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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十章 目醒めし悪神
297/421

2-3

 実地訓練初日の勤務を終えた雷牙は大きな溜息をつきながらベッドに突っ伏した。


 ここはハクロウが所有している宿泊施設の一つ。


 実地訓練中の学生達にはこのような宿泊施設に部屋が用意され、基本的にはそこから出勤することになる。


 また、基本的に刀狩者は三交代制の勤務だが、実地訓練の場合はそれが適応されず、朝八時から夕方五時前後までの勤務になる。


 育成校に戻った際に昼夜逆転など起さないための配慮らしい。


「……ちかれた……」


 枕に顔を埋める雷牙の口から漏れ出た声に言葉通り疲れが見えた。


 時刻は午後六時半。


 雷牙はついさっきまで雪花による特訓を課せられていたのだ。


 昼間彼女が宣言していたとおり、特訓はまさに地獄というべきもので、普段からそれなりに激しいトレーニングをしている雷牙も勤務時間が終わる頃にはかなり疲弊していた。


 実際、この部屋に到着するまでの足取りもかなりフラついており、道行く人にかなり心配そうな眼で見られていた。


「くっそがぁ……部隊長マジにしごきやがって……。俺じゃなきゃ死んでるぞアレ……」


 ゴロン、とうつぶせから仰向けになった雷牙は雪花に文句をつける。 


 正直トラウマレベルではあるが、先輩部隊員曰く、あれほどのしごきは偶にしかやらないから明日からは安心していいらしい。


「しかも俺を鍛えてるときめっちゃ笑ってたし……。良い性格してるぜまったく」


 呆れたように笑った瞬間、端末に着信が入った。


「うおぉぉぉいッ!!??」


 文句を言った瞬間にかかってきたので思わず飛び上がってしまった。


 まさか監視でもされているのではと変な考えがよぎるものの、連絡を入れてきたのは雪花ではなく瑞季だった。


 それにホッと胸を撫で下ろしつつ、雷牙は通話に答える。


「もしもし、どうした瑞季?」


『訓練初日を終えたからどうしているのかと思ってな。今大丈夫か?』


「平気。俺もちょうど戻ってきたとこだ」


 ベッドから起き上がった雷牙はテレビの前にあったソファに深く腰掛ける。


『武田部隊長から聞いたぞ。新都では斬鬼が出たらしいな』


「ああ、配属初日だったけど俺も現場に行ったよ。戦いや救助活動には参加しなかったけどな」


『どんな感じだった?』


「……すごかったよ。学生とは動き方からして全然ちげぇ。救助班と戦闘班が完璧に連携とれてた。個人で戦うのとチームで戦うむずかしさってのも知った気分だったよ。で、恥ずかしい話、現場での動きを見た瞬間、頭ん中が真っ白になっちまった」


『それは恐怖というわけではないよな?』


「ああ。どっちかっていうとどう動けばいいのかわからなくなっちまったって感じだな。学校でも多少はチーム戦も組み込んでっけど、やっぱり現場と学校じゃまるで違ったわ。お前も初めて出動してみりゃわかるさ」


『なるほど……。だが、こちらの先輩も言っていたよ。どれだけ強い学生でも、実地訓練の初出撃は大体なにもできずに固まってしまうらしい』


「こっちでも似たようなこと言われたよ。お前も初出撃ん時は気ぃつけてな。斬鬼にやられたりすんじゃねーぞ」


『わかっているさ』


 通話越しに瑞季が笑っているのがわかった。


 彼女にとっては余計な心配だったかもしれないが、忠告自体は別に悪いことではないだろう。


『そういえば帰りがけに聞いたのだが、新都に現れた斬鬼は今までとは少し変わっていたそうだな』


「もうそこまで話がいってるのか。まぁ情報は共有するみたいなこと言ってたしな――」


 雷牙は息をつくと今日現れた斬鬼の特徴をある程度かいつまんで説明する。


 さすがの瑞季も首を落とされても再生しようとする斬鬼には驚いたようで、かすかに息を呑む音が聞こえた。


「――つーわけで今までの斬鬼とは明らかに違う個体だった。新都に出たってことはそっちにも出るかもしれねぇから警戒しといて損はねぇはずだ」


『わかった。だが、首を落としても再生するとはな。やはり禍姫の影響か?』


「だろうな。黒い触手が出た時、アイツの気配みたいなのを強く感じた。関係があんのは間違いねぇはずだ」


『完全覚醒が近いと見るべきか……。こっちでも気を付けておくよ。疲れているところすまなかったな。また連絡する』


「おう、またな」


 雷牙は通信を切ると欠伸をしつつ大きく体を伸ばす。


 体が固まっていたわけではないが、過酷な鍛錬の影響か節々がパキパキと鳴った。


「ぐあー……。このまま風呂入って寝ちまいたいとこだけどその前に――」


 言いかけたところで雷牙が腹に飼っている獣が空腹を告げる唸り声を上げた。


「――腹ごしらえしてっからだな。パッと風呂入って、飯いってくっかー」


 薄く笑みを浮かべた雷牙はシャワーで軽く汗を流してから宿泊施設の一階にあるビュッフェへ向かった。




 ハクロウ総本部近くにある高級ホテル最上階のペントハウスのリビングで天都(あまつ)尊幽(みゆ)は唇を尖らせなんとも難しげな表情を浮かべていた。


 彼女の前に展開しているモニタには昼間現れた斬鬼との戦闘時に記録された画像と映像が投影されている。


 そこには首から黒い触手のようなものが伸びているものもある。


「生物的な触手っていうよりは、霊力そのものが触手っぽくなってる感じね。禍姫が復活できるだけの霊力を妖刀に込めてたってことか……」


「首を切断されても復活する斬鬼なんて前例ないですよね」


 宗厳の世話係兼秘書役でもある安生(あんじょう)美冬(みふゆ)はテーブルの上にコーヒーを置きながら少しだけ不安げな声をあげた。


「まぁね。私もこんなのは初めて見たわ。けど、斬鬼の特性を考えてみればできなくても不思議じゃないわね」


「どういうことです?」


「考えてもみなさいよ。斬鬼は力の中枢である妖刀を破壊、もしくは全身を統率してる頭を切断されると死ぬけど、それ以外の部位はどれだけ斬られようとすぐに再生するじゃない。だから、最初から再生能力自体は高かったわけ」


「つまり今回現れた斬鬼はその再生能力を向上させた個体、というわけですか?」


「厳密に言えば妖刀になるけど、ようはそんな感じね。禍姫がそういう風に作り出したってことよ」


「でもそれができるならどうして今までやらなかったんでしょう」


 美冬の疑問は最もだと思う。


 禍姫が意図的にそういった性能を持った妖刀を生み出せるのなら、もっと早い段階からやっていても不思議ではない。


 けれど彼女はそれをしていなかった。


 答え自体は割と単純なことだ。


「それはまぁあれでしょうよ。()()()()()()んじゃなくて、()()()()()()のよ」


 美冬は一瞬怪訝な表情をしたものの、すぐに尊幽の言葉の意味を理解したようで表情を硬くした。


「……より強い性能を持った妖刀を生み出せるようになるほど、力を取り戻しつつあるというわけですね」


「そゆこと。アイツは今までずっとこの世界のどこかに潜んでた。で、つい最近になって力を取り戻し始め、夏場には私たちの前に現れた。そこから逆算すればさらに力を蓄えてるって考えるのが妥当でしょ」


「確かにそうですね。でも今まで潜伏しながら力の回復を待っていたということは、かつてそれだけ深手を負ったということになりますよね」


「アイツの口振りからして人間を滅ぼそうと考えたのは今回が初めてじゃなさそうだったわ。だから私たちも知らない大昔に禍姫と誰かが戦ったのよ」


 大量の砂糖とミルクをぶち込んだコーヒーを啜った尊幽は宗厳が綱源家の地下室で撮影したという壁画を投影する。


 壁画には一部欠けていたりするものや一部がかけ、壁画自体がかすれているものなどはあったが、何かと戦っているような描写はなんとなく理解できる。


「確か光凛さんやらいちゃんの先祖である源頼光は禍姫と戦っていないと、らいちゃんは言ってましたよね」


「うん。それに関しては真実だと思う。だから頼光が生きていた時よりももっと前に禍姫と誰かしらの間に大きな戦いがあったはずよ」


「禍姫はその人物に深手を負わされながらも逃げ延び、この世界のどこかで傷が癒え力が回復するのを待っていた。そしてそれが今……」


 同意を求めるように視線を向けてきた美冬に尊幽は無言のまま頷いた。


「きっと人間に対して憎悪を積み重ねていたんでしょうね。どうして人間をそこまで憎むのかは本人に聞いてみなきゃわからないけど」


「一体、なにが彼女をそこまで……」


「さぁね。でもこれだけは言えるわ。どんなに辛くて悲しいことが背景にあったとしても、それを世界に向け、今を生きる人々を巻き込むのは間違ってる」


 尊幽の赤い瞳の奥にはゆるぎない信念という炎が煌々と燃えていた。


 妖刀を携え、斬鬼と同じ色の瞳を持ちながらも、彼女の瞳の輝きは斬鬼のそれとはまるで別物だ。


「とは言っても、結局ここまでは私たちの想像でしかない。確証を得るには、やっぱり宗厳が持ち帰ったあの古文書の解析が不可欠ね」


「もう随分と経ちますけど解析はどれぐらい進んでいるんでしょうか」


「宗厳の話じゃもうすぐらしいわ。なにぶん長いこと放置されてカビだらけだったからね。ページも一部崩れてたとこもあったし、補修にもかなり時間をかけてんのよ。とりあえず何か分かれば私に連絡が――」


 瞬間、尊幽の端末が鳴動する。


 モニタを開くと普通回線ではなく、ハクロウ専用の緊急連絡用の回線からだった。


 これが表示されるということは尊幽でしか対処できない敵が現れたか、重大な報せがある時だけだ。


 避難警報が鳴っていないことから考えるに確実に後者になるだろう。


「もしもし? うん、そうだけど……。うん、うん……了解、最終段階に入ってんのね。明日の昼ね。わかったわ、ちょうどあの子も実地訓練に来てるし連れてっても平気よね。……ええ、じゃあまた明日」


 通信を切ると尊幽はニヤリと口角を上げた。


「尊幽さん、今の通信ってもしかして……」


「アンタの想像通りよ。辰磨からの連絡で、古文書の解析がほぼ終わったみたい。今は最終調整の段階らしいから、見られるのは明日の昼って話よ」


「ついに終わったんですね。じゃあ明日はらいちゃんも一緒に?」


「ええ。あの子も無関係ってわけじゃないからね。美冬、アンタも部外者ってわけじゃないんだから一緒に来なさい。いいわね」


「承知してます。宗厳さんにも連絡しておきますか?」


「あのジジイにはしなくてもいいわよ。どうせ今頃辰磨から連絡が行ってる頃だろうしね。さて、それじゃ辛気臭い話はこれくらいにしてそろそろ夕飯にしよ。今日の献立なぁに?」


「今日は特製グラタンです。寒くなってきましたからね」


 微笑む美冬に尊幽は「いいねぇ」と口角を上げ、若干冷めてきた甘ったるいコーヒーを一気にあおった。




『――というわけで古文書の解析及び修繕がほぼ終了しました。明日、尊幽と綱源を交えて内容を確認するつもりです』


「そうか、わかった。お前も忙しいだろうに、連絡を入れさせてすまんな」


 長いあごひげを蓄えた老獪、柳世(やなせ)宗厳(そうげん)は端末越しに長官である辰磨に軽く謝罪する。


『いえ。この程度であれば問題ありません。娘の方はもっと無理難題を言ってくる時もありますので』


「ハハハ、そうか。お前も子育てには難儀しておるようじゃのう」


『恥ずかしながら。しかし、よろしいのですか? 古文書の内容の確認を共に行わなくて』


「構わんさ。それに回線を開くのも面倒じゃ。あとで尊幽あたりにでも説明してもらう。こっちもこっちで調べたいこともあるしのう」


『今は出雲にいらっしゃるそうですが、いったいそこに何があるのですか?』


 辰磨の問いに宗厳は一瞬だけ言いよどんだ。


 彼の言うように宗厳は今、出雲にいる。


 調査で来ているのでそれを伝えればいいのだが、現段階で伝えるのは早計ではないかと考えたのだ。


 逡巡する様子を見せた宗厳ではあったが、やがて「まぁ問題はないか……」と小さく息をついた。


「実はな、独自に禍姫のことを調査している時出雲の方でとある神を信仰の対象としている者達の噂を聞いた」


『とある神?』


「ああ。よいか辰磨、今からお前に伝える名はまだ表には出すな。伝えて良いのは尊幽か剣星だけだ。いいな?」


『わかりました』


 辰磨も宗厳の声音からただ事ではないと察したようで、声のトーンが幾分か下がった。


「その神の名は――――」


 宗厳の口から出た『神の名前』。


 それはきっと誰が聞いたとしても、驚愕を露にするであろう名前だった。

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