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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十章 目醒めし悪神
292/421

1-5

 部隊長の雪花と挨拶を交わした雷牙はそのまま応接用のソファに座るように促された。


 雷牙がソファに座るとガラステーブルを挟んだ対面側にあるソファに雪花も腰を下ろした。


 こういう場合できるだけ視線は逸らさない方がいいのだろうが、雷牙は彼女から僅かに視線を外していた。


 正確には彼女の額のあたりを見ていた。


 その原因は彼女のあまりに大きすぎる胸にある。


 瑞季やレオノアも同級生と比べるとかなり大きい部類だ。


 他にも龍子とか玖浄院の保健の先生兼痴女こと赤芭晶など胸の大きな女性はそれなりに知っている。


 ゆえに慣れているといえば慣れているのだが、目の前の彼女はまさに規格外だった。


 彼女の動き一つ一つに呼応するように胸が揺れまくっているのだ。


 たゆんとかぽよんとかそういった可愛らしい擬音では現せない。


 もっとこう暴力的な表現ができそうな揺れ方をしている。


 当然そんなものをいろんなものが旺盛――もとい、多感な青少年が目にしてしまえば目を逸らしたくなるだろう。


 故に雷牙は極力彼女の胸を視界に入れないため、会話の時以外は彼女の額辺りを注視するようにした。


「早い時間に来てもらってごめんね。これも決まりでさー。まだ眠かったりしない?」


「だ、大丈夫っス……あぁいや、です。毎朝トレーニングの為に五時前には起きてるんで」


「ふぅん……」


 雪花が瞳を細め雷牙を真っ直ぐ見据えた。


 思わず硬直しそうになりつつも雷牙はあくまで自然体を保つ。


「うん、制服の上からでもよくわかる。かなり鍛えてるね。学内戦や戦刀祭、あとは仮免試験の記録を見せてもらったけどそのトレーニングの賜物かな」


「師匠から日課にしろと言われてるんで」


「良い心がけだね。そういう基礎トレーニングがあってこそ、いろいろと役立ってくるもんね。さて、このまま部隊の皆に紹介したいところなんだけど……巡回に出てる人達もいるから少し早いんだよねぇ。あと一時間くらい余裕があるんだけど、もう少しお話しても大丈夫かな?」


「俺は大丈夫ですけど。部隊長は平気なんですか? 仕事とか」


「大丈夫大丈夫! 今日のためにある程度終わらせてあるからね! 私がスカウトしたんだから私の都合で待たせちゃうのはかわいそうだし、なんと言っても私が一番楽しみにしてたし!!」


「楽しみ、ですか?」


「もちのローン。知らないだろうけど、君は本部では結構有名人だよ。なんといっても隊長四人で挑んでも勝てなかった酒呑童子を撃退してみせたんだから! どう見ても英雄級の活躍だよ! まぁ、騒ぎにならないように公にはなってないけどさ」


「あれは……偶然です。俺が戦う前に四人の隊長が酒呑童子の力を削いでくれてましたし、『安綱』を使えたのも運が良かったからです。それに俺は最後まで守られてばかりでした」


 ふと脳裏によぎったのは笑って逝った狼一の姿。


 今雷牙が生きていられるのは狼一が身を挺して守ってくれ、なおかつ一時的に力を与えてくれたからだ。


 雷牙にとっては彼こそが英雄と呼ばれるに相応しいのだ。


「雰囲気的には結構キレてる感じだけど、意外に謙虚なんだね。湊さんは君のお母さんと変わらないくらいの戦闘狂って言ってたからどんなものかと思ったけど」


「さすがに常時戦意むき出しではないですよ。まぁ戦いになると楽しくなったり、無意識に笑顔になってたりはしますけど」


「なにそれコワ……」


「ドン引かないでくださいよ……」


 驚愕したような表情を見せた雪花だが、彼女はすぐに肩をすくめて笑みを零した。


「アハハ、ごめんごめん。うん、でも湊さんや剣星くんが気に入っている理由がなんとなくわかったかな。君はきっと光凛さんによく似てるんだと思う。けど、その中にもちゃんとした君にしかない部分があって、皆それに魅かれてるんじゃないかな」


「俺に魅かれてるって……ガキですよ俺」


「年齢は関係ないよ。まぁでもなんていうのかな、多分その中には光凛さんに代わって見守りたい的な……親戚のおじさんおばさんみたいな感じもあると思う」


「あー……」


 雷牙には親戚などはいない。


 産まれて数ヵ月後には天涯孤独となってしまったが故、親戚同士のつながりなどはよくわからないが、ドラマとか映画とか、あとは学校で玲汰達が話していた内容からある程度察しはついた。


「実を言うと私もその口なんだけどね。私の場合は湊さん達が気にかけてたからどんな子なのかなーって思っていろいろと見させてもらって、結果スカウトさせてもらったんだよね」


 むふん、と物理的に胸を弾ませた雪花に雷牙は若干視線を逸らしながら「そ、そうなんですか」と苦笑する。


「私も湊さんや狼一さんにはいろいろとお世話になったからね。だから、どんな子かなーって思って興味を持ったら『あ、この子面白いなー。指導したいなー』って感じるようになったの。で、熾烈なスカウト競争を掻い潜り、見事君を引き当てたってわけですよ!!」


 目を爛々と輝かせながら雪花はぐいん! と雷牙との距離を詰める。


 当然それに反応して胸も揺れるわけで、雷牙は必死にそれを気にしないようにした。


 一度でも反応してしまえば恐らくノックアウトされると思ったからだ。


「ちなみに雷牙くんへのスカウトはウチ以外に三つの部隊からあったんだよ! 詳細聞きたかったりする!?」


「あぁいや、大丈夫です。それよりか部隊長、距離がその……」


 さすがにこれ以上はまずいと判断し距離が詰まりすぎていることを指摘する。


「え? あ、ごめんごめん。私って興奮するとついにじり寄っちゃうタイプで……って雷牙くんなんか顔赤くない?」


「はぇっ!?」


 えらくすっとんきょうな声が出てしまった。


 顔に意識をまわしてみると確かに頬が熱い。


 原因は一つ、雪花の胸しかない。


 視界に入らないようにしようと努めてもあんな風に揺れていれば否が応でも視界の端に移る。


 しかも戦闘服とはいえ彼女はまだそこまで襟を詰めてはいない。


 前かがみになったりすると魅惑の谷間が見えてしまうのだ。


「もしかして具合悪かったりする?」


「い、いやそんなことはねーです! 全然大丈夫なんで、マジで!! それよりも時間とか大丈夫なんですか!?」


「別に平気だけど」 


「平気だったんかい……!!」


 ツッコミをいれつつどうにかして雪花の意識を自分以外に向けさせようとするものの、そこはさすが部隊長。


 彼女はすぐに雷牙がなぜ顔を赤くしているのか、そしてここまでうろたえているのか理解したようで「ははぁん」と少しだけ意地悪に瞳を輝かせた。


 その表情は龍子や舞衣あたりが悪巧みをするの時のものと似ていた。


「なるなるほどほど。そういうことねー。まぁそうだよねぇ、自慢じゃないけど私のおっきいからねぇ。男の子なら気になっちゃうよねー」


「ぐっ!?」


「照れるな照れるな青少年! いいよぉ、そういうとこ私的にポイント高いかも。かわいい反応してくれちゃってぇ」


 胸を見られているというのに彼女は何故か楽しげだった。


 なんというか自分の周りにはこういう女性が多い気がすると、雷牙は困惑と呆れが混じったような表情を浮かべた。


 だが胸を意識してしまったのは事実。


「す、すみません。なんていうか、どうしても視界に入ってしまうというか、気になってしまうと言いますか……」


 謝罪をしながら言い訳をしてみたが、「別に気にしてないよー」と雪花はかなり軽いノリで返してきた。


「学生の頃から大きかったからさぁ見られるのは慣れてるの。まぁ鼻息荒い脂ぎったオジサンにそういう目で見られるのは嫌だけど、君みたいな可愛い子に見られるのはそこまで嫌いじゃないよ。なんならもっと見るー? というか触るー?」


「故意に揺らさなくて良いッスから! 下から持ち上げなくていいッスから!!」


「えー、いいのー? ハッ! もしかして既に狙ってる子がいてその子に申し訳が立たないとか思ってる感じ……!!」


「それは……」


 頬を赤くした雷牙の脳裏によぎったのは瑞季の姿。


 こんな状況を彼女が見たらどう思うか、正直あまり想像したくない。


 当然雪花が雷牙の反応を見逃すわけもなく、『キュピーン!』と音がしそうなほど瞳を輝かせていた。


「その反応、図星ね! 図星なのね!! キャー、青春してるー!! アオハルー!! 学生同士の恋愛可愛いー!」


 完全にスイッチが入ってしまったのか雪花まで頬を赤くしながら体をくねらせていた。


 当然それにつられて胸も動いていたが、雷牙にとっては一周回ってどうでもよくなっていた。


 一頻り騒いで満足したのかやがて雪花は笑いと興奮で溜まった目尻の涙を拭った。

 

「いやーでも君の素が見られてよかったよ。雷牙くん」


「素?」


「うん、だって君の敬語すごくわざとらしいんだもん。ちょこちょこ修正してたから、普段からあんまり使い慣れてないんだろうなーって感じがしたよ」


「……そういうのやっぱり分かるもんスか」


「こっちは大人だからね。まぁ信十郎さんや長官からすれば子供かもだけど、それなりに人を見る目はあるつもりだよ。大丈夫、ハクロウは敬語云々で文句を言うような人は少ないから。要所要所で使っていけばいいよ。少なくともウチにいる間は使わなくてもいいからね」


「ありがとうございます」


「うむ。じゃあさっきの続きだけど、雷牙くんの気になる子って――」


「――それに関してはノーコメントで!」


「ケチー! 減るもんじゃないじゃーん!!」


「ケチで結構っス。んなホイホイ教えられるわけねーっスよ!!」


「むぅ、それもそうか……仕方ない。とりあえず今日は諦めよう。でも、実地訓練期間中のどこかで必ず暴いてみせる!」


 どっかの探偵みたいに宣言した雪花に苦笑しつつも雷牙はホッと胸を撫で下ろす。


 正直もう彼女の胸の興味はどこかへ吹き飛んでしまった。


 すると、執務室のドアをノックする音が響いた。


『部隊長、私です』


「お、来たね。入っていいよー」


『失礼します』


 ドアを開けながら入ってきたのは燃える炎のように赤く変色した髪をポニーテールに結った女性だった。


 こういってはあれだが、胸の辺りは雪花と比べるとかなりスレンダーだった。


 というか全体的にスラリとした女性だった。


 だが、その雰囲気は単なる部隊員のそれとは一線を画している。


 すぐさま雷牙は彼女が第九部隊の副部隊長であることを察知する。


「お話中でしたか?」


「んーん、ちょうど今一区切りついたとこだよ。あ、ちょうど良いから紹介しちゃおうか。雷牙くん、この人はウチの副部隊長ね。はい、自己紹介よろしくぅ!」


矢炭(やずみ)灰琉火(はるか)だ。第九部隊の副部隊長と務めている。しばらくよろしく頼む、綱源」


 鋭い視線だが決して雷牙を下に見ているわけではない。


 口調が変わったのも年上と年下で切り替えをうまく行っているのだろう。


 雷牙は彼女が差し出した手に答え軽く頭を下げる。


「綱源雷牙です。よろしくお願いします、矢炭副部隊長」


「ああ。活躍、期待しているぞ」


「全力を尽くします」


「うん、隊長がほれ込んだだけはある。良い眼をしている」


「ど、どうも……」


 ニコリを微笑みを向けられ雷牙は少しだけ照れくさそうに頬をかいた。


「灰琉火ちゃんか来たってことは、皆揃った感じ?」


「ええ、巡回中だった隊員達も集合したようです」


「そっかそっか。意外に早かったねぇ。じゃあ、行こうか雷牙くん」


「行くってどこにッスか?」


 雷牙が首をかしげると雪花は小さく笑みを浮かべ、下を指差した。


「地下大訓練場。そこで君を部隊の皆に紹介する。それと改めて君の実力を見せてもらいたいんだ」


「それって……模擬戦ですか?」


 一瞬ではあったが雷牙はぶるっと体を震わせた。


 雪花もそれに気付いたようで少しだけ含みのある笑みを浮かべた。


「まぁ希望があれば、ね。適当にウチの部隊の手馴を何人か相手にしてもらおうかな。場合によっては、灰琉火ちゃんや……私とか、ね。いいでしょ、灰琉火ちゃん?」


「私は構いませんが、仕事もあるので程ほどに」


「だってさ」


 フフ、と笑った雪花に対し、雷牙は深く頷いたもののその顔にははっきりとした笑みがあった。


 どこか肉食獣を思わせる本物の戦闘狂しか浮かべられない笑みだ。


「……なるほど、これは確かに……」


「じゃあ皆も待ちくたびれてることだろうから行こうか。いざ、地下大訓練場へレッツラゴゥ!」


 ふんわりとした髪をなびかせる雪花に続き、灰琉火と共に地下へ通じるエレベーターへ向かった。

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