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会議室の正面にある大型モニタに写った捜査員からの報告内容に誰もが視線を向けていた。
報告の内容は解放軍が禍姫の傘下に入った確定情報、解放軍の装備、そして解放軍の現教祖と彼を支えている幹部達の名前が大半を占めていた。
禍姫の傘下に加わったことは最初の報告で周知されていたので、そこまで驚くような内容ではなかった。
けれど、会議室にいる者たちの表情は驚愕に染まっていた。
彼らの視線の先にあったのは、解放軍の現教祖とその幹部の名前が記された項目だ。
「……ジーク・シェリンガム……だとっ!?」
誰かの声が室内に響いた。
それを皮切りに会議室全体がザワつき始める。
とはいえそれも無理はない。
『ジーク・シェリンガム』。
ハクロウに所属していてその名前を知らない者はいない。
いや、彼の名前を知らぬものなど殆どいないだろう。
米国に拠点を置く巨大軍需企業『シェリンガム・エレクトロニクス』の社長。
それが彼だ。
「大物ですね……」
雪花が呟くと隣に座っていた翔も頷くが報告所書のページが切り替わると再びざわめきが強くなった。
次にモニタに写ったのは米国の国務長官、『エドワード・ウェッジウッド』の名前。
「ウェッジウッドだと!? 馬鹿な、米国の実質的なナンバー2だぞ!?」
「一国の行政に関わる男がテロリストだというのか! しかも禍姫の傘下に加わるなどッ!」
「だが、彼は若い頃に解放軍の思想に傾倒していたという噂も……」
エドワードの名前が出たことで会議室のざわめきはより大きくなった。
有事の際は国家の代表に代わって国を動かすことの出来る男が解放軍の幹部と判明したのだ。
雪花も思わず眼を見開いてしまったし、普段あまり表情に出さない翔からも息を呑む音が聞こえた。
けれど、二人は驚愕することはあってもそれを持続させるようなことはしない。
驚くのは一瞬で十分だ。
「まさか米国の二番手が解放軍の幹部とは思わなかったですね。しかもあの書き方を見ると副教祖って感じですし」
「……ああ、そう見てまず間違いないだろうな。だがこれでわかったこともある」
「わかったこと?」
「鞍馬部隊長、それは一体……」
灰琉火も雪花に続くように首をかしげた。
「……シェリンガム・エレクトロニクス、長いから『SE』と略すが、あそこは米国政府と密接な関係にある。軍需企業なのだから当然だと思うかもしれんが、連中の関係はかなり深く、一企業と国家の関係の枠を超えていると言って良い。最悪の場合は米国もSEに逆らえない状況にあるとも考えられる」
「企業が国家を超えているということですか?」
「……平たく言えばそうなる。米国の軍需品の殆どはSEに頼っている。言ってしまえば、SEが武器の供給をストップすれば、それだけで米国は軍事面で大打撃を受ける。ゆえにSEは米国政府に対してある程度の発言権を持ち、米国政府も逆らうことができない。機嫌を損なったらどうなるかはわかっているからだ」
「じゃあSEが問題を起したとしても政府はそれをもみ消す……?」
「……もみ消してくれと頼まれればそうするだろうな。言うなれば、SEは米国に守られる時もあれば、守ってやっている時もあるということだ。恐らくそうなるようにしたのが、エドワード・ウェッジウッドだろう」
翔は端末のホロモニタを展開した状態で雪花と灰琉火にそれを見せた。
二人がモニタを見やるとかなり古い新聞記事が映っていた。
記事の隣には写真もあり、スーツを着た若い男性二人が握手を交わしている。
「これって、まさか……」
「……そうだ。左の男が若い頃のエドワード、右がSEの前社長、ジークの父親だ」
「じゃあつまり、この時点で既に二人は解放軍で、ジーク・シェリンガムの父親は元教祖ってことですか」
「……そう考えるのが妥当だろう。教祖がジークに代わった時点でエドワードは政治家として米国の内部に入り込んでいた。以降はお前達も知ってのとおり、国務長官にまで上り詰め現在の地位にいるというわけだ」
「こんなに昔から関わりがあったなんて」
「……軍需企業という立場を上手く利用したというわけだ。深い関係だとは思っていたが、俺もここまでとは考えていなかったよ。隠密部隊が聞いて呆れる」
自嘲するように肩を竦めた翔だが、はっきりいってそれは仕方のないことだろう。
確かにSEと米国政府の関係は密接だったかもしれない。
けれどだからと言ってそこから解放軍の存在に行き着けるはずがない。
彼らは巧妙にそれを隠していたのだ。
立場を、地位を、企業を、そして国家そのものを。
全てを隠れ蓑として今日まで己の真の姿を隠し通してきた。
いくら翔が優れた諜報手腕と隠密能力を有していると言っても、日本の刀狩者が米国政府の内情に切り込んでいくのは難しい。
それに米国と日本の関係はそこまで良いわけではない。
刃災が災害として観測される前はそこまでではなかったらしいが、ハクロウが発足し世界各国に配置することになって以降は関係の悪化が顕著だった。
米国からすれば極東の小さな島国が自分達よりも上に立つことが気にいらなかったのだろう。
しかも相手は過去の戦争で一度は骨抜きにしたはずの国だ。
それが今や世界的な組織の総本部を有し、斬鬼や妖刀の対処に関しては世界トップの実力を持っているのだから気に食わないのも当然だろう。
ゆえに米国はハクロウの捜査に関しては一部非協力的な面があり、日本の刀狩者は快く思われていない。
翔が深く調べることができなかったのはそういったことも関係しているはずだ。
「……とはいえ、落ちこんでばかりもいられんな。過ぎたことを気にしても仕方がない」
小さく息をついた翔は再びモニタに視線を戻した。
雪花はその様子に安堵しつつ、彼と同じようにモニタを見やった。
捜査員から送られてきた幹部達のリストは著名であったりハクロウの関係者であった。
世界的な俳優兼刀狩者であり若い世代から支持を集めるインフルエンサーであるクリス・フロックハート。
SEの開発部門主任であり、霊力を用いた武装の開発にも着手しているエリカ・B・カガサキ。
フランスのハクロウにて分析官を務め、フランス本部の観測課にて地位を築いていたキサラ・ガブリエル。
ロシアのハクロウでは『氷国の炎将』の二つ名で讃えられたルドルフ・シャタロフ。
そして最後は英国の現役刀狩者。
英国最強戦力である『ラウンドナイツ』の第三位『湖の戦姫』の二つ名を持ったライラ・アリオンダート。
以上、教祖のジークと副教祖であるエドワードを含めた計六人と、解放軍の装備と戦力、が捜査員によって齎された情報だった。
全ての情報を確認し終えた会議室はざわめきこそおさまっていたものの、非常に重苦しいものだった。
幹部達の顔色はどれも悪く、まともな顔色をしているのは雪花や翔、そして他の部隊長達ぐらいだ。
「実力者二名が率いる刀狩者の部隊。それに加えて信者達にはシェリンガムが武器を無償で提供する……。まさに『軍』というべきか。そこに禍姫の力も加わるとなれば……」
焦燥こそ見えなかったが辰磨の表情も硬かった。
はっきりいってしまえば解放軍の信者がどれだけ武装したとしてもハクロウの敵ではない。
そこに精鋭の刀狩者がいたとしても日本総本部の全軍でかかれば彼らを潰すことは可能だ。
世界全体を巻き込めばもっと容易にできるだろう。
だが、禍姫の傘下に加わってしまった今、事態はそう単純なものではなくなった。
信者の数がそのまま斬鬼の数に直結しかねないのだ。
「状況は芳しくないですね。正直総本部の戦力だけじゃどうしようもない」
「ああ。すぐに各国協力要請は出す予定ではあるが、各国政府が素直に応じるかどうかが問題だな」
「……米国と英国は渋るはずです。特に米国の場合は国務長官が相手です。恐らく政府内にも彼の息のかかった者たちがいると見て間違いないかと。なおかつ、ハクロウ内部からも離反者が出ていることを考えると伝える相手は選ぶべきだと思いますが」
解放軍の恐ろしいところはどこにでもいる可能性があるということ。
こうしている今もハクロウの内部に潜んでいることも十分考えられる。
「とはいえ臆してなにもしないわけにもいかん。この情報はすぐにでも伝えておく」
「し、しかしもしも各国本部の中に解放軍の信者がいたら……!」
「もはやそのようなことを心配している局面ではない。解放軍の信者がいるのならばそれごと連中を叩く。四の五の言っていては後手に回るだけだ」
慎重になるのは当然のことだ。
けれど辰磨の言うようにもはやその局面ではなくなった。
先手を打たなければ負けるのはハクロウだ。
「我々がやるべきことは、妖刀を生み出す禍姫を倒すことだ。そこに解放軍が加わったというのなら、もはや戦う以外に道はない」
もとより向こうはハクロウと戦う気でいるのだ。
ならば彼らが本格的に動く前に潰す。
全軍をもって世界各国で蜂起する前に少しでも戦力を削がなくてはならない。
甚大な被害が出てからでは遅い。
辰磨の決定にやや渋っていた幹部達も事態の重大さを飲み込んだようで、覚悟を決めたようだった。
すると、それを確認した辰磨は翔に視線を向ける。
「鞍馬、捜査員からの報告はほかにもあるか?」
「……いえ、その報告の後は特になにも。バイタルは安定しているようですが、こちらの応答には答えません」
「また不用意に通信ができない状況にいるというわけか。かまわん、何かあったら私に連絡してくれ。それともし可能ならば捜査員を一度こちらに帰還させることも考えておけ。できることなら連中の計画の全容を捜査員本人から聞きたい」
「……わかりました。次に通信があった時伝えておきます」
「よろしく頼む。さて、報告が来るまでただ待っているわけにもいかん。我々の方でも各国との協力体制を敷くために準備を整えるぞ」
ハクロウ総本部にて禍姫と解放軍の関係が明らかになっている頃、決起集会が行われていた街の一角には捜査員の姿があった。
「……よし。あとは一旦この街を離れて――っ!?」
報告書を纏め終わったとき、彼はふと背後に現れたおぞましい気配に振り返る。
そこにいたのはオレンジ色の街灯に照らされているハットを被った男――百鬼遊漸だった。
禍姫には確か大嶽丸と呼ばれていたはずだ。
「おやおや、どうにも臭うと思って来てみればこんなところに狼共の斥候がいるとは。まぁ連中もそこまで馬鹿ではないというわけですか」
ククク、と笑った大嶽丸の瞳が妖しく光った。
バレた。
けれど、捜査員はいたって冷静だった。
大嶽丸が放っているおぞましい気配を感じつつも新たに纏めた情報をハクロウへ送信する。
「お前達の目的はなんだ。なぜ解放軍を傘下に加えた……!」
「戦力の強化と言ったでしょう。禍姫様は寛大な方です。己の軍門に下った者を邪険に扱うことはしません。さっきだって約束していたでしょう」
「そんな言葉を信用しろというのか!? アレだけの殺気を向けておいて!」
彼はあの会場で直に禍姫の殺気を浴びた。
周囲が気絶したのであくまでフリをしただけだったが、気を抜けば無事ではすまなかっただろう。
あの殺気は本物だった。
人類という種そのものを恨み、憎みきっている怨念の塊。
解放軍との協力など微塵も考えていない。
彼女達は解放軍を都合のいい手駒として扱おうとしているだけだ。
「解放軍をどうするつもりだ!」
「随分と連中に肩入れしますねぇ。潜入捜査をしている間に情でも湧きましたか?」
「違う。彼らは人だ。人は人の手で裁かれるべきだ。更正の機会は誰にだってある。だが、お前達の下にいたらそれすらも叶わなくなってしまう……!!」
鬼哭刀を抜き、切先を大嶽丸に向けた捜査員。
すると大嶽丸は小さく息をついた。
「なるほど。では、彼女に直接聞いてみるのはいかがですか? まぁ、それができればの話ですが……」
ニヤリと大嶽丸の口元に浮かぶ笑みが強くなった。
不気味な三日月の口元が見えたかと思うと、彼の影から別の影が現れた。
「っ!?」
刹那、捜査員の全身に怖気が走る。
オレンジ色の街灯に照らされるのは、黒い着物を羽織った白い女性。
病的なまでに白い肌と、深く濁った赤い瞳は夜の中でもボウッと妖しく輝いていた。
自然に喉が鳴る。
気配自体が大嶽丸とは一線を画す。
まさに怨念の塊が人間のような外見を持っているかのようだ。
「禍姫……っ!!!!」
掠れる声が夜の街角に僅かに響く。
そんな彼の視線の先で、禍姫は不適な笑みを浮かべるのだった。




