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シェリンガム・エレクトロニクス。
米国に拠点を置く巨大軍需企業であり、一般で扱える銃火器はもちろん、軍部で使うような兵器も開発、生産を行っている。
他の軍需企業の追随を許さない圧倒的な生産力と品質、そして技術を持った会社だ。
ハクロウ発足以降は質量兵器のみならず、量産型の鬼哭刀の開発はもちろん、刀狩者の活動をサポートするアイテムの開発も生業としている。
米国内での信頼度は高いものの、それは決して業績だけで評価されているわけではない。
社長であるジーク・シェリンガムの影響も大きい。
幼い頃から聡明で優秀だったジークは社員と共に自らも武器開発に携わっていた。
そして生真面目な雰囲気をもちつつも優しげな彼の甘いマスクに魅了される女性は多く、ファンの数はそこらの人気俳優などを軽く凌駕する。
また、セレブでありながらもそれをひけらかすようなことはせず、傲慢に人を見下すようなことはしないその性格も彼が人気である要因だろう。
個人的に基金を立ち上げてもおり、貧しい人々への奉仕を惜しまない。
まさに非の打ち所のない男であるが、多くの人々は彼の本当の姿を知らない。
彼こそ世界中に根を張り巡らし、刀狩者が世界の支配者であるべきだと唱える組織、『刀狩者解放軍』の教祖である。
超巨大企業であるシェリンガム・エレクトロニクスの社長が犯罪組織の総帥という事実を隠し切れているのは、幹部やジーク自身の社会的権力によるものでもある。
実際、この事実はハクロウすらも掴めていない。
信者にのみ共有されている情報なのだ。
けれど、例え信者であったとしても彼の姿を間近で見ることは殆どない。
ゆえに今彼の目の前で歓喜の声を上げる信者達の様子は当然と言える。
しかもこの街の人間は解放軍信者の中でも一際熱狂的であるため、教祖の登場を心待ちにしていたのだ。
すると、ジークが柔和な笑みを浮かべつつ信者達に対して掌を向ける。
即座にそれが歓声をやめろという合図だと判断したのか、あれだけ湧いていた信者達の声が止んだ。
再び静寂が訪れたところで軽い咳払いの後、ジークは彼らに語りかける。
「まず最初に皆には謝っておきた。教祖という身でありながらこの街に顔を出せずに本当にすまない」
腰を折って謝罪するジークに信者達からは『顔を上げてください!』、『そんなことありません!』という彼を擁護する声が飛びかう。
彼らの言葉は決して強制させられているわけではない。
それぞれの本心だ。
実際、ジークは教祖として多くの者たちを導いていた。
その結果がこうして現れているのだ。
「……ありがとう。では、改めて決起集会を始めようと思うが、その前に皆と同じように解放軍を支えてくれている幹部達を紹介しておこう」
ジークは苦笑しつつ後ろに並んだ六人に視線を向け、端から順に紹介を始めた。
「では一番左の彼から行こうか。皆一度はメディアで見たことがあると思う。刀狩者でありながら俳優としても活躍する彼の名はクリス・フロックハート。ちなみに米国が誇る実力派俳優でもある。解放軍では主に若年層の理解を広める活動をしてもらっている」
紹介に応じてクリスが手を振るとと女性信者から黄色い声が上がった。
刀狩者はなにも副業を許されていないわけではない。
日本でまずはないが、海外では刀狩者でありながらも歌手として活動したり、クリスのように俳優として活動しているものもいる。
これは恐らく海外の刃災発生率が日本よりも少ないことが影響しているのだろう。
クリスが声援に応えるのもつかの間、ジークは次の人物の紹介へ進む。
「次は彼女だ。クリスのように刀狩者というわけではないが、僕の会社で開発部門の主任を務めてもらっているエリカ・B・カガサキ。決起の際君達に渡す武器の開発を進めてもらっている」
入れ替わる形で頭を下げたのは眼鏡をかけた日系の若い女性で、彼女は信者達に向けて少し恥ずかしげにはにかんだ。
彼女はそのままジークに目配せして次へ進むように促した。
「本来であれば一人ずつ挨拶をしてもらいたいところだが、あまり時間を割いてもいられないので手早く済ませてしまおう。次は情報統制と分析を担っているキサラ・ガブリエル。彼女は元々フランスのハクロウに務めていた分析官で彼女が率いる分析班がいるおかげで僕達の行動が世間に知れ渡らないようになっているんだ」
キサラは慌てた様子だったエリカとは対照的に落ち着き払った様子で腰を折る。
分析官という話だが、タイトスカートを着こなし、タブレット端末を携帯している様子はやり手のキャリアウーマンのようにも見える。
ジークはそのまま四人目の紹介に移ろうとしたものの、一番右端にいた男性がそれを止めた。
「我らがリーダー、ジークよ。情報統制というのなら私も共に紹介してくれてもいいだろう」
薄く笑みを浮かべながら告げたのは温和そうな雰囲気をまとっているナイスミドル。
彼の登場というか発言に会場内が少しだけピリついた。
別にジークの言葉を遮ったからではない。
単純に彼の表向きの顔を知っているからこその反応だ。
「貴方のことを無碍にしていたわけではありませんよ。ただ、解放軍への在籍順から考えれば貴方は最後にした方がよいかと思ったんです。なにせ貴方なくしては解放軍はここまで大きくなれなかったわけですから」
「フフフ、うれしいことを言ってくれる。だがね、歳を取ったせいか待っているのが少し億劫になってきていてね。私のことはキサラ分析官とあわせて紹介してくれたまえよ」
「わかりました。この方はエドワード・ウェッジウッド。解放軍においては僕が不在の時に臨時のリーダーを務めてもらう存在です。簡単に言ってしまえば副教祖――いや、副リーダーとした方がわかりやすいですかね。彼は僕がまだ幼かった頃からサポートしてくれている最も信頼の置ける人物です」
「どうも皆さん。私としてもこうして多くの信者の方々の前に出ることができてうれしく思う。私達の思想に共感してくれてありがとう」
にこやかに笑うエドワードであるが、信者達はまだ驚いた様子だった。
エドワード・ウェッジウッド。
普通に生活していればニュースなどで耳にする名前だ。
クリスのような俳優ではなく、エリカのような著名な科学者でもない。
彼の表向きの顔、それは米国の外交は勿論、時には通商や国家行事も統括するポスト。
米国国務省の長官である。
実務だけを言えば大統領に次ぐ事実上の米国のナンバー2だ。
政治家である彼は昔からその胸の奥底に刀狩者優位主義を掲げていた。
彼自身も霊脈保持者であることもそうだが、彼が幼い頃は特に迫害は差別が酷かった時代故のことだろう。
けれど、刀狩者優位を主流に訴えているだけでは国務長官の地位には立てない。
ゆえに彼は己が本当に信奉している思想を胸に秘めつつ、表向きは世間が納得するような政策を掲げていた。
そうしていくうちに彼は評価されていき、今の地位にまで上り詰めた。
当然今の地位に着く間まったく何もしていなかったわけではなく、政治活動の裏で着実に解放軍の思想に共感する同志達を募っていった。
結果、現在の米国の閣僚や議員の中には彼に感化される形で解放軍の思想に染まった者は多い。
恐らく今日、この場所に集えなかった者たちもこの様子を端末越しに見ていることだろう。
「これからも皆さんと共に解放のため手を尽くそうと思う。よし、ではジーク、次に進んでくれてかまわないぞ。あとはそこの二人だけだろう」
手短な挨拶を済ませたエドワードは残った二人に視線を向けた。
ジークもそれに頷くと「では最後は二人を纏めて紹介します」と手を肩の高さまで上げて信者達の視線を誘導した。
照明に照らされた二つの人影は明らかにエドワード達とは雰囲気が違っていた。
彼らの腰に下がっていたのは刀狩者の証である鬼哭刀であり、身に纏っているのは解放軍の紋章が刻印された戦闘服。
「彼らは解放軍の戦闘部隊を率いる隊長達だ。向かって右側の彼はルドルフ・シャタロフ。ロシアのハクロウにて隊長を務めていた。その実力は本物で刀狩者の質において世界トップクラスである日本の部隊長達にも引けをとらない」
ルドルフの顔には戦いによって刻まれた傷跡が生々しく残っており、巌のような表情がよりいっそう険しく感じるほどだった。
彼は言葉を発することなく小さく会釈すると、隣にいる同じ戦闘服を纏った女性に視線を向けた。
「では、最後の幹部の紹介と行こう。彼女は英国の現役刀狩者であり『ラウンドナイツ』にも名前を連ねる実力者、ライラ・アリオンダート。刀狩者としての序列は英国第三位。確かこうも呼ばれていたかな『湖の戦姫』と」
ジークの紹介にライラは苦笑した。
英国を含めた各国のハクロウの本部には日本の斬鬼対策課を踏襲した十二の部隊や刀狩者が最高戦力として配置さている。
英国の場合は『ラウンドナイツ』。
かつてレオノアの母であるヴィクトリアも名前を連ねていた英国ハクロウの最高戦力であり、彼らには序列ごとに称号というか二つ名が授けられる。
それらは全てアーサー王伝説に登場する騎士達がモチーフになっている。
ライラの場合はそれが『湖の戦姫』というわけだ。
これで総勢六人の幹部達の紹介が終わりジークは小さな咳払いをしてから再び信者達に向き直る。
「これで幹部達の紹介は終わりだ。時間がないといった割りに長引いてしまって申し訳ない。では始めるとしようか、この世界の未来をよりよいモノにするために」
ジークの言葉に信者達が再び湧き立った。
会場のボルテージはまさに最高潮と言った具合だ。
誰もがこのまま何事もなく進行するのだと思っていた。
ジークですらそれを疑うことはなかった。
ここから解放軍の決起が始まり、世界を導いていけるのだと考えていた。
しかし、鬼の手はもうすぐそこにまで迫っていた。
「ッ!?」
最初にそれに気付いたのはライラとルドルフだった。
二人は声を発することなく瞬間的に鬼哭刀を抜いていた。
信者達はそれをパフォーマンスか何かだと思ったようだが、実際は違う。
感じてしまったのだ。
ドームの上から感じる重く禍々しい気配を。
「ルドルフ、ライラ? どうし――」
二人の様子が普通ではないと感じたのかジークが首をかしげるものの、彼の言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら次の瞬間、ドームの屋根に黒い斬閃が迸ったから。
さすがにここまで来ると幹部達はもちろん、信者達の中にも異常に気付いた者が現れ始め屋根を見上げ始める。
刃が奔ったドームの屋根から見えるのは月が浮かぶ夜空と満点の星空。
それをバックに空中に浮かんでいる影が二つ見えた。
一つはスーツに袖を通したハットをかぶった男。
そしてもう一つは白無垢を黒く改造したような服を着込んだ女性。
男の腰には刀があったが、ライラとルドルフにはそれが鬼哭刀でないことはすぐにわかった。
「あれ、は……?」
誰かの驚愕と呆然が入り混じったどこか間抜けな声が響く。
すると上空に浮かんでいた二人は月明かりに照らされながらゆっくりと信者達の集まっているドーム内に着地する。
突然の登場に信者達は二人を遠巻きから監視するように囲った。
すると女性の方がクスッと口もとに指を当て小さく笑う。
「ごきげんよう、解放軍の諸君。我は禍姫。突然だがお前達、我が軍門に下れ」
憎悪に濁った赤い瞳は真っ直ぐにジークを見据えていた。




