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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十章 目醒めし悪神
300/421

2-6

 総本部の近くにあるハクロウの職員御用達のレストランの個室には昼食を終えた雷牙と雪花、灰琉火の姿があった。

 

「ふぅ、とりあえずひとごこちついたわけだけど……雷牙くん、本当によく食べるね」


 食後のデザートとして注文したクリームソーダを飲んだ雪花は少しだけ驚いた素振りを見せた。


 すでに皿などは片付けられてしまったが、少し前までは雷牙の前に大量の皿が並んでいたのだ。


「あ、すみません。もしかして食べすぎました? 支払いの方とか……」


「いやいや、その辺りは全然平気だよ。一応部隊長っていうか、刀狩者って高給取りだし。ただ、部隊長を含めた現役の刀狩者でもあそこまで食べる人はいないからさ。ねぇ?」


「ええ。育成校から送られてきた資料にも太字かつ赤文字で『大食い』と記載されていたので、それなりに食べる方だとは思っていましたが、まさかあれほどとは」


 灰琉火もコーヒーを飲みながら頷いていた。


 雷牙は苦笑するものの、学校側が送った生徒の資料で『大食い』を強調するのはどうかと思った。


 学校側にも雷牙の大食いは警戒されていたということなのだろうか。


「まぁひとまず雷牙くんの大食い云々は置いておくとして――」


 雪花の声のトーンが少し下がり、柔らかな物腰が僅かに鋭くなったのを感じ、雷牙はコーラフローとを啜るのをやめて彼女を見やる。


 声音が変化したことで真面目な話になることは凡そ想像できたが、雪花の口元に浮かぶ笑みは消えていなかった。


「――研究室での話、なかなか興味深い内容だったよね」


「そうですね。私としては頼光が怪異殺し、妖怪退治屋として名を馳せていた理由が知れて中々おもしろかったです」


「うん。考えてみれば妖怪伝説とかそういうのって全部禍姫っていうか、妖刀や斬鬼関連なんだろうね。獣型や異形の鬼の情報もあったし、有名な土蜘蛛とかその一つかもね」


「獣型に関しては鬼獣の前身のようなものだったのでしょうか」


「そう考えてもいいかもね。雷牙くんはどうだった? ご先祖が残した研究日誌。なかなか面白かったんじゃない?」


「そう、っスね。けど、なんか申し訳なさもちょっとあったっス。かなり時間をかけて解析してもらったのにいまいちいい情報がなかったっていうか」


「そんなことはないよ。だってあの古文書がなかったら昔の斬鬼の話とか、過去に禍姫がなにを起したのか想像すらできなかったしね」


 雪花の口元には変わらず笑みがあった。


 彼女を含め、あの場にいたものは明確な情報がないことに悲観などしていなかった。


 むしろ今まで謎だらけであった禍姫について新たな説が出てきたことを喜んでいるようにも見える。


「だからそう気を落とさない。弱点がわからないなら私達で見つければいい。どうせ戦うことになるわけだしね」


「解析自体がここで終了するわけではない。もしかするとその中に禍姫打倒の鍵になるものがあるかもしれない」


「それにさ、雷牙くん。忘れてない?」


「え?」


 疑問符を浮かべるとピシッと音がしそうな勢いでスプーンが向けられた。


「京都で起きた一件は君の長官から聞いてる。その時禍姫はなにを狙って襲撃して来たんだっけ」


「何をって頼光が持ってた『童子切』っスけど……」


「だよね。それってつまりさ、童子切は禍姫にとっても危険な存在ってことを意味してるんじゃない? 担い手が現れた以上、いつか自分に向けて刃を向けられる。そういう状況になるのが困るから、力が完全に戻っていない状態でも奪取しておきたかったと考えるのが必然かもね」


 確かに雪花の言うとおりかもしれない。


 夏の時点で禍姫は力を完全に取り戻してはいなかったはず。


 そんな不完全の状態でも童子切を奪取したかったということは何かしらの理由があったと見ていいだろう。


「禍姫にとって最も警戒すべきなのは童子切が使えるようになった君なんだよ、きっと」


「そういえば、夢の中で話した頼光も宿命がどうとかって言ってたッスね」


「ほらね。先祖直々にそう言われてるってことは君自身が弱点として成立しかけてるんだよ。まぁ現状は力不足みたいだけどね」


「うっ!」


 痛いところを突かれ思わず頬を引き攣らせる。


 雪花の仮説や頼光に言われたことを纏めれば、決してありえない話ではない。


 とはいえ仮に自分が彼女にとっての弱点であろうとなかろうと倒すことに変わりはないのだが。


「はいはい、そう落ち込まない。実地訓練は自分をさらに磨くためにやってるんだが、存分に学んで強くなればいいんだよ」


「了解っス。この後も御指導のほどよろしくお願いします」


「ふふん、いいでしょう」


「しかし綱源の力のことを考えると調査の対象は禍姫だけでなく、源頼光にも焦点を当てた方がよさそうですね」


「その辺りは長官も気にしてたから調べてるとは思うよ。ただ、現時点で頼光はほぼ間違いなく霊力を扱えたってことだね」


「確かに。霊力が使えなくっちゃ、鬼哭刀があっても斬鬼を討伐できないっスもんね」


 頼光が武士としていくら秀でていたとしても、霊力が扱えなければ斬鬼の相手はまずできない。


 単純な考えかもしれないが、頼光や彼の配下である四天王が現代で言うところの刀狩者であったことはほぼ間違いないだろう。


 もしかすると彼のような人物がハクロウの前身を造っていたのかもしれない。


「その辺りもあわせて何か報告があったら伝えてもらえるように手配しておきます」


「うん、よろしく。まぁ頼光についてはいずれわかることとして……」


 雪花はクリームソーダのアイス部分を溶かしつつ、テーブルに置いてある端末を操作して小さめのホロモニタを呼び出した。


「なんやかんや一番に気になったのは、禍姫の弱点よりも最後の壁画の話なんだよね」


 彼女の言葉から展開しているモニタに投影されているのが壁画だというのはすぐにわかった。


「部隊長その資料こんなとこで出していいんスか?」


「へーきへーき、個室だし。それにここは刀狩者含めハクロウの職員御用達だからね。マスターも店員さんもその辺りは徹底してるみたいだよ」


「とは言ってもあまり外でする話でもありませんがね。部隊長、お願いですから口を滑らせないでくださいね」


「わかったって。仕方ない、一応モニタは閉じとくよ。ほら、これでいいでしょ」


 渋々といった様子でモニタを閉じる雪花だったが、どうやら話を終わらせるつもりはないようだ。


「んで、二人は壁画の話どう思った?」


「アレは俺も少し気になってたっスね。夕陽さんは頼光の妄想も入ってるみたいなこと言ってましたけど、妄想を壁画にしてまで残しますかね?」


「私も綱源と同意見です。古文書の様子を見るに頼光が亡くなる直前まで禍姫について調べていたのは明白です。もちろん、途中には多くの挫折などもあったと思いますが、最後の最後が妄想というのはどうも腑に落ちません」


「だよねぇ。あの壁画の意味も考えれば考えるほど興味をそそられるし。もしかすると、あれこそが頼光が本当に伝えたいことだったのかも」


「禍姫は信仰の対象だったってヤツっスか?」


 雪花は静かに頷いた。


 雷牙も描かれていた壁画を思い出しつつ逡巡する。


 壁画には白い太陽のようなものの中に一人の女性がいた。


 その下には彼女を崇めるかのように多くの人々が跪づいていた。


 いや、崇めるかのようではなく、実際本当に崇めていたのかもしれない。


 でなければあんな様子が描かれるはずもない。


 だが、雷牙は別の可能性も考えられるのではと思っていた。


「でもあの白い太陽の中にいたヤツが禍姫って証拠もないっスよ。もしかすると黒い太陽の方が禍姫で、白い方は別人なんじゃないっスか? 禍姫に敵対していたヤツらがいたっていう象徴なのかも」


 雷牙が出したの意見も考えられる一つの仮説の一つだ。


 白い方はまた別の人物で、禍姫と敵対していたという考えもできなくはない。


 けれど雷牙は一つの問題点を失念していた。


「うん、確かに雷牙くんの意見も考えられなくはないね。でもそうなると一つ問題が出てくるんだよ。なにかわかるかな?」


「問題?」


 首をかしげていることからやはり言っていて気付いていなかったらしい。


 雷牙の意見は決して的外れというわけではない。


 同じ話を不特定多数の人々に話せば少なからず同じ意見を持った者が現れるだろう。


「わからないか、綱源。もしも禍姫と対になるような存在がいたら、この世界はどうなっていたと思う?」


「そりゃそういう伝承や伝説が――」


 言いかけたところで雷牙が固まり、「――あ、そっか」と少し残念そうに額に手を置いた。


 どうやら気付いたようだ。


「そう。今雷牙くんが思ったとおり、もしも禍姫と対になる存在がいたのならその存在を常識的に皆が知っていてもおかしくないんだよ。でも今の世界にそんな風潮はない」


「これだけ明確な人類の敵と味方に分かれていれば、白い方を基にした宗教が出来上がっていても不思議じゃないだろう」


「それがないってことは、俺の考えはかなり望み薄って感じっスね」


「現時点だと残念ながらね。白い方があえて当時の人々に後世に残させないようにしていたなら話は違ってくるけど」


「結構いい線行ってたと思ったんスけどねー」


「悪いことはないよ。一つの考えに固執するよりもよっぽどいい」


 ぐだーっと背もたれにもたれかかって渋い表情をする雷牙に雪花が微笑んだ。


 けれど、おさまりがつかない雷牙はガリガリと頭を掻いてから大きな溜息をつく。


「くっそー。こんなことなら昏睡してる時に全部話してくれればいいのによぉ。頼光のヤツー……」


「自分で呼び出したりはできないの?」


「そんなペットじゃないんですから……」


「無理っスね。なんか向こうからパッと出てくる感じなんで。もう一回死に掛けてみればワンチャン……?」


 急に危なげなことを言い始めた雷牙に大人二人はサーっと血の気が引いたように青ざめる。


「え、こわ……。今の子ってそんなこと考えるの……?」


「仮にやったとしても出会えなかったら目も当てられんだろうに……」


「……冗談っスよ。そう簡単に会えるもんだとも思ってねーっス」


「ならよかった。さすがにそんな危なげなことはさせられないからね。将来有望な学生を傷物にしたら叱られちゃうし」


「傷物て……」


 妙な言い回しに思わず苦笑する。


 が、彼女らの言うことも最もである。


 死に掛ければ頼光と会えるというのはほぼ賭けに近い。


 しかも負ける可能性が高い賭けだ。


 そもそも頼光と出会えたのだって雷牙が子孫であったことと、酒呑童子と戦っていたからという因果が引き寄せたと考えるのが妥当だ。


 現状特にこれといった危機にも直面していない状況でわざと死に掛けても彼は応えてなどくれないだろう。


「はぁ……前に進んだかと思ったらまた壁が出来たみたいな感じっスねー……」


「そんなものだよ。プロになればそんなことの繰り返しだもんねぇ?」


「ええ。そのあたり覚悟しておいた方がいいぞ、綱源」


「へーい……。あ、話蒸し返すようで申し訳ないんスけど、結局禍姫にダメージを与えたヤツって誰なんスかね?」


 座りなおしつつ問う雷牙に二人はそれぞれ逡巡する素振りを見せた。


「そりゃあ、アレでしょ。()()ってヤツなんじゃない?」


「古文書の中でも仮説として立てられていましたしね。恐らくはそう考えるのが正解かと」


「けど()って本当にいるんスかね」


「まぁ私達が思い浮かべるような神様かどうかはわからないけどね。当時の人にとってはそう思っても不思議じゃない力を持ってたんじゃない? あの仮説が本当なら全盛期の禍姫を一度退けてるわけだし」


 雪花の言葉に雷牙は納得したような、そうでないような表情を浮かべる。


 自然と指を顎に考え込む体勢に入りかけるが、パン! という渇いた音が雷牙の意識を引き戻した。


「気になることはたくさんあるとは思うけど、とりあえず私達が今できることは力をつけることだね。学生である雷牙くん達を戦いに巻き込みたくはないけど、強くなってもらうに越したことはない。ってわけで、午後も頑張ってこー」


 時計を見やるとそれなりに長居してしまったことがわかった。


 禍姫のことを考察するのも重要ではあるが、今は実地訓練中だ。


 深い思考に入りかけた頭を切り替え、雷牙は二人と共にレストランを出て午後の職務へと戻っていく。


 午後は執務室での書類整理、それが終わったらもう一度パトロールを行ってから特訓が待っている。


 その間に妖刀が現れれば即座に対応しなくてはならない。


 禍姫ばかり気にかけていられるわけではないのだ。




 雷牙達が昼食を終える少し前、ハクロウ総本部にある辰磨の執務室には応接用のソファに座った剣星と尊幽、そして美冬がいた。


 彼らの前には一人掛けのソファに座ったこの部屋の主である辰磨の姿もある。


「あのー、私ここにいて大丈夫なんでしょうか……? なんなら出てますけど」


 場違い感を覚えた美冬が問うものの尊幽が「平気よ」と肩を竦めた。


「宗厳関連の話みたいだからあんたがいたって問題はないわ。そうでしょ、辰磨」


「まぁ一応はな。柳世さんからは京極と尊幽にのみ教えろといわれているが、秘書役でもある彼女ならばそこまで問題はあるまい」


「ほらね。とりあえず座ってなさいって」


「わかりました」


 浮きかけた腰を再び下ろし、美冬は小さく息をついた。


 それを確認したのか、剣星が「それで」と辰磨に視線を向ける。


「長官、僕達に話しておくべきことと言うのはなんでしょうか? やはり禍姫関連の?」


「ああ。部類的にはそれに含まれるな。実は、昨晩古文書の解析が終了したことを柳世さんに報告したんだが、そのときこんな話を聞いた」

 

「禍姫に関する新情報?」


「ハッキリと断言できるわけではないが、無関係ではないはずだ。柳世さんが禍姫のことを調べるようになってしばらくした時、とある神を信仰している者たちの噂を耳にしたらしい」


「とある神?」


「ちょっと、まさか禍姫を信仰してるなんて言うんじゃないでしょうね。アレはどう見たって邪神、鬼神の類よ。もしそれが本当ならただのカルトじゃないの」


 辟易した様子の尊幽だったが、辰磨はそれを否定した。


「いや、禍姫信仰ではないよ。柳世さんが言っていた神の名は――」


 指を組んだ辰磨は一瞬悩んだ様子を見せつつも、小さく息をついてから三人に対してとある名を告げた。


「――『()()()()()()()』――」











 暗いくらい闇の中に浮かぶ繭の中で彼女――禍姫は夢を見る。


 いや、実際は夢ではない。


 これは記憶を辿っているに過ぎない。


 かつてあった戦いの記憶。


 体を切り付けられ、魂ごと屠りかけられた古の戦い。


 彼に負けた時のものだ。


「……」


 けれど彼女の口元に悔しさのようなものはない。


 あったのは凶悪で狂気的な笑み。


 やがて彼女は瞼を開け、繭の中で己の体を見やる。


 かつてつけられた斬痕は消え、少女ほどだった体躯も成人女性のそれに近くなっていた。


 グッと拳を握ると体の奥底から力が湧いてくるのが確認できる。


 するとピシッという音と共に繭の壁に亀裂が入った。


「……フッ」


 目の前に出来た亀裂は徐々に広がって行き、禍姫は亀裂に手を伸ばす。


 瞬間、闇の中に浮かんでいた眉から真っ白な腕が突き出てゆっくりと中から白い女性が現れる。


 真っ白な肌に純白の頭髪、そして真っ赤な瞳。


「嗚呼……実に、長かった……」


 上半身だけを繭から出した禍姫はそのままズルリと繭から抜けだし、冷たい地面に華麗に着地してみせる。


 すると彼女の覆っていた繭が粒子となって彼女の体に還元されていく。


 もはや役目は終わったのだ。


 そう、ついに鬼神は目覚めた。


 人類全てを殺戮するために。


「さぁ、はじめようか」


 赤い瞳に鈍い光を宿し、静かながらも確かな狂気を含んだ笑声が闇の中で木霊する。

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