うのか? あの、憎き人間と同じになれと? ふざけるな、ふざけるなよ、大嶽丸。もしも次に同じようなことを問うてみろ。貴様を即座に別の鬼に作り直してやる……わかったか?」
「ッ!!!!」
怒りの色がいっそう濃くなった禍姫の瞳に大嶽丸はただ必死に頷くことしかできなかった。
それが今、自分が助かる唯一の方法だからだ。
すると禍姫もそれに気付いたようですぐに手を放した。
「ゲホ、ガハ……っ! も、もうしわけ……ありま、せん……!! 以後、このようなことは……!」
「……わかったならばもうよい。……すまん、昔を思い出して少し我を忘れた。しばらく一人にしてくれ」
禍姫は玉座に腰を下ろすと背もたれに深く身体を預ける。
大嶽丸はそれ以上彼女に問うことはなく「では、失礼いたします」とだけつげ、玉座の間から出て行った。
一人残った禍姫は己の額に手を当てる。
隙間から見えるのは怒りに歪みきった瞳。
熱を持っているのではないかと見紛うほどに赤熱した赤い瞳に写るのは誰も居ない玉座の間。
だが、彼女の脳裏にはかつて自分が受けた苦しみがハッキリと写っていた。
「……憎い……」
ギリッと歯をかみ締める音が静寂が蔓延る玉座の間に小さく響く。
「私は、人間共と同じにはならない……。なってたまるものか……ッ!!!!」
恨み。
人間と言う種に対する底のない恨み。
彼女の声にあったのはただそれだけだった。




