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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十章 目醒めし悪神
298/421

2-4

 実地訓練二日目、雷牙は指定された時間に一切遅れることなく出勤した。


 刀狩者として、というより一人の人間として会社や学校に遅刻しないのは当たり前のことだが、先輩部隊員達はかなり驚いた様子だった。


 恐らく『昨日あれだけ苛烈な鍛錬を強いられたから今日は動けないのではないか』と思われていたのだろう。


 けれど、出勤した雷牙の表情に疲れはなく、姿勢にも一切乱れがない。


 確かに昨日の鍛錬は過酷なもので疲れもしたが、雷牙は疲れを翌日には持ち越すことはしなかった。


 理由としては幼少の頃から山奥で鍛錬していたが故に基礎体力が高いということが第一に挙げられるものの、そのほかにも要因はある。


 膨大すぎる霊力を持っている雷牙は常に全身に霊力を纏っている。


 普段なら霊力を即座に使用できるように纏っているのだが、第二霊脈を解放した影響なのか、最近になって副次的な効果を得られるようになった。


 それは得意とする治癒術を微弱ではあるが常に発動できるということ。


 簡単に言ってしまえば常人よりも傷が癒える速度が速くなったのだ。


 しかも雷牙は眠っている間も霊力を纏っているため、眠っている間も傷を治し、全身の疲労も徐々に回復させることができる。


 とは言っても疲労回復などを全て治癒術で補えるわけではない。


 治癒術はあくまで自然治癒力を高める効果があるだけで疲労の回復はそこまで望めない。


 雷牙の場合は幼い頃から治癒術を磨いて来たことと、十分なエネルギーを摂取したからこそ発揮できていると言ってよい。


 ようは『たくさん食べた』というわけだ。


 昨晩の雷牙の夕食は普段の数倍とも言える量だった。


 まともな人間なら間違いなく吐くレベルの量だが、雷牙はそれらを完食し全て己の体を回復させるためのエネルギーへと変換したのだ。


 結果、こうやって過酷な鍛錬を行った次の日でも特に疲れた様子もなく出勤できている。


「意外に元気そうだね、雷牙くん」 


 背後からの声に振り返ると、にんまり顔の雪花が腰に手を当てて立っていた。


 一瞬「げっ」という顔を作りそうになるものの、それをグッと堪えて肩をすくめる。


「それなりに鍛えてるんで。あとは治癒術とかいろいろ応用しただけッスよ」


「そういえば治癒術が得意らしいもんね。まぁあれだけの霊力を持ってるわけだし、それを有効活用しない手はないよね」


「師匠にはあんま頼りすぎんなって言われてますけどね。俺も出来るかぎり使わないようにはしてますけど」


「それはお師匠さんの言葉が正しいね。あんまりやりすぎるとそれが癖になってなんでも治癒術に頼ることになっちゃうだろうし。要所要所で使う方がベストだね。というか普通治癒術はそんな超速再生みたいなことはできないんだけど……」


 肩をすくめる雪花だったが彼女の隣に控えていた灰琉火が「部隊長、それよりも……」と声をかける。


「あぁそうだった、そうだった。えっとねぇ、雷牙くん。お昼頃なんだけどちょっと付き合ってもらっていい?」


「どっか行くんスか?」


「うーん出かけるって言えば出かけるでいいのかな。灰琉火ちゃん?」


「そこ私に聞かなくても……。そのまま言えばいいじゃないですか」


「いやまぁ改めて聞かれるとなんか確認したくなるじゃん?」


 ケラケラと笑う雪花に灰琉火は呆れた様子だった。


「まぁおふざけはこれくらいにして、実は長官に呼ばれてるんだよ。お昼にココの研究室に雷牙くんと一緒に来いって」


「長官って……俺、なんかしましたっけ?」


 なにか重要なミスでもしでかしたかと己の行動を振り返るものの特に思い当たる節はない。


 しいてあげるなら学内戦を観戦に来た時挨拶をしなかったことくらいだが、今更そんなことを追求してくるはずもない。


 第一、龍子の父親である彼がそんなみみっちいまねをするとも思えない。


 表情を曇らせる雷牙だったが、雪花はクスッとわらいながら被りをふった。


「おしかりを受けるとかそういう話じゃなくて、君の家の話だってさ。なんでも古文書の解析が終わったとかどうとか言ってたけど」


「師匠が京都で見つけて修繕と内容の解析を頼んでたヤツっスね。ってことは、禍姫に関する情報がわかったってことか……」


「内容がどうなっているかまでは私もまだ知らないんだ。一緒に来て確認してくれってさ」


「了解っス」


「じゃあお昼まではお仕事しようか。まずは私たちと一緒に新都のパトロールね」


 雪花は踵を返すとちょいちょいと指を曲げて雷牙についてくるように促した。


 すぐに二人を追いかけ、新都の巡回へ向かう。


 鍛錬も重要ではあるが、新都を状況を把握するのも刀狩者として必要なことだ。




 約束の昼、雷牙を含めた雪花、灰琉火の三人はハクロウ総本部にある研究室があるフロアにやってきた。


「うぉ」


 エレベーターを降りた瞬間、雷牙は思わず声を上げた。


 目の前にあったのは金属製の壁だった。


「いかにもな感じっすね」


「研究室だからね。いろいろと危険なこともあるし、そうホイホイと人が出入りできる構造にはなってないよ。ちょっと待っててね」


 雪花は目の前の壁に設置されている端末に手をかざしIDカードをスキャンする。


 すると、本人と確認が取れたのか、埋め込まれるように存在していた扉が「ガコン」と前にせり出し、そのままエアロックが外れるような音と共に横へスライドした。


「さて、それじゃあ行こうか」


 振り返った雪花の向こう側に広がっていたのは一本の通路。


 その両サイドには強化ガラスで仕切られた研究室が広がっていた。


 強化ガラスの仕切りの向こう側には研究員の他に、研究で使う機材や薬品が保管されており、場所によってはホロモニタが展開している机もあった。


「研究室っていうからもっとこう薄暗いんかなって思ってましたけど、案外ばっちり明るいんスね」


「それは雷牙くんが映画の見すぎだね。ていうか、研究室薄暗かったらあぶないでしょ。取り扱い注意の薬品を持った状態で転んだら大変だよ」


「研究の部門によってはわざと照明を暗くしている場所もある。だが、職員の働きやすさを考えればこれくらいが妥当だろうな」


「なるほど。にしても案外人がいないんスね」


 通路を歩きながら両サイドの研究室を見やるものの、白衣姿の研究員の姿はまばらだった。


「お昼休みだからねー。皆でランチしてるんじゃない?」


「これはこれでよかったのでは? 古文書の内容が綱源の推測どおりならある程度人払いをしておく必要があるでしょう。下手に情報が漏れるといろいろと面倒ですし」


「雷牙くんの予想が正しければ、禍姫の秘密が明らかになるかもだしねぇ」


「俺の推測じゃなくて俺の師匠の推測っスから」

 

 午前中、雷牙は二人と共に新都のパトロールに出ていた。


 その際古文書のことをかいつまんで伝えておいたのだ。


「けどまぁ、どんな情報であれ『ない』よりはあった方が良い。意外に禍姫の弱点とかもあったりしてね」


「どうっすかね。ただ、師匠が前ぼやいてた話だと禍姫の過去みたいなのが明らかになるんじゃないかって話でしたけど」


「ふぅん。じゃあその辺の話は入ってから聞いてみようか」


 雪花が立ち止まり右の研究室を指差した。


 そこにはハクロウの長官である辰磨がいた。


 彼だけではなく尊幽に美冬に恐らく古文書の解析と修繕を担当したであろう研究員が二人。


 そして斬鬼対策課第零部隊の部隊長である京極(きょうごく)剣星(けんせい)の姿も見られた。

 

 すると向こうもこちらを確認したようで、研究室側から強化ガラスのロックを解除して三人を招き入れる。


「失礼しますー」


 雪花が軽い挨拶をしながら研究室に入り、雷牙と灰琉火もそれに続く。


 すると、三人が入った瞬間、強化ガラスが閉じ研究室を囲っているガラス全体にスモークがかかった。


 外から中の状況が見えないように設定したのだろう。


「一番最後になっちゃってすみません」


「かまわん、時間には間に合っている。それに急な話だったからな」


 聞こえてくるやり取りから察するに辰磨も特に気にした様子はない。


 が、雷牙はそれよりも自分に向けられている視線の方が気になった。


 辰磨ではない。


 剣星も研究員となにやら話しているため違う。


 では誰か。


 雷牙は溜息をつきながら己に向けられている視線を辿る。


 そこにいたのは案の定というべきか、不適に微笑む尊幽だった。


 彼女は軽いステップで距離を詰めると「ほー……」と関心したように息をついた。


「属性の鍛錬の後しばらく会ってなかったけどちゃんと成長してるみたいね。雷牙」


「当然だろ。学校でもしっかり鍛錬してるし、個人的にもいろいろと鍛えてる。なんなら後で戦ってみるか?」


「おぉ、なかなかに強気じゃない。けど、残念ながらそれは無理ね。いくら強くなったって言っても今のアンタは光凛には届かない。もうちょっと腕をあげなさいな。そうねぇ、実地訓練が終わったら相手してあげてもいいわ。あの子に良い経験積ませてもらいなさい」


 クスクスと悪戯っ子のように笑った尊幽に雷牙はやや不満げだったものの、心底嫌っているような様子はない。


 二人にとってはただのスキンシップのようなものだ。


 やれやれと肩をすくめると、不意に頭に手を置かれた。


「美冬さん……」


「尊幽さんじゃないけど、しばらく見ない間に本当に強くなったみただなぁって思って。あとちょっと背も伸びたんじゃない?」


「まぁ一応成長期だし」


「やっぱり男の子だね。実地訓練中はこっちにいるんでしょ? 時間が空いたらご飯でも食べに来てね」


「ああ。そん時は連絡するよ」


 親子のようなやり取りをしていると、研究員との話を終えた剣星が「では、準備が整ったので始めます」と研究室にいる者達に告げた。


 自然と全員の背筋が伸び、ピリッとした緊張感が走る。


「今回集まってもらった理由はそこにいる綱源雷牙くんの母方の実家、綱源家の地下で発見された古文書の修繕と分析、及び同じ地下の壁に描かれていた壁画の解析が終わったからです。解析と修繕と担当してくれた研究員はこちらの二人」


 剣星が紹介した研究員に全員の視線が集まった。


 どちらも二十代前半から半ばくらいの女性だ。


 一人は恐らくブリーチしたであろう金髪とバッチリ決めたメイク、そして真っ赤なルージュが特徴的な誰がどう見たとしても美人と答えるであろう女性。


 もう一人は黒髪の女性だが、口元や鼻、耳にピアスをあけ、白衣の下がパンクファッションという一人目の女性とはまた別の意味で印象に残る女性だった。


 すると、金髪の女性の方が剣星を見やり、剣星はそのまま頷いた。


「えーっと、今ご紹介にあずかりました。古文書及び壁画の修繕と解析を担当した柄杖(えじょう)夕陽(ゆうひ)です。ほら、アンタも挨拶」


「……わかってるってば。ふぁ……こちらと同じく古文書の修繕と解析をした柄杖(えじょう)朝陽(あさひ)です。よろしくおなしゃー……はふ……」


 夕陽と朝陽はそれぞれ対照的な自己紹介を終えた。


 名前の響きと苗字が同じことからして二人は姉妹のようだ。


 恐らくは双子。


 だがそんなことよりも、ここにいる誰もが一度は脳裏をよぎったことがある。


 名前と外見が反対の気がするのだ。


 どちらかというと夕陽のほうが朝陽で、朝陽のほうが夕陽の方がしっくり来るのではないだろうか。


「あ、名前に関してはもう随分言われなれてるんでー。ふぁ、ねむ……」


「コラ、朝陽! もう少ししゃんとしてよ。また遅くまでゲームでもしてたんでしょ!」


「別にいーじゃん。どうせ説明すんのは夕姉の方なんだしぃ。私は補足とサポートだけ担当するからあとよろしくー。はい、ポチっとな」


 あくび交じりに朝陽が携帯端末を操作すると研究室の照明が一度落ち、翠がかった照明がうっすらと周囲を照らし始めた。


 恐らくモニタをより見やすくするためにあえて薄暗くしたのだろう。


「じゃ、夕姉解析結果の方よろー」


 ヒラヒラと手を振った朝陽は研究室にあった適当な椅子に座ってしまった。


 どうやら本当に説明を夕陽に丸投げしたようだ。


「まったく……。すみません、失礼な妹で。こほん、気を取り直して古文書と壁画の解析結果についてお話しますね。朝陽」


「あいー」


 気だるげに返事をした朝陽が端末を操作すると雷牙達の前に修繕された古文書のページと壁画を写したモニタが投影された。


 あれだけカビが生え文字がつぶれていた古文書は見事にカビが除去され、辛うじて文字が読めるまでに復元されていた。


 とは言っても完璧ではない。


 欠落部分だけはどうあっても修繕はできなかったようだ。


 しかし、あれだけ酷い状態からここまで修繕したのは相当の技量があってこそだろう。


「では、詳しい解説をする前に結果を先にお伝えさせていただきます。古文書と壁画の解析を行った結果、禍姫の情報は記載されていました。しかし――」


 翠の光で照らされた夕陽の表情が曇る。


 彼女は少しだけ言いよどんだものの、やがて意を決したように言い切った。


「――皆さんが知りたいであろう、禍姫の弱点や討伐方法についての記載は一切ありませんでした」

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